第148話 山上の化石
「スピットファイア、こっちだ!」
手を振って呼びかけると、スピットファイアはラリアを抱えたままこちらへ飛んできた。
「マスター、ごめんなさい……また捕まっちゃって……」
俺の胸に飛び込んできて、ラリアはそう言う。
「上手くいかないこともある」
「でもボク昨日もマスターのそばにいなかったですよ……」
「偶然さ」
「こないだもレッシャであのハルの野郎に捕まえられて一緒じゃなかったですよ……」
「タイミングが悪かった」
「そろそろマスターはボクがわざと捕まってると思ってるんじゃないかと気が気ではないですよ」
「まだおまえの見せ場は残っている。いこう」
俺はスピットファイアを見返った。
何度死んでも帰ってくるスピットファイア。今の妖精王は、今回はマイクロウェーブから誕生したためか、小さく青白い放電を起こしている。
「黒帽子ッ! あのガキンコを止めにゃあならンッ!」
「待て、スピットファイア。エルフが……俺の知人、いや知人と言ってもよく知らない人だが、あまり仲良くもない人物だが、交流もない少女だか」
「うン」
「彼女が言うには、双子山の噴火を誘発しているのはヌルチートだそうだ。今ウォッチタワーたちもヌルチートに憑かれた女性たちと戦っている。そちらを先に……」
だがスピットファイアは遮った。
「違うッ! ヤモリは問題じゃないッ! いや噴火はたしかにヤベーことには違いないが本質はそこじゃないッ! このままだと奴が起きるンだッ!」
そう言うとスピットファイアはパイプ越しに、頂上付近を指差した。
そちらへ目をやる。妖精王は頂上より下の方の岩肌にある、巨大なアンモナイトの化石めいたものを指しているようだ。
「アレだ! ガキンコはたぶンアレを起こそうとしているンだッ!」
「アレとは? 岩じゃないのか?」
「違うンだ黒帽子ッ! アレはかつて魔女が置いていったもの! あそこに埋めていったンだッ! 魔女はたぶンアレを呼び覚ますためにあのガキンコをここへ寄越したンだッ! オーク部族はアレを守るためにここに配置されたンだ!」
まくしたてるスピットファイア。
たしかにウォッチタワーをはじめとしたオーク部族は、この双子山と魔女の館を守り続けてきたと言っていた。
オーク村の酋長は、双子山を呪われた山だと話していた。それは魔女が埋めたというアレのことを指していたのだろうか?
オークたち自身、館や山の呪いが具体的に何であるかは把握していなかったように思う。だがスピットファイアはそれが何かを知っているのか。
しかしスピットファイアは続けた。
それは俺にとって、さらに混乱を生むような発言だった。
「わかるか黒帽子! 本当はオークにそんな『設定』ないンだよッ!」
ギラギラと光る大きな目。剥かれた歯。
どんなリアクションをすべきか考えていた俺に、スピットファイアはさらにまくしたてる。
「本当はここに、ガスンバにオークなンかいないンだ! 大森林じゃないンだッ! 荒野とか、地下フィールドに配置されるはずだったンだ! けど魔女の奴がどうやってかヴァルハライザーを乗っ取りやがったッ! だから僕か……いや覚えてない、頭が曖昧だ……とにかく誰かがアレを起こさないようにオークのンプクをガスンバに配置したンだよッ! わかるだろッ⁉︎」
まるでわからない。
「黒帽子ッ! アレを起こしたらこの世界はおしまいだッ! そうなってるンだッ! 世界の終わりだッ! 黒帽子、きさンはヤモリをブッ殺せーッ! 僕はガキンコを止めるッ! あいつを祭壇の上へやってはならないッ! 以上ッ!!!」
言うが早いかスピットファイアはパイプをすり抜け、アップルを追って上へとんでいってしまった。
俺はしばし立ちすくみ、山の巨大化石を見上げていた。
だがふいに声をかけられた。
「あの……ロスさん? 今の、本当ですか? あの召喚獣が山を噴火させるって……あたしたち、いったい何をさせられて……」
そちらを見やると、2人の女性が俺を見ていた。
先ほどヌルチートを取り去った女性冒険者だ。ヌルチートを失ったことで正気に戻ったらしい。
俺は彼女たちと、山の化石と、それから建造物中央の柱を見比べ……それから言った。
「……君たちに頼みがある」
「な、何でしょう?」
「あの中央の柱の近くで、俺の知り合いのエルフが戦っているんだ。それを援護してやってほしい。……それでだ。あの柱の中にホッグス少佐が捕まってしまった」
「ええっ⁉︎」
「エルフと協力して助け出してほしい。俺に頼まれたと言えばエルフも協力してくれると思う」
「少佐が捕まったって……それは、アップルちゃんがやったことなんですか……?」
女性の1人が呟いた。
「私たち、あの召喚獣にそそのかされてたってことですよね? その召喚獣はアップルちゃんが用意したもので……あの子、どうして……」
「ベースではすごくいい子だったのに……」
女性2人は互いに顔を見合わせていた。
「……まずはこれを片付けよう。エルフと少佐を頼む。だがライトニング棒があるからといって無茶はしないでくれ。ほどほどにな」
俺はそう言ってウォッチタワーのもとへ向かった。
まずはパイプを1番上まで上がり、みんなが交戦している場所まで走った。
近づいてくる戦場は、やはりまだ混戦状態にあった。
