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第146話 パラノイア


「ロス! 私というものがありながら!」


 君というものはないのだが。いずれにせよエルフは頭上のパイプから飛び降りた。


《ミステリアス・エルフはチェーンアローのスキルを発動しています》


 空中で宙返りしつつ、弓に矢をつがえ発射。

 どこをどうすればそんなことが可能になるのか、次々と放たれた矢はまるでひとつなぎの鞭のように冒険者に迫った。


 だがライトニング棒のなせる技か、冒険者たちはその全てをことごとく斬り払う。


 同時にエルフは俺たちのいるパイプ上に、数メートルほど距離を取って降り立った。


「こらっ、あなたたち! ロスを離しなさいよ! それは私のよっ!」


 そう言い放ったエルフを睨みつつ、冒険者たちはそれぞれ他のパイプに飛び移りエルフを取り囲んだ。


「……? 何なのあなたたち……ロス、こいつらに噴火の話はしたの? 遊んでる場合じゃないのよ、もう噴火は始まってるのよ?」


 俺は山の頂上に目を凝らした。噴煙はいつもどおり。


 すると、中央の柱を登っていたアップルが声をあげた。


「あ〜エルフさん〜! ちょうどいいところへ〜」

「うん? あっ、昨日の女の子。何してるのそんなとこで」


 柱を見上げた水着のエルフ。

 アップルはヌルチートの卵をひとつ投げ落とした。エルフの右の方に立っていた女性冒険者がそれを受け止める。


「エルフさん〜。あなたはたしか〜、ロスさんのことが好きなんでしたっけ〜? だったら〜」


 アップルの声がするなか、女性冒険者が卵の蓋を開けた。

 中からヌルチートが顔を出す。卵と言うから幼体が出てくるのかと思っていたら、他のヌルチートと遜色のない大きさ。


「その召喚獣使ってくださ〜い! それを使えば〜、もう転生者に逃げられることはありませんよ〜!」


 女性冒険者はヌルチートを、エルフの足元に放り投げた。


「その召喚獣ヌルチートは転生者のスキルを封じることができるんです〜。だからロスさんのこと、簡単にあなたの物にできますよ〜! さ〜力を合わせて〜、みんなで転生者のハーレムになりましょ〜!」


 エルフは足元で這いずるヌルチートを見下ろした。

 それから周囲の女性冒険者へ視線を移す。どうやら彼女は冒険者たちの背中に同じヤモリがいることを認めたようだ。また足元のヌルチートへ目を落とす。


「……待て。いいか聞いてくれ、そのヤモリは……」


 俺が言いかけた時。俺を捕まえている女が手で口を塞いできた。


 エルフはヌルチートを眺めたまましゃがみ込み、それに手を伸ばす…………。


《ミステリアス・エルフはブレインハックのスキルを発動しています》


 エルフの五指から光る棘が伸びた。

 エルフは無表情に、それを、指で鷲掴みにするような形でヌルチートのうなじへ突き刺した。


「あ〜っ何するんですか〜っ⁉︎」


 エルフは無言で、口を尖らせて難しい表情をしていたが、やがてヤモリのうなじから手を離す。


「ロス、わかったわ。こいつが原因よ」

「もがもが」

「このヤモリの体内にジェミナイトがある。ここにいる女の子たちはみんなこれ持ってるけど、あと何匹いるの? このヤモリ同士が共鳴してる。ヤモリのジェミナイトが山を呼んでるのよ、こいつが噴火の元凶だわ」


 エルフはそう言って立ち上がった。


 ……ヤモリのジェミナイトが山を呼ぶ?

 たしかにジェミナイトは互いに共鳴し合うとは聞いた。

 たしかにアップルは、ジェミナイトがヌルチートの材料だと言った。

 たしかにジェミナイトは、共鳴によって情報を伝達し意思の疎通を図る道具に使えると聞いた。


 共鳴。

 伝達。

 意思の疎通。


 ヌルチート。

 持つ者は転生者を追う。

 転生者を共有する。

 1人の例外もなく………………。


 エルフは右手の人差し指で、空中をかき混ぜ始めた。


「ちちんぷいぷい、喝ッ!!!」


 その指先をヌルチートへ向けた。

 指から放たれた、螺旋を描く青紫の光がヌルチートの頭にヒット。

 するとヌルチートは脱力したようにへたばり、やがて姿が消えた。死んだらしい。


「な、何したんですか〜ッ⁉︎」

「何って、死霊術よ。ネクロマンシー・ジョーブツ・ビーム」

「え〜っ⁉︎ 死霊術って、今は伝える者もいなくなったという伝説の魔術……⁉︎ ジョーブツ・ビームっていったら、生命力の弱い相手なら対象に一切苦痛を与えることなく安らかに昇天させる幻の禁術〜……」

