第149話 ザ・ホッグス 二世誕生
今やすべての女性がヌルチートを落とされた。
ウォッチタワーとツェモイ、それからその部下に男女の冒険者、そしてラリアが祭壇下に集まってきた。
ハルも、服をビリビリに引き裂かれた姿ではあったが、ヨロヨロと走ってくる(ちなみにハル派と思われる数人の女性もラリアに服を千切られていたままハルのそばを走っているので、パッと見には壮大な痴話喧嘩をしたようにしか見えなかった)。
祭壇に向かって左の方を見やれば、エルフと女性冒険者もパイプをよじ登ってくる。エルフのそばの女性冒険者は全部で7人。そのうちの5人が傷1つ負っていないところを看るに、エルフが完封したらしい。
祭壇を見上げた。
高さは30メートルほど。
祭壇の柱は表面がツルツルしていて、指の引っかかるところがない。
だがアップルが乗る蟻はスムーズに這い上がっている。
こちらへやってきたエルフが言った。
「ロス、こっちのヤモリは片付けたわよ、そっちは?」
ウォッチタワーを振り返ると、彼は俺へうなずいてみせた。俺はエルフへ答える。
「全滅した」
「そう。じゃあ噴火は食い止められたってわけね」
ふっと息を吹いたエルフ。
だがその時スピットファイアの怒号が響いた。
「こりゃーーーーッガキンコーーーッ!!! 待たンかいーーーーッ!!!!」
上を見上げると、アップル目がけカッ飛んでいくスピットファイアの姿。
まだ終わりではないのだ。
スピットファイアはアップルが蘇らせようとしているらしい何かを止めようとしていた。
俺は上へ叫んだ。
「スピットファイア! 彼女を殺すなッ!」
アップルの乗る蟻はすでに祭壇の上部の縁へ乗り上げている。スピットファイアがその背後から迫っていた。
俺はウォッチタワーを振り返り、
「俺をあそこまで投げ上げてくれ!」
「な、何⁉︎」
「スピットファイアはアップルを殺す気だ! だが彼女には、魔女とは何者かを聞かなきゃならない!」
「ぐ……よ、よし!」
ウォッチタワーが片膝をつき、両手をバレーボールのレシーブのような形に。俺は充分に助走を取って、その手のひらに飛び乗った。
《ウルトラスプリントのスキルが発動しました》
《ウォッチタワーはザ・マッスル・テストステロンマッドネスのスキルを発動しています》
俺が踏みしめるのに合わせてウォッチタワーが投げ上げる。俺の体はあっという間に祭壇上へと舞い上がった。
祭壇の上には、相変わらず制御盤の台座と、ヌルチートの卵産み機がある。
その台座へ向かおうとしているアップルと目が合った。
「アップル、止まれ! そこまでだ!」
「ロスさん〜……」
「何が目的かはわからないが、君の企みは全て潰えた。もう妙なことはやめるんだ」
「私の目的〜? ですから〜、私はただお母さんに言われたとおり、ジェミナイトを掘りたいだけですよ〜。そうして〜ヌルチートをいっぱい造って、女の人たちに〜……どうして邪魔するんですか〜?」
口を尖らせたアップル。
「君も聞いたはずだ。そのジェミナイトが山の噴火を起こすんだと。なぜそうまでして……」
「まさか〜。お母さんはヌルチートの材料のジェミナイトを、ここで掘り出せって私に言ったんですよ〜? 火山が噴火したら、ジェミナイトもパアじゃないですか〜?」
「だったら君のお母さんもそれを知らなかったんだろう、とにかく1度、やめるんだ」
スピットファイアが絶叫と共にこちらへ突っ込んでくる。俺はアップルとスピットファイアの間に立って指を突きつけ、
「待つんだスピットファイア!」
「黒帽子、止めるなッ! そいつは生かしてはおけーーーンッ!!!」
「人殺しをするつもりなのか!」
