第142話 スピットファイアが復活しました
「うわっ!」
地震により鉄骨から落ちたホッグス。
下まで落ちて大怪我かと思われたが、彼女もまたラリアと同様に蜘蛛の巣にハマった。
「ネ……ネバネバするのである……!」
目前の脅威は唐突に去った。ホッグスの、魔法銃を持った右腕も糸に絡め取られている。あの状態では彼女は何もできまい(いや、俺が撃たれる心配ははじめからないのか?)
「いい格好だな少佐。大自然のなかハンモックでお休みとはわかってるじゃないか」
「な、何を……」
運が向いてきた。落ち着きを取り戻したロス・アラモスはゆっくりと周囲を見渡し、その明晰な頭脳をフル回転させラリアを救出する策を……、
「わっ、また地震である!」
「怖いですーっ!」
……落ちた。
揺れにたわんだ鉄骨で飛ばされ、ホッグスの真上に振り落とされた。
「何だロス、昼寝の時間であるか?」
「……うるさい」
「ちょ、どこ触ってるのであるか、せっかちな奴め、あとからならやぶさかではないが今はそんなことしてる場合では、あっ……」
「暴れるな少佐、糸が絡むじゃないか!」
下でもがくホッグスのせいで、俺の手足も糸の粘りに捕らわれ始めた。
「ええいこのドスケベ! 仕事中にこんな、こんなことを考えるなんてやはり男という奴は! それともそんなに私が欲しいのであるかまったくこやつめ!」
「誰のせいでこうなってると思ってるんだ! 早くアップルを止めないと大変なことになるんだぞ!」
「まったく、貴様という男はやはり私がいないとダメなのであるな。そうじゃないかと思ってたのである、うん。この程度の糸、私にかかれば……」
《ホッグス少佐はフォックスファイアのスキルを発動しています》
「ま、待て少佐」
「ふぁいやーーーっ!」
ホッグスがいきなり火球を発射した。それは鉄骨と蜘蛛の巣の接合部へ向けられたものだったが、着弾と同時に炎が飛び散った。
散らばった炎が蜘蛛の巣に燃え移り、巣の崩壊が始まる。それはいいのだが、俺たちの重量もあって、このままでは落ちる。
しかもだ。
糸が激しく燃え上がり、俺たちは火に囲まれた。
「熱いですーっ!」
「少佐……何かプランがあってやってるんだろうなこの状況……!」
「あっえーっと……」
あまりに短絡的だったが、理性を失わせるヌルチートのせいだと信じたかった。俺たちの体はまだ糸で自由を奪われていて、ここから逃げることができない。
俺の人生のピンチ度ランキングの2位か3位ぐらいにハードな状況だった。不動の1位はもちろんトラック事故。俺は周囲を見回し、何か打開策になりそうなものを探し……。
《スピットファイアはリスポーンを発動しています》
……何だ?
《吐院火奈太の再ダウンロードが開始されました》
《3》
《2》
《1》
《Respawn‼︎》
突然、糸を燃やす炎が渦を巻き始めた。
渦はやがて小さな人型のシルエットを描き出す。
そしてその炎は、
「ぬオーーーーーッ!!!!!
