第144話 洗脳せよ! ロス・アラモス!
「たんなる愛情表現じゃないかなぜみんなそんな目で私を見る!」
「バカヤローオメーコノヤローそんな愛の表現があるかよオメーエー⁉︎ オメーほんとはおれのこと嫌いなんだろコノヤロー!」
「私は別におまえへの愛が薄いわけじゃない! ただちょっとプレイを愛し過ぎただけだっ!」
ところで、ざっと見渡すとこちら側の騎士はツェモイを除き5人。
1人は先ほど敵の手に倒れたが、残る4人のうち2人がライトニング棒を所持している。ミーシャは持っていないが……。
この5人は俺が地下通路に入った時迎撃に現れたメンバーだ。考えてみれば、アップルがこの5人にライトニング棒を持たせていないはずがなかった。
先ほど倒されたらしい、味方の騎士を見やる。彼女の武器は普通の剣だ。
アップルはライトニング棒を全員分用意できなかったのだ。
思い返せばあのミーシャ、昨日館でツェモイと戦った際そばにいた女騎士だ。たしかウォッチタワーがツェモイにデスバレーボムを仕掛けようとした時、間髪入れずウォッチタワーの腕にレイピアをブチ込んでツェモイを助けていた。
おそらくミーシャらライトニング棒を持たない女騎士は、ツェモイから剣の腕を信頼されているメンバーなのかも知れない。地下通路の迎撃部隊は、ミーシャともう1人の剣の腕、それからヌルチートを過信し、ライトニング棒を2人にしか持たせなかった。
俺に見つめられているのに気づいたか、ライトニング棒を持つ仲間騎士と目が合った。
俺は彼女の手許に視線を飛ばし目配せする。彼女は、今初めて自分がライトニング棒を持っていることに気づいたかのように手許を見つつ目をパチクリさせた。
敵方の騎士が、まだツェモイを見ながら喋っている。
「もういいです! 団長はつまり、ご自分がウォッチタワー様を好きだから、独り占めしたいとこぉーおっしゃるわけでしょッッッ!!!」
突然の怒号。
「ひどいッ! そんなことが、そんなことが許されるとでもッ⁉︎ 愛とは平等であるべきではないんですかッ⁉︎ 幸福は分かち合うものではないんですかッ! チレムソー神の教えにもそうあるはずですッ! だのに団長あなたという人はッッッ! ご自分だけが愛を独占したいとッッッ!」
口から泡を飛ばす女騎士。
その形相を見つめるツェモイの表情は当然暗い。
昨日はツェモイがあんな感じだったのだということを、今つきつけられているからだろう(ヌルチートがなくとも充分ユニークな趣向をしていたことにはこの際目をつぶろう)。
カチカチと音がする。俺の後ろからだ。
振り向いてみれば、意識を取り戻したらしいハル・ノートが周囲を見回しながら涙目で歯を鳴らしていた。
「た、大変だァァァ……こんな数と毎晩ヤらされたら、またち◯この裏筋が切れちゃうよォォ……‼︎」
……あれって使い過ぎると切れるものなのか?