「そいつは人じゃないッ! 偽ンプクだッ!」
「とりあえず少し待て!」
アップルを向き直り、
「アップル、諦めろ。みんながこれに反対している。良い結果にはならない」
「……そんなことない……あなたは私を騙そうとしてる〜……お母さんがジェミナイトのことを知らないなんて……」
「何にせよ終わりだ。ヌルチートは全て排除した。君に勝ち目はない」
ここで、尖っていたアップルの口が、笑みの形に変わった。
「……そうですか〜?」
俺はアップルの右腕に目をやった。
黒い、サヤエンドウ型ポッドを抱えている。
ヌルチートの卵ポッドだ。
そう言えば……。
「……アップル。ホッグス少佐はどこだ。彼女を解放しろ」
アップルは視線を柱の中央に向けた。微笑みを絶やさないまま。
俺の視線もそれにつられる。
そこには、ヌルチートの卵産み機がある。
六角柱。上部には透明の膜でできた蛇腹。
その根元が膨らんでいる。
中で何かが動いている。何かの生き物が、そこに入っているのだ。
スピットファイアが叫んだ。
「問答無用じゃいーーーッ!!! くったばれー偽ンプク……」
光弾を……。
《スピットファイアはかんしゃく玉の》
《不正な妨害を感知。スピットファイアは》
「ぎゃーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
『スピットファイアが死亡しました!」
スピットファイア、通算4度目の爆死。
またグチャグチャに吹き飛んだ。
祭壇の下からウォッチタワーが、
「お、おいロッさん! どうなってやがるんだ⁉︎ スピットファイアはどうなっちまったんだ!」
そう叫んでいる声が聞こえた。
だが俺は返事も返さず卵産み機を見ていた。
卵産み機の蛇腹の膨らんだ根元。
そこに何かがいる。黒くてよく見えないがそれは蠢いていて、4つの眼球らしきものがこちら側を向いていた。
あれがスピットファイアを見ていたのか……?
俺の背後から風が吹いた。祭壇の下から吹き上がったらしい。後ろを見やると、エルフが風を巻いて飛び上がってきたところだった。
それにパンジャンドラムも。彼はラリアを背負っていた。おそらくウォッチタワーに投げ上げてもらったのだろう。
祭壇に立ったエルフは少しだけ卵産み機に目をやった。
だがすぐにアップルに向き直った。
「そこの女の子。この場所は全体が三賢者の魔女の遺物だそうね。あのヤモリの召喚獣も魔女の物?」
「そうですよ〜」
「あなた自分が何をやらかしてるのかわかってるの? 召喚獣のジェミナイトが起こしてる共鳴で山が噴火しそうになってるのよ!」
それに対し鼻で笑うアップル。
「まさか〜。ヌルチートのせいで火山が噴火〜? もしそうなったら私も死んじゃうじゃないですか〜」
「ええそうよ、だからオイタはこの辺で……」
「嘘だ〜っ! 私はお母さんからヌルチートを造れ〜って言われてここへ来たんだもん〜! お母さんが、私や他の兄弟を死なせるようなことするはずないでしょ〜⁉︎」
笑うアップルを見つめるエルフの表情。険しかった。そんな真面目な顔ができたのかと思うほど険しかった。
「……ちょっといい? あなたは魔女の子供なの?」
「そうですよ〜!」
「じゃあ、ここにいっぱいいるあの虫と同じ……」
「そうです〜! 私は兄弟のなかで一番人間に近く造れたから、お母さんに一緒においでって言われて人間の世界に出たんです〜」
「あなたは魔女の子供……つまりあの虫が何か知ってるの?」
アップルの顔から笑みが消えた。キョトンとした顔でエルフを見ていた。
