第十五話 覚醒! 固有スキル《ハードボイル》!
エルフ少女がヌラヌラとヌラめくおぞましい触手によって絡め取られ、宙へと持ち上げられていく。
「ワッタファック! まさか伝説の魔獣セクシャル・テンタクルを背中に搭載しているだなんて!」
「あのセクシャル・テンタクルは若い女性ばかりを襲い、その肉体を思うさま嬲り尽くしたあと、そこらへんに捨ててしまうのであります!」
「特に命に関わったりとか怪我させられたりとかはないんだけど、一時間ぐらいは足腰立たなくさせられるんだよ!」
「それだけじゃあすまないぜッ! それを目撃した者たち、つまりこの場合オレっちたちも呪いにかけられて、光の届かぬ闇の国ノク=ターンへと堕ちちまう!」
異世界人たちがそれぞれセクシャル・テンタクルについて説明をしてくれた。そして俺の方へそろって顔を向け、言った。
「ロス! 何とかしてくれぇ!」
俺は空中のエルフを眺めた。
触手に捕らわれ大の字に浮遊するエルフは、しばらく抵抗しようともがいていた。
だがやがて、なぜか口元をほころばせた。
その表情はたいていにおいて、何かとても素晴らしいことを閃いた時にする表情だった。
そしてエルフは俺の顔を見た。
「あー困ったなー! このままじゃ私、公衆の面前であられもない姿を晒してしまって、二度と表を歩けなくされてしまうなー! 16歳のこの肉体がヌラめく触手に蹂躙されて正気も失ってしまうかもしれないなー! あーどうしようー困ったなー困ってしまったなー!」
俺はドラゴンに背を向けた。
「おいロス! どこ行くんだYO!」
俺には関係のない話だった。
というより、どうしてやりようもないのだ。
「俺はただの人間だ。あんな化け物を俺にどうしろって言うんだ。エルフは諦めて、他の住人を退避させろ。たぶんあのエルフが時間を稼いでくれるだろう」
「そ、そんな……」
「ちょっと、ハーレム、違ったロス! 聞こえてるわよー! そりゃないわよー!」
「ねえ待ってよ!」
レイニーが俺の腕を掴んだ。
「離してくれ」
「あんた逃げる気なの⁉︎」
そう、言われた。
「あたしはよくわかんないけどさ、あんたには力があるんでしょ⁉︎ そうじゃなきゃ、ギルド長や王様だってあんたに頼ったりなんかしてないよ! なのにどうして? こんなに困ってる人たちがいるのに、あんたは投げ出して行っちゃうっていうの⁉︎」
レイニーは真剣な目で俺を見ていた。
俺は、もう一度。離せと言おうとした。
力任せに振り払って、それで終わりだ。
離せ。俺には関係ない。
そういうことを言えばいい。
いや、俺はみんなにもっと言うべきことがあるはずだ。
俺は素人だ。
今まで黙っててすまなかったが、今日の朝ここへやって来ただけの、ただの平和ボケした通りすがりの日本人なんだ。
正直まるで事情が掴めてない。
本当はもっと簡単なクエストからはじめて、手ごたえを掴む予定だったはずなんだ。
いや正直それすら何でやる必要があるかもわからない。
わからないんだよ。
ゴブリンだのオークだのエルフだのドラゴンだの、ああ、あとグリフォンか? それから魔法だとか、急にそんなこと言われても対応できないんだ。
俺は何だかわからない理由でここへ来て、これからどうすべきなのかもわからない。
42歳にもなって自分の明日どころか今日のことさえわからない俺が、ドラゴンの殺し方なんて知ってるわけないじゃないか。
だが俺の口は違うことを言った。
「逃げたり投げ出すのなんていつものことだ! 何がいけない⁉︎ 俺に俺以上のことを期待するのはやめろ! もうたくさんだ! 君たちは俺のことを人形か何かと思ってるのか⁉︎ やれと命令しさえすれば本当にできると思ってるのか⁉︎ どこへ行ってもこんな調子だ、どうしてみんな俺にできないことばかりやらせようとする!」
思わず大声を出していた。
レイニーがびっくりした顔で手を離す。
DJも、レイチェルも、ゴンザレスも、ただ驚いたように俺の顔を見ていた。
両親を思い出した。
みんないつも、最後にはそんな顔をする。
そう思う俺は今どんな顔をしているんだろう。
俺はもう一度ドラゴンへ背を向けようとした。いつもそうしてきたように。
