第150話 再び洗脳せよ! ロス・アラモス!
奇怪な化け物の上半身はホッグス少佐だった。
2匹のムカデと魔力供給獣と合体したホッグスが、金色の瞳を爛々と輝かせ俺を見ていた。
俺はホッグスを向いて左の方に立っているアップルに、ホッグスから目を離さず言った。
「アップル……少佐に何をした……!」
「何って〜……見てのとおりですよ〜、合成。この柱は〜、それ自体が魔獣合成用の魔導機械なんです〜」
ホッグスの姿はいまや、肉塊のスカートから2匹のムカデを足代わりにして伸ばして立つ……つまり簡単に言うとよくわからない何かだった。
先ほどのスピットファイアの爆死。
それはヌルチートによるものだろう。
だがホッグスのどこを目で探してもヤモリの姿はない。
アップルにしてもそうだ。彼女もヌルチートを背負っていない。
どう判断すべきか。
それについて考えたかったが、今はどうしてもホッグスの変わり果てた姿が目にチラつく。
「少佐……君は……」
「……ロス」
ホッグスが口を開いた。
「さっきはよくも私からヌルチートを取り上げてくれたな……途中まで上手くいっていたのに……! まったく貴様という男は、ずっと規律を乱しっぱなしだ……!」
意識はあるらしい。
だが制御盤を背にして立つ彼女はヌルチートを所持していた時のような、敵対的な雰囲気。
俺は返事を返さずアップルへ言った。
「今すぐ少佐を元の姿に戻すんだ。やるんだ、早く」
「え〜どうしてですか〜? せっかく私と同じ、魔女の子供にしたのに〜」
俺のそばではパンジャンドラムとエルフも、今日のホッグスのただならぬ仕上がりに目を丸くしている。
「アップル! 早くしろ!」
「嫌です〜! 女の人たちにあげたヌルチート、み〜んな殺しちゃったんでしょ〜? これじゃお母さんの言いつけが守れないもん〜! ロスさんたち転生者はみんな私の邪魔したいみたいだし〜」
アップルは俺やパンジャンドラムをチラ見しつつ、
「私にだって、ボディガードが必要じゃないですか〜?」
そう言うが早いか、制御盤のある台座へと走った。
「待ちなさいッ!」
俺たち大森林保護活動派の中で1番先に動いたのはエルフだった。アップルを追い走り出したが、ホッグスの魔法銃が火を噴いた。散弾で目の前の足元の床をえぐられ、エルフはたたらを踏む。
パンジャンドラムも逆の、右側の角度から制御盤へ向かったが、そちらももう1丁の銃火により牽制され跳びのく。
「ちっ!」
《パンジャンドラムはレギオンを発動し》
《不正な妨害が行なわれています。パンジャンドラムはスキルを発動できません》
跳び下がったパンジャンドラムが眉根を寄せた。
ホッグスの顔はずっと俺の方を見ている。
ヌルチートではなく、ホッグスがだ。
パンジャンドラムを見ている者はいない。アップルもヌルチートを出していない。
パンジャンドラムを見ている者を強いて挙げれば、俺から見てホッグスの、右側のムカデ。その頭はパンジャンドラムを向いている。
「3人ともそこを動くなッ!」
「少佐、しっかりしてくれ! さっきは自分だってアップルを止めようとしていたじゃないか!」
「さっきのは気の迷いである! 軍人たる者任務の達成に手段を選んではならない! ジェミナイト採掘の邪魔はさせん!」
ホッグスは制御盤の前で通せんぼ。そうこうしているうちにアップルがその背後へ回り込み、制御盤に取りついた。
エルフが言った。
「ロス、やっつけるしかないんじゃ? もう正気じゃないわよ」
俺たち転生者のスキルが発動できない以上、今この場で応戦できるのはエルフだけ。
そしてエルフの実力なら、今のホッグスを倒せるかも知れない。
だが俺は叫んだ。
「そんなことはない! ヌルチートのせいだ! あれを引き剥がしさえすれば……」
だがどこにいるんだろう? ヤモリの姿が見えない。
落ち着こう。何か方法があるはずだ。誰も傷つけない、何かベストな方法が。
ホッグスがあんな姿になったのは、彼女をアップルが柱に閉じ込めたからだ。柱そのものが合成魔獣の製造機と言っていた。
ホッグスを柱に入れた時アップルはたしか、ヌルチートの卵も一緒に放り込んでいた。ヤモリの姿こそないが、ホッグスが柱の中で合成されたというならヌルチートの影響は必ずあるはず。
そしてホッグスはアラモス派……。
俺は1歩前に出て言った。
「なあ、聞いてくれ」
「聞く耳持たんわ!」
「ホッグス少佐……いや、クーコ。クーコ聞いて欲しい」
「む、な、何であるか……」
「わかるだろう? このままジェミナイトを掘り出せば火山が噴火し、大森林の多くの生き物が死滅してしまう。日々を懸命に生きている、小さな命たちが……」
「むっ……」
ホッグスは間違いなくヌルチートの影響を受けている。ヌルチートは人間の理性を失わせ、情動だけを引き出すと聞く。
ではそれを逆手に取れロス・アラモス。乙女のピュアな感性に訴えかけるのだ。手玉に取ってみせる。俺はかつてのモテないハゲではない。クールにキメるんだ。俺は誰だ? 俺はロス・アラモス。生まれ変わった、野生のジゴロだ。
