第158話 結界を張ろう
ツェモイたちが山を下り始めたのと同時だった。
《エンシェントドラゴンはマナ・フレンド・ヴァルカンのスキルを発動しています》
山頂から下りてくるエンシェントドラゴンの、炎に包まれた体が、さらに赤い光を発した。
赤い光は幾筋かの線となり、アーチを描いて、周囲の溶岩へと伸びていく。
すると、溶岩の流れるスピードが高まった。
それまで粘性が強くゆったりとした溶岩の流れだったが、急速に斜面を舐めていく。
俺は駆け下るツェモイたちを振り返る。どう考えても彼女たちが走る速度より溶岩の流れの方が速い。と言うよりここにいる俺たち自身も危険だった。
「こンにゃろ森が燃えるだろうがーーッ!!!」
《スピットファイアはマナ・キングのスキルを発動させています》
ドラゴンへと飛ぶスピットファイアの体から、7色の光が発された。
昨今レインボーカラーと言えば多様な性のあり方を示す柄である。そう考えてみた時、脳内では少年のように語りかけるスピットファイアは、妖精の姿でスカートを履いているわけだが、ひょっとして何か関係でも
「ぬオーーッ! これが俺のマナ力じゃいーーッ!!!」
《スピットファイアはハイパーマナスラッシュのスキルを発動しています》
スピットファイアの7色のマナ光と、ドラゴンの赤いマナ光が互いにオーロラの幕のような形を取り、それらがぶつかり合った。
同時にスピットファイアの体から、7色それぞれに分かれた光の柱が出現。マナの光柱はスピットファイアの左右に1列に展開すると、一斉に山頂目がけて疾走した。
7色の柱は溶岩に突入し切り裂いた。そのまま山頂まで駆け抜け、柱が通り過ぎた跡に空白地帯ができる。溶岩はその空白の道に流れ込んでいくことはなかった。
マナスラッシュで作られた空白の道はツェモイたちが走るルートと一致していく。スピットファイアは彼女たちの逃走経路を作ってくれたらしい。
「おのれ生意気な虫ケラめーーッ! この妖精王の力をもってしても押し返せンとはーーッ!!」
……どうやら違ったらしい。マナの操作によって溶岩全てを逆流させたかったようだ。
だがドラゴンのマナ力がなかなかに強く、結果として道に分断されただけか。
「ぬオーッ! このままでは森が……」
俺は走力のスキルを発動させ斜面を駆け上り、スピットファイアに声が届きそうな距離まで近づいて、こちらへくるよう叫んだ。スピットファイアはすぐにやってきた。
「なンじゃいッ!!!!」
「スピットファイア、君は四霊の結界というものを使えるそうだな」
「あーまあね」
「それをやろう。双子山を囲むように結界を敷いて、封鎖するんだ。そうすれば溶岩は森まで流れ込まない」
「ぎゃーーーーッ天才かーーッ! 今年の秋のノーベル精霊賞は貴様、いやおまえ……キミ、あなた様に決まりーーーーーーーッ!!!!!!」
ストックホルムまでいかないといけないのかな。パスポートを申請する必要がある。いや発案者はエルフだからいくのはあいつだ。
何にせよ、スピットファイアは俺のそばでホバリングしながら瞳を閉じた。
術を発動するらしい。
だがその間にもドラゴンが迫ってくる。
背中のホッグスが言った。
「ロス! あの2人で協力するスキル、3人以上ではできないのであるか?」
《ツープラトン》のことだろうか?