その寸前。
ゴンザレスに抱えられたラリアの姿が目に入った。
ただ力なくそこにいた。
背を向けようとした。
しかしだ。頭に閃くものがあり、俺は叫んだ。
「スッツェェイツス、オッッッッッペンンンンンナッッッ!!!」
「えっ、ロスどしたの急に……」
「パニックで気が触れたかYO?」
みんなが俺を怪訝な目で見ていた。
奇声を発したからだろう。そんな目つきに晒されるのは慣れていた。
自身の眼前に展開したステータス画面に目を通し、俺はエンシェントドラゴンへと歩き出す。
「ロ、ロス……」
「わかったよ、殺ればいいんだろう。みんな逃げろ。ただラリアはそこに置いていってくれ」
「な、何言ってるの……」
俺は化け物へと歩き出した。
エンシェントドラゴンはすでに港の縁に乗り上げつつあり、その気味の悪い顔をこちらへ向けていた。
その頭上ではエルフ少女が、
「あわわ、あわわ、な、何これどうしたいのよ」
左右に振り回されている。
俺は村正を抜き払った。
大上段に取る。
俺は言った。
「やれやれ」
そして振り下ろし切っ先をドラゴンへと向けた。
その直後。
村正の切っ先から眩いばかりの図太い光線が発された。
あっという間に、ドラゴンのその不快な面めがけて到達する……かに見えた。
「ああっ、やっぱりダメであります! 障壁が……!」
俺の光線はドラゴンの手前で波紋を作り出していた。
遮られていた。
しかし俺は光線を発することをやめない。
俺の眼前にはまだステータス画面が展開されていた。
俺の瞳の焦点はドラゴンではなく、そちらに合っていた。
スキル項目の欄。
《ウルトラスプリント》。《ザ・マッスル》。
その名の書かれた欄とは別の項目。
固有スキルと書かれた欄。
一行分だけの狭いスペース。
そこにはすでに書かれていた。
俺だけの固有スキル。
俺はさっきたしかに、その知らせを聞いたのだ。
《ハードボイル》。
俺は村正を握る手にさらに力を込める。
「ロス、無理だよ! 逃げよう!」
「お言葉だがレイニー、ここからが盛り上がるところだ」
村正が光を強めた。光線はさらに太く、力強くドラゴンを押す。
「ワッタファ⁉︎ 見ろ! ドラゴンが……」
「ああっ、痙攣してるであります!」
エンシェントドラゴン、その蜘蛛の姿が苦しげに震えていた。右足の一本などは硬直して、空のあらぬ方向を指していた。
俺は再びステータス画面に視線を向ける。
そこには俺のスキル、《ハードボイル》の説明文が書かれてあった。
『このスキルは転生者に備わる対エンシェントドラゴン用の固有スキルだぞ! エンシェントドラゴンの障壁は氷や土のような物質、あるいは炎のようなプラズマ攻撃を遮断できる手強い魔法だ。けどこのスキルは高密度のマイクロウェーブを投射することによってドラゴンの障壁を突破し、体内の水分子を振動させ加熱する。これによってドラゴンの蛋白質は硬化して、熱中症になって死んでしまうんだ!』
俺の光線はたしかにドラゴンの障壁に食い止められている。
しかしそれは光が障壁の向こうへ到達できないだけで、マイクロウェーブは障壁を突き抜けているのだ。
ドラゴンが背中の触手の数本をこちらへ伸ばしてきた。
俺を止めようというのだろう。
その触手も俺の眼前でぶるぶると痙攣し、硬直する。
その動きを最後に、エンシェントドラゴンは動きを停止した。
半身だけ港に乗り上げていたが、地に顎を打ちつけ海へとずり下がっていく。
港の人々から歓声があがった。
エンシェントドラゴンが死んだ。そう口々に言っていた。
俺は海へと下がっていこうとする触手を一本、村正で切断した。
落ちた触手を拾うと、ドラゴンに背を向けラリアのもとへ向かう。
ラリアは相変わらずゴンザレスの腕の中でぐったりとしていた。俺はその目の前に触手を突き出した。
「ロ、ロス何してんだよ、子供には早いよ」
「ラリア、食べろ」
レイニーとゴンザレスは驚いたような顔をした。
「ちょっと何言ってるのよ、ラリアちゃんはツドニイの葉しか食べられないんだよ。君がそう言ったんじゃない」
