第157話 ボルケーノ
燃え続けるエンシェントドラゴン。
そいつは体をたわませ伸び縮みしながら俺たちの方へ真っ直ぐに向かってくる。
しかもそれだけではなく、ドラゴンの背後の火口からは、配水管が詰まっていることに気づかずうっかり水流レバーを動かしてしまった時の便器のごとき勢いで、溶岩が溢れ出していた。
ハワイのキラウエア火山などでよくあるような、流動性の高い溶岩だ。それが噴火口から満遍なく溢れ、プリンのカラメルめいて双子山をコーティングし始めた。
「そ、総員退避である! 退避! 山を降りろっ!」
叫んだホッグス。
ツェモイもまた、部下の騎士団に同様の命令を下した。
だが。
「た、たいへンだーーーッ!!! このままじゃ溶岩が森まで流れ込ンでしまうッ! そうなれば大森林は終わりじゃーーーーッ!!!!!!」
スピットファイアが頭を抱えて喚いた。瞳に涙すら浮かべていた。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」パンジャンドラムが言った。「早く逃げなきゃあ……」
「薄情ゴブリンめーッ! じゃあ森はどうなるって言うのーーーッ! 森に暮らす獣や鳥たちはーーーーッ! 人間の醜い争いの犠牲になって焼け死ねって言うのーーーッ⁉︎」
「そんなことオレに言われても……」
俺はこんがり焼きあがったロス・アラモスの唐揚げを頭の中に思い浮かべると同時に、脳内でガスンバの地図を広げた。
ガスンバの広さは南米のアマゾンほど。
密林なのだ。そこへ溶岩など流れ込めば火災になるのは、皮肉な物言いではあるが火を見るよりも明らかだ。
「それこそ」ツェモイが言った。「言い争いをしている場合ではない! 火が回れば冒険者のベースも全滅だ! 早く知らせて避難させなければ!」
その言葉に同調したのはグレイクラウドだった。
「ウォッチタワー、いこうぜ! このことを伝えなきゃあ、村にも!」
だがウォッチタワーは迫り来るエンシェントドラゴンを見つめて言った。
「……アレはどうする? 追ってくるだろあいつは」
エンシェントドラゴンは全身が燃え上がる巨大な尺取虫。炎シェントドラゴンと化していた。
「言うとおりだスピットファイアの。アレを連れて森へは入れねえ。ブッ倒すしか……」
「どうやってだよウォッチタワー!」
俺は言った。
「とりあえず降りよう。誰かアップルを担いでくれ。あの化け物は……もう1度試してみる」
集団から、山頂の方へ進み出た。
そして、
《ハードボイルを発動しました》
両拳からマイクロウェーブを発射。
遠くから迫るドラゴンの顔面にヒットした。
これで倒せるはずなのだ。炎をまとっていようが、マイクロウェーブが体の内側へ入り、体組織を破壊できるはず。
だがドラゴンは何事もないかのように突き進んでくる。いやむしろ、体表の炎の勢いが強まったように見える。
《エンシェントドラゴンはマナ・フレンド・ヴァルカンのスキルを発動しています》
「ロス!」エルフが言った。「ストップ! ストーップ!」
《ハードボイル》を取りやめた俺。
「何だろう」
「効いてないわ。無駄よたぶん」
「しかし……」
「あのドラゴン、最初火口に突っ込んでいったでしょ。たぶんだけど、最初っから火山の噴火に耐えられるように造られてるんだわ」
「何のために。奴は火口で何をやってたんだ」
「さあ、それは……」
眉根を寄せたエルフ。
エンシェントドラゴンはマイクロウェーブを浴びながら何かのスキルを発動させていた。
《スキル・アナライザーのスキルが発動しました》
『マナ・フレンドは自然エネルギーを操るスキルだぞ! 地水火風のマナの流れを誘導し、自分の力に変えることができるんだ! ヴァルカン・スタイルは火を操る! 地水火風全てのマナを制すれば最上級スキルはすぐそこ! マナ・キングに、俺はなる!』
なるほど。
マイクロウェーブで発生した熱エネルギーを自分の魔法か何かに変えているのだ。
エルフの言うとおり、魔女はあのドラゴンの口の中に噴火を通そうとするため、尺取虫をそんな風に造ったのかも知れない。
いずれにせよ考え事をしている余裕はもうなかった。
溶岩流は粘度がかなり高いのか、山肌を流れるスピードはさほど速くない。
だがエンシェントドラゴンの方は山の斜面を、なかば転げ落ちながらこちらへ向かってくる。
「あっ、あの」ハルが言った。「俺、いきましょうか……」
「いや、危険だ。君の固有スキルはたしか、《ドラゴンウォール》の内側にワープするスキルだろう。今あの中に飛び込めば焼け死ぬだけだ」
「あっ……」
そこでエルフが言った。
「あんな構造、長くは持たないわよ。たぶん放っておけば力を使い切って死ぬわ。エネルギーは無限じゃないもの」
「頼もしい言葉だ、よし、みんな逃げよう……」
俺はそう言って全員をうながす。
しかし、
「ふざけるなーーーッ! 元はと言えば貴様らがここへきたからこンなことになっとンのやぞーッ! もういい貴様らには頼まンッ! 僕1人でも戦うぞーーーッ!!!!!」
妖精王は承服しなかった。1人叫んで、エンシェントドラゴンへ突っ込んでいく。
あまり重要なことでもない。スピットファイアはどういう原理か、死んでも何度でも蘇る。好きにさせておこう。第一手の打ちようがないのだ。
