第141話 スピットファイアが死亡しました
「お母さんからのお手紙に書いてあったんですよ〜。館にヌルチートの古い卵があるけど〜、奥には卵をいっぱい生む魔道具をおいてある〜。それを動かしてヌルチートを増やして〜女の人に配りなさいって〜」
アップルはそう言った。
古い卵。館の中で割れていた半球のことか。
そしてあの六角柱が、ヌルチートを生む魔道具……?
十字架にくくりつけられたパンジャンドラムが叫んだ。
「何だよそれ! そんなことしてどうするんだ⁉︎ アップルちゃん、ヌルチートが何なのか知ってんのか⁉︎ それで転生者がどんだけ迷惑してるか……」
「どうするって〜? さあ〜……ただお母さんがやるべきだって言うから〜。ヌルチートを女の人に配れば、み〜んなが幸せになるって〜。女の人も〜、転生者も〜、みぃ〜んなが〜」
そしてアップルは、台座の金属盤を操作し始めた。
「スイッチ、オ〜ン!」
六角柱がゴワゴワと音を立て始めた。
上部の蛇腹の根元が膨らみ、膨らみは先端部へ移動していく。
やがて先端部に達すると、中から大きな黒いサヤエンドウのようなものが、どちゃりと音を立ててアップルのそばに落ちた。
「これですよ〜! やっぱりこの魔道具まだ壊れてなかったんですね〜安心しました〜! さあみなさ〜ん! ツェモイ団長や女の人には〜、ヌルチートを差し上げますよ〜! 男の人は、転生者以外は奴隷になって働いてくださいね〜!」
アップルがそう言ってヌルチートのサヤエンドウ型ポッドを掲げた時だった。
「触るなっちゅーとろーがーーーーッ!!!!」
スピットファイアの光弾が飛んだ。
一気に7発だった。祭壇へと襲いかかる。
壇上の騎士3人がスキルのシールドを張ったが、祭壇一帯を襲った爆風はアップルを吹き飛ばした。
「うわ〜〜〜〜っ⁉︎」
蜘蛛の巣のように張り巡らされたパイプを縫って、下で蠢く蟻の群れの中に落ちていく。
「おンどれ偽ンプクめがーッ長々と喋りくさってーーッ! なにチートだが知らンがッ! とにかくこの装置は全部ブッ壊さにゃあならンッ‼︎」
叫んだスピットファイアは素早く祭壇へ飛び……。
だが壇上にはまだ騎士がいた。先ほどの光弾攻撃の煙が晴れた時、その姿を現した。
「みなさ〜んっ! その妖精も転生者ですよ〜っ! ヌルチートを向けて〜っ!」
蟻の波に浮き沈みしているアップルが叫んだ。
騎士3人はすぐさまスピットファイアへヌルチートを向ける。
それと同時に突っ込むスピットファイアが空中で静止した。
動かない。
「ど、どうしたスピットファイア、オェ! 逃げろっ!」
ウォッチタワーが呼びかけた。だが返事がない。
やがて妖精王は震え出し……。
「うぐぐぐぐ…………こ、ここ……これはッ……‼︎」
スピットファイアは頭を抱えて呻いていた。
六角柱に身を隠し光弾を避けていたホッグスが姿を見せ、騎士や女性冒険者たちに捕獲しろと叫んでいる。冒険者のうちの何名かが、あらかじめ用意していたものか虫取り網を持ち出してきた。
だがスピットファイアは……。
「きさーーーーーーーーンッ!!!!!!!!
まさか貴様ッ! ヴァルハライザーにアクセスしやがったンかーーーーーーーッ!!!!!」
そう言うと、
「ぎゃーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
と叫んで。
爆発した。
その場で五体が粉々に四散した。
さっきまでスピットファイアがいた空中には、血霧と、羽根の破片が舞っていた。
「……ぐ、お……おい……スピットファイア……?」
ウォッチタワーが目を丸くして宙を見上げている。ツェモイも、パンジャンドラムもだ。
だがやがて俺の脳裏に声が見えた。
『スピットファイアが死亡しました!』
蟻がみんなのもとへ近づきつつあった。ウォッチタワーは完全に固まっていたが、俺はそちらを見るのをやめて柱を登った。
何て言えばいい?