しかし当のラリアの視線は、俺の手にある触手に釘付けになっていた。よだれを垂らし、息をはあはあと荒げ、恍惚とした表情で触手を見ていた。
俺はまだ閉じていないステータス画面を眺めながら、ラリアの口に触手をねじ込んだ。
「むぐ!」
「誰か! 衛兵を呼んで! この性犯罪者を逮捕して!」
レイニーが叫んだ。しかし当のラリアは触手を噛みちぎり、もぐもぐと食べている。
「味はどうだ」
「お、おいしーです! 歯ごたえがプリッとして、コクがありつつまろやか、口の中でふわっと広がり、かつ優しい味がするですっ!」
ラリアは目を輝かせて答えた。レイニーとゴンザレスが不思議そうな顔で見守る中、ラリアは残りの部分もたいらげた。
俺の目の前の画面。そこには固有ではないスキル欄に新たな名詞が追加されていた。
《ザ・サバイバー》。
あらゆる生き物を食材とし、安全な食べ物と化す能力。
触手はおそらく、茹でた肉となったのだ。そして俺のスキルによって、コアラが食べても消化できる食材となったのだ。
「マ、マスター、ありがとうです。お腹いっぱいになったです!」
ラリアがそう言った。
「ロス、いやブラザー! あんたすげーYO! エンシェントドラゴンを一発で! どうしてできないだなんて嘘ついたんだYOメーン!」
「ほんとであります! ロス殿、みなを代表して、礼を言わせてほしいであります。我々だけでは被害を押しとどめることはできなかったでしょう。貴殿はまさに英雄であります!」
「ロス、ごめんね。さっきはひどいこと言って。でも、君ってほんとすごいよ。アポカリプス級のエンシェントドラゴンを倒しただけじゃなくて、ラリアちゃんのご飯も作れるなんて」
「こんなことができるだなんて、オレっち信じられねえ! あんたって奴は最高だよ!」
みんなも何か言っていた。
俺は背を向けて歩き出した。
「ロス……? どこ行くの?」
「宿屋を探す。仕事は終わった」
「ね、ねえ! ラリアちゃんはどうするの?」
「どうもしない。今まで通りだ。リベレイトエンジェルに任せる」
「ロス殿、お待ちを。グリフォンで王宮までお送りするであります。国王陛下も事の顛末が報告されるのをお待ちでしょうし……」
「それはそちらでやっておいてくれ」
「YOYOブラザー! 水臭いぜ! 城へ戻ったらパーティーだぜ!」
「何のパーティーだ」
「何って……そりゃあんたがあのエンシェントドラゴンを討伐してタイバーンを救ったことのお祝いだYO……。あんたを讃える……」
俺は振り返った。
みんなは俺を見て、少し気圧されているようにも見えた。今俺はどんな顔をしてるんだろう。
「教えてくれ。俺は何かやったか? パーティーをして、讃えられるような何かを。ええ? これは俺の手柄なのか?」
「な、何言ってるでありますか? 間違いなくロス殿の手柄であります! あんなすごい魔法初めて見たであります……ドラゴンをああして退けたことがロス殿の手柄でなければ何だと……」
「ロス、どうしたの……」
「俺に構うな。放っておいてくれ。余計なことに巻き込まれてうんざりだ」
そう言って、俺は町へ歩き出した。
もう声をかける者もいない。
それでよかった。
なぜか疲れていた。
それは生身でマイクロウェイブを発射するという、日本においてはなかなかチャレンジする機会のないことをやったせいだけではなかったのだろう。
まだ鎮火しない港を後にする。
ただ一人だけ、なおも俺を呼び続ける者があった。
「ああロス! やっぱり私がピンチだから助けてくれたのね。もうこうなったらできるお礼と言ったら一つしかないよね! 今すぐこの極上エルフボディをあなたに……ちょ、ちょと待ってよロスどこ行くの。待って、あ、何これ触手がはずれない。うわ、かたっ! 固まってるこれ……足つった時のふくらはぎみたい……ちょっと! 下ろして! はずれないのこれ! うわ、沈む! ちょちょちょ、ドラゴン沈む! た、助け、ロス、ガボガボ…………」
俺は振り返ることなく町へ歩いた。
炎の明かりの届かぬ向こう側は、街灯だけが頼りなく夜の町を浮かび上がらせている。
それでよかった。昔から眩しい光は好きになれない。
俺はそのまま、夜の町の曖昧な暗闇に俺を浸した。




