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第164話 煙吹き


 黒い塔の入り口は、もともと館の廊下からつながっていたのだろうか。倒壊した壁の欠片が扉の周囲に残っていた。


 中に入ると円筒形の狭い小部屋。壁にハシゴがある。構造的に縦にしかスペースがないらしい。上を見ると、ハシゴの終わりに扉があるようで、そこから光が漏れている。


「パンジャンドラム殿は?」


 ホッグスの問いに、彼はライフルの燃料を探しに森にいったと答えた。

 パンジャンドラムのライフルにはファイアスライムという可燃物が必要だがそれはスピットファイアに燃やされて無くなった。だから生息地をオークに案内してもらっているのだと。


 ウォッチタワーは今は村へ、シャーマンのオババ氏への報告に戻っている。スピットファイアは姿が見えない。


「ハル殿も呼ぶべきでは? テントで休んどるはず。先に兵士を呼んで索敵させてもいい」

「必要ないわ。私がロスを守るわよ」

「ボクもいるですよ」


 エルフが1番最初にハシゴに手をかけた。


「ロスは2番手よ。至近距離から私のお尻を見上げることでせいぜい興奮するがいいわ」


 レディーファースト、ホッグスを続かせようと思ったが、彼女との契約は切れていたんだった。もしヌルチートでも出てこられては彼女も困るだろう。ここで待機……いや、やはりハルを呼んできてもらうことにした。入り口を固めるのだ。


 エルフは登りながら片手の人差し指を回した。すると小さな渦巻きが出現した。

 2つ。どうも風の魔法らしい。風だとわかったのは、塔内の埃を吸い込んで煙のように視認できたからだ。それぞれエルフの背後に浮遊して、登る彼女に追随している。


「雲に近い風玉よ。手がふさがってても雷を発射して攻撃できるわ」


 ビットか。何でもできる少女だった。ハシゴでは特に何かが起こるということもなく、エルフはハシゴの最上段にたどり着いた。


 1度縁から目だけをのぞかせ、入り口から中を観察していたが、問題はないのか中へ入った。

 しばらくそこに立ってまた中を物色するような素振りをしていた。そしてこちらを振り向き、上がってくるよう手招きした。


 上に上がると、そこはやはり円筒形の部屋だった。



 天井部は放射状の枠がガラスにはまった天窓。

 差し込む日の光に照らされた内部の壁際には、俺の背より少し高い本棚が2つ。ただ形状はマヤ文明のピラミッドのような、段状の構造。本は棚に斜めに差し込まれていた。


 部屋の中央には、これまでに2度見た、台座と制御盤。


 そばには椅子が置かれていて……そこにアップルがちょこなんと座っていた。


 アップルは不思議と、初めてあった時の姿に戻っていた。

 オレンジ色のローブこそ汚れてはいたが、そのフードを被って椅子に座る彼女の背にはすでに蛾の羽はなく、ヌルチートを失った右腕は、人間の腕としてそこにあった。もっとも、腕に関しては《ザ・サバイバー》で魔力供給獣を食べさせた直後から生え始めたのだが……。