俺は自分のトレンチ風コートを脱ぎつつ、まだ無事な男性冒険者に耳打ちする。
「な、なんだい」
「……俺が合図したら、みんなであそこにいるハルに覆いかぶさってくれ。このコートも使ってくれ」
「コート?」
「とにかく女たちからハルが見えないようにするんだ」
そう言ってコートを手渡す。
「ま、待てよ……そんなことして何になるんだよ? あんたも聞いたろ⁉︎ 女共はみんなSランクの力を持ってるんだ……勝てっこないよ!」
冒険者は小声でそう話した。その声はハルの耳にも入ったのか、尻餅をついたまま俺を見上げている。
俺は胸元から自分のギルドカードを取り出し、コートを手に震えている冒険者に見せた。
「……かく言う俺もSランクだ。このロス・アラモスがこれから突破口を開く。言うとおりにしてくれればいい」
それからハルを見やって、
「タイミングを外すなよ」
そう言った。
「ま、ま、待ってくれあんた、何ができるって言うんだ。いくらあんたがSランクでも、相手は20人以上もいるんだぜ! どんな方法があるって言うんだ……」
冒険者を振り返って答えた。
「男たるものこういう時けして悲観的になってはならない。この手のトラブルに対処する時のやり方は、できるだけクールに、楽しく、そして……」
「そ、そして?」
「セクシーにだ」
そう言い置いて、俺は言い争っているツェモイたちの方へ向かった。
「別に独り占めとかそういうことじゃない! お前たちの気持ちは偽物なのだ!」
「団長こそ本物と言えるんですかッ! 本物の愛とは全てを受け入れ、一体となり……すなわちハーレムとなることでしょうッ!」
「お前は何を言ってるんだっ!」
俺はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、ツェモイとウォッチタワーの間に立った。それからさらに1歩前に出る。両足を肩幅より少しだけ開き仁王立ち。
そして言った。
「レディーたち……君たちはハーレムを勘違いしているんだ」
先ほどまでツェモイと喋っていた敵騎士がムッとした顔になった。
「勘違いですって……⁉︎ 私たちが追い求める崇高なハーレムを否定すると言うの⁉︎」
俺はそれには答えず女性たちをゆっくり……もったいつけて見回す。
「今俺の後ろにいる、団長以外の騎士たちはアラモス派……と聞いた」
女性陣は顔を見合わせている。
「……それで……他には何人いる? このロス・アラモス様のハーレムになりたいと言う、物のわかったレディーは」
包囲網から2人の騎士が歩みいでた。
「それは私ですロス様っ!」
「命を助けていただいたあの時より、私は身も心もロス様に捧げる覚悟……!」
……敵女性陣はホッグスを除くと29人。
ヌルチートを落として味方になった女騎士5人は元アラモス派で、さらに目の前の2人を加えると7人。
俺、ウォッチタワー、パンジャンドラム、ハル。
29を4人で割ると約7。女性たちの好みが綺麗に割れている事実を、ロス・アラモスの明晰かつ鋭敏な頭脳は瞬時にはじき出した。
いや待て、スピットファイア派が混じっているはずだ。だとすると29÷5。いや、ホッグスはアラモス派。つまり30÷5で平均値はちょうど6人だが、アラモス派の実数は8人。ロス・アラモスという物語は平均を上回る驚異的なブックマーク率を叩き出している。
その事実に俺はほくそ笑んだ。
「うっ、何と不敵な笑み!」
「これだけの包囲のなか追い詰められているというのに己の勝利を微塵も疑ってない! かっこいい……!」
眼前のアラモス派2人。片方は昨日虫人間から助けた騎士。
問題なのはいま1人が、昨日マウントパンチを食らわせてやろうとしたが断念した緑髪の騎士だったということ。俺はヌルチートのために望まぬ契りを強いられていた。おのれヌルチートめ。どこまでも俺を愚弄する爬虫類。
「……ロス・アラモス殿」ツェモイと喋っていた騎士(たぶんウォッチタワー派だ)が言った。「この期に及んで自分のモテ度にしか関心のない豪胆さ、さすがは転生者、お見事と言いたいところですが……しかしそれがどうしたと言うのですか? 真のハーレムと何か関係でも?」
そいつは冷えた目つきで俺を見ていた。俺は言った。
「当然だ。真のハーレムというものは男の側で選別するものだ。ただ数を増やせばいいというものではない。したがって、君たちがヌルチートを所持していようと、選ぶのはこのロス・アラモス」
アラモス派の2人の間で、「この傲慢さ、濡れる!」「私を虐めて! あの時のように!」という会話がキャッキャと交わされていた。
「選ぶとは、どうやって?」
尋ねたウォッチタワー派。
俺は少し、顔を斜め下に傾けた。そこから眼球を動かして後ろを見る。
ハルのそばに男性冒険者が3人。
