第147話 ラリアを奪還せよ!
エルフの右側にいた冒険者がパイプを蹴って跳んだ。
双者の間にある空間を跳び越え、空中から躍りかかる。
エルフの左手の剣は右の物より短い。その刃が突然三叉に開いた。トライデントダガーだ。
さらに彼女の左から、後ろから、前から、女性冒険者が襲いかかる。
……そこからは、俺の目ではちょっとよくわからなかった。
パイプの上で4人の女性冒険者が緑に光るライトニング棒を高速で振り回しているのはまあわかった。
対するエルフは、両手の剣や上体をゆらゆらと揺らし、ステップも前後左右に揺れるように動きながら、攻撃を捌いている……らしい。
4人の、ビデオの早回しのような斬撃に対し、エルフは極度にゆっくりとした動き。
時折前触れなく地に伏せることもある。その動きの時、女性冒険者は顔を引きつらせ足を上げ飛びのいていた。よく見えないが足を狙った攻撃を行なっているものか。
互角だった。
むしろエルフは涼しい顔で、口笛すら吹いていた。天上の神々が拵えたフルートがあったとしたらああいったサウンドなのではと思わせる、極上の音色。
それだけにはとどまらない。ボイスパーカッションまで始めた。しかも上手い。
そしてそのビートとはまったく関係のないタイミングで、冒険者の1人の膝に関節蹴り。それでもビートのリズムが乱れない。
足を勢いよく蹴飛ばされ腹這いに突っ伏した1人の冒険者。エルフは左手のトライデントダガーで他の3人の攻撃をあしらいながら、右のレイピアを倒れた女の背に突き刺した。
「まずは1匹……」
レイピアを持ち上げる。剣尖にヌルチートが突き刺さっていたが、貫通はしていない。ヌルチートだけを貫いたのだ。
それを振り捨てると同時に、倒れた女が取り落としてパイプから落ちそうになったライトニング棒をレイピアの先で引っ掛ける。剣先でくるくる回しながら拾い上げた。
3人の冒険者のうち1人が叫んだ。
「つ、強い! ちょっと、手伝って!」
俺を後ろから拘束している女に言ったのだろう。かくいう俺は今パイプに座らされ、プロレス技でいうドラゴンスリーパーの状態で捕まっていた。そしてその俺の頭を締め上げる女の腕力が弱まった。
援護に回るか、迷ったのだ。
その隙を見逃すロス・アラモスではない。俺は尻を前にずらして上体を沈める。そうすることで首に巻かれた腕に体重をかけ、後ろの女を下方へ引きずり込み重心を崩した。代わりに自慢の長い両足を振り上げ、前に突き出た女の頭を挟む。再び両足を引き下げた。
女は前転して転がっていった。
「エルフ、そっちは任せていいか⁉︎」
エルフは嵐のような剣戟のなかで俺ににっこりと微笑むと、先ほどからくるくる回していたライトニング棒を俺に投げてよこした。
ジャングルジムの中を、パイプを足場に進む。
右手にライトニング棒、左手に男性冒険者から借りた剣を持ちながらだと進みにくいかと思ったが、ライトニング棒による体術の補正でもあるのか、思ったほどは難儀しない。
向かった方向は双子山の麓方面。
地表は山の斜面で下ってはいるが、俺はジャングルジムを登っていた。
パイプの隙間から見上げると、上の方にカナブンが止まっているのが見えた。
カナブンはパイプの1本の上に乗り、ラリアを押さえつけているのだ。
「マスター助けてですー!」
俺がそちらへ近づこうとしたのに気づいたかカナブンはラリアを抱え飛び立った。
今きた方向を振り返る。エルフと冒険者が戦っている方向だ。入り組んだパイプが遮りよくは見えない。おそらく冒険者たちはエルフにかかりきりのはず。
俺はカナブンを振り仰いだ。
《ウルトラアスリートの》
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
左の方、遠くから2人、新たな女性冒険者。
俺はかまわずカナブンを追った。
ジャングルジムの端までたどり着いた。
カナブンは雄大な大森林の景色をバックに、ジャングルジムの外側数十メートルのところを、右の方から左へと飛行している。
左からは女性冒険者が追いつきつつある。
どうすべきか。ラリアを助けるにはカナブンを捕まえなければならない。
だが相手は空中、距離も遠すぎる。こんなことならエルフから弓も借りてくるべきだった……と言っても弓の扱いなどわからないから同じことだ。
アイディアは出ないまま時間切れとなった。冒険者2人が殺到してきた。
ジャングルジムの端と内側にわかれ、やや距離を置いて迫る冒険者。
エルフが俺によこしたライトニング棒はなかなかの働きをした。
左手に持つ通常の剣も合わせて俺の体は自動的に動き、冒険者たちの攻撃を打ち防いでいた。ジャングルジムの端のパイプの上で、ライトニング棒同士の打ち合う電撃的なサウンドを響かせ、剣舞に興じるロス・アラモス。
興じている場合ではないのだ。
まずそもそも2対1であり、正直かなり押されている。
おまけにこのライトニング棒、製作したメーカーには申し訳ないがいつもの《剣聖》発動と比べ技にキレがない。
俺は縦に走るパイプの陰に隠れたり、横のパイプを潜って距離を取ったり、地形を活かして誤魔化してはいるが、それ以上決定的な進展がない。
ラリアをカナブンから助けなければならないのだ。膠着するのはマズい。
横目に見れば、カナブンがゆっくりとジャングルジムの周囲をなぞるように飛んでいるのが見えた。
