表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/345

第138話 怪奇のアップル・インティアイス


 ホッグスがヌルチートと共に祭壇の上から俺を見下ろしていた。


「少佐、なぜ……」


 俺は問いかけようとした。

 だが次の言葉が出てこない。訊きたいことが山ほどあり、何から訊けばいいのかわからなかった。そして俺は、その質問の答えをはじめから全て知っているような気がした。だから言葉に詰まった。


 ホッグスはそんな俺を無表情に見下ろしながら言った。


「ロス・アラモス。スピットファイアの件はどうなったのであるか? 通信具からの報告によれば館にいるロクストン中尉が攻撃を受けたそうだが。あまりいい仕事をしてくれなかったようであるな」


 ツェモイが言った。


「スピットファイアならおそらくもうここへくるだろう。それよりホッグス少佐! 私の部下にヌルチートを勝手に憑かせるなど受け入れがたい。さっさとこちらへ返してもらおう。おいみんな!」


 ツェモイは祭壇下の騎士たちへ、


「召喚獣を捨て、こちらの指揮下へ入れ!」


 そう叫んだ。

 だが騎士たちは、ある者は俺を、またある者はハルを、別のある者はパンジャンドラムを見上げたまま。返事もしない。


「みんなどうした……私の命令が聞けないのか……!」


 ツェモイの声は弱々しくなっていく。

 返事を求めてはいるが、それが返ってこない理由が彼女にはよくわかっているのだろう。1度はあのヤモリに身を任せた彼女なのだ。彼女自身が先ほど言っていた。ヌルチートを持っている時、他人の指図を受けたくない気持ちになると。


「みんな、冷静に考えろ……スピットファイアがここへ向かっている。山への進入を待つことはオークとの約束のはず。こんなことではスピットファイアの説得をしてもらえなくなるぞ!」

「ツェモイ団長」


 ホッグスが言った。

 いつものように後ろに手を組んで。だがその顔はいつもより感情の色が見られない。


「その件についての対応策はすでに用意してある。もはやオークごときにお伺いをたてる必要はなくなった」

「バカな! あれほどの相手をどうやって……こちらの兵は吊り橋の時より少なく、今はさらに分散している! スピットファイアはここにくるのだぞ!」


 詰め寄ろうとするツェモイの肩に俺は手をおいた。

 ツェモイは俺を振り返ったようだが、俺はホッグスから目を離さず、2歩進む。

 そして言った。

 

「団長。少佐は自信があるのさ。君が言ったんだぞ、少佐はスピットファイアが転生者だと確信を持っていると。そういうことなんだろ? 少佐」


 俺は祭壇の女たちを見回した。彼女たちの視線は全て、俺、ハル、パンジャンドラムのどれかに集中していた。騎士団でさえ、グレイクラウドたちはおろか、ツェモイ団長やミーシャ含む5名の仲間の誰をも見ていなかった。


 そしてホッグスの視線はロス・アラモス向けだ。


「誰から聞いた、少佐。スピットファイアが転生者だと」


 ホッグスは六角柱を振り返った。すると柱の裏から小柄な少女が姿を現した。


 アップルだった。


「こちらのインティアイス顧問である。昨夜そう報告があった」


 アップルはにこにこ笑って俺たちを見下ろしている。


「君が…………」

「ロスさん〜。昨日の夜、ウォッチタワーさんとお話ししてましたよね〜? 悪いとは思ったんですけど〜……実はあれ、私テントの向こうで聞いちゃったんです〜」


 昨日の夜……たしかに俺はパンジャンドラムとハルと共にウォッチタワーのテントに入り、自分たちの出自を打ち明けあっていた。


 思い返せばあの夜……兵士がアップルを探していた。兵士がホッグスに所在を尋ねたが、ホッグスはそこら辺にいたはずだがと答えた。そうだたしか、ウォッチタワーのテントのあたりを指差しながら……。


「だから、ヌルチートか? 女性をこれだけかき集めて……」

「そうです〜。でも不思議ですね〜? ど〜してロスさんはヌルチートを知ってるんですか〜?」

「こちらのセリフでもあるがな。だが不思議か? 俺は昨日ヌルチートを持った騎士団と一悶着起こした。知っていても変じゃないだろう」


「不思議に決まってるじゃないですか〜? ヌルチートを見たことがある転生者〜、なら女の人と一緒になってないと〜。でもロスさんはそうじゃない〜……つまり〜……ロスさんは、ヌルチートを見たのが昨日が初めてじゃないんでしょ〜?」


 アップルは祭壇下の騎士に目をやった。それからツェモイと、その後ろの騎士にも。


「15人ですよ〜? ガスンバ最強のオーク戦士ウォッチタワーさんでさえ、3ヶ月前3匹のヌルチートに勝てなかった〜……でもロスさんは15匹を相手にして、ま〜だ独身なんですか〜? それにそこの痩せた人……ハルさん〜?」


 アップルに名を呼ばれ、ハルが「ひっ」と息を飲んだ。


「あなた〜……さっきからヌルチートを見る目が尋常じゃなく怯えてますけど〜。つまりあなたはヌルチートを持った女の人と結婚したことがあるんですね〜? スキルを封じられた経験が〜」


 俺は少し後ろを振り返った。ハルがこそこそとグレイクラウドの後ろに隠れようとしていたが、それにはかまわずツェモイに言った。


「……団長。君は以前アップルに、館で手に入れたヤモリのことを話したか?」

「……い、いや! 正直恥ずかしかったので黙っていた。ヌルチートを使って何してたんですかとか訊かれても返事のしようもないと思って……」


 俺はアップルに視線を戻した。そして尋ねた。


「教えてくれアップル。君はいったいなぜヌルチートを知っている? しかもそんな風にかなり詳しく。そしてなぜそれを持っているんだろう」


 アップルは1度、六角柱を振り返った。柱の上から伸びる蛇腹を視線でなぞり、それからこちらへ向き直り、にんまりと笑った。


「持ってるのは、私が造ったからですよ〜。詳しいのは……お母さんから聞いたから〜」


 ……お母さん。孤児だったというアップルの、育ての親のことか?