こんなことは初めてだった。ヌルチートを向けられた転生者が、なぜか死んだのは。
いや、目の前で人が死ぬのを見たこと自体が初めてだった。俺の耳目の届く範囲で死んだことがあるのは俺自身ぐらいのものだ。
おかしいことが起こっていることはわかっている。
今この場にいるヌルチートが、何かこれまでと違う特殊な効果を持っているわけではないはずだ。
あれらはさっきからずっと我々の方を向いていたのだ。ただスピットファイアにはっきりと向けられたタイミングが、奴が祭壇に飛んだ瞬間以外にあったか思い出せない。
そしてスピットファイアが最後に発した、ヴァルハライザーとは……?
何にせよ、まずラリアだ。集中しろロス・アラモス。まず何か1つのことを終わらせろ。今は何かに流されるべき時ではない。
「え〜っ! 何でスピットファイア爆発したんですか〜⁉︎」
アップルの声は、どうやら誰に取っても想定外のことが起こったらしいことを表していた。
下では戦闘が始まった。蟻がウォッチタワーたちのいる場所まで到達したのだ。
俺は蜘蛛の巣に入りつつあった。ラリアは拘束から逃れようとしているが、もがけばもがくほど絡みつくのか、白い糸でぐるぐる巻きになっている。
その右上から大蜘蛛が近づいていた。顎の長さは人間の腕ほどはある。あれでコアラを頭から丸かじりしたいらしい。いや、蜘蛛は体液を吸い取るのだったか? 集中しろと言ったはずだロス・アラモス。
「マスター!」
「待ってろ、今いく!」
どこへだロス・アラモス。
この場所はさっきまで部屋の隅だったためか、骨組みが90度の三角形。その間にも複雑に鉄骨が走っている。隅側に大蜘蛛が。
鉄骨をつたえばラリアのいるところまでたどり着くことはできる。だが鉄骨には蜘蛛の巣が縦横に張り巡らされ……つまりこのまま突っ込めば俺も捕まるだけなのだ。
俺は横に伸びる鉄骨へよじ登り、上に立った。ラリアが正面に見える。大蜘蛛が右上。
俺は下を見やった。
高い。
ウォッチタワーたちがトラス構造の建造物、その横に走るパイプの上にそれぞれ散らばって、蟻やホッグスの配下と戦っていた。
少し離れたところでハルが相変わらずブッ倒れているのが小さく見えた。彼の魔法なら、あの距離からでも大蜘蛛を倒せそうなのだが……。
いや待て。
俺は今かなり高い位置にいる。
なおかつヌルチートを持つ女性陣は、下の人々にかかりきりのようだ。
つまり俺はノーマーク。
ならば……。
《ハードボイルの》
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
大蜘蛛を振り返った時、やはりそんな声が聞こえた。
誰だ? どこからだ? 下を見れば、パンジャンドラムの十字架を見張っている者が2人、あとはみな戦闘中……。
そうやって見下ろしていると、ふいに近くから声をかけられた。
「初めて会った時から思っていたのであるが……貴様、剣とか持っていないのであるか?」
声のした方を振り返ると、ヌルチートを背負ったホッグス少佐がいた。
魔法銃を手に、三角形の鉄骨の、俺とは反対側最上段に立って俺を見下ろしている。
ホッグスの立っている鉄骨は変形して、斜め下の山肌に突き刺さっていた。わざわざそこを登ってきたのか。
「おまけにウロウロと単独行動。能力を傘に着るのは結構であるが、もう少し計画を練ることを考えた方がいいぞ」
ホッグスは鉄骨を、隅へと向かい歩く。
「少佐……君は何をやっているのかわかっているのか」
「わかっているさ。ロス、そこを動くなよ」
ホッグスはマスケット型魔法銃の銃床を肩に当てがった。
ラリアの場所まで俺から2メートル強。やや下側。
いちかばちか飛んでみるか? ラリアを掴めさえすれば《ツープラトン》を発動できる。
……だが糸を引きちぎれるのか? もし失敗すれば……。
ホッグスの構えた銃口が俺を向いた。まさか俺を撃つ気なのだろうか。撃たれると、たぶん死ぬんだが。
しかしその銃口は俺から見て右へ動いていく。
そして発射。
光の散弾が大蜘蛛の頭を吹き飛ばした。
「あ〜っ! 少佐さん〜どうして〜⁉︎」
下からの声。
「バカ者ーっ! この獣人に何かあったら、ロスが機嫌を損ねて帝国へきてくれなくなるであろうがーっ!」
