第145話 錯綜のジャングルジム
妖精軍団の幻惑のカーテン。スピットファイアの仲間たちはかなりの数がいた。
ウォッチタワーもその存在に気づいたようだ。彼の周囲でもカーテンが数枚、ひらひらと踊っている。
スキルの方も発動できる瞬間があるようで、ウォッチタワーはその巨体に似合わないスピードで女性冒険者の1人の背後を取り、ヌルチートを1匹引き剥がした。
俺もこの調子で捕まったハルを助けにいきたいところだが……、
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
振り返ると他の敵女性が乱戦しつつも、彼女たちのヌルチートがこちらを見たまま。
相手は20人以上。とにかく視界に入ってしまう範囲が広い。妖精はカーテンが重いのか機動力も落ちていて、さすがに素早いカバーはできないようだ。
俺は先ほど殴り倒した女性冒険者を引きずって味方の輪に戻る。そして彼女が持っていたライトニング棒を拾う。
「これを使え!」
棒は近くにいた男に投げ渡し、代わりに彼の持っていた方の剣を借りる。
そして俺は走り出した。行き先は下。カナブンに連れ去られたホッグス少佐が抱える、ラリアの方向だ。
乱戦をくぐり抜け金網状の足場を通り過ぎ、パイプの入り組む場所へ到達。複雑なジャングルジムのようなパイプを潜り祭壇下へ向かった。
妖精が2人背後をカーテンで隠しつつ、ついてきてくれている。
《ウルトラアスリートのスキルが解放されました》
子供の頃の、初めて鉄棒で逆上がりをした時手こずった記憶が甦った。股間を打ちそうで跳び箱が苦手だった記憶も。
だが今俺は上下左右に入り組むパイプをぶら下がったり飛び越えたり掴んで回転したり、はたまたその反動で飛んでみたり、やりたい放題だった。まるで初めから勝手知ったる決められた道を通るように、とどまることなくパルクールめいてジャングルジムをすり抜けていく。
ジャングルジムには大蟻がひしめいていた。それを《ハードボイル》や《剣聖》で蹴散らしながら、斜め下方向へと踏破する。
蟻やパイプの向こうにカナブンの姿が見えた。祭壇の柱を蟻に掴まって登るアップルも。
さすがに大蟻たちを爆発させまくっているせいか、その音でアップルが振り向いた。
「あっ! まずい〜!」
アップルまで20数メートル。
その時アップルが何事かを呟き始めた。
蟻たちの足音でよく聞き取れないが……、
《剣聖・サッキレーダーが発動。アップル・インティアイスの魔力を感知》
彼女はローブの裾を払い、腰のポーチを取り外し、すぐそばの横パイプの上に放り投げた。
「ファイアブロウ〜!」
アップルの手のひらから火球が発され、ポーチが火炎に包まれた。何をするつもりなのかと思っていると、
《アップル・インティアイスは噴霧のスキルを発動しています》
アップルはパイプ上で燃え上がる炎に息を吹きつけた。
それは突風となった。ポーチを燃やした煙が俺を襲う。
正直、だったらどうしたと思わないでもなかった。
ただ突風が吹いただけで、しかもそれは俺を吹き飛ばしたりだとか、移動を止めたりだとかいうほどの風速でもない。
ただタバコの副流煙のような匂いのする煙がやや視界を白くした程度……。
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
跳びついたパイプの手が滑った。落下しかかったが、かろうじて別の横パイプへしがみつく。足元は宙ぶらりんのうえ、脇腹を打った。
煙は運撃草の匂いだった。
