第151話 決壊
俺はホッグスに、下半身の肉塊に上から押し付けられながらという形で地表に降りた。どうやらホッグスはクッション代わりに肉塊を使ったらしい。
「……何だ? どうなったのであるか……? 装置の故障か……?」
砂埃の舞うなかギラつく目で周囲を見回すホッグス。俺も辺りに視線を巡らせた。
山風が吹き、砂塵を払っていく。
積み上がった瓦礫の上に、ヒューマンたちを乗せたパイプを担いだウォッチタワーが立っている。
あちらは全員無事なようだ。引き続き俺はホッグスに捕まったまま、ラリアを連れていたパンジャンドラムと、彼らを抱えて宙に跳んだエルフを目で探したが……。
突如、まだ晴れきっていない砂埃を突き破り、両手に剣を構えたエルフが空中から殺到してきた。
ムカデを折り曲げて伏せることで躱したホッグス。飛び違ったエルフに向け振り向きざま魔法銃を乱射。両ムカデもまた毒液らしきものを吐く。
エルフは風の魔法で毒液を散らしつつ、魔弾は走って避けた。
「こらっムカデ女! ロスを離しなさいよ!」
「何を勝手なことを! ロス・アラモスはみんなのものである!」
ホッグスは下半身の魔力供給獣を赤く光らせ魔法銃を連射した。あまりの弾幕の厚さにエルフは距離をあけざるを得ないようで、徐々に俺とホッグスから離れていく。
ホッグスは明らかにヌルチートの影響を受けていた。エルフに俺を離すよう言われてそうするわけでもないが、かと言って渡さないと言っているわけでもない。
転生者を共有したがるヌルチートの呪いだ。
パンジャンドラムとラリアが瓦礫の陰から顔を出しているのが見えた。ホッグスのムカデの1匹が、そちらへ目を向けている。
これだ。
おそらくムカデがヌルチートなのだ。
アップルはホッグスと魔力供給獣を合成装置に放り込んだが、同時にヌルチートの卵も混ぜている。
装置の中には最初からムカデがいて、それがヌルチートと合成されたと看た。
パンジャンドラムの向こうから、ウォッチタワーやツェモイたちがこちらへ駆けてくるのが見える。
ハルもだ。
スピットファイアはまだ出てこないが、これで転生者は俺含め4人。
ムカデは2匹。必ず2人はフリーになれる。それにツェモイが騎士団の指揮を取り戻したようだ。数の上ではこちらが有利。
騎士団、そして男女の冒険者たちがホッグスを取り囲んだ。
パンジャンドラムが言った。
「おい少佐さんよ! ロス君を離せよ。さっさとしないとブチのめすぜ!」
そしてウォッチタワーたちを振り返り、
「ウォッちゃん!」
「ウォッちゃ……なんだい」
「なんかよくわかんないけど、たぶんあのムカデだ。さっきからスキルを使おうとしてるんだけどムカデが見てると使えないんだ。ムカデは2匹だけどオレら、ハルも合わせれば3人だよ。一気にやっつけよう!」
俺はまだホッグスに、後ろから腕を回され首を絞められているような格好だった。何とか振りほどこうとしているのだが今日のホッグス、えらく力が強い。
「ま、待て! 少佐は正気じゃないだけなんだ!」
そのまま叫んだが、剣を閃かせ突進と後退を繰り返すエルフは、
「そんなことわかってるわよ! でも地震が止まらないのよ、そのムカデが山を振動させてるんでしょ⁉︎」
エルフのみならず、ツェモイ率いる騎士団も陣形を組み、
「ロス殿! 我らにはライトニング棒がある! この武器なら気絶させるだけで済む、後のことはそれから考えれば……!」
少なくとも俺以外の人々は、強制執行が必要と判断したらしい。
冒険者勢が最後列、その前に騎士団とエルフ。
そして最前列にはパンジャンドラムたち転生者が立ち、機先を制そうとした。
《不正な妨害が行なわれています。パンジャンドラムはスキルを発動できません》
《不正な妨害が行なわれています。ウォッチタワーはスキルを発動できません》
這い回るムカデの目が2人を捉えた。
「ハル、今だ! ロス君も!」
2人は囮だった。パンジャンドラムの叫びにハルが列から飛び出した。
俺もまたスキルを発動し、拘束から逃れようとホッグスの腕を掴む。
だが……。
《不正な妨害が行なわれています。ハル・ノートはスキルを発動できません》
《不正な妨害が行なわれています。あなたはスキルを発動できません》
左のムカデが毒液を噴射。急ブレーキをかけたハルは尻餅をつきながらも、毒液を浴びることを免れる。俺の腕は相変わらず人並みの力しか出なかった。
「よっし、そんなら……」
パンジャンドラムとウォッチタワーがホッグスに迫る。
が、やはり急停止した。
《不正な妨害が行なわれています。パンジャンドラムはスキルを発動できません》
《不正な妨害が行なわれています。ウォッチタワーはスキルを発動できません》
「なっ、何だよ、何でだ……⁉︎」
思わずだろう、呻いたパンジャンドラム。
ムカデは2匹。それは今パンジャンドラムとウォッチタワーの方を向いている。
ハルや、ましてやムカデの頭の後方に位置する俺の姿は見ていないはず。
だがムカデは俺たち全員のスキルを同時に封じていた。
跳び下がって距離を取った3人の転生者。
エルフがパンジャンドラムへ呟いた。
「ねえ。ひょっとして転生者って、召喚獣に見られると困るの?」
「え? う、うん……」
「……そのムカデ、デザインがおかしいわ」
その言葉に、俺も上からムカデを見やる。ムカデの頭は普通の虫のように見える。長い触角に、大きな目玉……。
「このムカデ、眼球が大きすぎるわ。トンボみたいじゃない」
俺は頭の中に普通のムカデの姿を思い浮かべる。よく覚えていない。ムカデの頭なんて小さくてよく見えないし、第一奴らはあまり長々と観察したいデザインでもない。
「ムカデの目はもっとちっちゃいのよ。ロス、しかもこいつ複眼だわ」
複眼……昆虫が持つ、レンズがたくさんというあるアレのことか?