 とにかくアップルはそうして、微笑みを浮かべたまま制御盤を眺めていた。


「……アップル、ここにいたのか。もう少しテントで休んでいた方がいい」


 とりあえず、そう声をかけてみた。

 敵意があるのかないのかよくわからない。

 アップルは制御盤へ向けていた視線をこちらに上げた。


「ロスさん〜、こんにちわ〜」


 そう言って、また制御盤に目を戻した。


「ここで何をしているんだろう?」


 アップルはまた顔を上げて、


「おうちに帰るんです〜」


 また制御盤を見る。


 俺はエルフと顔を見合わせた。アップルへ向き直る。


「ここが君の家だろう……もっとも、もうなくなってしまったが。さあ戻ろう。きっとベースの仲間たちも君のことを心配してるはずだ」

「これはお母さんの物だから〜、元の場所に戻さなきゃ〜」

「何のことだろう? 制御盤のことか? それとも本? なあアップル、そんなことは後からでも……」

「ロスさん〜、こんにちわ〜」


 俺はアップルの顔をじっと見た。


 彼女はさっきから、いつものふんわりとした微笑みを絶やさない。

 そうして俺が話しかけるたびに制御盤から顔を上げ、(こた)えるたびに制御盤に視線を戻す。


 部屋の中は静かだった。大森林の鳥がさえずる声も聞こえ、穏やかな空間だった。その中にいる彼女は椅子の上で微動だにもしない。


「アップル……?」

「ロスさん〜、こんにちわ〜」


 ちょうど背後から物音がした。

 振り返ってみると、ハルがハシゴを登ってきたところだった。

 ハルはペットショップから家にお迎えされてすぐの子猫のような動きで周囲を警戒していたが、すぐに部屋に入ってきた。


 その後ろからホッグスが続いた。


「何であるかインティアイス殿。いるではないか。心配して損した」


 ホッグスは何の警戒心もなくアップルのそばまで歩いていく。


「少佐。アップルの様子がおかしい」

「むん?」

「受け答えがにぶいんだ。頭でも打ったのかも……アップル、戻ろう」

「これはお母さんの物だから〜、元の場所に戻さなきゃ〜」

「おいアップル……」

「おうちに帰るんです〜」


 ホッグスは手を後ろに組み、椅子のそばに立ってアップルを見下ろしている。その表情はいつものとおり。


 だがハルは首をひねっていた。

 何よりエルフ。睨むようにアップルを見ている。


 俺は言った。


「おいアップル、ふざけてるのか? 早くここを出よう。ここはもう君の家じゃないんだ。もうわかってるんだろう、君は魔女に利用されて……」

「ロスさん〜、こんにちわ〜」

「いい加減にしろ!」


 ホッグスが俺とアップルの間に割って入り、


「ロ、ロス落ち着け! どうしたのであるか急に大声など出して! アップル殿がどうしたというのであるか!」

「どうしただと? 今の見たろう! 人が大真面目に心配してるのにからかって……」

「ま、待て、私が話す……」


 ホッグスはこちらに背を向けアップルと向かい合った。


 話す。ホッグスはそう言ったはずだった。

 だが実際には後ろ手の姿勢のままアップルを黙って見下ろしているだけ。その間ピクリとも動かなかった。


 そしてこちらを振り返った。


「インティアイス殿は今日をもって、顧問の職を辞任するそうである。なんでもまだ後片付けがあるそうで、帝国へは帰らないと。まあ我ら軍部としてもジェミナイト鉱脈を見つけるまでの契約であったから問題はないが」