「なあベイビー、いったいどうしちまったっていうんだい? 俺の知ってる君はそんな女の子じゃなかった。いつも部下や他人のことを気にかける優しい気持ちの持ち主だったじゃないか。あの頃の素敵な君はどこへいってしまったんだい?」
ふと横目に、エルフがハンカチを咥えて引っ張っている姿が見えた。ビキニの水着なのにハンカチなんかどこに持っていたのだろうか。
「クーコ……戻ってきてくれ……君の本当の気持ちはわかってるいんだぜ……君は俺のことが……」
何かエルフが息を呑むような声が聞こえた。
ホッグスは顔を赤くしつつ、
「む、むむ……」
「さあクーコ……自分に正直になるんだ……俺の胸に飛び込んでくるがいい……!」
ホッグス少佐、いやクーコはそのムカデの足を這わせ、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。顔を赤くうつむかせ、しおらしく、そして、
《ヌルチートはヌルニル》
《ヌルニ》
《ホッグス少佐のアンノウン・ロードが発動》
顔をあげたホッグスの表情は苦痛に耐えるように歪んでいた。それから反り返るムカデを折り曲げ肉塊を低く下げると、その上から腕を伸ばし俺のシャツの襟首を掴んだ。そのままムカデをまた伸ばし、強い力で持ち上げる。
「ええい何がベイビーであるかこのバカ男! 仕事が先である! バカめ色気づきおってバカめ!」
持ち上げられつつ頬をつねられた。
「ドラムおにーさん、マスター振られたですか?」
「たぶんね」
「私なんだかホッとしちゃったわ」
と言いつつ走り出したエルフ。両手に剣を閃かせ、ムカデに迫る。
ムカデはエルフに向けて唐突に口から黄色い液体を吐いた。跳び下がって躱したエルフだったが、ホッグスが俺の胸ぐらを右手で掴んだまま、左手の魔法銃を乱射する。
エルフは魔法の散弾を素早くジグザグに走ることで避けていた。そして人差し指を回し始め……。
だがアップルが、制御盤のダイヤルを幾つか、忙しく回した。
「もう遅いですよ〜! 採掘機能、スイッチオ〜ン!」
アップルは最後に制御盤のレバーを引いた。
それを皮切りに建造物全体が小さな振動を始めた。
祭壇もパイプも、ブウンと唸っていた。
ホッグスもエルフも戦う手を止め、周囲を見渡す。
「ふっふっふ〜、これで双子山中に張り巡らされたパイプで、自動的にジェミナイトを採掘できるはず……」
アップルがそうほくそ笑んだ。
この建造物のパイプ、地表に出てきているものだけでなく、山の内部に浸透しているのか?
「お母さんが〜、この制御盤の使い方も教えてくれたもんね〜。私、ちゃ〜んと予習してきたも〜ん」
俺はホッグスの手で宙吊りになったまま言った。
「待てアップル……。パイプがジェミナイトを掘り出すのか?」
「そうですよ〜」
「……どうやってだ」
「……え〜?」
「君はさっき、男の冒険者を採掘奴隷にして、他の虫と一緒にジェミナイトを掘り出させると言ってなかったか? だが君の言うパイプがあればそんな必要はなかった」
「……それがどうかしたんですか〜? たんにみんなで一緒にやった方が早いかな〜って思っただけですよ〜」
何かが気になった。
アップルはヌルチートの材料であるジェミナイトを掘り出すためにここへきた。そして母親だという魔女の言いつけどおりに制御盤を操作した。
スピットファイアは言っていた。アップルは山の上の巨大化石を呼び覚ますために、制御盤を目指しているのだと。
だがアップルは、先ほどから少しも化石の話をしないのだ。
魔女の子供でありながら、魔女の言いつけでここへきながら、魔女の埋めたらしい化石の話を。
突然祭壇全体の振動が大きくなった。
それは際限なく大きくなり続けていた。ホッグスのムカデはその無数の足が振動で滑るのか、バランスを取るので精一杯という有様だった。
パンジャンドラムはラリアを抱きかかえ右往左往、エルフはすっ転んでいた。
もはや地震だった。
いや、事実地震も起きている。
山の鳴動が強まっている。
「なな、何ですか〜⁉︎」
制御盤にしがみついたアップル。
そして…………。
「ぎゃッ!」
制御盤が爆発した。アップルは派手に吹き飛ばされ、柱から落ちていく。
それだけではない。
俺たちのいる柱も急速な勢いで亀裂が入り始め、バラバラに砕けた。
崩れ落ちる柱。
ホッグスに掴まれたまま落下するなか、俺は見た。
柱のあった場所から山上の化石までの地表を、放電する黄色い電流が走っていくのを。
エルフがパンジャンドラムの襟首を引っ掴み、風を巻いて跳んだ。
蜘蛛の巣状の建造物も、外側から崩壊を始めていた。
落下するなか周囲を見回すと、ウォッチタワーが仲間のオークから大斧を借り、太いパイプを切断したのが見えた。
ウォッチタワーはそうやって20メートル強ほどの長さでパイプを取り外すと、そこにヒューマンたちを乗せ始めた。全員が乗ったのを確認するが早いか、ウォッチタワーはパイプを担ぎ上げる。
あのまま飛び降りる気なのだ。
やがて彼らの姿も崩壊が巻き上げる大量の砂埃の中に消えた。




