第154話 羽化 ※
挿絵あり
閲覧注意!!!!!!
高速スクロールはやめてください
挿絵は二枚あります、油断しないでください
ヌルチートを読む際は周囲を明るくし画面から離れて読んでください
地面に倒れたため、帽子が脱げてしまった。
その中から転がり出てきたスピットファイア。すぐさま羽根を羽ばたかせ浮揚する。
「ぎゃーーーーッ!!! あンの腐れ尺取虫めがーーーーッ!!! 生かしてはおけーーンッ!!!!!」
そして妖精王はウォッチタワーを振り返り、
「ウォッチタワーッ! 殺るンだッ! あの虫をバラせーッ! ブッ殺せッ! 引き千切れーッ!」
先ほど脳内に聞こえていた少年の声とはうって変わった話し様。
ウォッチタワーが言った。
「ス、スピットファイア、生きてたのか! しかし何だありゃあ、あれが山の呪いなのか⁉︎」
「話してる暇なンかないンだーーッ! とにかくアレが噴火口にたどり着く前にクチャクチャのミチャミチャのミンチにしなけりゃあならンッ! 下手をすると……」
ホバリングするスピットファイアは1度、ウォッチタワーの顔の前まで飛んできて、その顔を見つめた。
その時のスピットファイアの表情は、いつもの憤怒の形相ではなかった。ただ、どことなく悲しげに……囁くように言った。
「観音寺選手……もう帰れなくなる……もうプロレスができなくなるんだ……!」
「……な、なに……? プロレスが……何でおれがプロレスラーだったって……」
「続けーッ!!!」
元の顔に戻って叫ぶやいなや、尺取虫へ向けカッ飛んでいくスピットファイア。
「くそっ! 何が何だかわかんねーが、やるしかねえみてえだな! グレイクラウド……」
ウォッチタワーは振り返った。
だが彼が見下ろした先では、グレイクラウドとレイジングボアの2人は息も絶え絶えに地に突っ伏していた。
ムカデの毒にやられたのだ。エルフが言った。
「私が解毒するわ。すぐに終わる。でもどっちにしろ、エンシェントドラゴン相手にこの2人は役に立てないわよ」
「なに……」
「ウォッチタワー」俺は言った。「詳しくは省くが、エンシェントドラゴンは転生者しか倒せない。俺たちでやるんだ、いこう」
ぐう、と唸ったウォッチタワー。
グレイクラウドたちのそばを見ると、ツェモイも倒れている。
「エルフ、そっちは? まさか死んだのか?」
「ううん、ムカデにハグされたのがショックすぎて気絶してるだけみたい」
「じゃ、こっちは……」
俺はホッグスを見下ろした。
魔力供給獣と連結され、ムカデの脚は失ったホッグス。
彼女をどうすべきか?
この状態からどうにかする方法があったりするのか?
ヌルチートのムカデを失った以上、目覚めてももう敵にはならないだろうとは思う。だがこの姿は……。
パンジャンドラムが言った。
「……ロス君、先にドラゴンを片付けよう。あとで考えようよ……」
「……そうだな」
パンジャンドラムの言うとおりだ。俺の力ではいかんともしがたい。自分にできることに集中しよう、俺は山頂を目指す尺取虫を見上げようとした。
だがその時、ホッグスの倒れている地面が抉れた。
そして地の中から、2リットルのペットボトルぐらいの太さのミミズが無数に這い出てきた。
そいつらは地面の中を、どこかから進んできたらしい。ホッグスを持ち上げ、土を抉りながら、山頂を見て右の方へ大変な速さで運んでいく。
「みんな、尺取虫を頼む! 俺は少佐を追う!」
そう言って俺は、ラリアに掴まらせる。そして走り出した。
《ウルトラスプリントのスキルを発動しました》
ホッグスの移動スピードはかなりのものだった。ホッグスの真下から地を突き破り何かが現れた。
それは3匹の大蟻だった。1匹が気絶したホッグスを背負い、2匹は時間稼ぎのつもりか俺へと向き直った。
《ハードボイルを発動しました》
立ち止まることもなく、両拳からマイクロウェーブを発して薙ぎ払う。
ホッグスを背負った大蟻が走る先に目をやった。
ひん曲がってボロボロになった黒い柱が、山肌に傾いて立っている。
ヌルチートの卵産み機の残骸のようだった。
それを数匹の大蟻が根元を支え、建てようとしているのだ。
柱の頂上には、何か白い塊がうっすらと見えていた。
それは片腕を失ったアップルだった。ヌルチートの卵ポッドを抱えて、柱の上にうつ伏せになっている。
遠目でよく見えないが、彼女は蜘蛛の巣のような、絹糸めいたものにうっすらと包まれていた。そうして身じろぎもしない。
「マスター、あの人死んじゃったですか?」
「わからん……とにかくあの蟻を止めるんだ」
俺はラリアを投擲した。
狙いはホッグスを運ぶ大蟻。
だが蟻の後ろから、地中から大量の大ミミズが壁を作るように躍り上がった。
そこへ突入したラリア。
「うわーっ、見えないですーっ!」
赤黒いミミズで視界を遮断され、ラリアは方向を見失ったようだった。ぐるぐるとあらぬ方向へ飛び回っていたが、そんなラリアへミミズは次々と飛びかかっている。
たまらず断念したかラリアは戻ってきた。
ミミズのカーテンが消えると、大蟻は早くも柱の頂上へ到達していた。
アップルを包む白い糸も大きく、厚くなっていた。
もはや繭のようだった。
大蟻はその中にホッグスをねじ込んでいく。
柱の根元にいる大蟻の群れが、支える係の者を残して俺に殺到してきた。
ハードボイルで吹き飛ばしながら柱に駆け寄る。
見上げると、ホッグスはすでに繭に飲み込まれてしまったようだった。
「マ、マスターどうするですか⁉︎ 食べられたですか⁉︎」
「…………」
根元で柱を支える大蟻たちに目をやった。一心不乱に柱を支えている。
こいつらを排除して柱を倒すか?
