第153話 ホッグス、討伐
『僕です……あの……スピットファイアです……』
俺は周囲を見回した。
ホッグスも、他のみんなも、誰も声に気づいてないのか争いを続けている。
この声、耳に聞こえているのではない。
スキルの知らせのような、頭の中に閃く情報のようなものだった。
スピットファイアがどうやってか、頭の中に語りかけてきていた。
ウォッチタワーやパンジャンドラムには特に頭の声を気にしているように見える動きはないので、俺にだけ聞こえているようだ。
そしてたしかにその『声』は、いつもの勢いがないだけでスピットファイアのものに思えなくもない。
『そうです、僕スピットファイアです。正確に言えば違うんですけど……スピットファイアの体が出せないのでこうやって話しかけてます』
どうやってだろう? 体がないのに話しかけられる? どうやらロス・アラモスは極限状態に追い込まれたため幻聴が聞こえているようだった。あの強力な妖精王スピットファイアに状況を打開して欲しい願望が、俺の心を支配していた。
『いやあの、違います、願望じゃないです、聞いて。あの大きな尺取虫、あれをやっつけなくちゃいけないんです。あいつが火山の噴火口にたどり着いたら、この世界の終わりになります。みんな、この世界から出られなくなっちゃう。早くあいつに追いつかなくちゃ』
ホッグスと騎士団たちの大暴れのなか、俺はエンシェントドラゴンを振り返る。
どでかい尺取虫はその巨体をたわませ、山頂を目指している。奴は体を大きく折り曲げた。巨体が重いせいか山肌の土で滑り、ちょっとこちら側に逆戻りした。気を取り直したようにまた登り始める。
……待て。
この世界から出られなくなる?
『そうです。この偽物のあの世。ヴァルハライザーの世界から。三賢者の魔女はヴァルハライザーの中で勝手なことをしてるんです。だから観音寺選手もあの変なヤモリに捕まったし、今こんなことも起こってるし……』
観音寺……ウォッチタワーの本名だ。プロレスラーだった彼の。だから選手?
それよりヴァルハライザーとは……。
『今は説明してる暇がありません。まずこの狐の女の人を何とかしなくちゃ。ロスさん、僕はこれから、ロスさんの帽子の中に体を作ります。それから……』
「待て‼︎ 俺の帽子の中で何だと⁉︎ 君はたしか自然エネルギーの力で体を造るんじゃなかったか⁉︎ ということはまさか、まさか俺の髪を使って……」
ホッグスをはじめその場の人々が全員、戦いの手を止めて、俺を見た。
「……失礼、何でもない。俺は気にせずみんな続けて」
気を取り直したように殺し合いを再開した一同。
『ち、違いますっ! 生きてる物からは体は造れません! ただ、マナがいります。自然のエネルギーが。だから、何か自然エネルギーを発生させて欲しいんです! それを帽子の中に取り込んで……』
みなまで言うなスピットファイア。俺は叫んだ。
「エルフ! 水だ! 水の魔法を使えるか!」
ムカデの毒液を避けながらも、こちらを見たエルフ。
「使えるけど、どうするの⁉︎」
「火の壁にぶっかけるんだ!」
「ぶっかけ……無駄よ! スキルの炎なのよ、燃焼してる物が空気しかないのよ⁉︎ 水をかける物がないから消えないわよ!」
ああまったくごもっともだった。火が燃えるためには酸素と、温度と、それから可燃物がいる。
木だとかなんだとか、とにかく燃える物だ。だがホッグスの炎はいったいどんな理屈か可燃物もなく燃え上がっている。まったく何をやればそんなことが
『ロ、ロスさん今は考えないで! スキルの火です! ヴァルハライザーの仕様だと思ってください!』
そんなことはわかっている。ヴァルハライザーとは何なのかについても考え始めればキリがない。だが俺が求めているのはそこではないのだ。
「いいからやるんだ! ぶっかけろ!」
「……もう!」