スピットファイアの妖精仲間が飛び回り、幻惑のカーテンでウォッチタワーの姿を隠そうとしていた。
だが20匹近くのヌルチートから完全に隠しおおすのは無理なのか、離れたところにいる俺の脳裏にも、ウォッチタワーのスキルが発動したり妨害されたりしている知らせが入り続けている。
ハルのスキルは音沙汰がない。おそらくまだ揉みくちゃにされているのだろう。
敵女性、ツェモイの部下、そしてアラモス派の2人。ライトニング棒を所持している者が飛んだり跳ねたり香港映画ばりの空中戦を展開しているのも見える。
「ラリア、あそこにいる髪を後ろに結んでいる騎士と、緑色の髪の騎士がわかるか?」
「はいです。ヤモリが背中にいるけど、他のヤモリの人と戦ってるです。ケンカですか?」
「あの2人は一応味方だ、最後に仕留めろ」
「味方でも仕留めるですか」
「そうだ、仕留めるんだ、これは戦争だ。剣の攻撃に気をつけろ!」
戦闘の現場にだいぶ近づいたせいか、ヌルチート持ちの幾人かもこちらに気づいた。
戦場はかなりの激闘のようだ、敵か味方か、倒れている女騎士も見える。敵と鍔迫り合いになっているミーシャの姿も見えた。彼女は味方から孤立した状態で、金網状の足場、左側の端に追い込まれている。
《ラリアの毒素消化が発動しています》
《ツープラトンのスキルが発動しています》
ラリアを投擲。
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
青白い光をまとい、ラリアが混戦の中に躍り込んだ。
俺はパイプをそのまま走りつつミーシャの方へ向かったが間に合わなかった。ミーシャが足場から蹴落とされた。
金網の足場にたどり着いた。ミーシャが落ちた方へ向かおうとしたが、敵騎士2人が俺に殺到してくる。
とっさにライトニング棒で打ち合うが……。
敵2人の脇から、ツェモイが《ライトシールド》で体当たり。その背後からライトニング棒持ちの部下が1人飛び出し、敵2人と剣をカチ合わせた。
「ロス殿、少佐は⁉︎」
「正気にはなったがアップルに捕まった! あの柱の中に閉じ込められてる!」
「妖精がヌルチートの視線を誤魔化してくれている、ロス殿は妖精と一緒にあのお仲間を!」
シールドで敵の攻撃を防ぎながらツェモイが飛ばした視線の先には、十字架に囚われたパンジャンドラム。
俺は足場縁から顔を出し、落ちたミーシャに目を向けた。彼女はパイプにしがみつき、完全な落下はしていない。
それを知ると同時にウォッチタワーの声が聞こえた。
「ロッさん、スピットファイアはどうなった⁉︎ さっきから死んだって声が何回も……」
「スピットファイアはアップルを止めにいった! アップルを止めないと魔女が埋めたアレが起きると!」
俺は山頂付近の化石を指差す。
ウォッチタワーは化石を見上げ訝しげな顔をしたが、俺はツェモイにライトニング棒を手渡して、
「団長、これを使え! 俺は妖精といく!」
「うむ、気をつけろ!」
頭上の妖精に声をかけると、2人ずつが1枚のカーテンを持つ、2組がこちらへ飛んでくる。
「あーっ!」
《女性冒険者Mは気絶しました》
「あーっ!」
《女性冒険者Jは気絶しました》
ラリアの活躍を聞きながら太いパイプの上を走り、十字架のある祭壇へ向かった。
祭壇は、アップルが操作していた制御盤の台座と、ヌルチートの卵を産む機械のある中心が、高く伸び上がっている。
パンジャンドラムの十字架は機械類とは違いまだ下に残ってはいたが……。
アップルの乗った蟻はすでにその十字架の段に到達していた。
パンジャンドラムの十字架は俺から見て右。アップルは左の端から段上に乗り上げている。
空中の、アップルの背後から、スピットファイアが迫っていた。
俺も段上に走り込んだ。同時にパンジャンドラムを見張っていた2人の女性冒険者が、ライトニング棒をこちらへ向け迎撃の構えを取るのが遠目に見えた。
《剣聖のスキルが発動しました》
この2人のヌルチートをスピットファイアに向けさせてはならない……。
「ガキンコ! くったばれーーーーッ!!!!!」
「あっ!」
アップルがスピットファイアの声に振り返った。
《スピットファイアはかんしゃく玉のスキルを発動しています》
光弾。
スピットファイアにはアップルに対する慈悲はなかった。6発の光がアップルを襲った。
しかし中央の柱のはるか下から飛んできた、無数の巨大な蜂がアップルの前に壁を作った。
虫の壁に光が着弾し、爆音と共に千切れ飛んだ足や羽が舞い散る。それでも蜂はまだまだ現れ、スピットファイアを取り囲む。
「ぬわっちッ! おのりゃーーーーッ!!!」
スピットファイアを取り囲む蜂。それらは密集し、空中で大きなボールとなり始めていた。
「うわっ、ありゃヤバイよ……!」
すでに祭壇中部に近づきつつあった俺の耳に、パンジャンドラムの声が聞こえた。
彼ならあの蜂の球を見て当然そんな感想を漏らすだろう。
密集した蜂が体を擦り合わせて摩擦熱を起こし敵を葬る。あれこそパンジャンドラムが得意とする熱殺蜂球、しかもその本家なのだ。
それでも蜂球の中からはこもった爆発音が聞こえた。スピットファイアが内側から粉砕しているのだろう。
……しかし俺は少しばかりの奇妙さを感じていた。
なぜアップルはヌルチートを使わないのだろう?