頭上を見上げれば、妖精がカーテンを放り出して泣きながら飛び去っていく。後方からは、5人の女たちがジャングルジムを潜り追ってきていた。
俺はパイプの上に這い上がろうとはしたが、なかなか上手くいかない。パイプの左右から大蟻が迫ってきていた。
「蟻さ〜ん、捕まえるだけだよ〜! その人はみんなのお婿さんになるんだからね〜!」
乙女ゲーム物のweb小説であればそのあと婚約破棄からの転落人生が待っているのだろうが、俺は悪役令嬢にはなれそうもなかった。順当に結婚という名の人生の墓場行き、ライトニング棒を持った5つの棺桶も蓋を開けて近づいてきている。
突然、俺の右横からくる大蟻の一団が爆ぜ飛んだ。
振り返って見ると、カナブンに宙吊りにされラリアを抱えたホッグスが、魔法銃を構えている。
「ロス、しっかりしろーっ! 落ちるなーっ!」
ホッグスがもう1発。光の散弾が今度は左の蟻を吹き飛ばす。
さらにもう1発。それは奥の方の、迫りくる女たちに向けられた牽制。
だが……。
ホッグスがえずいた。
急に視線は虚ろになり、顔色も紙のように白い。
「あ〜少佐さん〜、魔法銃を続けて連射するから〜」
ホッグスの指先は震えていた。魔法銃はたしか、魔力とやらの消費量が激しいのだったか? 魔力の欠乏はああいった形で表れるのか。
それでもホッグスはカナブンに宙吊りにされたまま、魔法銃をアップルへ向けた。
「……い……今すぐこれをやめさせろ……! 女たちを止めろっ……!」
「何を言ってるんですか〜? さっきまでノリノリだったくせに〜」
「騎士は、帝国軍の、指揮下にある……! 貴様は……帝国民ではない……! 得体の知れぬ者が指図をするなど、許容できない……それに帝国民の冒険者をわけのわからん企みに巻き込ませるものか!」
「う〜ん? ヌルチートが憑いてた時は協力的だったのに〜……少佐さんは頭が固いんですね〜」
「……思えば貴様は最初から、私に双子山への進行を急がせていたな……貴様も館にいた虫人間なのか……⁉︎ 化け物にそそのかされて兵を動かすなどあってはならないのである……!」
アップルはムッとした表情になった。
「化け物〜……? 私は魔女様の子供〜……化け物なんかじゃない、魔女様の立派な子供なんです〜! 私はそれを証明するために双子山へやってきた〜!」
アップルを背負う蟻がさらに柱を登り始めた。
「貴様、止まれっ! 撃つぞ!」
「そっちがこっちへくればいいじゃないですか〜!」
アップルがそう言うと、ホッグスを吊り上げるカナブンがアップルの蟻に追随する。アップルはまだウォッチタワーたちが戦っている方を振り返って見上げ、
「むむ〜、ヌルチートがもう3匹も倒されたんですか〜⁉︎ ライトニング棒も持たせたのに……」
「化け物……さっさと止めんかぁッ!」
蟻の背中で眉根を寄せた少女がホッグスを振り向く。
「少佐さん〜……いい人ぶっちゃって〜! 本当は少佐さんだって、今朝からずっと思ってたんでしょ〜⁉︎」
「何をであるか……!」
「ヌルチートを使えばジェミナイトを掘り出して手柄にできることを〜!」
「そ、それは……だがこれほどの強行策など考えていなかった! ヌルチートが見せた幻である! だいたい貴様はいつから私にヌルチートを……うぐ!」
顔を蒼白に染めながら、ホッグスは咳き込んだ。
しかし今の彼女の言葉。今日のこれはホッグスが自分で計画したことではなかったのか?
ヌルチートを所持していたのも、自ら求めたとか、あるいはアップルに勧められてではなく?
