第156話 燃えよドラゴン
エンシェントドラゴンこと尺取虫は火山の噴火口を咥えていた。
山頂丸ごとすっぽりと覆うほど伸びきった口。
俺たち転生者がアップルと格闘している間、なぜかそんなことになっていた。
俺は尋ねた。
「スピットファイア……あれは何をやっているんだろう?」
問われたスピットファイアはすぐさま山頂へ向け飛び、
「何かわからンがブッ殺すッ!」
よくわかっていないらしい。
スピットファイアは尺取虫の巨体に光弾を発射した。
だがやはり、《ドラゴンウォール》によって傷つけることはできなかった。
「なンじゃこりゃーーッ! なンで攻撃が通らないのーッ⁉︎ どンな設定になっとるンじゃこいつはーッ!」
ドラゴンの尻尾の辺りで、頭をかきむしったスピットファイア。設定がどうのと、また何かよくわからない憤りを見せていた。
俺は叫んだ。
「スピットファイア! 固有スキルだ! そのバリアは転生者の固有スキルで突破できる!」
「こゆースキル? 濃ゆーしてkillってか! ガハハハハハなンのこっちゃ」
スピットファイアはその場で小さくぐるぐる旋回している。
俺は隣に立っていたウォッチタワーの顔を見上げた。
彼は眉毛をハの字にしている。ああいうところが、妖精王はコミュニケーションが取りづらいと言われる所以なのだろう。
スピットファイアは明らかにこの異世界についての何かを知っているはずだった。だがあの妖精は、なぜか尺取虫が復活することは知っていても、《ドラゴンウォール》や固有スキルについては知らない様子。
「ロッさん、その固有スキルってのは……?」
ウォッチタワーもそうだったようだ。
見上げた尺取虫は噴火口を見上げたまま、尻尾を持ち上げ始めた。
尻尾はぐんぐんと高度を上げ、尺取虫は倒立し始めていた。
「今は詳しく説明している暇はなさそうだ。俺がやる。ここからでも届くだろう」
エンシェントドラゴンが何をしたくて逆立ちしているかはもう興味はなかった。山登りを終わらせるべき時だった。
《ハードボイルを発動しました》
両拳から青白い光が発する。
俺のマイクロウェーブは《ドラゴンウォール》を通過する。
そして相手の体内の水分を加熱できるのだ。あの巨体を爆散までもっていけるかどうかはわからないが、少なくとも熱中症にして殺すことができるのは以前実証済みだ。
両手の指を組み合わせ、それを山頂のエンシェントドラゴンに向ける。スピットファイアが射線に入っていないことを確認し……。
発射した。
7つのボールを集めると龍に願いを叶えてもらえる漫画のように、俺の拳から青白い光線が放たれる。もっともこれは龍に死んでもらうための光線だが。
特に何の妨害もなく、マイクロウェーブは尺取虫へと到達した。
すでに尺取虫は完全に倒立状態にあったが、《ハードボイル》は光線部分を《ドラゴンウォール》に遮られ波紋を起こしつつも、マイクロウェーブは透過しているはず。
決着のはずだった。
だが唐突に、エンシェントドラゴンが発火した。
「おおっ、やったぜロッさん!」
「ロスさんの固有スキル便利そうっすね!」
「オレの《レギオン》はどうなるんだろ? まさかゴブリンズを突撃させないといけない感じ?」
転生者たちは口々にロス・アラモスの偉業に賛辞を送っていた。
だが俺は《ハードボイル》をやめ、言った。
「……おかしい。どうして燃えたんだろう?」
「え?」
「《ハードボイル》は体内の水分子に摩擦を起こし加熱させるスキルだ。電子レンジと同じで、食らったからといって燃えるはずが……」
「でもさ、ロス君。加熱してるわけでしょ? じゃあ温度が高ければ……」
「俺は以前別のエンシェントドラゴンに今のを食らわせたことがある。その時は体内のタンパク質が固まって死んだだけだった。燃えたわけじゃない」
俺たちはそろって山頂の、火柱と化した尺取虫を眺めていた。
すると。
「な、何だありゃ……」
ウォッチタワーの呟き。
噴火口を咥え込んだエンシェントドラゴンの倒立した体が、さらに縦に伸び始めた。
どんどんと伸び、もはや山の上にたゆたう雲に届きそうにすら見えた。
それにだ。
山の地震が強まっていく。
スピットファイアが叫んだ。
「いっけねえーーーーッ! あいつまだ生きてるぞーーーーッ!!!!!」
瞬間。
双子山が噴火した。
……したのだろうと思う。
大轟音がしたと共に、地面がトランポリンのように跳ねたのだ。地震と呼ぶのも生やさしい揺れだった。俺たちは跳ね上げられ、また地面に叩きつけられる。
問題は、音だった。
噴火と同時に金管楽器のチューバの低音を何百倍にもしたような野太い音が辺りに響き渡っていた。
「%$×○*☆#¥!!!!!」
パンジャンドラムが両耳を手で押さえのたうち回りながら何か言っていたがよく聞こえない。
ハルもウォッチタワーも耳を押さえて地に伏せていた。ホッグスもラリアを庇うようにして、同じように地面に伏せている。
俺は山頂を見上げた。
エンシェントドラゴンの、噴火口を咥えている喉の辺りが大きく膨らんでいる。
それに対して尻尾の方は、先端がビリビリと震えているのが見えた。
やがてその振動は収まり、それと共に音も小さくなっていく。
ドラゴンの体は元の長さに縮み、ゆっくりと折れ曲り、尻尾は地面へと垂れた。
そして、完全に音はやんだ。
「何だったんだあ? 今の……」