「わからん、やったことがない。でもそれが?」
「パンジャンドラム殿、あのゴブリンをたくさん出せるスキル、使えるか⁉︎」
「できるけどどーすんの⁉︎」
「今度は私のスキルと一緒に発動させよう! 3人でやるのだ! 時間を稼ぐ!」
「なるほど、スワッピングね……」
「今何と言った」
「何でもない、やってみましょ!」
パンジャンドラムが俺の肩に飛び乗った。さらにその上にディフォルメホッグスがよじ登る。
《スリープラトンのスキルが解放されました》
《パンジャンドラムはレギオンを発動させています》
《ホッグス少佐は色即是空を発動させています》
パンジャンドラムから飛び出したホッグス。再び九つの火球を出現させると、それと共に回転。
その中から、大量のゴブリンズが溢れ出してくる。
現れたゴブリンズは俺たちの前で密集し、組体操のピラミッドのように自分たちを積み上げいった。
ゴブリンズのピラミッドが20メートルほどの高さになった時。彼らは発光した。
するとピラミッドは、1匹の巨大ゴブリンへと変身。
巨大ゴブリンは地響きを立てながらエンシェントドラゴンへ走り出した……のち、姿が消滅した。
「あれ、なに? 失敗?」
呟いたパンジャンドラム。
だがしばらくすると、エンシェントドラゴンが進撃をやめた。
巨大ゴブリンが消えた辺りまで進んでから、止まったのだ。そしてなぜかドラゴンはのたうち回り始めた。長い体で何かに巻きつこうとする動きをしたり、牙の並んだ口で空間に噛み付いたり。
地面に降り立ったホッグスが言った。
「幻覚を見ているのである。私にはまだゴブリンの巨人が見えている。ドラゴンは幻のゴブリンと格闘しているのである」
どうやらホッグスのスキル、幻を見せることができるらしい。ドラゴンは俺たちが見守るなか、見えない敵との独り相撲を強いられていた。
「スピットファイア、今のうちに……」
「ぐわーダメだッ!!!」
俺が振り向くと同時にスピットファイアは目を開け頭を抱えた。
「結界には要石がいるンだったーッ! しかもそれは双子山の麓全部を囲まなきゃあならンッ! どうやって山中に要石を置いて回るっていうのーーーッ! どう頑張ったって間に合わないーーッ!!!!!」
スピットファイアの四霊の結界……たしか、4つの要石に4元素の精霊の絵を描き、それを等間隔で配置するというものだったはず。
溶岩の川はすでに俺たちの立つ場所の、両側を流れ始めていた。
かつて味わったことがないほどの熱気が辺りを支配していた。
この溶岩の川を越え、もしくは1度麓まで駆け下り、双子山を囲むように配置する……だが溶岩の流れは速い。すでに、下に小さくなり始めているツェモイたちの周りまで到達しかかっている。さらにその向こうに、麓の森が見える。大森林への溶岩の流入は避けられない。
一同そろって顔を見合わせる。
パンジャンドラムが言った。
「……うーん……さ、さて、ぼくらも帰りますか」
「う、うむ、そうであるな、我らはベストを尽くしたのである。ここは勇気をもって名誉ある撤退を……」
「待たンかいーーーッ!!!!!」
「どーするっつーんだよオエ! 森が火事になれば火に巻かれて終わりだぞどっちみち! それに、森にはオークの村だって……」
その時だった。
どこからともなく声が聞こえた。
『ロス。聞こえる? ロス?』
エルフの声だ。先ほどいの一番に山を下りていった彼女だったが、なぜかすぐ近くから声がする。
ホッグスの立っている辺りから聞こえる。ホッグスは、腰のベルトからペットボトルほどの大きさの筒を取り外して答えた。
「こちらホッグス少佐。その声エルフ殿か⁉︎ どーぞ!」
ジェミナイト通信具だ。エルフは騎士団の誰かに借りでもしたか、通信具で話しかけてきていたのだ。
『私、魔女の館についたわ。ねえ、結界はもうかかった?』
「いや、まだである。どーぞ」
『そうよかった、間に合ったわね。いいか知らん、聞いて。魔女の遺物に天候を操作できる魔道具があったのを、さっき見つけてたの。私それを取りに戻ったわけだけど、これを使えばちょっとぐらいは溶岩を冷やせると思う』
魔女の館……。
そう言えばエルフは、俺やツェモイが館の地下通路に入る直前、庭に並べられた魔女の遺物を物色していたような。
「ど、どうやって冷やすのであるか? どーぞ」