エルフは指を回し始めた。
すぐさまエルフの指から水が噴射する。
《ホッグス少佐はフォックスファイアウォールのスキルを発動しています》
エルフはおそらくホッグスを狙ったのだろう、だがまた狙いがやや逸れた。俺から見て右に逸れた水鉄砲が炎の壁にブチ当たり、そこで食い止められた。
そんなことはどうでもいいのだ。派手な音を立てて水が蒸発している。当たり前だが蒸気は大層な高温だった。
「エルフ! 暑い! 風をくれ風を!」
「何なのよ真面目にやってよ!」
「早くしろ頭が蒸れてるんだハゲたらどうする!」
エルフはやはり指を回して、風を吹かせた。
「ふん、そんなものが何になるのであるか……」
ほくそ笑んだホッグス。今度は炎の壁を出現させなかった。
「ロス、涼しいか? なんなら服も脱ぐか?」
ホッグスが俺のシャツのボタンをむしり取る。なんと優しい女性なのだろう、俺の髪を守るために壁を作らなかったのだ。
俺は帽子を脱いで……吹き込んできた蒸気を帽子に取り込んだ。そしてもう1度かぶる。
《スピットファイアはリスポーンのスキルを発動しています》
スピットファイア、聞こえているんだろうか? 少佐を殺さないでくれよ。
『…………できる限りは……頑張ります。スピットファイアが落ち着いてる限りですけど……』
自分のことを三人称で呼称するなど風変わりな印象の少年だった。
そうやってロス・アラモスが脳内の幻聴に耳を傾けていた時、ウォッチタワーが叫んだ。
「オイ、エルフさん! あんたたしか、呪いを解くのが得意だったよな⁉︎」
「私に得意じゃないことなんてないわ。それが?」
「じゃあ、解毒はどうだ⁉︎」
「毒にやられる前より健康にしてみせる自信あるけど」
エルフがそう答えた時、ウォッチタワーはオーク仲間を振り返った。
「オイグレイクラウド! レイジングボアもだ! スクラムでいくぜ! ムカデを止める!」
呼びかけられたグレイクラウド、それからもう1人のオーク(レイジングボアというらしい)はすぐさまウォッチタワーの両隣に並び立つ。
「ちょっとどうする気⁉︎」
「体張ってムカデ止めんだよおれらがオエ! 図体でけーんだから毒の回りも遅いだろうしよ! エルフさん、おれらがブッ倒れたら解毒は頼んだぜ!」
そう言ってオーク3人は肩を組んで腰を落とす。
「ウォッチタワー! ならば私が先頭だ!」
オークの背を飛び越えて最前列に降り立ったのはツェモイ。《ライトシールド》を展開し、
「いくぞっ!」
「おう‼︎」
突進を開始した。
2匹のムカデが毒液を吐くも、ツェモイのシールドに弾かれる。
「愚か者がぁ〜……!」
ホッグスの呟きとともに、
《ホッグス少佐はフォックスファイアウォールのスキルを……》
これだ。
問題はこれなのだ。どういうスキルなのかはわからないが、ホッグスに攻撃を加えようとする者は、この壁の前に立つと立ち止まってしまう。
今走り来るツェモイたちも、この壁の前まできてしまえば……。
俺はホッグスの顔の前に、自分の右手を広げた。
「知っているかクーコよ……マイベイビー……」
「な、何だうるさいな、今はちょっと……」
「人間の手の指と性器は、同じ構造でできているんだそうだ。つまりこの手の大きさこそが、ロス・アラモスのアラモスのサイズを表しているわけだが……!」
「んなっ! きさまこんなときになにをばかなこ」
と言いつつ俺の手を食い入るように見つめるホッグス。固まった。
「………………でかっ」
正確に言えば構造というより遺伝子と言った方が正しいのだが。
何にせよ炎の壁が消えた。
《吐院火奈太の再ダウンロードが開始されました》
「今だ突っ込めっ!」
叫んだのはウォッチタワー。先頭はシールドを構えたツェモイだが、2匹のムカデが頭をもたげ、シールドの縁を越えて、突進するツェモイに迫る。
