第139話 開戦
大穴を降りてきたスピットファイアは高速落下から地上4メートルほどでビタリと静止し、アップルを睨み下ろした。
「きさンッ! その装置に触るなッ! ろくでもないことが起こるンだぞーッ!」
スピットファイアを見上げそれぞれ抜剣した女性陣。アップルが言った。
「おやおやこれは妖精王さん〜。今までずいぶん邪魔してくれてましたね〜」
「きさーーーーンッ! きさンは吊り橋にいた奴だなッ! なぜここに入れたッ! 館と上の祭壇には結界が張ってあったはず! そこの偽ンプクも上にいたがなぜだッ!」
スピットファイアは虫人間の死体を指して叫ぶ。
「結界〜? 館の結界ならエルフさんが解いてくれましたよ〜」
アップルの言葉にスピットファイアは大穴を見上げた。
「エルフだとッ! そう言えばさっき上にいたな……」
すると、大穴の上から声が響いた。
「スピットファイアー! 早まるなー! 聞けおれの話をーーっ!」
俺も上を見上げると、大穴のふちからウォッチタワーの顔が見えていた。どうやら先ほど上から聞こえた怒号は、スピットファイアに追いついたウォッチタワーとの言い争いだったらしい。
スピットファイアは上にはかまわず、
「その結界じゃないンだよッ! 館の地下通路の入り口には魔女がかけた結界があったはず! この坑道で働いていた偽ンプクでも出入りできない結界だ! 誰が解いたーーーーッ!」
アップルに叫んだ。
地下通路の結界……たしか捕虜となっていたオークが、1度入ろうとしたがそうできなかったと話していたが……。
「それだけじゃないッ! 坑道には魂を奪う呪術もかけられていた! 仲間に頼んで呪術の装置は壊させたけど……なンできさンらは魔女の奴隷にならずにここまでこられたッ! 魂を奪われたらこられるはずがないッ!」
そうこうしているうちに、
《ウォッチタワーはゼロ・イナーティアのスキルを発動させています》
ウォッチタワーも飛び降りてきた。
それを目の当たりにした女性陣の幾人かは目を輝かせる。ウォッチタワーはスピットファイアに話しかけようとしていたが……俺はひとまずそれを制止した。
「な、なんだいロッさん……」
「マズイところに飛び込んできたな、彼女たちはみんなヌルチートを持ってる」
「えっ」
「それよりスピットファイアは、地下のバカになる呪いのことを知ってるようだぞ」
「なに……?」
「しかも魂を奪われ魔女の奴隷になる呪いだと……」
スピットファイアがさらに叫んだ。
「なぜーーーーーーッ!!!!!」
この祭壇のある部屋は鍾乳洞チックな洞窟。そこで甲高く叫んだものだから声は反響した。
ウォッチタワーが言った。
「お、おいスピットファイア! 何なんだ魔女の奴隷って……それにそこの黒い柱。あんなんおれぁ初めて見たぞ!」
ウォッチタワーはアップルとホッグスの背後の六角柱を指した。
オーク部族は双子山を守り続けてきたと聞いたが、それはこの祭壇までの、大穴の上の入り口を守るということだろうか? ウォッチタワーはここまで降りたことがないのか? たしかに見回しても、梯子の類いがない。
「ウォッチタワーーーーーッ!!!!! この罰当たりのクズどもを粉微塵にしろーッ! このままではガスンバは終わりだーッ!」
「ま、待てよ、噴火のことか? おい帝国オェ!」ウォッチタワーはホッグスを向いて、「オメーらと話してえことがある! いいか、この坑道でジェミナイトを掘り出せば、えーと振動が……なんだっけ、いや詳しい話はエルフさんから聞いてくれ! とにかくここで穴掘るのはやっぱり許可できね……」
「ウォッチタワーーーーーッ!!! 話し合いの余地なンかないンだよーーッ! ブッ殺すんだよーッ! あの黒い装置を動かせばあいつか起きるンだよーッ! わっかるでしょーッこンな簡単なことーーッ!!!!」
スピットファイアは相変わらずだった。
アップルは両耳の穴に指を突っ込んでいたが、やがて抜いて言った。
「妖精さん〜……ずいぶん詳しいんですね〜? 地下通路の呪いの仕組みまで知ってるなんて〜」
「当たり前だーッ! この森のことで私にわからンことなどなーーーーいッ! いっそこの世界の全てですら……」
ウォッチタワーがスピットファイアに落ち着くようなだめた。その隙にアップルが話し始める。
「何でしたっけ〜坑道の呪いでしたっけ〜? そうそう……ロスさん〜、ここにくるまでの間、他の冒険者を見ませんでしたか〜?」
急に振られた話。俺は無言でアップルを見返す。
「あの人たちとお話ししました〜? おかしいと思いませんでした〜?」
「…………記憶が飛んでいた様子だったが……」
「そ〜なんですよ〜! 詳しく言うと、館にある呪術装置で〜心を奪われてたんです〜。起動する制御盤はヌルチートのお古の卵が置いてあった部屋……あ。昨日の夜ロスさんは〜そっちに歩いていっちゃいましたね〜?」
昨日の夜……アップルを探しに館に入った時か。
ヌルチートの卵と制御盤と言えば、あの円筒形の台座があった部屋……あの台座の金属板が、制御盤か?