「いい? あの虫は、魔女の家畜なのよ。ゴーレムって言えばわかるかしら? 魔女は大昔エクストリーム・エルフとの戦争のために、虫型のゴーレムを造った。それは兵隊でもあったし、単純労働のための奴隷でもあった。わかるか知らん、あなたは魔女の子供じゃない。便宜上そう呼ばれてても、そうではないの。あなたも魔女の、態の良いゴーレム……」
エルフは少しだけ俺に目を向けた。それからまたアップルに視線を戻し、言った。
「……あのヤモリと同じよ」
「違う〜ッ‼︎」
アップルが地団駄を踏んで叫んだ。
「私は召喚獣とは違う〜ッ! 私はお母さんの子供だもんッ! 一番出来がいいんだ〜ッ! だから私は人間の世界に連れてってもらって、人間みたいに生活したもん〜! お母さんと一緒に暮らして、ほんの少しの間だけど……お母さんと一緒にご飯食べて、スキルだっていっぱいもらったもん〜! 私は家畜じゃない〜ッ!」
俺はアップルから視線をそらした。卵産み機の蛇腹、その中にいる生き物が蠕動し、蛇腹内を移動し始めているのが目に入った。
「……ねえあなた。スキルは与えることはできないわ。鍛錬によって身につくものなのよ。それは個々人が将来に備えて身につけるもの」
「だからお母さんは私に〜!」
「聞いて。あなたは魔女にそのスキルを与えられて、何をしてきたの? ただただ魔女の遺物の探索をやらされてただけ。あなたはあなた自身のためじゃなく、魔女のためにスキルを後付けされてるのよ」
「どうしてそんなヒドイこと言うんですか〜!」
俺は言った。
「もういい」
エルフもアップルも俺を振り返った。
「……アップル。何にせよ君の企みはここで潰えた。ゲームは終わったんだ。俺はこれからそこのヌルチートを産む機械を破壊する。君には悪いとは思っている……だがその機械は俺たち転生者にとっても迷惑だし、第一噴火は止めなければならない」
アップルは俺を睨んでいた。俺は自分のブーツのつま先を見た。
「アップル。柱に閉じ込めたホッグス少佐を開放してくれ」
そう言って顔を上げた。
アップルは相変わらず俺を睨んでいる。
昨日初めて会った時はのんびりした表情の少女だった。今の彼女の目は、目の前に迫った歩道でちょうど赤に早変わりした信号機を見る目だった。
なぜ上手くいかないの? いつだってロス・アラモスはそんな目つきの少女に見られてきた。
ロス・アラモスと呼ばれる以前に初めてそういう目で俺を見たのは、俺の『お母さん』だったか。
その目つきのままアップルは言った。
「……まだ終わりじゃない」
そして卵産み機に目を向けた。
ちょうど蛇腹の先端から、中に入っていた物がドチャリと床に落ちた。
それはヌルチートの卵が入ったポッドではなかった。
まず最初に目に入ったのは、戦車の無限軌道ベルトほどの幅のある大きなムカデ。
2匹。グチャグチャともつれ合っていた。
ムカデたちはやがて別れ、その裏表をただし、複眼と長い触角を持つ頭をこちらへ向けた。
2匹は尻尾を持ち上げた。そうやって先ほど絡み合う中心にあった、塊をもたげる。
赤黒い肉の塊。2匹のムカデの尾は塊に連結されていた。その塊をムカデはシャチホコのように反り返って持ち上げている。
見覚えがある。
帝国軍がガスンバに持ち込んだ魔力供給獣だった。
供給獣の2体は昨日破壊された。これはきっと最後の1体なのだろう。いつの間にやらアップルは、この供給獣も卵産み機に放り込んでいたのだ。
それはいい。全然かまわない。
問題なのは、そのもたげられた肉塊の上にいる人物。
下半身は肉塊に呑み込まれ、上半身は両手に2丁の魔法銃。
長い銀髪。
尖った狐の耳。
俺の口から声が漏れた。
「少佐………………」
上半身はホッグス少佐だった。