それについて考える間もなく、アップルが今までに見せたことのないほど険しく表情を歪めて叫んだ。
「違う〜! お母さんの手紙にあったもん〜! ヌルチートが引き出すのはその人の情動だって〜! ヌルチートが見せるのは、本当の、その人自身! 心にもないことなんてできないんだよ〜! ヌルチートからは誰も隠せない〜ッ‼︎」
アップルはやや柱を進んでから静止した。その位置には何か扉のような四角い枠がある。アップルはそこへ蟻の背中から手を伸ばした。
「少佐さん〜! もう1度あなたに本当の自分を取り戻させてあげる〜っ! みんなありのままの自分でいればいいんだ〜っ! そして……」
扉を開いた。
「あなたも魔女の子供たちにしてやる〜っ‼︎」
柱の後ろ側からもう1匹、カナブンが回り込んで現れた。
そいつもやはり人間の腕を6本持っていたが、そのうちの2本で大きなサヤエンドウのような黒い物を抱えている。
先ほどアップルが祭壇上の装置から取り出し、一緒に下まで落ちたヌルチートの卵だ。
新しいカナブンはホッグスからラリアを取り上げた。ホッグスを抱えている方は、そのホッグスを扉に近づけていく。
「な、何をする、やめろ!」
アップルは新しいカナブンからサヤエンドウ型ポッドを受け取ると、その蓋を開いた。
「う〜ん……どうしよっかな〜……2つぐらい入れちゃえ〜!」
カナブンがホッグスを魔法銃ごと扉の中に押し込んだ。同時にアップルがヌルチートの卵を2つ、そこへ放り込む。そして扉を閉めた。
「アップル! 少佐をどうするつもりだ!」
「ど〜もこ〜も〜、少佐さんは最初から私の仲間ですよ〜! ジェミナイトを掘り出す愉快な仲間です〜!」
返答にならないことを言ったまま、アップルは再び柱を登り始める。
「カナブンさ〜ん、そのコアラは遠くに捨てちゃって〜! 何なら〜……」
そこでアップルは1度、俺を見下ろしニヤリと笑った。
「食べちゃってもいいですよ〜……!」
アップルがどんどん離れていく。
俺はパイプにしがみついたまま。足は宙を泳いでいる。ラリアを捕らえたカナブンはジャングルジムを潜り抜け飛び去っていく。俺の背後からは女たちが近づいてきている。
いて欲しい人はそばにいず、招かれざる客は次々と押し寄せてくる。まるで月末の支払い請求書のようだった。根性を見せろロス・アラモス、まずはパイプを上がれ。
ダメだった。
上がると言えば上がりはしたが、それは追いついてきた女冒険者たちに捕まり、引きずり上げられたからだ。女たちはさらに俺を、上のやや太いパイプまで引きずり上げた。
「よくも仲間割れさせてくれたわね!」
「小狡い男!」
「ワルな男を好きになる子っているけど気が知れないよ! やっぱり人畜無害オーラを出してる大人しくて優しそうなハル様こそ至高!」
「こんな奴さっさと気絶させてドラム様のおそばに戻らなきゃ!」
どさくさに紛れるように、なにげに腹にパンチされた。先ほどアップルが言った、ヌルチートは人の本心を暴き出すという言葉が頭によぎる。人間など一皮剥けばみな暗い森らしい。
女の1人がライトニング棒を振りかぶった。
その時。
振りかぶった女の額に矢が突き刺さった。
刺さった……と言えば語弊がある。
正確には、オモチャの矢の先端のような吸盤が、額にくっついていた。
なぜかそれだけで意識を失ったのか倒れた女。取り落としたライトニング棒はパイプの隙間を落ちていく。
他の女たちは周囲を見回した。矢がどこから飛んできたのかわからなかったのだろう。俺もわからない。
だがその疑問に対する答えとして、頭上から声が降ってきた。
「ちょっとちょっとそこの下等人種……誰の許可得て私の転生者に触ってるのよ」
…………俺は先ほど……アラモス派は8人いると考えていた。
だが違った。
やれやれ、実際には9人いたのだった。
頭上を見上げた。
天を遮り入り組むパイプに、弓を手にした青い水着の少女が立っている。
そいつは金色の髪を逆光に煌めかせつつ、厳かに言った。
「ロス……ちょっと席外してたうちに妙なことになってるのね」
アラモス派の急先鋒、エルフの登場だった。