「あの制御盤には坑道入り口を閉鎖する結界のスイッチと〜、坑道に入った人の心を奪う呪いのスイッチがあるんです〜。
「そのスイッチを入れるとですね〜、中に入った人は心を奪われ、奴隷となって働くことになります〜。ジェミナイトを掘り出すための奴隷となって〜……。
「でも壊しちゃったんですね〜? スピットファイアさんが〜。どうりでロスさんたちがここへこられたわけですね〜」
俺はグレイクラウドを振り返る。
オークたちはうなずいた。あの制御盤はグレイクラウドたちと妖精が破壊したと、ハルが話していた。
スピットファイアはまたギャーギャー喚いた。だからしてきさンらもここまでこられるわけがないと。制御盤を壊すより先にきさンらは地下通路に入ったはずだと。
たしかに俺たちがここにくるまでの間、なぜ自分がそこにいるかわからない風の冒険者たちを見かけた。
記憶が曖昧なのは心を奪われたためだろう。
彼らはホッグスたちが通路へ入れ、そのまま働かせていたはず。ホッグスたちはその中を通りこの祭壇まできたはずだ。
アップルは「それはぁ〜」と、女性陣のヌルチートを指差す。
「あの召喚獣のおかげです〜。あれは掘削奴隷のものとは違う指令が出てますから〜、そっちの方が優先されるんですよ〜。だからツルハシ持って働いたりなんかしないんです〜」
スピットファイアは憤怒の形相で女性陣を見渡した。
「なンだ……? そのトカゲ……?」
俺は言った。
「指令と言ったな。転生者を捕まえろとかいう指令か?」
アップルは答えた。
「そうですよ〜……」
にんまり笑って。彼女はそう言った。
起こった時系列についてはよく理解できた。
3ヶ月前ツェモイとウォッチタワーの戦いが行なわれている間、館に入ったアップルはヌルチートの卵のお古とやら(あの黒い球だ)を開けた。
その時に、彼女は制御盤の封鎖を解除した。それがために2人の捕虜オークが地下通路に迷い込むこととなったのだ。
アップルはツェモイたちがウォッチタワーとの狂乱に明け暮れている間ヌルチートを製造したが、スピットファイアの乱入で退去。
それから3ヶ月が経ち、そして昨日、館に戻って、また地下通路へいってみたが、その時にはスピットファイアがかけた結界が解除されていた。そこで偶然捕虜オークを見つけ、館を出てきた。
おそらくアップルは昨日、地下坑道の呪いも解除したのだろう。そのため捕虜オークは正気を取り戻したが、3ヶ月近くの記憶が消滅していた……。
まるで意図が掴めなかった。
何が起こったのかはよくわかったが、なぜそうなっているのかがわからない。このアップルという小柄な冒険者が、なぜそこまで詳しく、なぜこんなことをしているのか。
そして1番不明なのは、なぜアップルは他の女性と違ってヌルチートを出現させていないのかだ。
咳払いの声がした。
ホッグス少佐だった。
「……お話中失礼。ウォッチタワー殿がいるならちょうどいい。この場で私の責任において伝えさせていただくが……我らオルタネティカ帝国軍は、これよりジェミナイトの発掘を行なわせていただく」
色めき立ったウォッチタワーをはじめとするオークたち。
口々にホッグスをなじるようなことを言っていたが、俺はそれを制して言った。
「少佐。それはここで決めていいようなものなのか」
「かまわんだろう」
「聞いてくれ。エルフの話によれば、ジェミナイトの採掘を行なうと火山活動が活発化し噴火が起こるんだ。彼女が言うには、オーク村にある湖が火山の成れの果てだそうなんだ。ここで採掘などやれば……」
「ロス。私を止めたいからと嘘をついて欺こうとするのはやめろ」
ウォッチタワーが叫んだ。
「バカヤローオメーオェ! 嘘なんかじゃねえ、オークの言い伝えにだって……」
俺は再びそれを手で制する。
俺にはわかっていた。
今の少佐は、俺の言葉が嘘かどうかはどうでもいいのだ。
ただ掘りたいのだ。
人っ子ひとりいない大草原で野糞をしたい気持ちに駆られることに理由がないように、ただ掘りたい気持ちがあるだけなのだ。
ホッグスの背中のヌルチートと、彼女の光のない目が俺にはそう教えていた。
採掘が原因で火山が爆発するなど今の彼女は信じない。
そんな話は彼女の予定に反するのだ。
「……少佐。今すぐそのヤモリを捨てるんだ。騎士団を狂わせた召喚獣だ、今の君は君じゃないんだ」
「今回の任務は何としても成功させなければならない。ここまで足を運んでいまさら撤退もないのである。オークの方こそ双子山から手を引いていただきたい」
「少佐……」
「ロス・アラモス。私と共に帝国へこい」
