第152話 再来! 古代超獣エンシェントドラゴン! ※
突然の化石の爆発に、人々から悲鳴があがった。
石片、粉塵、空に巻き上げて、俺たちが今日体験した、そしてするであろう異変の中で最大級のイレギュラーが、その姿を現した。
化石はアンモナイトのような巻貝の生物ではなかった。
渦を巻いた紐状生物。
その渦が蠢き解かれ、地を揺るがしてのたうった。
それは全長200メートルはあるであろう、巨大な尺取虫だった。
「な……何だあれは……!」
ツェモイもウォッチタワーも、その場の全ての者たちが、のたうつ化け物を呆然と見上げていた。
ホッグスが叫んだ。
「インティアイス殿! あれは何であるか!」
ホッグスにとって想定外の出来事だったのだろう、だがそれはアップルにとってもそうだったようで、彼女は女性冒険者の腕の中で口をぽかんと開けて尺取虫を見上げ固まっている。
「……エンシェントドラゴンよ」
そう言ったのはエルフ。ツェモイが叫んだ。
「なっ……エンシェント……なぜそんなものがここに!」
「知らないわよ。でもあの装置を起動したらこうなったんだから、装置はドラゴンを起こすためのものだったんでしょうよ」
そんな会話が交わされている間も、俺は相変わらずホッグスに捕まったまま。ホッグスの下半身は魔力供給獣になっているため足は届くので、宙吊りというわけでもなく苦しくはないのだが、とにかくホッグスの腕力が強くて離れられない。
そのまま俺はパンジャンドラムを振り返った。
たしか彼は以前、もっと西の方でエンシェントドラゴンを目撃したことがあると話していた。
その時は、巨大なミミズだったという。
俺は東のタイバーンでエンシェントドラゴンに遭遇した。
その時は、巨大な蜘蛛だった。
そして今、ガスンバの魔女の館。
無数の虫と、巨大尺取虫。
冒険者たちのうち1人の男が、山を駆け降り始めた。
逃げ出したのだ。それを見てつられたのか、他にも続く者が現れる。
もう半数近くが脱兎のごとく逃げ始めていた。それをぽかんと眺めるオークたち。
無理もない、おそらくオークたちはあの尺取虫が何かを知らないのだろう。だがエンシェントドラゴン狩りのためのある種の養成所である、冒険者ギルドに所属する冒険者たちは、その名を聞いただけでもうイメージに呑まれてしまったのだ。
オークの1人、グレイクラウドが言った。
「オイ、ウォッチタワー! ひょっとしてあれが村の老人たちが言ってた、山の呪い……⁉︎」
ぐう、と唸って返したウォッチタワー。ツェモイが一歩前に進み出て、
「ホッグス少佐! 一時休戦だ! エンシェントドラゴンを倒せるのはSランク冒険者のみ! この場でSランクは転生者しかいない、ヌルチートを向けるな!」
ホッグスは巨大尺取虫を見上げていた。
その視線のなか……尺取虫は山頂へ向け這っていく。
エンシェントドラゴンは人間を食べるというような話を聞いたことがある。
だが尺取虫は我々人間には目もくれず、噴煙の立ち昇る頂きへと、伸びたり縮んだりしながら進んでいた。
「アップルちゃん、逃げよう!」
「傷も治さなきゃ……」
冒険者の声が聞こえてくる。そちらを見てみると、アップルは尺取虫の方を虚ろな瞳で眺めていた。
だが。
やがてその目には徐々に光が戻り、
「そうだ〜……きっとそうだ〜……! あの虫が、ジェミナイトを掘り出すんだ〜! きっとそうに違いない〜ッ!」
「アップルちゃん! いいからいこう!」
「離せ〜ッ!」
冒険者は血まみれで暴れるアップルをひきずっていこうとしていた。
しかしいきなり、冒険者は弾かれたように転倒した。
《アップル・インティアイスは毒鱗粉のスキルを発動しています》
俺から遠目に見てもわかった。尻餅をついた女性冒険者、アップルの体に触れていた手が、まだらな紫色に変色している。
もう1人の女性がその冒険者に駆け寄り、抱き起こそうとしている。毒を受けた者は慌てたような顔をしていたが、弱い毒なのかすぐに立ち上がった。
アップルはと言えば尺取虫を追ってか瓦礫をヨタヨタと走り出す。
ツェモイが叫んだ。
「冒険者は退避しろッ! アップル殿のことは我らがどうにかする! 早く山を降りろッ!」
まったく素直なもので、冒険者たちは特に異論を唱えるでもなく麓へ向けて走り出した。
ツェモイはホッグスへ向き直り、
「少佐! ドラゴン狩りに協力してもらうぞ! ロス殿を解放しろッ!」
ホッグスは1度俺を見た。
そして尺取虫を見上げ、それから遠くのアップルに目を向ける。
アップルは片腕だけで、瓦礫から何かを掘り出そうとしている。2、3匹の大蟻がそのそばへやってきて、アップルを手伝っていた。
ホッグスはツェモイを振り返る。
「冗談ではない……インティアイス顧問が、あれはジェミナイトを掘り出す魔獣だと言っているのである! だというのであれば任務は当然継続中である……部署違いの者が私の……いや……」
