第163話 失踪
「これでめでたく契約解除であるか。あーお疲れ様でした!」
ホッグス少佐は吐き捨てるように言った。
「うむごくろーです。なかなかの働きぶりだったですよ」
地面に敷かれたマットの上に座っているラリアはそう言った。
周囲はドーム状の布。テントだ。中には俺とラリア、そして俺たちと向かい合って座っているホッグスだけ。
双子山山頂での大騒動のあと。俺たちは帝国軍が設営しっぱなしにしていた、魔女の館そばのキャンプへと戻った。
1度は火山噴火の知らせを受けテントを放り出して撤退した帝国軍だったが、倒壊した魔女の館の中から魔女の遺物を運び出すため戻ってきていた。
その作業の指揮はツェモイ団長が執っている。俺とホッグスはその間に、互いの間に交わされた奴隷契約の解除をしたのだった。
「むう、何もそんな上から言わんでも……いや。働いたどころかむしろ私は、とんでもなく悲惨な結果を出してしまうところであった……」
そう言うホッグスの姿は、いつものスラリとしたスタイルを持つ美女の姿。
頭にもいつもの帽子をかぶっていた。彼女は立ち上がるとその帽子を脱いで胸の前にあてるとこうべをたれた。
「帝国を代表して礼を言わせていただく。貴君らの助けがなければどうなっていたことか……」
「少佐。礼などいい。ただのいきがかりだ。座ってくれ」
「いや、私個人からも言わせてくれ……本当にすまなかった! 貴君には最初から非礼ばかりであったし、危険にもさらした。にも関わらずこれほど尽力してもらって……」
「過ぎたことだ。座ってくれ」
ホッグスは顔を上げても少し逡巡しているようだったが、俺とラリアが真顔で見つめ続けていたからか、帽子は胸に抱いたままマットに座った。
「……しかしなあ。オーク部族とのこともそうである。貴君がごまかしてくれなかったら、もう一戦あったかも知れなかった……」
帽子のつばを指でいじるホッグス。
彼女が言っているのは、下山した直後のことだろう。
我々が山を降りた時、ちょうど村の酋長率いるオーク軍団が山の麓までやってきていた。
戦士長ウォッチタワーの援護へとやってきたのだ。
双子山でのエンシェントドラゴンの件を話すと、当然だが彼らは激怒した。禁足地である双子山に許可なく侵入したあげく、魔女がかけた『呪い』であるドラゴンを起こし、火山を噴火させたのだ。
いきり立った部族。ウォッチタワーもどう説明すべきかしどろもどろの態だったが、その時ロス・アラモスはある種の威厳をもって、酋長にこう言った。
『全ては魔女の呪いだったんだ。恐るべきことだ。あそこに近づいた者はみんな心を奪われ、狂ってしまう。そうやって魔女はヒューマンを操りジェミナイトを採掘させて、危険なドラゴンを復活させようとしていた。
『そもそもそんな感じの邪悪な企みを食い止めるべくべくツェモイ団長率いる騎士団が調査にやってきていたんだが、魔女の呪いの手に1度はかけられてしまった。そのため戦士長ウォッチタワー氏には迷惑をかけてしまったが。
『その呪いを打ち破りウォッチタワー氏を救出したのが、こちらにいるホッグス少佐だ。少佐は冒険者ギルド所属のアップル・インティアイス顧問と共に魔女の卑劣な陰謀に終止符を打つべく地下通路に乗り込んだ。
『だが敵もさるもの、今度は少佐とアップル顧問が魔の手に落ちてしまった。というわけでツェモイ団長とウォッチタワー氏がその特別かつ深い絆によって手を取り合い、立ち向かい、ついに復活したエンシェントドラゴンを討ち倒した。
『酋長、喜んでくれ。ガスンバに真の平和が訪れたんだ』
そこまで一気に言った時、スピットファイアが何か言いたそうな顔で俺を見ていたのに気づいたので、
『とどめは当然、妖精王が刺した。戦士長と妖精王の類を見ないチームワークによって、全ては終わったのだ……!』
と付け加えた。
スピットファイアはヒューマン勢がやってきたせいで大変なことになったことを責めようとしてるのではと危惧したが、俺が手柄を強調するとスピットファイアはにっこり笑って何も言わなかった。
酋長はじめオーク部族はロス・アラモスの勝利演説を少し懐疑的に見える表情で聞いていたが、そばにいたエルフが、
『全部ロスの言うとおりよ! 恐ろしい戦いだったわ!』
と言ったもので、エルフさんがそう言うならそうなんだろうと、全員納得したようだった。
俺たちは3人そろってテントを出た。
空を見上げると、青に紫が混じっている。夕暮れにはもう少し間がありそうだった。
館前の空き地へ向かう。
魔女の館は、アップルがドラゴンを復活させた際建造物全てが壊れたのに合わせてか、館の方も倒壊していた。
跡には瓦礫の真ん中に黒い外観の、塔のようなものが残っているだけ。
その瓦礫を、ホッグスの部隊所属の兵たちがどかしたり、空き地に魔道具らしきものを運んだりと作業に勤しんでいる。