そう叫び返したホッグス。そして俺に向き直り、
「……というわけである。下の戦闘が終わるまでしばらくそこでラリア君と一緒にじっとしていろ。悪いようにはせん」
「……そうは思えんな。昨日までのツェモイ団長の有様をお互い見たはずだ。その上で君の発言に説得力があるとでも? こちらとて」
俺はホッグスの背中からこちらを見ているヤモリに目をやりながら、
「それに取り憑かれた女を見たのは1度や2度じゃないんだぜ。君が俺をどうしたいのかぐらいわかっている」
一瞬、ホッグスが眉をしかめた。
俺の言葉が気に障ったのかと思った。だが彼女は目をきつく閉じ、頭痛に耐えるような顔をした。
《ヌルチートがヌルニル…………》
《おこなって》
《ホッグス少佐のアンノウン・ロードが発動》
それからまた目を開けて、
「ロス。貴様の力は帝国において有益だ。貴様を連れ帰れば私の手柄なのだ。否やは言わせん。それともここで蟻や蜘蛛に食われて死にたいのか!」
「聞けよ少佐」
「クーコと呼べ! これは命令である!」
俺は煙を噴き上げる双子山の頂上を指差しながら、
「ジェミナイトを掘り出せばあれが大噴火を起こす。採掘どころじゃないんだ。蟻に食われなくても土石流に飲まれれば同じことだぞ!」
「だが私は、私は貴様のことが……!」
《ヌルチートがヌルニ……を……っていま》
《ヌル》
《ホッグス少佐のアンノウン・ロードが発動》
「欺瞞はやめろと言ったはずである! 私は何としてもジェミナイトを集め帝国へ持ち帰る! 協力しないと言うのならもうそこにいろ! どうせ貴様はラリア君がいなければ何もできんであろうが! 戦闘が終わるまで指をくわえて……」
次から次へとおかしなことが持ち上がっていた。
ホッグスが喋っている最中にも頭の中に声がする。
おそらく《スキルアナライザー》だとは思うが、今までに感じたことのないような内容の情報だった。
ホッグスが何かを言いかけた時に、《スキルアナライザー》は俺に何かを伝えようとしていた。
そしてホッグスは何かのスキルを使っているようだが、別段何も起こらない。
この状況でラリアを救出する方法と、目の前のホッグスに対処する方法。頭の声の疑問。スピットファイアの死。マルチタスクで答えを見出そうとしている時だった。
山の頂上から爆発音がした。
見上げると、頂上の輪郭から真っ赤な溶岩らしきものがちょっぴり吹き上がったのが見えた。
「見ろ少佐! 始まったぞ!」
「だからクーコと呼べと……いやそれよりまさか噴火など……⁉︎ ハッタリである!」
「俺がハッタリのために山を噴火させてると思ってるのか! 俺は超能力者じゃないぞ!」
「嘘をつくなっ! 転生者は何でもできるのである!」
「なっ……幻想だ! 俺だってただの人間だぞ! その君が抱いてる俺への期待感自体、ヌルチートが見せているハッタリ……」
「戯言だっ! ジェミナイトの採掘など始めてからまだ半日も経っていないのである! 人数もそれほど投入できてない! 本格的な作業ではないのだっ! それとも触っただけで噴火するとでも言うのかーっ!」
俺は口をつぐんだ。
彼女の言うとおりだった。
エルフが語ったところによれば、採掘の際の衝撃がジェミナイト同士に伝導し、溜まりに溜まって山を揺るがすとのことだった。
だがホッグスが動員した採掘係の男性冒険者たちは全部で50人にも満たない。
坑道に入った素人が見よう見まねでツルハシを振り回してみただけで火山活動が活発化するものなのか?
たしかに我ながらおかしい。人は感情的になると論理性を失うと聞いたことがあるが、これでは俺がヌルチートを背負っているようなものだ。どうやらロス・アラモスは間違いなく、クーコさんの背中にヌルチートがいるという事実に動揺しているらしかった。
だが。
「だったらどうだって言うんだ!!! 実際噴火が始まってるじゃないか! さっさと撤退命令を出せよ!!!」
「私に指図するなーっ! さっそく亭主関白か貴様ーっ!」
「誰が亭主だーっ! 何が原因であろうが早く逃げないと……」
その時だった。
ひときわ大きな爆発がきた。
地面が大きく揺れ、俺たちの立つ鉄骨もグラついた。
何とかバランスを取ったが……ホッグスが鉄骨から落ちた。