やってくれたなーーーーーーッ!!!!!」
妖精王スピットファイアとなった。
「スピットファイア……君は死んだはずでは……?」
スピットファイアははじめ、あたりをキョロキョロ見回し自分が置かれている状況を確認している風だったが、俺を向いて叫んだ。
「死ぬだとーーーッこの『偽物のあの世』でかッ! キャハハハハハーーーーッ!!!」
炎をまとい空中でくるくる回ると、
「ハハハハハあいにくと僕はここでは不滅なンでねガハハハハハハハ。……ところで黒帽子ッ! 貴様はウォッチタワーの友だちか? その大きいヤモリは何だーーッ!!!」
その質問に返事をしようとは思った。
だが蜘蛛の巣が崩壊し、俺とラリアとホッグスは落下を始めた。
「ぬわっちッ! あびねえ!」
《スピットファイアはマナ・キングのスキルを発動しています》
まだ燃えていない糸がゼンマイのように渦を巻き、直後伸びて俺の左腕に巻きついた。
自然を操るスキルだろうか? 宙吊りになった俺は小柄な生き物を右脇に抱えつつ、中央の建造物へと振られた。
「少佐……!」
スピットファイアはホッグスを助けなかった。そのまま地表へと落ちていくホッグス。
だがどこからともなく別の羽音が聞こえてきた。見やれば、どこからか巨大カナブンが飛んできて空中のホッグスをキャッチ。カナブンの手足は人間のそれだった。
「よっしゃ黒帽子ッ! 大自然のために立ち上がってくれて僕は嬉しいッ! それではまずはあのナチ公を花火代わりにドカンと1発……」
「ま、待てスピットファイア!」
手許にラリアがいなかった。
俺の右脇に抱えられていたのは……どさくさにまぎれホッグスから引き剥がしたヌルチート。
ラリアはホッグスが抱えていた。
「貴様ロス・アラモスーッ! よくも私のヌルチートを……あれ? 何で私はヌルチートを……」
蜘蛛の糸に振られる俺。カナブンに抱えられ首をひねったホッグス。
「少佐! ラリアを返せ! アップルの企みなんだ!」
「ぬぁん……あ、そうか! そう言えばそんな話であったような……? おのれインティアイス!」
どうやらホッグスは早くも正気に戻ってくれたらしい。
「よし、ラリア君を……あ、おいちょっと、虫! 戻るのである! こら、そっちへ飛ぶな!」
ホッグスとラリアを捕まえたカナブンは、俺が振られる祭壇方向とは反対へ大回りで飛んでいた。
「黒帽子ッ! なンなンだ⁉︎ あのナチはどうした⁉︎」
「スピットファイア、このヤモリは俺や君のような転生者のスキルを封じるんだ! だが彼女が抱えてるコアラっ子がいればヌルチートを倒せる!」
「て、ン、せ、い? スキルを封じる……?」
俺のそばにいたスピットファイアは眉をひそめた。しかしすぐに、
「黒帽子、ヤモリを投げろーッ!」
俺が空中へ放り投げると、スピットファイアは光弾でヌルチートを爆葬。
「ハハハあのヤモリは召喚獣なンでね。殺しちゃうわけでね。自然のものではないのさ。マナの色でわかるンでね」
急に落ち着いた調子で喋った直後、
「よっしゃーッ! 女ッその子をよこせーーッ!」
カッ飛んでカナブンを追ったスピットファイア。しかし……。
「ぎえーーーーーーーーッ!!!!!」
再びスピットファイアは何の前触れもなく、粉々に四散した。
『スピットファイアが死亡しました!』
俺は祭壇を見下ろした。
パンジャンドラムの十字架を見張っている2人の女性のうち1人が、こっちを見上げているではないか。
《リスポーンの説明を受けますか? Yes or No ?》
……Yes。
『リスポーンは*自然のマナ*集積させ固*化し、そ*に自分の魂***させるこ*で無限に転生を繰り返***キルだぞ*
も*1度言う*ど回数は*****
––––エラー。データは存在しない可能性があります––––
*****!!! 大自然のマナある限りスピットファイアは何度でも甦るさ!』
「カナブンさ〜ん、こっちこっち〜!」
建造物の下の方でアップルが手を振っている。そちらへ方向転換したカナブン。
俺はと言えば、ぶら下がっていた蜘蛛の糸がついに千切れ、空中へ放り出された。
「こらーっ、そこの見張り2人ーっ! ロスを見るな、落ちて死んでしまうぞーっ‼︎」
カナブンに捕まえられたまま叫んだホッグス。
「……私たち、ドラム君推しなんで……」
「背の高すぎる人って怖い感じするしねえ……」
十字架のそばからつれない言葉が聞こえた。背が高いのは俺のせいじゃない。
だが同時に横パイプから祭壇に駆けてきた、ヌルチートを背負った女騎士の1人が、
「ロス様をやらせはしないっ!」
俺を見上げている見張りにタックル。
彼女には見覚えがあった。昨日、虫人間に食われそうになっていたところを助けた女騎士だ。
《ゼロ・イナーティアのスキルが発動しました》
男性冒険者の数名が、パイプ両端から大蟻たちに挟まれているのが見えた。俺はその片方の大蟻の背に着地。
《ハードボイルが発動しました》
足元の蟻どもを一掃。
蟻の肉が爆散するなか冒険者に伏せるよう言う。彼らがしゃがんだところを越えてマイクロウェーブを発射し背後の蟻も薙ぎ払った。
……何だったんだ、今のは?