「何だと?」
じっと俺を見下ろすホッグスは無表情。
やがて彼女は十字架のパンジャンドラムや、ハル、ウォッチタワーと視線を巡らせていく。
「ロス、聞くがいい。私は考えたのだ。オークの部族はきっと我らオルタネティカ帝国に双子山へ立ち入らせはしないだろう。だから我らはスゴスゴとガスンバを出ていくことになる。そして私は予算を割いて鉱脈探査をしておきながら、何の結果も出せないまま引き返してきた子供の使いだと笑われる。それで言われるのさ。ああ、やっぱり低い階級の生まれの者は、何もできない口先だけの無能なんだなと」
後ろに手を組んで話すホッグス。それはいつもの彼女の姿だったが、話す声の後半は声に震えが見られた。
彼女は1度右を向き咳払いをして顔をこちらに戻したが、その時には声の調子は戻っていた。
「と言うわけでだロス・アラモス。ジェミナイトのみならずこれだけの転生者、有能な人材を帝国に連れ帰れば大手柄となろう。昨夜貴様にも話した魔族との戦争もこちらが優位となる。帝国の上層階級も私を、私たちを見直す」
ホッグスは右手を差し出した。
「私の手を取れ、ロス・アラモス。ここまで上って……私に力を貸してくれ」
ツェモイの視線を感じていた。
ウォッチタワーの視線もだ。
ホッグスは俺を待っている。
俺の上腕にしがみついているラリアが前腕まで降りた。この子ももう、話し合いの時期は過ぎたことを知っているのだ。
「……その左腕を私に差し出すことが答えか……ロス・アラモス」
ホッグスは右手を上げた。
同時に祭壇の女性陣が一斉に構える。
俺はウォッチタワーとツェモイに目配せをした。
2人はそれぞれ自分の仲間に、臨戦態勢をとることを指示する。
ホッグスが、
「ロス! 貴様の仲間がどうなってもいいのか!」
と十字架上のパンジャンドラムを指差し……たのはいいのだが。
「少佐殿! このカワイイゴブリンをどーするというのですか!」
「そーよそーよ! これは私たちの転生者よ! 丁重に扱うんだから!」
そう、祭壇周りの騎士や冒険者の一部から声があがる。ホッグスは眉をハの字に「むぅ……」と唸った。
さらに次々と声があがる。
「ロス様ー! 私たちと一緒に帝国へいきましょうよー! そんな肥満オークなんてほっといてー!」
「ちょっと待ちなさい聞き捨てならないわね。ウォッチタワー様は肥満ではないわ! あれは高密度の筋肉の上に衝撃を吸収する脂肪をまとった、最も戦闘に適した至高の肉体……」
「げー趣味わっる! 怖いだけじゃんあんなの! やっぱあっちの痩せた子が一番カッコイイに決まってるっしょ!」
物が落ちる音が聞こえたので振り返るとハルが卒倒していた。たぶん今発言した女冒険者の喋り方がサッカレー王国のアリスに似ていたせいだろう。
「いやいやドラムちゃんがベストパートナーだわさ! あの思わず守ってあげたくなるような絶妙なサイズ感……!」
「えっ待って待って、は? なに? あそこの浮いてる妖精も転生者なんでしょ⁉︎ え、かわいくない? 飼いたい‼︎」
ミーシャが言っていたとおり、9人の騎士と20人の冒険者の間ではそれぞれ推しメンが異なるようだった。
ツェモイと5名の部下が俺の前に立った。
ウォッチタワーとグレイクラウド、他2名はその右隣(ハルは連れてきた男の冒険者たちに抱きかかえられ白目を剥いている)。
ウォッチタワーが言った。
「グレイクラウド。詳しくは話せねえが、今ちょっと調子が悪いんだ、おれは。頼りにしてるぜ」
「ぐ? まあ何十日も体動かしてなかったからか? よし、任しとけ!」
「極力殺すな!」
「おう!」
ツェモイが男性冒険者に呼びかける。
「貴君ら、申し訳ないが協力してほしい! ホッグス少佐は乱心している! 彼女に好きにさせてしまうとこの山が噴火し、ベースも壊滅することになるだろう! 取り押えるのだ!」
「え……なんすかそれ……あっちの女たちは冒険者で、俺らの仲間……」
「さっきまで話は聞いていただろう、魔女の呪いで操られているのだ!」
「そ、そーなんす? よくわかんねえけど……おいみんな!」
男性冒険者勢も、それまで手に持ったままだったツルハシを構える。
スピットファイアが言った。
「ぬわっち! ついにみンな目覚めてくれたのか! 森の大切さにッ!」
別にそういうわけでもないのだが。
だが何にせよ、まずはこの状況を終わらせる必要がある。アップルのことはそのあとでもいいだろう。
俺は右足を一歩踏み込み、言った。
「いくぞーラリアーッ!」
「おーっ!」