「知りたそうな顔してますね〜? じゃあ教えちゃいましょ〜。ずっとずっと前、私はガスンバに入ってあの館を探し始めたんです〜。けど、いまいち私、場所を思い出せなくって〜……。


「だから仕方なく地道に調査してたんですけど〜、どうも館はオークさんの支配地域にあって、立ち入り禁止になってるらしいってわかったんです〜。だから私は3ヶ月前、軍の偉い人にお話しして、騎士団の魔女狩り部隊に来てもらったんです〜」


 俺はツェモイを振り返った。ツェモイは言った。


「……上層部からは、ガスンバに遺物があるらしいとだけ伝えられた。ベースにアップルという大森林に詳しい冒険者がいるから協力を求めろは言われたが……」


 視線を戻すとアップルはさらに続ける。


「それで〜、あの3ヶ月前。団長さんたちも大森林に慣れてきたのか、ちょっと騎士団だけで出かけてくるって言ったんですよね〜。私〜、大丈夫かな〜って思って、あとから探しにいったんですよ〜?


「そしたら団長さんたち、オークさんと一緒に歩いていって、館を見つけました〜。私それを遠くから見てて、やった〜って思ったんですけど〜……」


 それから騎士団とオークの戦闘が始まったと、アップルは言った。アップルが隠れて様子を見ていると、しだいに戦闘の場は館の中に移されたと。


「私〜……。ウォッチタワーさんが、あんまり強すぎるんじゃないかな〜って思ったんです〜。それで私、ピ〜ンときちゃいましたね〜、あのオークは転生者に違いないって〜。


「だから私、大急ぎで館の〜、ヌルチートの卵の、お古を置いてある部屋にいったんです〜。それで卵を6個全部開けて、団長さんたちが戦ってる部屋に走らせたんですけど〜……」


 そこでアップルは舌を出した。


「間に合いませんでしたね〜! 団長さんが入った部屋がヌルチート製造機の部屋じゃなかったらどうなってたことか〜!」


 後ろを振り返るとやはりと言うか、ツェモイが俺を見ていた。


 3ヶ月前ツェモイが見たという、天井裏から這い出した6匹のヌルチート。

 俺が昨夜、円筒形の台座のある部屋で見つけた、6個の黒い球。


 その点と点を線でつないでいたのが、アップルだったのだ。あの黒い球はヌルチートの卵で間違いなかったのだ。


「待たれよアップル殿!」ツェモイが言った。「あの出来事のあと、貴殿は我らと共に帝国へ帰ったはず! そのあと9匹だったヌルチートが15匹まで増えたのは……」


「それも私です〜。団長さんたちがウォッチタワーさんと愛し合ってる間、私は館の製造機でヌルチートを造ってたんですよ〜動作チェックを兼ねて〜。それが増えた6匹のヌルチートです〜。


「そのあとスピットファイアさんが入ってきたんで、大慌てで逃げ出したんですけどね〜……帝国に戻ったあと、騎士団の宿舎にこっそり追加しておきました〜!」


 にこやかなアップルとは対称的に、ツェモイの表情は呆然としたものだった。

 ミーシャたちを振り返ってみると、やはり彼女たちも同様だった。それだけではなくミーシャたちは自分の体をさすっていた。


 そんなミーシャが言った。


「あ、あの、団長……アップル顧問は何を言ってるんですか……? あのヤモリを自分で造ったなんて……あれは団長が私たちに支給したはず……団長はこのことをご存知じゃなかったんですか……?」


 ツェモイは唇を噛み締めたまま何も答えない。


「団長……! 私、私たちは、ひょっとしてあのヤモリのせいでオークなどに体を……⁉︎ あれは、あれはまさか私たちの……私の意思では……⁉︎」


 問うたミーシャの声は震えていた。問われたツェモイの体もそうだった。

 答えたのはアップルだった。


「そうですよ〜! ヌルチートを所持する人は〜転生者を愛するようになるんです〜。そうさせるためにヌルチートは造られたんです〜」


 俺は尋ねた。


「……好むと好まざるとに関わらずか」

「ええ〜。好むか好まないかは求められてないので〜」

「……誰からだ。誰から求められていないと?」


 アップルはにっこり笑って言った。


「お母さんからですよ〜」

「アップル、君はいったい何者……」


 その時だった。


 地表まで続いているらしい天井の大穴から喧騒の音が聞こえてきた。

 幾つかの爆発音と、2人の人物の怒号だ。


 1人は子供。1人は野太い男の声。

 そして頭上の大穴から3つ、何かの物体が落ちてきた。


 それは俺たちと、アップルたちの間に落ちてきた。

 損壊した虫人間の死体だった。

 それからさらに絶叫と共に急速に落下してくる者。




「ぬオーーーーッきっさまらーーーーッ! もうこんなところまでたどり着きやがってたのかーーーーッ!!!!!」




 妖精王スピットファイアだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アップルはかなりストーリーの核心に近い存在って事か。 名前通りリンゴジュースのように情報を絞り出してやらねばならないなぁ。
[良い点] 役者が揃う。黒幕らしく己の所業を開陳するアップルさん。転生者に女を無理矢理宛がうなんてとんでもない悪党ですよ。お見合いさせたくて仕方ない遣り手おばさんか美人局か。しかし何故そんな事を。謎が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