立ち上がったパンジャンドラム。ウォッチタワーもハルも、スピットファイアも、炎上し続けるドラゴンを眺めている。
俺は言った。
「……屁をこいたんだ」
「……はあ?」
「屁を、こいたんだ」
「誰が」
「エンシェントドラゴンだ」
「え、え、なに」
俺を見上げたパンジャンドラム。
俺は後ろを振り返っみた。
斜面の下の方から、ツェモイら騎士団やエルフ、解毒が上手くいったのかオークたちも登ってくるのが見えた。
パンジャンドラムに視線を戻す。
「おそらくだが……ドラゴンは火山のエネルギーを口から取り込んでケツの穴から逃がしたのでは」
「あー…………何のために…?」
「さあ……」
「だいたい何でそんなことわかんの?」
「噴火してない」
俺は山頂を指した。
エンシェントドラゴンは相変わらず噴火口を咥え込んでいたが、そのせいか大噴火につきものの、灼熱の火山弾などが吹き上がることはなかった。
「……エンシェントドラゴンが、噴火を食い止めたってこと……?」
俺はパンジャンドラムの問いに答えることなく、スピットファイアに目をやった。
妖精王は宙に浮遊している。
その目はまだ、燃え上がったまま横たわるドラゴンを睨みつけている。
スピットファイアは先ほど言っていた。
エンシェントドラゴンが復活すれば世界の終わりだと。
だが実際には復活したドラゴンは噴火を呑み込み、そのまま息絶えたように見える。
「まあいいさ」ウォッチタワーが言った。「要は魔女の呪いだったドラゴンは死んだってことだろ? じゃあ全部解決だ。まさか部族に長い間伝わってた伝説が、こんなドタバタした形で終わるだなんて思わなかったけどよ、おれも」
ウォッチタワーは下を見やるとグレイクラウドに手を振った。そして、
「とりあえずあれやこれやを片付けなきゃあな。ドラゴンも燃えっぱなしはマズいだろうしよ。それに……」
ウォッチタワーはまだディフォルメ状態のホッグスを見下ろした。
「あんたのせいだぞ、これ」
「む……」
オークの戦士長は帝国の少佐が先走ったためこの大騒動になったことを忘れてはいなかった。
「ウォッチタワー、待ってくれ。そもそもこれはアップルがヌルチートを少佐に取り憑かせたから起こったことだ。少佐を責めても仕方がない」
「ロス、やめるのである。言い訳のしようもない」
「だがヌルチートのせいなら責任の取りようの方もないだろう」
そうこうしているうちにツェモイたちが俺たちのいる場所まで登ってきた。
まだビキニ姿のエルフは俺の隣に立って、1度気絶して地面に倒れているアップルに目をやった。それからエンシェントドラゴンを見上げた。
珍しく無言だった。
「しかしだな、ロス。元はと言えば私がジェミナイトの採掘をしようとしたことが原因だったのだ。まったく私のせいではないとは言えんだろう」
「堂々と言えばいいじゃないか」
「ちょっとロス君。あとでやろうよ。とりあえず山降りようよ」
パンジャンドラムがそう言った。
ツェモイの部下、ミーシャが、男性冒険者に貸しっぱなしにしてあった、俺の黒いコートを手渡してきた。
それを羽織ろうとした時だった。
「そう、ジェミナイト。どうなったのか知らん?」
エルフの声だった。
そちらを見やると、エルフはじっと燃えるドラゴンを見上げたまま。
「アップルって言ったっけ? そこの女の子。その子、エンシェントドラゴンを呼び覚ますためにここへ送られたんでしょ? その子自身は、ドラゴンがジェミナイトを掘り出してくれると思ってたみたいだけど」
「……それがどうかしたか?」
「それで、ジェミナイトは? ジェミナイトを振動させて、ドラゴンを起こして、大きな音を出して終わり? そのためだけに、魔女はアレをここに埋めたの?」
俺はドラゴンを見上げた。
たしかにずいぶんと呆気なかった。
と言うより意図がまったく不明だった。
エンシェントドラゴンのやったことと言えば、ただ山を登り、噴火口を咥え、盛大に屁をこいて……。
ドラゴンはまだ火口を咥えている。
そうやって息絶え……。
「……ロス! あれ見て!」
そのドラゴンの口が動いた。
ゆっくりと、火口の淵を削りつつも、元のサイズに戻ろうとしていた。
「マジ⁉︎ まだ生きてんのかよ⁉︎」
「しぶてえ野郎だな!」
ドラゴンの口は完全に元の大きさへと戻った。体は相変わらず燃えていたが、動きが止まったわけでもない。
いやむしろ、より活動的となっていた。
「……いよいよ本番らしいわね」
そう呟いたのはエルフ。
尺取虫のエンシェントドラゴンは燃え上がる体を蠢かせ、顔をこちらに向けた。
ツェモイが言った。
「エルフ殿。これは、どういう……なぜ死なないのだ……?」
エルフは答えた。
「……つまりあの状態が、本来の正常な姿……なんじゃない? おまけに……」
エンシェントドラゴンは、ゆっくりと、山を降り始める。
我々の方に真っ直ぐ顔を向けたまま。
「……私たち……完全にターゲットにされてるわよ……」
ツェモイや部下の騎士団の顔が青ざめ引きつっていた。
だが今日、双子山のクライミングに参加した俺たちにはまだ悪いニュースがあった。
火口。
ドラゴンが口を外した噴火口。
我々へ向けて這いずってくるドラゴンの向こうに見える噴火口。
そこからドロリと溶岩が溢れ出るのが見えた。
エルフが言った。
「……まあ……大噴火しなかったんなら、漏れ出てくるタイプに決まってるわよねえ……」
そう言って笑ったエルフの頬も引きつっていた。