アップルはグレイクラウドが担いでいた。俺はそれを確認し、山を降りようとした。
だがウォッチタワーが動かない。
彼はじっと、スピットファイアが飛び去った方を眺めている。
「どうしたウォッチタワー。いこう、スピットファイアなら大丈夫さ」
ウォッチタワーは振り返って、大森林を眺めているようだった。そしてまたスピットファイアと、燃え盛るエンシェントドラゴンを見る。
そして言った。
「……さっき言ったんだ、スピットファイアが。観音寺選手って。あの声なあ……聞き覚えがあるんだ。以前聞いたことがある」
「何だと」
「……火事の時さ。おれが飛び込んだ、あの火事……」
ウォッチタワーは俺を振り向いた。
「あの時、ファンに会いにいったんだ、おれは。どうしてもおれに会いてえっていう男の子がいてさ。それで何か、爆発があってよ。火に巻かれて、おれはその子を助け出した」
その時のオークの戦士長の表情を、何と言い表せばよかったのだろうか。どことなく悲しげな、それでいて悟りきったような穏やかな表情。
「その子があの日、言ったんだよ。観音寺選手、熱いよ、って」
言い終えると同時にウォッチタワーは大槌を担いで走り出した。
エンシェントドラゴンの方へだ。
俺はほんの一瞬、その背中を見送っていた。
一心不乱に炎の竜へ飛ぶ妖精王。それを追うオークの戦士長。
俺は振り返って言った。
「みんな、山を降りてくれ」
「ロス殿どうするつもりだ」
「やるだけやってみる。ラリア、それに少佐、降りてくれ。みんなと逃げるんだ」
レイジングボアという名のオークに背中を向けて、ホッグスを抱えてもらうよう頼む。
ハルが叫んだ。
「む、無茶ですよっ! ロスさんの固有スキル、きかなかったんでしょ⁉︎ ドラゴンを倒すための固有スキルでもダメならどうしようもないよっ! どうしてそこまでする必要があるんですか! 逃げましょうよっ!」
俺はハルを見やった。彼は震えていた。
ハルの言いぶんはもっともだった。スカした態度でいるがロス・アラモスには何の策もない。
だが言った。
「どうしてもダメならもちろん逃げるさ。ウォッチタワーを引きずってでもな。そして俺はあの溶岩流より速く山を駆け下りられる自信がある。自慢じゃないがこのロス・アラモス、転生以来1度逃げに入ってから逃げ切れなかったことなどない」
そしてラリアにも左腕から、レイジングボアの方へ移ってもらおうとした。
だがラリアは、腕にきつくしがみつき離れようとしない。
「おいラリア……」
「マスター……マスターが今まで逃げてこられたのは、ボクがいたからですよね?」
パンジャンドラムもまた、
「その線でいくと……やっぱりロス君の逃避行にはこのパンジャンドラム様もひと役かってきたわけで……」
山頂、エンシェントドラゴンを見据える。
「……ロス。貴様、私以外には捕まったことはないということであるか?」
ホッグスが背中に戻ってきた。
「少佐、危険だ」
「まだあの新しいスキルが使えれば意識ぐらいは逸らせるかも知れん」
ハルは俺たちの顔をオロオロと見比べていた。
ホッグスがそれを尻目に、
「ツェモイ団長。私は現場の責任者として事態の収拾に当たる。貴殿は館までいき、私の部下たちに退避するよう伝えていただけないか」
「少佐……大丈夫なのか?」
「それはロス次第であるな」
話はまとまった。
あとの問題は、流れる溶岩流をどうするかだが……。
エルフが言った。
「……いちかばちかね。ロス、あの妖精を呼び戻して」
「何だ、何をする気だ」
「結界よ。あの子に結界を張らせる。双子山を囲むのよ」
結界……そう言えばスピットファイアは、当初魔女の館の周囲に結界を張り、立ち入り禁止にしていた。
「あの結界なら溶岩が大森林まで漏れないわ」
そう話したエルフ。
ナイスアイディアだったが、発案者であるエルフの表情は暗い。
「どうしたんだろう?」
「……いえ。この、地震がね」
たしかにまだ地は揺れている。
「ロス。私、ひとっ走り館までいってくる。無茶はしないでよね」
言うが早いか、エルフは風を巻いて山を駆け下りていった。ツェモイたちを置いてだ。
それを追って山を下り始めるツェモイたち。
その時だった。
俺が山頂を振り返ると同時に、エンシェントドラゴンが大口を開けた。
がっぽりと開いた口の中に、何かが燃えているのがここからでも見える。
そして唐突にそれを吐き出した。
複数の、灼熱の岩石。
火山弾だった。
「くるぞ!」
先をいくスピットファイアとウォッチタワーは避けた。その直線上にいる俺たち目がけ、火山弾が飛来する。
《パウンドフォーパウンド・マスター・オブ・ディフェンスのスキルを発動しました》
《パンジャンドラムはレギオンを発動しています》
《ハル・ノートは功夫大師のスキルを発動しています》
《ツェモイ団長はライトシールドのスキルを発動しています》
まずは列をなしたゴブリンズの壁が盾となり、それを突き抜けた岩石を俺とハルが拳で打ち払う。そこから漏れたものはツェモイの光の盾に弾かれた。
「団長、いけ!」
「ああ、ご無事で!」
ツェモイを殿に騎士団とオーク2人は麓へ向け駆け出した。




