第140話 浮上! 魔女の館!
「いくぞーラリアーッ!」
「おーっ!」
《ラリアは毒素消化を発動しています》
《ツープラトンのスキルを発動しました》
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
ラリアが青白い光をまとい、前列のツェモイたちを飛び越えた。狙いはまず、パンジャンドラムの周りの女たち。
同時にツェモイが、
「全隊、突撃‼︎」
部下と男冒険者を率い祭壇へ走り出す。
「騎士団、防御体勢!」
叫んだのはホッグスだ。祭壇周りの騎士3名が素早くパンジャンドラムの十字架の前に並ぶ。
《女騎士A、B、Cはフラッシュシールドのスキルを発動しています》
ラリアが突入。騎士3名が前方へ突き出した手から一瞬光の壁が現れた。
「わわっ!」
ラリアは斜め上方へ軌道をそらされた。
鍾乳洞天井の、補強のためなのかトラス構造に鉄骨が組まれている角まで飛んでいき方向転換。
地上では乱闘が始まった。
ツェモイと部下、合わせて6名。ウォッチタワーたちオークが4名。男冒険者が10名。総勢20名。
戦士のウォッチタワーはまだしも俺は役に立てなさそうなので、冒険者に代わってハルの頬をひっぱたく。よく見ると、
「がンばれー! がンばれー!」
空中でエールを送ってるスピットファイアも、一番噴っていたくせに俺たちサボタージュ組だった。
「よーし、もう一度……」
鉄骨の隙間をくぐり狙いを修正したラリア。十字架へ向けて再度の突入を……。
「あっ‼︎」
ラリアの動きが止まった。鉄骨から離れようとしたまま、空中で静止した。
「わわわ、ネバネバする……マスター!」
空中のラリアは何かもがいていた。天井の角は暗いためよく見えないが、何かに引っかかっているようだ。
「ぬぁーーン⁉︎ なンじゃいありゃあ?」
スピットファイアもそれに気づいたのか呻いて、尻尾から光弾を1発。ゆっくりとした速度で飛ばした。
光弾はラリアのそばまで飛んでいき……ラリアの不調の原因を照らし出した。
「蟹」
「蜘蛛じゃいッ」
何か以前もこんなやり取りをしたような……いやそれはいい。
とにかく、天井隅の鉄骨の間に太い蜘蛛の巣が張り巡らされていて、その中に蜘蛛がいた。
大きい蜘蛛だった。大型オフロード車ほどの蜘蛛。
しかも、人面蜘蛛だった。そいつは上から下へと背面をこちらに向けて降りる動きをしていたが……その背中にあたる1面に、巨大な人間の顔がある。
ラリアはその蜘蛛の巣に絡め取られ動けないでいるのだ。
「かかりましたね〜!」
アップルの声だ。
そちらを見やると、アップルは六角柱の前にある円筒形の台座のそばで、天井隅を見上げている。
「少佐さんから聞いてたんですよ〜、あの子はヌルチートをものともしないで、ロスさんたちを助けたって〜。上手くあっちにそらせましたね〜」
違和感を覚えた。
はじめからあの位置に蜘蛛がいるのを知っているかのような言い様だった。
俺に見られているのに気づいたか。アップルが振り返った。
不可解だった。
周りでは騎士とオークと冒険者が争っている。
敵対する女性陣はみなヌルチートをのぞかせ、転生者のうち誰かを見ている。
祭壇上で指揮を執るホッグスもだ。
だがアップルはヌルチートを見せていない。
そんなアップルは、俺に目を合わせながら、天井隅を指差しながら言った。
「……ふふふ〜……頼りになる兄弟でしょ〜?」
蟹。
蜘蛛。
やはり以前この会話をした。
どうして今そんなことが気になるんだろう?
人間の特徴を持つ虫。
魔女の館にたくさんいた。
奴らはオークたちからこう呼ばれていた。
魔女の子供たち。
アップルは昨夜俺に言った。
…………お母さん。
スピットファイアが叫んだ。
「きっさまーーーーーーッ!!!!!