蜂の群れを集めたところで転生者が止められるとは思えない。
ひょっとして、アップルはヌルチートを持っていないのだろうか?
その疑問の解消に取り組む時間は与えられなかった。
女性冒険者の1人が迫り、またもや俺にチャンバラを強いた。
剣戟の最中横目に見ると、アップルは段上の床、柱の根元にある小さな窓を開いた。
どうもあれもコントロールパネルの1つらしい。アップルはそれを何やら操作している。
すると建造物全体のパイプが、煙を吹き始めた。
俺の頭上にいた妖精が悲鳴をあげて逃げていき……、
《不正な妨害が行なわれて……》
その先は結構だ。アップルは運撃草の煙を噴射したのだ。幻惑のカーテンを封じられた。ウォッチタワーたちの方もそうだろう。
俺は可能な限り軽やかなバックステップで冒険者から距離を取った。前世では走り込みに取り組み、異世界にきてからも散々走り回らされた。おかげでステップワークには自信がある。おまけに表情の方も余裕のポーカーフェイスを崩さずに上手くいった。弱みを見せてはならない。
「あははっ、四つん這いで必死こいて這って逃げるなんていい格好ね、転生者さん!」
冷酷かつ残忍な女だった。全国、と言うよりこの異世界に最低14人はいると思われるロス・アラモスファンに現実を突きつけて夢を壊すような発現を、目の前の女性冒険者はいともたやすく行なった。
いずれにせよロス・アラモスvs女性冒険者2人。またこの構図かと思っていた時。
女性冒険者の背後。
段上の縁を、女騎士がよじ登って顔を出したのが見えた。
ミーシャだ。
先ほどの足場から落ちたあと、下のパイプを伝ってこちらへ移動してきたのか。
ミーシャは段上に上がるなりすぐさま、十字架のそばにいる方の女性冒険者に、背後から組みついて押し倒した。
同時に俺はもう1人を見ながら、ライトニング棒を投げ捨てた。
「こいよ! ライトニング棒なんか捨ててかかってこい!」
「バカじゃない⁉︎ そんなことするわけないでしょ!」
目の前の冒険者が俺を嘲笑した。ノリの悪い女だった。そして背中のヌルチートを俺に向け、ライトニング棒を振り上げて……。
《パンジャンドラムはザ・マッスルのスキルを発動しました》
彼女の背後に見えていたパンジャンドラムが、力づくで拘束を引きちぎった。
彼はすぐさま冒険者に素早く走り寄り、背中のヌルチートを引き剥がした。
「あれっ?」
呆気にとられた顔をした冒険者。
俺とパンジャンドラムはそれにかまわずミーシャともう1人の冒険者のもとへいき、そいつのヌルチートも引き剥がす。
冒険者2人はまだちょっとヌルチート気分が抜けないのか少し暴れていたが、やがて平静を取り戻していった。
パンジャンドラムが言った。
「やあロス君久しぶり。てっきり忘れられてるのかと思ったよ」
「ご冗談を。君には2度助けられてるから、君への借りがあと1つ残ってるよ」
「オレの方ではタイバーンの洞窟で見逃してもらった分もカウントしてあるんだけど……ま、貸しは多い方がいいよね」
ウォッチタワーの方を見やれば、ラリアの活躍により戦闘が収束しつつあるのがわかった。
ちょうどその時、ひと際大きな爆音。
スピットファイアが熱殺蜂球の囲みを吹き飛ばし、空中にその姿を見せた。