「君までふざけてるのか!」

「なな、何であるか、怖いから大声出すのやめろっ!」


 ふと気づくと、ハルが前に立って俺を押しとどめようとしていた。

 エルフもだ。エルフは後ろから俺のコートの裾を引っ張っていた。


「ロスさん、落ち着いて!」

「エルフ殿、ロスはどうしたのであるか!?」

「……いいの。何でもないの。もうここを出ましょう。狐さん、先降りてて」

「おい待て、いったいどういう……!」

「ロス。いいから」


 ホッグスは俺たちと部屋の壁の間をすり抜け、


「ふ、ふん。おかしな奴である……」


 ハシゴを降りていった。


「離せよ。いったい何なんだ」

「あの、ロスさん、あれ……見たことありません?」

「何がだ」

「こういうの……」


 ハルは俺の体から離れた。そしてアップルの方を振り返った。アップルは、まるで何事もなかったかのように微笑んだまま。


「会ったことないですか? こういう、何回もおんなじことしか言わない人……!」


 一瞬、ハルが何の話をしているのかわからなかった。

 ラリアが左腕から俺を見上げていた。


 ラリアとハル。

 それで思い出した。サッカレー王国でハルと出会う前、ラリアと一緒にカスパールという男を探そうとしていた時のことを。

 カスパール、正確にはサッカレーの王子は、とある村に潜伏していた。その村で捜索を行なっていた時、おれたちは村民に聞き込みをしたのだ。


 村民は天気のことだとかそんなような話ばかりでこちらの質問には少しも答えようとしなかった。


 その時はキリーという少女が一緒だったが、キリーは普通にコミュニケーションが取れていたようで不思議に思っていたが……。


「……そう。転生者はこれに気づいてるのね」


 振り返るとエルフがアップルをじっと見ていた。


「なあ君、君はこれが何か知ってるのか? どういう……」

「ロス、聞いて。この子死んだわ」


 鳥の鳴き声が聞こえた。何という鳥かも知らないが……それで、何の話をしていたんだったか。


「何だって?」

「死んだ。魂が原初に還ったわ」

「なに……」

「詳しいことはわからない。でも私の一族はそう言うのよ。心と魂をなくし、人形になる……今のこの子、それだわ」


 エルフは俺を見上げた。


「丸耳にはこういう人多いけど……誰も気にしてない。でも転生者にはわかるのね?」


 俺はアップルを見返った。

 アップルは椅子から立ち上がって背後の本棚へ歩いていった。1冊の本を取り出す。しばらく表紙を眺めていたが、中を読むでもなく棚に戻した。

 それから椅子へ戻ろうと歩いた。


 その際、進路にある椅子に足をぶつけた。


 アップルは気にする風でもなくそのまま歩き続けていた。アップルに押された椅子の脚が床とこすれて音を立てた。そうやって強引に脇に動かされた椅子に、アップルはまた腰掛ける。