そこまで考えた時だった。
「マスター、あれ!」
柱を見上げていたラリアが上を指差した。
それを目で追う。
と同時に、狐の耳をした幼女が降ってくるのが目に入った。
「マスター、空から女の子が!」
「うわーっ、である!」
クーコ・ホッグス少佐、その人である。
彼女はなぜかディフォルメ形態となっていて、しかも下半身の魔力供給獣はなくなり、彼女自身の小さな足がある。
俺はそんな、落下してくるホッグスをキャッチした。
両手で抱え目の前に持ち上げ、
「クーコ! 無事だったか!」
「な、何がクーコか馴れ馴れしいっ! 敬意を持って少佐と呼ばんか!」
いつものホッグスだった。ヌルチート的なものはなくなったらしい。ホッグスの顔は赤いようだが、それはきっとさっきまで炎のなか運動していたせいだろう。
「少佐、足はどうした?」
「しょうさっ、うん……いやまあいいのである。足がどうかしたのか?」
「魔力供給獣と合成されていたはず……」
「合成? 表面に穴が空いていて中に入っていただけである。座れるようになっていた」
俺は左手でホッグスの襟首を摘んで吊り下げると、右手で彼女の頬をつねった。
「いひゃいひゃいなにをひゅる! わらひのせいれはないのれあう!」
ラリアも俺の左腕から手を伸ばして反対側をつねっていた。とりあえず手を離して言った。
「まあ無事でよかった。しかしなぜ虫は君をここまで運んだんだろう? アップルは何をしているんだ?」
ホッグスは柱の見上げた。
「わからん……私も気づいた時にはもうあそこから落っこちそうになっていたので……ただ……」
「ただ?」
「インティアイス殿……意識がなかったように見えたが……」
柱の上。糸が堆積し、真っ白い塊になっていた。
ホッグスは、先ほどまで魔力供給獣の中に座り込んでいたという。
取り外しが可能だったということだ。そして虫たちはそんなホッグスをあの上まで運び、糸の中に放り込み、ホッグスは魔力供給獣を失って落ちてきた……。
「ロス、あの……」
「何だろう」
「……すまなかった。私のせいでエンシェントドラゴンが……」
俺は今きた方を振り返った。
遠くで尺取虫がのたうち、それをウォッチタワーたちが追っているのが見えた。
俺は言った。
「仕方がなかった。あの時の君は本当の君じゃなかった」
「……そう言えるか……? 私は、さっきまでの自分を否定できないのだ……たしかに私は、ジェミナイト……任務を失敗することが怖かった」
そう言われてみれば、先ほどまでのホッグスは転生者に対する執着よりジェミナイトにこだわっていたような?