「オーッシャオラ!」
「コイオラオエ!」
両サイドのグレイクラウドとレイジングボア。2人がムカデに掴みかかる。俺から見てグレイクラウドが右、レイジングボアが左だ。
グレイクラウドの方は噛まれていた。だがタフな彼は悲鳴もあげない。中央のウォッチタワーは目の前にいたツェモイを担ぎ上げ、
「脳天カチ割ったれ!」
「おう!」
ウォッチタワーの肩に立ったツェモイ。反り返ったムカデの上にいるホッグスと同じ目線だった。ライトニング棒を上段に取る。
しかし、右のムカデが素早く鞭のようにしなった。かと思えばそうやって輪を作り、ツェモイの胴を巻き締めた。
ウォッチタワーの背からツェモイは落ちた。
《3》
「ぐああっ!」
よほどの力なのか、巻きつかれたまま転倒しているツェモイが悲鳴をあげた。
「野郎!」
中央のウォッチタワー。ホッグスをブン殴ろうと拳を引き絞った。
「……ちょっと遅かったのであるな、ウォッチタワー殿」
その眼前に突きつけられた魔法銃。
至近距離からの散弾がウォッチタワーを襲おうとした。
《2》
瞬間、ウォッチタワーの両足の下から何かが高速ですり抜けてきた。
そいつが大型ナイフを翻し、魔法銃を真ん中から切断。
パンジャンドラムだ。ラリアは置いてきたのか姿はない。
ウォッチタワーの背後からさらにエルフが走ってくるのが見えた。
「おのれどいつもこいつも!」
《ホッグス少佐はフォックスファイアウォールのスキルを発動しています》
エルフは間に合わなかった。ウォッチタワーたちの外側をぐるりと炎の壁が囲んだ。
《1》
両側のムカデがオーク2人に噛みつき、かつツェモイを捉えたまま中央へ閉じた。
ぐるぐるともつれ合い、ウォッチタワーとパンジャンドラムをも取り込む。
「絞め潰してくれるのである……!」
グチャグチャ丸まるムカデ。隙間からウォッチタワーの腕と、パンジャンドラムの足、ブーツがのぞいている。ムカデ黒い背が波のように動いていたが……。
突然、その波の間から、ラリアが這い出てきた。
ムカデの塊の上に立ち、ホッグスを睨む。
オークたちのスクラムはこれが目的だったのだ。
自らの巨体を3人並べ、その背にパンジャンドラムと、そしてラリアを隠す。
そうやって、ラグビーボールをそうするように、ラリアを前に運んだのだ。
「こらーっ! マスターを離せーっ!」
「ぷわっ!」
ホッグスの頭に飛びついたラリア。
黒い塊の中から2つのムカデの頭が持ち上がった。
それはラリアを見据えていて、首を伸ばし、嚙みつかんと迫った。
《Respawn‼︎》
「こン虫ケラがーーーーッ! 摂理に反する不自然な姿しくさってからにーーーーッ!!!!!」
俺の頭の帽子から罵声が響いた。
《スピットファイアは毒の唾のスキルを発動しています》
同時に帽子を内側から突き破って、2つの小さな水弾が勢いよく飛んだ。
水弾は2匹のムカデとも、複眼にヒットした。
よほどの苦痛だったか囲みを解いてのたうち回るムカデ。
「あっおのれ……その声スピットファイア、どこであるかっ!」
「ラリア、こい!」
「はいです!」
ホッグスの頭から離れ、ラリアが俺の手許に飛び移った。
《ラリアは毒素消化を発動しています》
《ツープラトンのスキルが発動しました》
投擲。
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
青白い光をまとい、1度真上に飛び上がったラリア。急ターンしてムカデめがけて落下。
《ラリアはスピン・ザ・スカイを発動しています》
そして地面スレスレを左から右に飛び、一気にムカデの両目を抉り取った。
「あーっ!」
《ホッグス少佐は気絶しました》
脚を失い倒れる魔力供給獣。その上のホッグスと俺。
俺はホッグスの後頭部に腕を回しクッションにしながら、地面に叩きつけられた。