先ほどはエルフの乱入に助けられたが、もう助っ人は期待できそうになかった。サポートしてくれた妖精も戻ってくる気配がない。
ふと。
パイプが大きなドームを作っている、ジム端の一角に押し込まれた時。女性冒険者の猛攻が止まった。
彼女たちはなぜかドームに入ってこない。
そして互いに目配せをし合って、ニヤついている。
どういうつもりなのか俺が探っていた時。
急に頭部に、何か重い物が落ちてきた。
何かと考える暇もなく、俺は重みで足場に倒れた。
その何かは1つだけではなかったようで、次々とのしかかってくる。
押さえつけられつつそれを見やれば、大蟻だった。
どうやらドームの天井を大蟻たちが伝っていて、それが俺めがけ落ちてきているらしい。
「やったー! 捕まえたッ!」
女性冒険者の声が聞こえた。
これが狙いか。彼女たちは俺の頭上のパイプに蟻が集まっていることに気づいていたのだ。だからドームに入ってこなかった。
次々とのしかかってくる大蟻たち。俺は重みで動けなくなっていく。
道具のせいにするのは二流の証明とは言うが、ライトニング棒はイマイチの使い勝手だった。《剣聖》であれば《サッキレーダー》が発動し頭上の気配にも気づけたものを。
「よく頑張ったねロス・アラモス。でもこれで終わり!」
「こんな簡単な罠に引っかかるなんて、やっぱりあたしたちの考えたとおり、ベスト転生者はドラム様だったわけねえ!」
……なるほど、彼女たちはパンジャンドラム派か。自分の好みではない転生者を捕まえるのに、指一本触れるのも面倒だというわけだ。
だが今この瞬間。
俺はアラモス派の女性をもう1人発見した。
彼女は幸運の女神と呼ばれている。
冒険者たちは2つ、俺たちについて知らないことがある。
1つは彼女たちの愛しいパンジャンドラムと、俺の関係だ。かつて我々の関係は、まるで夕焼けの河川敷で不良が殴り合いによって友情を生み出すように、闘争によってはじまったのだ。
俺にのしかかる大蟻の重みがその記憶を呼び覚ましていた。その時のロス・アラモスがいかにしてその危機から脱したかということも。
2つめ。ヌルチートの特性だ。俺のような専門家から言わせれば、彼女ら2人はポッと出のニワカと断ぜざるを得なかった。
ヌルチートは転生者を視界に入れなければスキルを封じられないのだ。
今の俺。
大蟻の体で彼女たちの姿が見えない。
俺は言った。
「やれやれ」
《ハードボイルが発動しました》
《スピットファイアはリスポーンを発動しています》
ジャングルジムの外の光景を思い浮かべた。
先ほどカナブンが飛んでいた位置。
飛んでいく方向。
スピード。
可能な限り正確に思い出す。
《吐院火奈太の再ダウンロードが開始されました》
俺から右側。3時の方向。
そこへ拳を突き出しマイクロウェーブを発射。
青い光が大蟻の壁を吹き飛ばし、大森林の景色が目に飛び込んでくる。
《3》
カナブンが飛んでいるのが見える。
《2》
《ハードボイル》の光はカナブンに当たることなく、その後方をすり抜けていく。
《1》
……我ながら。
完璧な速度計算だった。
《Respawn‼︎》
《ザ・マッスルのスキルを発動しました》
俺は雄叫びをあげつつ、あらん限りの力で大蟻のスクラムを跳ね上げた。
突如として大蟻を巻き上げ、剣を両手に叫ぶロス・アラモスに、冒険者2人と2匹のヌルチートの視線は釘付け。
俺の視界、右の方には、マイクロウェーブのエネルギーをかき集めて現れた妖精王の姿が。
《スピットファイアはかんしゃく玉のスキルを発動しています》
そっちを見るのはもうやめた。爆音がしたが、どうせカナブンが葬られた音だろう。
俺は右のライトニング棒と左の剣に大蟻の死体を串刺しに。それを冒険者たちへ投げた。
頭上からまだ落ちてくる蟻たちを突き刺し次々と投げる。
冒険者2人は左右へ避けようとしてはいるものの、パイプが邪魔になり充分なサイドステップはできなかった。止むを得ずといった風に、ライトニング棒で弾いている。
雪崩のごとく落ちてくる大蟻。それを突き刺し、投げ、蹴飛ばし……蟻の弾幕を張る。
その大蟻たちの体に、俺の姿を隠した。
《ウルトラスプリントのスキルを発動しました》
自分で投げた蟻へ走って追いつき後ろに隠れる。
《剣聖・サッキレーダーが斬り上げの気配を感知》
女性冒険者が、俺の眼前の蟻を斬り上げて上方に吹き飛ばす……のに合わせて俺も上に跳んだ。
自分が跳ね上げた大蟻の陰となり、俺の姿は彼女からはみえなかったろう。
その蟻が、大蟻の嵐の最後の1匹だった。
女性冒険者2人が嵐を凌ぎきり、前方の視界を確保した時。
「あっ‼︎」
「えっ……⁉︎」
そう声をあげていた。
まあそうだろう。飛来する蟻の中心にロス・アラモスがいると思っていたのだろう。だが蟻をどけてみればドーム内は無人。
俺は自ら作った弾幕を陰とし、跳び越え、すでに彼女たちの背後に回り込んでいた。
《剣聖のスキルが発動しました》
ロス・アラモスの華麗なる剣閃はガスンバの太陽を受けてなお一層美しく煌めき、女性の背中に皮一枚も傷をつけることなくヌルチートだけを切り裂いた。
「ふあ?」
「んんっ⁉︎」
呆気に取られたように振り返った女性2人。
その2人の瞳には、人間らしい輝きが戻っていた。
俺を見つめる彼女たちに、俺は言った。
「ベスト転生者は俺だ」
ジャングルジムの外では、ズボンの後ろをスピットファイアに掴まれたラリアが浮遊していた。