「その驚きよう、私の逝かせ方が下手すぎるって意味よね?」


 腰に手を当てアップルを見上げるエルフ。

 女性冒険者が言った。


「な、何でなの⁉︎ 何でヌルチートを殺したわけ⁉︎ それがあれば転生者のハーレムになれるのに!」


 言ったのは、ヌルチートを投げた女とは反対、エルフの左にいる奴だ。

 エルフは腰に手を当てたままそいつを横目で見ると同時に、鼻で笑った。


「……まったく哀れな丸耳……。ハーレムですって? どうしてこの私が下等なあなたたちと転生者を共有しなきゃならないのか知らん?」

「な、なんですってッ!」


「私は誰とも共有しない。私は私。私の物は全て私だけの物。私は頂点。私は至高。竜は群れない。だから私も群れない」


「何言って……」

「かわいそうね。召喚獣の力を借りなきゃならないほど自分に自信がないなんて」


 歯軋りの音が聞こえた。女性冒険者のものだ。

 エルフは言った。


「ロス。このヤモリが何かわからないけど、これらが活動してる限り噴火は時間の問題よ」


「はあ⁉︎」冒険者が言った。「バッカじゃない⁉︎ 頂上見てみなさいよ、あれが噴火してるように見えるわけ⁉︎」


「口を閉じなさいチンパンジー。それは私がさっき、山の裏側の地面に穴を開けたからよ。私のすんばらしいエルフ魔法、マジカルパイルバンカーでね。横穴を開けてマグマを逃したの」


 女性冒険者たちはそろって顔を見合わせあい、首をひねっている。

 エルフの、「噴火の仕組みも知らないのね……」という呟きが聞こえた。


 噴火の仕組み……たしか、地球の内部にあるマグマがせり上がってできたものが火山だ。

 火山の噴火口はせり上がったマグマの先端であり、ただそれだけならば、ドロリと漏れ出るだけだ。


 たが火山は大爆発を起こして噴火する場合がある。それは噴火口が詰まっていて、せり上がるマグマの出口がない場合に、圧力が高まることによって起こると聞いた。

 高まるだけ高まった圧力が限界を超えると、詰まりを突き破って爆発的に噴き上がる。それが大噴火だ。


 そしてエルフは今、裏の地面に穴を開けたと言った。


 俺の視線に気づいたか、エルフは俺を見てにっこり笑った。


「マグマをヌいてきたわ!」


 ……そう言えばさっき、出処不明の爆発音があった。そのあとエルフの声で溶岩流に注意せよとの放送があったが……。


「とりあえず穴を開けてマグマの出口を作ったのよ。ただマグマを流せる方向が湖側しかなかったから、悪いけどそっちに開けたの。魔女の遺物に魔術式拡声器かあったからそれを使って避難を呼びかけたし、一応オーク村にも聞こえてると思うけど。聞こえてるわ。聞こえてたらいいな」


 それがさっきの放送か。

 この女、まさかオーク村の方へマグマを流したのか。湖側といったらオーク村がある。


「やめてよその目……マグマを水の中に入れなきゃ火事になるかと思ったのよ……でもそれどころじゃないわ。双子山に比べて小さい穴だから、完全には圧力を逃せない。時間稼ぎにしかなってないのよ。完全に噴火を防ぐにはジェミナイトの共鳴を止めなきゃ」


 いつになく真剣なエルフの瞳。


 彼女の言葉はつまり、この場にいるヌルチートを皆殺しにするという意思表示。


 だが周囲の冒険者たちはライトニング棒をエルフへ向けて構えて言った。


「あっそう……じゃああんたはわたしらの敵ってことだね」

「噴火だなんて……たかが石にそんな力あるもんですか!」


 柱を登るアップルも言った。


「エルフさん、残念でした〜! その人たちはSランクの剣術スキルを得られるライトニング棒を持ってるんですよ〜。5対1で勝てるもんか〜!」


 正確には、俺を捕まえている女を除くことになるので4対1だろう。

 だがどうにもならない状況なのは間違いなかった。なぜエルフはカッコつけて飛び降りてきたのか。上から弓で射かければ安全だったものを。


 だが当のエルフは腰に手を当てたまま冒険者たちを見回し、やはり鼻で笑った。


「……なるほどねえ。恋は召喚獣頼み。力は魔道具頼み。それで自分が何者かになれたつもりになれちゃうわけねえ」


 冒険者たちの表情がより一層険しいものに変わった。


 エルフはため息をひとつ。

 それから腰の、ふた振りの剣を抜き払った。


 戦うつもりなのだ。

 Sランクの剣技を持つ、4人の敵と。


 エルフは右手のレイピア、左手のダガーをだらりと下げ、4人の中心で微笑んだ。


《ミステリアス・エルフは剣鬼(ソードパラノイア)のスキルを発動しています》




「……かかってらっしゃい劣等種族。お姉さんが稽古をつけてあげるわ」






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― 新着の感想 ―
[良い点] これは吊り橋効果なのか。エルフが大見得を切る。なんと素晴らしいのだろう。ただ不思議と、この素敵なエルフと結婚したら結婚生活は一月位で破綻して離婚するだろうなとも思う。怒号と皿の割れる音が毎…
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