そこにはツェモイの姿もあった。
「やあロス殿、それに少佐……奴隷労働はもうやめたのかな?」
「嫌味であるな。あの新しいスキルを昨日の時点で貴殿にかましてやるべきだった」
「これは失礼」
ツェモイはふっと笑うと、作業する人々に目をやる。
「団長、進捗はいかがであるか」
「うむ。ほとんどは瓦礫の底さ。エルフ殿にお頼みして動作チェックをしてもらっているが、大半は壊れているらしい」
よく見ると作業の兵士に混じり、地面に置かれた椅子に座ったエルフが魔道具らしきものをいじっている。まだ水着だった。
「ライトニング棒はどうであろうか? あれなどは国に持ち帰って研究し、量産化に成功すれば兵の個人能力は飛躍的に向上しそうであるが」
「それもほとんど壊れたよ。正常に作動するものはふた振りしか残っていない。慎重に持ち帰らなければな……」
本来魔女の遺物探索はツェモイの仕事だ。
部署違いのホッグスが進捗を気にするのは、自身の任務であるジェミナイト鉱脈発掘は絶望的だからだろう。ツェモイの方でも、ウォッチタワーに対する捕虜虐待に目をつぶってもらう代わり、功績を山分けにするつもりの様子だった。
「しかし……よくもまあオーク部族は魔女の遺物を運び出す許可を出してくれたものである」
「そんなものよくわからないし、いらないと話していたな。得体の知れない物はどこか遠くへ運んでくれと」
「むう……たしかに心を奪う呪いの魔道具だの、エンシェントドラゴンだの、気候変動装置だの……恐るべき物ばかり……ん?」
ホッグスはふいに押し黙った。
ツェモイはそんな彼女の顔を覗き込んでいたが、ホッグスは俺を見上げた。
ツェモイもだ。
「なあ、ロスよ……。あのエンシェントドラゴン……魔女があそこに埋めた、という話であったな?」
たしかにそういう話だった。
スピットファイアは魔女が埋めたと話したし、あれがエンシェントドラゴンだと断定したのはエルフだ。
そして何より。俺は言った。
「魔女の子供であるアップルが、あれは自分の兄弟だと話していた。館の虫は全て、魔女が造ったものだと」
ホッグスとツェモイはしばし無言だった。しかしツェモイが先に口を開く。
「……では何か? エンシェントドラゴンという存在自体、魔女が造ったものということに……」
ツェモイとホッグスは、俺の顔やら、互いの顔やらを見比べ合っていた。
俺は言った。
「アップルはどうしている?」
「うむ、あれから救護班のテントに寝かせているのである。しかしすごいものであるな、あの状態からまさか助かるとは」
あの山での出来事。
アップルは気候変動装置を持って積雲に飛び込み、低温を発生させて雹を降らせた。
あのあとアップルは装置と共に落下してきて、装置はその衝撃で砕けた。
アップルは低温によってかなり消耗していたが、あの時まだ地面に転がっていた魔力供給獣の切れ端を《ザ・サバイバー》で調理し、食べさせたのだ。
それによって体力を持ち直したアップルを、俺は麓まで担いで運んだわけだが……。
「容体次第では本人に聞いた方が早そうだが……」
「ではいってみよう」
「私はここで作業を続ける。何かわかったら教えてくれ」
俺とホッグス、そしてラリアは、テント群の隙間を縫い、アップルがいるというテントへやってきた。
大きめのテントだ。ホッグスがまず入り口をくぐり、中にいた救護兵らしき者に尋ねた。
「任務、ご苦労。アップル殿の様子はどうであるか?」
「は。もうすっかりいいようで。元気なもんですよ」
「そうか……話せそうか?」
「え?」
「どうした」
救護兵はなぜか俺の方を見ていた。
「どうしたのであるか」
「いや……インティアイス顧問、元気になったので、ロス殿に謝らなければ、と言って、出ていきましたが……お会いになられていないんで?」
俺たちは救護テントを出た。
そこらじゅうにいる兵たちに、アップルを見なかったかと尋ねて回ったが、みな一様に首を横に振った。
「…………またこのパターンか」
「昨夜はこれで君がヌルチートに取り憑かれたんだったな」
「となると、このままいくとヌルチートがついているのは……」
エルフ……ということに……。
「ねえどうしたの? こんなとこで」
噂をすれば何とやら、テント群の間で、エルフが後ろから声をかけてきた。
「ここで何しているんだろう?」
「飽きたから今日はもうおしまい。明日にして今夜はもうロスとファックしようと思って」
「君は大丈夫なようだな。アップルを見なかったか?」
「いいえ。どうかした?」
エルフが見なかったということは、空き地ではない。つまりツェモイも見ていないはず。残る場所は……。
俺は館の残骸、黒い塔を振り返った。
明日で第三章は終わりです。