『雨を降らせるのよ。ただ結界が張られてからじゃ山の上に振らせられないからね、間に合ってよかった。ねえ、結界はどの辺りから張るの? 私、そこまで山に入ったら知らせるわ』
「あの、エルフ殿、それが結界が張れないのである。要石を置いて回る時間がなくて……その魔道具、雨を降らせられるなら結界がなくてもいいのでは……⁉︎」
『……ええー……この道具、局所的にしか変化させられないわ。よくて山の周囲少しぐらい……しかもコレ、古いから魔力が枯れかかってるのよ。私も今自分の魔力でチャージしてるけど、時間がかかるわ。使えるようになるまでに溶岩は森へ入っちゃうわよ。だから結界を張って閉じ込めてほしかったのに……』
ホッグスは黙った。
そして俺を見上げた。
万事休す。詰みだった。
《ホッグス少佐の色即是空の効果が切れるまで残り2分》
もうドラゴンに構っている暇などない。このままではあの溶岩が森へ到達し、火災で俺たちの退路も絶たれる。
なすすべもなく、下山すべきだった。
だがハルが言った。
「あっ……あの! もう1回、ツープラトンを試していいですかっ⁉︎」
俺たちはハルを振り返った。
ハルの顔は、熱気のため汗でびっしょりだった。かく言う俺も、なぜトレンチコートなど着てきてしまったのだろうか。山の天気は変わりやすいというが限度というものがあ
「あ、あの、パンジャンドラム! 俺と一緒に発動させよう!」
「え、何で」
「《プロジェクト・フィラデルフィア》だよ! ゴブリンをいっぱい出して要石を持たせて、山中にワープさせるんだ!」
「え、できるのかそんなこと。たしかおまえのスキル、あんま遠い距離は移動できないんじゃ……」
難色を示したパンジャンドラム。
だがウォッチタワーが言った。
「おれも混ぜてくれや。やるだけやってみようぜ。それでダメなら逃げよう……!」
ウォッチタワーは拳を振り上げ、スピットファイアに要石を用意するよう言った。
俺たちはスピットファイアの指示に従い、そこいらに落ちていた手頃な岩を集める。
「ハハハけちけちせず盛大に8つぐらいいっとくかガハハハハハ」
何が面白いのかスピットファイアは笑いながら、8つの岩に四霊の絵を、色のついた息を吹きかけることで描きあげていく。
「よし、ハルさん、ドラムさん! いっちょブチかまそうぜ!」
「……でもさ、どうやるわけ?」
「あっ……手をつなぐとか?」
「ええ、気持ち悪いよ……」
「ガハハウォッチタワーその痩せっぽちを振り回せばいいのさハハハハハ」
「よっしゃ!」
「えっよっしゃじゃないっすよ……あー!」
ウォッチタワーはハルの体をアルゼンチンバックブリーカーの形に担ぎ上げた。そしてその場で、駒のように高速回転し始める。
《ウォッチタワーはスリープラトンのスキルを発動しています》
「うわー助けて‼︎」
「ハル! スキルを発動しろよ!」
パンジャンドラムはすでに8人のゴブリンズを出現させ、要石を抱きかかえさて待機中。
《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》
プロペラめいて回転するハル。その姿が、砂嵐へと変わりつつある。
《ウォッチタワーはエッグ・ロジックを発動しています》
駒の軸と化したウォッチタワーが叫んだ。
「そうかーっ! 今おれにはわかったーっ! そもそもワープするのに近いも遠いもねえーっ! 要はどこかへ出ようとする、たどり着こうとする強い意志なんだーっ!」
《エッグ・ロジック発動中》
ラリアとホッグスからひと言ずつ。
「この人何言ってるですか?」
「少女よ、今はただ見守ろう」
ウォッチタワーの固有スキル《エッグ・ロジック》によって物理法則が捻じ曲げられつつあった。
高速回転するハル。その砂嵐の肉体は、次第に円盤のようになっていく。
その円盤は、ウォッチタワーの頭上に空いた大きな穴のようだった。
「ドラムさん、今だーっ! 飛び込ませろーっ!」
パンジャンドラムは要石をセットしてくるようにゴブリンズに命じると、1人ずつ砂嵐円盤の上へ投げ上げた。
要石を抱いたゴブリンズは1匹、1匹と、ウォッチタワーの頭上へダイブしていくが、砂嵐に呑み込まれ下から出てくることもない。
全てのゴブリンズが穴に消えた。
ワープは成功だった。
「ぬわっちッ! すごいぞ、8匹とも山に散らばってるぞーッ! 位置も完璧だーッ!」