偽ンプクかーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
叫ぶが早いか、スピットファイアはアップルへ向かい弾かれるように飛んだ。
俺は近くにいた男冒険者にハルを見ていてくれるように頼むと、ラリアのいる蜘蛛の巣まで登るべく、壁の鉄骨に取り付く。
振り返ってみると、アップルはスピットファイアの剣幕に少し慌てたようではあったが、それでもニヤリと笑って円筒形の台座の上に手をかざした。
「きさーーーーンッ!
その装置に触れるなーーッ!!!!!」
台座の上部、おそらく金属盤があるだろう場所が輝き始めた。
《スピットファイアはかんしゃく玉のスキルを発動しています》
光弾。
アップル目がけ容赦なく飛んだ。
素早く2名の騎士がシールドを張る。
台座付近が爆発。
が…………。
「うっ、何だッ⁉︎」
ツェモイの声。
大きな音と共に地が震え始めた。
「地震だッ!」
今度はグレイクラウドの叫び。
台座の煙が晴れる。そこにはアップルが立っていた。
「もう遅いですよ〜スピットファイア〜‼︎」
地面は大きく揺れ始めていた。俺のしがみつく鉄骨も振動している。
それだけではない。
どうやらこの部屋全体が、上の方へ上がり始めているのだ。
「やったぁ〜! お母さんの言いつけどおり、魔女の館を地上に出せる〜‼︎」
爆音と共に天井が吹き飛んだ。空の晴れ間が宙に舞う瓦礫の隙間から覗く。床がせり上がり、鍾乳洞にあった部屋が外へと露出する。
今や我々は完全に外にいた。
鉄骨の柱にしがみついた俺の目にまず飛び込んできた光景は、すでに数百メートルにまで近づいていた、噴煙を上げる山の頂上だった。
下を向けば、山の中腹から見下ろされる見渡す限りの大森林。
麓の方に小さく魔女の館の屋根が見えた。そこから俺たちのいる場所まで、血管のように枝分かれする黒いパイプが、地を割って盛り上がりつつある。
まさかあのパイプは俺たちが通ってきた地下通路だろうか? 館からこの場所まで、地下にあった何かの施設が地上に出現した。
俺が掴まっている鉄骨はアップルが立っている祭壇から、伸び上がるように離れていく。祭壇の部屋だった四隅が、花のように開いているのだ。
さらに祭壇は上方へせり上がる。
祭壇下は約300メートル四方に張り巡らされた、蜘蛛の巣状の骨組みだった。それがドームとして姿を現わす。
ウォッチタワーやツェモイたちのいる床は崩れ、彼らがその太いパイプの構造物にしがみついているのも見える。
今我々全員が、何だかわからない巨大な立体的蜘蛛の巣の上にいた。
ふと、山の斜面が目に入った。
祭壇と頂上の間の地表。
何か大きな、アンモナイトの化石のような、渦巻き状の岩がある。かなり大きい。
いったいこれらは……。
「はわわ、マスター!」
それどころではなかった。
優先順位をはっきりさせよう。まずはこの柱を登ってラリアを助け、その次が、このガスンバの観光名所のガイドをアップルにお願いする。ロス・アラモスは今すぐそれを始めるべきだった。
頭上を見上げると繭のように密集した巣の中から大蜘蛛が、トラス構造の骨組みに張り巡らされた蜘蛛の糸に絡め取られたラリアへ向けてゆっくりと進んでいる。奴がラリアにたどり着く前に、俺がそこへいかなければならない。トラスの柱には斜めに入り乱れる柱があるので、そこへ手足をかけ登る。
気づいたことがある。
とても登りにくい。
柱が揺れている。
先ほどからずっと、山の鳴動がやまないのだ。
あの前衛的な構造物が出現したための揺れだと思っていたが……。
それでも地鳴りのなか、祭壇のあたりの声はそれなりに聞こえてきていた。
「ガキンコッ! おンどりゃーーッ!!! 何をしとるンじゃいーーーーッ!!!!!」
なんとまあよく響く声だろう、スピットファイアだ。
「魔女の館の機能を開放したんですよ〜! こうすることで〜、ジェミナイトの採掘がやりやすくなるはず〜!」
「なンだとーーーーーーッ!!!!!」
「お母さんが言ったんですよ〜、アップル〜、ガスンバの山にある館を見つけて〜、起こしなさいって〜。そうして〜、ヌルチートの卵袋を起動させなさいって〜!」
卵袋……?