ヌルチートは人の理性を奪うというが、それにしてはホッグスは当初の仕事を投げ出すこともなく……いや、仕事を失敗する恐怖が、感情の働きと言えなくも……。
「あの、ロス」
「何だろう」
「私が振った話ではあるがな、あの……こんなことしてていいのであるか? エンシェントドラゴンが……」
「問題ない」
「問題ないって……」
「向こうには転生者が4人もいる。エンシェントドラゴンごとき転生者の前では敵ではない」
「ドラゴンごときって……」
ラリアも言った。
「マスターはもっと強そうなドラゴンを一撃であの世に送ったですよ。あんなミミズは時間の問題です」
「そ、そうなのであるか、ロスって女性相手にドタバタしてる印象しかないが……」
「特にハルは」俺は言った。「経験者でもある。今さら俺たちが慌てなくても……」
そんなことよりもだ。
俺は柱を見上げた。
アップル。彼女をどうにかしなければならない。
どうにかというのがどうなのかはわからない。しかも彼女は腕を怪我し、どうも力尽きたように思えた。
彼女は俺たちと違って人間ではないのかも知れない。だがこのまま柱に背を向けて立ち去るにはアップルはあまりにも……。
「……いこう、ロス。きっともう死んだ……」
「…………」
「どうした、何を気にしているのであるか……」
あまりにも。
「……俺に似すぎてる」
「なに?」
その時だった。
アップルを包み隠した、柱の上の白い塊。
すでに固まっていたためか、亀裂が入ったのが見えた。
亀裂はどんどん大きくなっていく。
亀裂からボロボロにささくれた、黒い指がのぞく。それは亀裂をさらに押し広げようと蠢いていた。
「……ロス、あれは……繭ではないのか……?」
繭を破りそれは産まれた。
白い糸を引きちぎり這い出してきた。
蛾のような羽根を持ち、魔力供給獣の赤黒い肉体を尻尾とした少女。
肌は白く変色し、赤や青の血管がびっしりと、顔にまで浮かび上がっている。
右腕は、肘から先が大きなヤモリ。
アップルだった。
「うわわ、怖いですー!」
「ロ、ロス、あれは……!」
柱の上でヨロヨロと立ち上がったアップルは、俺たちを見下ろした。
アップルは今や完全に、魔女の子供たちとしての姿を得ていた。
アップルと大蟻たちが先ほど掘り出そうとしていたのは合成獣の装置だったのだ。
しかも右腕。千切れて失った腕をヌルチートにして補っていた。たしかにアップルは繭の中で、ヌルチートの卵ポッドを抱えていた。それも掘り出したのだ。
「アップル、もうやめろ! もう終わりだ!」
「……まだ……まだ終わりジゃなイ〜……!」
「装置は全てあのエンシェントドラゴンを覚醒させるためのものだったんだ。ジェミナイトの採掘装置じゃない! 奴が暴れればどうせこの森も、この場にいる俺たちも……」
アップルはその濁った目をエンシェントドラゴンへ向けた。
「……わタし……私は……にんゲんみたいにハ長く生きられない……わかってた。ここへ、帰っテくるだけで、もういのちはつきるって〜……。デも……だから最後に……お母さんに会いたい。こコで、言ワれたとおりにすれば〜……お母さん、帰ってきてくれる、って言ったもん……」
エンシェントドラゴンへ向けられた生気のない顔。
肌はひび割れていた。虫の寿命はどの程度だったか? 腕を失ったダメージもある。彼女には限界が近づきつつあるのでは。いや、それは初めて会った昨日からすでにそうではなかったのか? だから彼女はあれほど、奇妙なまでに焦っていたではなかったのか。
「終わりじゃない〜ッ! お母さんは帰っテきてクれるって言った〜! キっとあれが、あれがジェミナイトを掘り出すんだ〜!」
叫んで、アップルは羽根を広げた。
金色の鱗粉が舞った。
「テンセイシャ〜ッ! みンナミんなお母さんの言うことヲ聞けェェ〜ッ!」
《アップル・インティアイスは毒鱗粉のスキルを発動しています》
「マスター! ボクがやっつけるです!」
ラリアが俺の上腕から前腕に移った。
投擲しろ、というのだろう。だがアップルの周囲の毒鱗粉はどんどんその密度を濃くしている。ラリアをあそこへは投げられない。
その一瞬の躊躇を突いて、アップルは飛び立った。
「我がミ、ソノ奥、泉ノほとり〜……湧きデテ焼け! サンダーフォール〜‼︎」
アップルの背中にある、虫の尻尾と化した魔力供給獣が赤く光った。もはや小さな雲と化した毒鱗粉が放電し、雷が放たれた。
《ウルトラスプリントの》
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
俺はラリアとホッグスを抱え地面を転がった。かなり当てずっぽうではあったが運よく雷を全て躱せたらしい。
アップルは俺たちに構うことなくエンシェントドラゴンへ向かい飛んでいく。
背中を向けたアップルをスキル発動させて追おうとしたが、やはり頭の中では不正な妨害がどうのと泣き言が聞こえた。アップルの右腕のヤモリ。複眼なのだ。
「ロス、えらいことになったのである!」
「いつものことだ、いくぞ!」
飛び去るアップルの先では、もう少しでエンシェントドラゴンが噴火口にたどり着こうとしていた。
みてみんの方にきれいなアップルを載せております。
よければご覧ください。