 しばらくすると、また立ち上がって本棚へいき、読まない本を手に取る。


「……もういきましょう。この子はもう帰ってこない」


 エルフはハシゴへ向かった。ハルも、アップルを振り返り振り返りしていたが、それに続いた。


 部屋の中には夕暮れのオレンジ色の光が差し込み始めていた。その中にアップルが立ったり座ったりする音が聞こえていた。


 エルフとハルはもうハシゴを降り始めていた。

 俺もハシゴへと向かう。


 ふと、振り返った。

 アップルが椅子に座って、何かをこちらへ差し出していた。


 そばへ戻った。


 彼女の手に持たれていたのは、煙吹き器。

 初めて会った時もこれを持っていた。


 なぜかその時だけ。

 彼女は微笑んでいなかった。


 受け取ると、アップルはまた微笑んだまま制御盤を眺め始める。


 俺はハシゴへいって部屋の扉を閉めた。





 塔の外にはホッグスはいなかったが、エルフとハルが待っていた。

 2人は兵士たちが作業している空き地へと歩いていくので俺もそれに続く。


 突然、背後で轟音がした。

 振り返ると、塔の底から大量の煙が吹き出している。


「みんな、塔から離れて!」


 エルフが叫んでいる。慌てたように荷物を放り出し駆け出す兵士たち。

 塔が吹き出しているのは煙ではなかった。

 炎だ。

 塔が真っ直ぐそびえたまま宙へ浮き上がっていく。


「あっ何これ、ロケット……?」


 塔は空中へ飛んだ。アップルを乗せたまま。ぐんぐんと空へ吸い込まれていく。


「マスター。ブラックエッグです!」


 ラリアが空を指差した。塔が飛んでいく軌道の先を。

 そこにはエルフが教えてくれた、ブラックエッグとかいう黒い点が、黄色い空の中に浮かんでいる。


 塔はそこへ真っ直ぐ向かっていき……やがて見えなくなった。


「おーいエルフ殿、今のは何だ⁉︎」


 ツェモイがこちらへ走ってくる。

 エルフはそれへ、何でもないの、と答えていた。


「ね、ねえエルフ。さっきのあの子、何だったの……? 魂が原初に還るって……俺もあんな感じの人何人か見たことあるけど……」

「だから、死んだのよ。魂を取られた」

「誰に……魔女に?」

「さあね。そうかもね。あの子は魔女の子供だから」


 空き地の向こうに見えるテント群の中で、ホッグスが夜営のための火を起こせと命じている。


 エルフは空のブラックエッグをしばらく睨んでいたが、やがてテントの方へと去っていった。

 ツェモイも兵たちの方へ戻っていく。


 右手の森の方からパンジャンドラムとグレイクラウドが現れた。

 パンジャンドラムは樽を抱えていた。こちらへやってきて、


「ロ、ロス君今の何? 弾道ミサイル⁉︎」

「あっ、なんか、アップルちゃんがあれに乗っていって……」

「は? 何それ。えっえっ何それ」


 俺はパンジャンドラムの肩の上にラリアを乗せた。


「えっなになに」

「すまないが少し預かっておいてくれ。ラリア。彼と一緒にいろ」

「ロス君は……」

「1人にしてくれ」


 俺はテントへと向かった。


 テント群の幾つかの場所に焚き火が起こされていた。

 そのうちの1つにはそばに誰もいなかったので、脇に置かれた丸太のベンチに腰掛ける。


 ここからは双子山の山頂がよく見えた。コートのポケットからタバコのケースを取り出した。


 1本、つまみ上げた。

 残りはあと1本。

 目の前の焚き火、燃えている薪を1つ取ろうと手を伸ばしたが、それはやめて手に持っていたアップルの煙吹きを眺めた。


 陶器の入れ物とただのポンプがついているだけかと思ったが、よく見るとポンプと噴霧口のちょうど真ん中辺りに、ギザギザした車輪のようなものがついている。


 親指でなぞってみると、火打ち石式の100円ライターのような音がした。今時100円で売っているライターなど存在しないが。ただでさえ何にでも金のかかる時代だったが、今日(こんにち)では金を払うことにも手数料がかかるのだ。そのうち噴霧口から煙が出始めた。


 陶器の入れ物を外すと中の草が燃えていたので、入れ物を傾け中身を縁に寄せ、咥えたタバコの先を燃えさしにくっつける。


 火がついたので元どおり入れ物を噴霧器にはめ込んだ。






 8月の半ばに一族の墓へ参らなくなってからどのぐらい経つだろうか。


 今ではその金のかかった石が、地球上のどこにあったか思い出せる自信もない。


 全てのことはいつか忘却の彼方に消えていく。

 なら、それが記憶に金をかけた結果だとすれば墓石はなかなかの発明品だった。


 金がなければどうするのだろう? 石を切り出す力もなければ。ここは中世。吟遊詩人か? 語り継ぐのか。こんな具合にか。


 かつてアップルという名の女の子がいた。


 その子はある日、黒い帽子をかぶって粋がっていながらその実右往左往するしかできないマヌケな男に出会った。


 2人はたった3日間だけ一緒にいた。

 女の子は家に帰ろうとしていた。

 黒い帽子の男は家を飛び出したはいいが、どこへ向かっているかもわかっていなかった。


 女の子はある時黒い帽子の男に謝らなきゃと考えた。

 謝られる理由など何一つ心当たりのない黒い帽子の男。

 女の子は男に会う前に星になった。

 何を謝ろうとしていたのか、もう誰も知る者はいない。


 まったく俺ときたら大した詩人だった。

 紫煙の向こうに双子山。相変わらず煙を吹き出している。ブラックエッグはその噴煙に隠れ見えない。


 まるで魔女のようだと思った。

 あれやこれやとミステリーを俺に投げかけ、ヒントも出さず、その姿は闇の中。

 具体的には何者で、どうしたいのかもわからない。


 俺に何の関係がある人物かもわからなかった。きっと関係などないのだろう。


 だが俺は煙と共に音にならない言葉を吐き出した。

 かつてアップルという女の子が手にした煙吹きのように。いまだベールの向こうへ隠れたままの彼女の母へ。


 よくもそんなことを、と。






第三章完結です。

ブクマ、ポイント、感想、そして掲示板でご紹介してくださった方、ありがとうございます。

なんならもっとしてくれてもかまわないんだぜ?


これからもヌルチートをよろしくね!

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― 新着の感想 ―
[一言] (;_;) ↑だけ入力しようとしたのに、感想欄には必ずひらがなを入力しなければならないという仕様があることを初めて知りました・・・・・・。
[良い点] ハードボイルドでもおセンチな時もあるんだぜ [一言] 世界の裏側が見え隠れしてきましたね 張りに張った伏線がこの先どう回収されるのかとても楽しみです 今後も至高の前髪の活躍に期待
[良い点] 最後、結構切ないですね。 アップルちゃんは最後何を思っていたんだろう。 肉体があって、会話が出来ただけに余計にやるせない感じの別れ方になったなぁ。 [一言] 次回3月1日からって、ご冗談…
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