背後を振り返って祭壇を見たいところだがクライミングに集中すべきか。正直滑り落ちそうだ。
「貴様ッ! 何が目的じゃいッ!」
「目的〜? 私の目的はお母さんの言いつけを守って、館を起動すること〜……そうして、ジェミナイトを掘り出すことですよ〜」
それからもツェモイの声だとかウォッチタワーの怒号だとかも聞こえていた。
俺は振動する柱と格闘していたのであまりそちらの方は見ていなかったが、話だけは聞こえてきた。
「アップル殿! まさか貴殿ははじめからこれが目的でベースにいたと言うのか⁉︎」
「そうですよ〜。そもそも探索拠点としてベースを設営してくださいってお願いしたのは私ですしね〜。騎士団のみなさんにはたいへんお世話になりました〜ありがと〜」
「オイ子供オェ! いったい何だってんだ、このわけのわかんねーのは!」
「ですから〜、ジェミナイトの採掘施設です〜。詳しいことは聞いてないのでたぶんですけど〜」
「アップル殿……どういうつもりなのだ⁉︎ 貴殿は3ヶ月前も、ホッグス少佐との合同任務になったあとも、そのようなことはひと言も言っていなかった! こんな、大掛かりな仕組みのことも……なぜ貴殿はこのような物を知っている⁉︎ 貴殿の母親とは誰だッ!」
いいと思う。
すごくいい。
かなり核心的な質問が投げかけられていた。
だが俺は自分が大きなミスを犯したことに気づいてしまったので振り返ることができないでいた。
いったいぜんたいどうして俺は、丸腰かつたった1人で柱を登り始めたのだろう? 頭上には象みたいに大きな蜘蛛がいる。
どんなプランを持って俺はこの柱に飛びついたのか? 騎士か、オークか、誰か1人か2人ぐらいこっちに回してくれないだろうか。
「……もちろん、魔女様です〜」
いっそ蜘蛛の巣まで近づいたら、焼いてしまうか。いや、火を持っていない。アップルはあの時どうしてタバコと一緒にマッチもくれなかったのか…………何だと?
「三賢者の〜、魔女様の〜、子供、私は。魔女の子」
「魔女のKIDだとオェ⁉︎」
「私はずっと探してた……私のおうちを〜。ずっとずっと忘れていたけど〜、ついにお母さんがお手紙で教えてくれたんです〜。みんなと一緒に生まれたこのおうち〜……ついに私は帰ってきた〜! みんな、おいで〜!」
アップルが叫んだ。俺はついに振り返った。
祭壇は太い柱によってせり上がっていたが、その下部が扉のように開き、何かが現れた。
「アリだー!」
冒険者の誰かが叫んだ。
祭壇柱の下部が扉のように開き、人間サイズの蟻が大量に湧き出ている。
「お母さんの言ったとおりだった〜! この館の機能は生き続けてるから、今でも私の兄弟が生まれ続けてるって〜! あのたくさんの蟻さんがいれば〜、ジェミナイトの採掘なんてすぐですよ〜! でもその前に〜……!」
蟻たちはトラスの柱を登り、ツェモイたちへ向けて進軍を始めた。かなりの数だ。それらがツェモイやウォッチタワーたちのいるパイプの下から這い登っている。
「アップル・インティアイス!」ツェモイが叫んだ。「いったい何のつもりだ⁉︎」
「邪魔者をやっつけますよ〜!」
「邪魔者だと⁉︎ 我らは元々ジェミナイト鉱脈発見の任務を帯びた者同士のはず……だが貴殿は……?」
「オイツェモイ!」ウォッチタワーが言った。「しっかりしろや、あいつつまり帝国人じゃねーんだよ!」
「だったらなおさらだ! アップル殿、なぜ帝国民でもない貴殿がジェミナイトを求める!」
アップルは答えた。背後の、六角柱を指差しながら。
「ヌルチートを造る材料だからですよ〜……」
彼女の視線は俺を向いていた。