スピットファイアがくるくると飛んだ。
どうやら結界をかける術者には、要石がどこにあるか感じ取ることができるようだ。
「よし!」
ウォッチタワーは回転するのをやめハルを下ろしながら、
「帝国の少佐さんよ! エルフさんに連絡してくれ、今から術をかけるって!」
「ま、待つのである、その前に……!」
ホッグスは通信具にがなった。
「ツェモイ団長! 聞こえるか! ツェモイ団長、どーぞ!」
『こちらツェモイ、どうした⁉︎』
「これからスピットファイアが結界をかけ、溶岩を閉じ込める! 貴殿ら、どの辺りにいる⁉︎」
『どの辺りって……どの辺りと言われても斜面ばかりで目印など……うう、残り3分の1ほどで麓に着ける! ……と思う!』
ホッグスはスピットファイアを振り返った。
ツェモイたちが逃げ遅れることを懸念しているのだ。
「3分の1と言うとえーっとえーっと、うむ、問題ないッ! ゴブリンは山の半分ちょい下のところだッ!」
「よし、ではあとはエルフ殿が……」
通信具から声。
『はーい、私エルフさん。今ゴブリンの後ろにいるの』
どうやらすでにさっきの通信のあとから登り直していたらしい。すごい早さだ。
『でもちょっと待って、私のとこから騎士の丸耳が見えるわ。まだゴブリンのラインを越えてない人がいる!』
ホッグスが再びがなった。
「ツェモイ団長! 聞こえるか! 何をやっとるのだ、早く下りないと取り残されるぞ!」
『わかっている! だが……アップル殿が、アップル殿がダダをこねていて……!』
ツェモイの声に眉根を寄せたホッグス。
アップル、意識を取り戻したのだ。
『騎士団長、下りて! 溶岩がすぐそこまできてるわ、その子は私に任せて!』
『む……わかった、頼む!』
通信具から響く声からするに、留まろうとするアップルを連れ戻そうとしていたのはツェモイのようだ。だがすぐに、
『ロス、私よ! 要石の内側に入ったわ、虫の女の子以外みんな下りた、やって!』
声が聞こえると同時にスピットファイアは高く飛んだ。
そしてその体の周囲に砂埃が風に吹かれ集まり、そこからさらに火と水が生まれ、混じり合うように巡る。
スピットファイアは、何と言うか、忍者が印を組むような形で指を組むと、叫んだ。
「ぬオーッ! なまくさまンたぶったーなーン、あゔぃらうーンふーン、おーむ!!! あーでぃてぃやーや、まりーちYEAH!!! すゔぁーはーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
なぜサンスクリット語の仏教真言なのかはさっぱりわからないが、いずれにせよスピットファイアが唱えると、体から7色の光がほとばしった。
と同時にだ。
俺たちのいる空間が、一瞬だけ揺らいだ。
「よっしゃーーーッ! 術は完成じゃいーッ! あとはあの卑猥な生物に引導を渡すだけじゃーーーッ!!! ぬオーッ!」
《ホッグス少佐の色即是空の効果が切れました》
虚構から現実に引き戻されたエンシェントドラゴンが、こちらへの進撃を開始した。
「さて……問題はあれをどうやって倒すかだが……」
思わず俺は呟いていた。
そしてウォッチタワーを見上げた。
俺の《ハードボイル》は効果がない。
ハルもダメだし、おそらくゴブリンズを密集させ熱で倒すパンジャンドラムのスキルも、あの炎では無理だろう。
残された手札は、ウォッチタワーの《エッグ・ロジック》とスピットファイアの《リスポーン》。
迫りくるエンシェントドラゴン。その姿は燃え上がり、巨大。これから我々は、あの化け物と一戦交えるのだ。
彼はこう言った。
「……ほんとは、おれには関係ねえんだろうな。山の呪いなんてよ」
前世ではプロレスラーだったという彼。
たしかに俺も、パンジャンドラムたちも、平和な国から何の関係もない異世界にやってきて、何の脈絡もなく、今まさに困難に直面している。
「……でもよ。それでもここ、一応地元なんだよな、おれの。山を守る……それが部族の掟」
ウォッチタワーは大槌を担ぎ上げた。
そして言った。
「時は来た。それだけだ」
そしてスピットファイアと共にドラゴンへと向け駆け出した。
戦う前から負けることを考えるオークはいないのだ。
……あたいね。
ほんとはもっと短い話を書きたいの。
ドラゴンなんて今日瞬殺してやろうと思ってたの。