魔力供給獣が赤く光り、
「生まれつきの貴族が獣人の成功を邪魔するなぁッ!」
ホッグスはツェモイへ向け魔法銃をブッ放した。
《ライトシールド》で防いだツェモイ。
その背後から飛び出した女騎士、ミーシャがホッグスへ迫ろうとしたが、
《ホッグス少佐はフォックスファイアウォールを発動しています》
再び炎の壁。ミーシャはなぜか立ち止まり棒立ち。
そこへホッグスが右手の魔法銃を向け……、
「少佐、やめないか!」
「ク、クーコと呼べと言っとろうっ!」
俺はその右腕に、自分の右手を伸ばして阻止する。ミーシャは走り寄った他の騎士に引きずられ後退していく。
何とか魔法銃をもぎ取ろうとあがいた。
ホッグスは俺に少しばかり掛かりきりではあったかも知れないが、しかしムカデの方はそうでないらしく、毒液を吐いて騎士団やエルフたちを近寄せない。
おまけにホッグスは炎の壁を使ったり、《フォックスファイア》の火球を織り交ぜたりしながら反撃。転生者勢はスキルが使えず、最も頼れそうなエルフは俺が邪魔になっているのか魔法の攻撃も消極的。
ただ、しばらく騎士団やオークたちの後ろで右往左往していたパンジャンドラムが言った。
「そ、そうだ! こっちにはラリアちゃんがいるんだ!」
見ればたしかに、ラリアはパンジャンドラムに肩車されて向こうにいる。
「ラリアちゃんならヌルチートの呪いを無視できるはず!」
そう言うとパンジャンドラムは肩車のまま、ラリアの両手を掴んだ。
ラリア自身もホッグスを睨み勇ましげな表情。
《ツープラトン》を発動する気なのだ。
その声にホッグスは、パンジャンドラムへ向けて火球を発射する。即座にツェモイが割って入り、《ライトシールド》に衝突した火球が大きく飛び散った。
《パンジャンドラムはツープラトンのスキルを発動しています》
パンジャンドラムはホッグスまでラリアを投擲するかと思ったが、彼は真上に投げ上げた。
空中でくるくると前転し続けるラリア。
するとそんなラリアから、同様にくるくる回る小さな影が、次々と地へ飛び降りてきた。
その影は、ラリアだった。
ラリアが増殖していた。
正確には、コアラの耳ではなくゴブリンの耳、肌も枯れた緑色の、ゴブリン風味のラリアだ。
《Baby revolution‼︎》
騎士団の包囲の隙間をすり抜け、緑色のラリアたちが黒い爪を振りかざし、大挙してホッグスに押し寄せた。
「がおーっ!」
「がおーっ!」
「がおーっ!」
しかし……。
《不正な妨害が行なわれています。パンジャンドラムはスキルを発動できません》
ホッグスまではたどり着くことなく、グリーンラリアたちは爆発し始めた。次から次へとグチャグチャに四散し、そのうちの眼球の1個が飛んできて俺の顔面にヒットした。
グリーンラリアは全滅。
「あれ、おっかしいな……?」
首をかしげたパンジャンドラム。その肩に飛び降りたラリアもまた訝しげな表情。
「ドラムさん、ダメなのかい⁉︎」
「うん……何が違うんだろ……」
ウォッチタワーがパンジャンドラムのそばに駆け寄ったが、ホッグスの猛攻が再開され話もできない状況となる。
走り回るパンジャンドラムの肩でラリアが言った。
「け、契約ですっ! ボク、マスターと奴隷の契約をしたから強くなったですよ! だからきっとドラムおにーさんとも契約すれば……!」
すぐさまホッグスが、
「貴様ァーッ! ヒューマンの奴隷になるなど軽々しく口にするとは獣人の誇りがないのかァーッ!」
叫んで火球を8つも出現させ、それを飛ばすと同時に右手の魔法銃も乱射。
「おいしょうさ……クーコ! ラリアに当てたら許さんぞ!」
「だってだってー!」
「ロス君! 契約ってどうやるんだ⁉︎」
「ただ契約すると言えばいいはずだ!」
「口約束かよ……よ、よし! 契約する!」
《ブブー! 二重契約はできません》
「なぁーんだよそれ先に言ってよー!」
銃弾を避け走るパンジャンドラム。シールドで庇うツェモイ。
ルールは意外に厳しかった。ラリアは俺と一緒でないと《毒素消化》を発動できないらしい。どうも先ほど1度は《ツープラトン》を発動させられたのは、ツェモイの《ライトシールド》で炎が飛び散り、ムカデの視界が遮られたためだったようだ。
となると、ホッグスはかなり手ごわい存在だった。
そうこうしているうちに我関せずとばかりにどんどん山を登っていく尺取虫。
何とかしなければならないが、手詰まりだった。
すると。どこかから声が聞こえた。
『……ロスさん……聞こえますか……?』
どこか弱々しい、少年の声だった。
辺りを見回してみたが、この場で少年に見える人物はパンジャンドラムぐらい。だが彼の声ではない。
『僕です……あの……スピットファイアです……』