《スキルアナライザー》の文脈から予測するに、スピットファイアは周囲のエネルギーか何かを集めて、それで妖精の形を取っていたということか?
つまりスピットファイアという存在自体がスキルであり、だからヌルチートを向けられると爆死するのだろうか。
……だがなぜ、アナライザーの文が読めない? データが存在しないとは…………。
祭壇を中心として蜘蛛の巣状に伸びるパイプ。ウォッチタワーたちは祭壇を向いて左の方のパイプにいる。
俺たちが立つ最上段の下にもパイプが張り巡らされているが、カナブンはその間を縫うようにして、蟻の背にしがみつき縦パイプを登るアップルの方へ飛んでいく。
火山の鳴動が強まった。
それを感じた時、どこからともなく爆発音が轟いた。
頂上を見上げたが、噴煙は先ほどと変わらず、まだ噴火のようではない。しかも爆発音の出処がはっきりしない。かなり遠くの方から聞こえた。
直後、さらにどこからともなく、大きな音が聞こえてきた。
サイレンの音だった。
中世ヨーロッパめいたこの異世界には似つかわしくない機械的な響き。
それはしばらく山に響き渡ってから鳴り止み、そのあとに声が続いた。
それも大きな声だった。
女性の声。しかもそれはスピーカーを通したような不自然な響き。
それは……エルフの声だった。
エルフの声が山でエコーを起こしながら俺の耳をついた。
『こちらは(こちらは)……
ガスンバ(ガスンバ)……
防災(防災)……
センターです(センターです)……。
ただいま(ただいま)……
双子山の(双子山の)……
噴火が(噴火が)……
確認されました(確認されました)……。
土石流が(土石流が)……
双子湖方面へ(双子湖方面へ)……
流れ込む恐れがあります(恐れがあります)……。
オーク村の(オーク村の)……
住民は(住民は)……
充分に(充分に)……
注意してくださ、あっ違う(ださ、あっ違う)
速やかに(速やかに)……
退避してください(退避してください)……。
繰り返します……』
それからもう1度、ゆっくりと、噛みしめるように、同じセリフが続いた。
あのエルフ、ウォッチタワーと共に山から祭壇へ向かったはずで、姿が見えないと思っていたが何をやっているのだろうか? この放送(?)はどこから行なっているのだろうか。
だいたい噴火が確認されたと言うが、頂上を見てもそんな雰囲気はない。
俺は横に走るパイプを渡りウォッチタワーたちと合流しようとした。
向こうに見えるウォッチタワーに、スピットファイアについて尋ねるべきか。
渡ろうと横パイプに立った時、あることに気づいた。
オークが1人倒れている。
ウォッチタワーでもないしグレイクラウドでもないが、たしかに1人がパイプに突っ伏していた。
祭壇から伸びる縦パイプ。敵方の女騎士と女性冒険者が1人ずつ。
向かい合っているのはウォッチタワー含むオーク3人。それに男性冒険者が3人。
彼らは金網状の足場に広がって立ち、6対2。
数の優位は瞭然、だが俺が上にいた間に早くも1人倒されている?
今朝から館に残っていたグレイクラウドたちは武器を所持している。グレイクラウドは大斧、もう1人は棍棒。
ウォッチタワーの手には、倒れた1人の物だろう大槌が握られていた。
対する女騎士2人は、緑色に光る棒を右手に持っているだけ。
6対2。
だがオークと男性冒険者たちは、その2人を扇状に囲み難しい表情をしたまま、動かないでいた。