顔を上げた。
「知れたこと……このロス・アラモスの伴侶となる者は当然誰よりも優れていなければならない。この場にいる女性の、誰よりもだ。No.1の男には、No.1の女性こそふさわしい。何よりこのアラモス様以外を選ぶような意志薄弱な女には用がない」
「何が言いたい⁉︎」
俺はアラモス派の2人へ首を巡らせ、言った。
「わかるだろう……? 俺は……」
俺は背筋を正した。
骨盤を立て、その上あたりの背骨を少し後ろに引くことで、腹を引っ込める。肩甲骨の間の背骨は前に押し、首の骨を上に伸ばす。肩甲骨そのものは下に引き下げ、上体の力を抜く。
こうすれば深い声を出せる。その声と共に、アラモス派の目を見ながら言った。
「君たちを知りたいのさ……この俺にふさわしいか……!」
2人は一瞬ぶるりと震えた。
「証明するがいい……自分がこの場所で最高の女だということを……!」
場を取り巻く空気が変わった。
アラモス派の2人が腰を落としライトニング棒を構えた。
包囲しているヌルチート軍団に向けてだ。
「なっ……2人とも何を⁉︎」
「ロス様の言うとおりだわ……! 他の男にうつつを抜かすビッチは目障りなだけよ!」
「だいたいロス様を傷つけようだなんて、そんなこと私たちが許すわけないじゃない!」
言うが早いか。
アラモス派2人は包囲の女性たちに斬りかかった。
ツェモイはポカンとした顔を、ウォッチタワーは俺を見て、「……悪い男だね、おめえさん」と呆れ顔。
俺は叫んだ。
「今だ!」
同時に3人の男性冒険者がハルに覆いかぶさった。コートもかぶせていた。
《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》
瞬時に包囲の外、俺たちの後ろ側にいる女性冒険者の背後に出現したハル。
《ハル・ノートは無詠唱のスキルを発動しています。レーザークロウ》
両手で2匹のヌルチートを葬ったのが見えた。
「かかれッ!」
俺の声にまずツェモイが《ライトシールド》を展開したまま包囲へ突進。
ツェモイの部下のうちのライトニング棒持ち2人が1列で後ろに続く。
ツェモイが包囲網へシールドバッシュで体当たりすると同時に部下2人がその背を踏み台に跳躍。包囲の外へ。ミーシャともう1人はツェモイの後ろへ着き、ウォッチタワーたちと共闘。
アラモス派は勝手に暴れていた。
「ぎゃー、た、助けて……!」
振り返ると早くもハルが女に捕まっていた。
3、4人ほどの女性たちに左右から押されたり引っ張られたり、揉みくちゃにされている。あんな光景、黒人ラッパーのプロモーションビデオでしか見たことがない。
男性冒険者たちがそれを助けようと突っ込んでいったが、数と技で勝る女たちに次々と倒されていく。
まさかハルも殺されることはあるまい、一時放っておこう……そう思った時。
《スピットファイアはリスポーンを発動しています》
声を感じた。
《吐院火奈太の再ダウンロードが開始されました》
俺は素早く周囲を見回した。
乱戦の向こうに、俺が先ほど《ハードボイル》で葬った蟻の死骸が見えた。
まだ体液を沸騰させた熱が残っているのか、湯気が上がっている。その湯気が渦を巻き始めた。
《3》
《2》
《1》
《Respawn‼︎》
「ぬオーーーーーーーーーーッ!!!!!」
湯気が人型となりスピットファイアが再び生き返った。
「よくもやってくれたなーーーッ!!!!!」
ウォッチタワーの訝しげな顔が俺の視界にも入っていた。それはいいのだが叫びながら現れたものだから、敵方もスピットファイアにヌルチートを向けてしまった。
しかし一瞬……それは一瞬だけだったが、スピットファイアが奇妙な高音を発した。
その直後、また爆散。
『スピットファイアが死亡しました!』
何だったのか。
そう思う間もなく、女性冒険者の1人が俺めがけライトニング棒を掲げて襲いかかってくる。
どうする…………。
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
女性冒険者が向かってくる。背中のヌルチートも俺の方を見ていた。だがスキル発動の知らせ……。
違う、見ていない。
女性冒険者は俺からやや斜めに逸れて走り、虚空にライトニング棒を振り下ろした。彼女は俺を見失っていた。
高音が聞こえた。上からだ。見上げてみると、いつの間にか2人の妖精が空中で、透明のカーテンを持って俺の前に垂らしていた。
スピットファイアの仲間の妖精だ。そう言えばスピットファイアは仲間とここへきたのだった。
先ほどの断末魔は、俺たちを援護しろとの指示だったのか。今女性冒険者は、妖精が持つ幻惑のカーテンによって俺の姿を誤認しているのだ。
俺はカーテン越しの拳で、女性冒険者の顎を捉えた。