大きくせり出した眼球と複数のレンズによって、昆虫の視界はほぼ360度……。
「……こいつ、死角ないわよ」
ムカデは昆虫ではない。
だがこれは合成魔獣。
完璧なハンターだった。
「3人とも、下がって!」
「騎士団、私の後ろに続け! 突撃!」
エルフは指を回し、魔法なのか渦を巻く光の円盤を3枚作り出した。
それがホッグスのムカデへ飛んだと同時にツェモイが《ライトシールド》を展開、ライトニング棒を所持した騎士団員がその後ろから続き突進……、
《ホッグス少佐はフォックスファイアウォールのスキルを発動しています》
突然、ホッグスの前に炎の壁が吹き上がった。
エルフの光の円盤が、壁に突入したあと停止。それからなぜか互いにぶつかり合って消滅した。
ツェモイたちも突進をやめたが、下がるでもなく壁の前で棒立ちになっている。
騎士団の様子がおかしかった。構えた武器もだらりと下げ、ぼんやりと突っ立ったまま炎の壁を眺めていた。
エルフも、パンジャンドラムたちも、騎士団のただならぬ様子を訝しむような目つき。
ホッグスの魔力供給獣が赤い光を強めている。
当のホッグスはどうやってか騎士団を釘付けにしたまま、周囲をせわしなく見回していた。
「ええい、インティアイス殿はどこであるか……!」
ホッグスはジェミナイト探査団顧問のアップルをまだ探していた。
少しばかりの違和感を、俺は払拭できないでいた。
ヌルチートの呪いは、転生者に対する異常な執着を持ち主に持たせる。
だがホッグスはそれよりも、ジェミナイトに対する執着が強いように見える。
目当ての転生者である俺自身がもう手中にあるからか?
だが昨日までの、ヌルチートを所持していた頃のツェモイ団長と、今のホッグスは様子が違う。ツェモイはウォッチタワーを監禁してから昨日ヌルチートを失うまで、自分の任務に対する関心や責任を完全に投げ捨てていた。
それに……。
《ヌルチートはヌルニ》
《ヌ》
《フォックスファイアウォール》
《アンノウン・ロード》
周囲を見回すホッグスは時折俺の顔を覗き込む。だがそのたびに《スキルアナライザー》が俺に何かを知らせ、するとホッグスはまたアップルを探し始める。
それに騎士団の異変。どう考えるべきなのか。
ホッグスの視線がある一点で止まった。
そちらに目を向けると、包囲の向こう、瓦礫の中から小柄な少女が起き上がるのが見えた。
「インティアイス殿、そこにいたか!」
ホッグスの声にツェモイたちも我に帰ったか、そちらを振り返る。
「うっ……アップル殿……⁉︎」
アップルの様に、1番最初に呻いたのはツェモイだった。
瓦礫の上に姿を現したアップル。
オレンジのローブはボロボロに破れ、力なく立っていた。
ツェモイが呻いたのは、アップルの右腕を見たからだろう。
彼女の右の上腕はローブの袖から伸びていた。
通常、人間は腕をだらりと下げれば、指先は太腿の半ばほどに触れる。だがアップルの指先は脛の半ばほどまで到達している。その腕は血にまみれ、ぶらぶらと不安定に揺れていた。
千切れたのだ。
おそらく袖の中で皮か何かでぶら下がっているだけで、アップルの右腕は完全に損傷していた。あの、制御盤の爆発があった時に千切れたのだ。
そんなアップルが、虚ろな瞳で廃墟を見渡していた。
「インティアイス殿! これはどうなっているのであるか⁉︎ まさか何千年も前の装置だから故障していたのでは……」
アップルは聞こえていないかのように辺りを見回している。だがゆっくりと、ホッグスの方へ顔を向けた。
紙のように真っ白な顔。
そして。
「ちがう…………」
この場にいる冒険者のうち女性の何人かが、傷ついたアップルのもとへ駆け寄っていく。だがアップルは、
「ちがう、ちがう、ちがう〜ッ! お母さんが造った装置なんだ、壊れてるわけない〜ッ! 壊れてなんか、お母さんが、壊れた物を私に触らせるわけが〜ッ!」
暴れるアップルを女性たちが抱きしめ、取り押さえようとしている。
この場の全員が、ある種呆然としていた。
山の鳴動は続いていたが、この出来事をどう解釈すべきかわからなかった。それはホッグスですら……いや彼女はもっとそうなのではないだろうか? ジェミナイトの採掘のために化け物の姿に変えられ、しかし採掘装置は壊れたかも知れないのだ。
捕まったままにホッグスを見れば、その顔は無表情。心の内はうかがい知れなかったが……。
1番最初に沈黙を破ったのはエルフだった。静かに呟いた。
「……壊れてないから問題なのよ。あなたにとっても、私たちにとってもね」
エルフはまだ山頂を見ていた。
俺はその視線を追い振り返る。
正確には、エルフの視線は化石に向いていた。
山の鳴動が続いている。
アップルが装置を作動させる前より、むしろ安定して山は唸り続けている。
化石を睨むエルフ。
長い耳をピクピクさせて、何かに聴き入っているよう。
彼女は言った。
「やられたわ…………あの子が動かした装置は採掘のためのものじゃない。山中のジェミナイトを振動させる装置なんだわ……!」
直後。
化石が爆発した。




