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第136話 地下通路へ


 魔女の館に入ったのは、昨晩と同じ中庭からだった。


「なぜついてくるんだろう?」

「私の部下がヌルチートを持っているはず。もし出くわした場合貴殿1人でどうにかできるか?」


 入り口をくぐったツェモイはそう言う。


「私が一緒であれば彼女たちを止められるかも知れん。あくまで、かもだが」


 廊下へ出る戸口から左右を見渡す。誰もいない。


「団長である君の命令を聞かないかも知れないと?」

「……あのヤモリを持っている時……あまり他人の意見を聞きたくない気持ちがしたものでね」


 廊下へ出て進む。

 幾つかの角を曲がったが、誰もいない。


 今朝パンジャンドラムは、館内にゴブリンズを徘徊させて侵入者を見張ると言っていた。

 だがゴブリンズもいない。


 進みながら、大声で呼ぼうかと考え、やはりやめる。藪をつついて蛇を出すこともない。昨日はホッグスと一緒にそんなことを考えていたが、今日はツェモイとそうしていた。


 昨晩、黒い球を見つけた部屋の前を通りかかった。

 ここを通りすぎるのが、地下通路のある方向だが……。


「ロス殿、どこへいく?」


 俺は部屋の方へ入った。


 真っ先に目に入ったのは円筒形の台座。


 そこに3人の妖精が乗っていた。

 スピットファイアはいない。

 妖精は1人が大きな(サイズは普通だが妖精にとって大きな)トンカチで台座の金属製円盤を叩き、あとの2人は円盤から外したダイヤル部品でキャッチボールしている。


 妖精は俺たちに気づくと持っている物を放り出し、キャーキャーと喚きながら、右側の壁の下にある通気口のような隙間へ飛び込んだ。慌てた奴が入口でひっかかり、先に入った2人が引っ張って、逃げ去っていく。あとには通気口のある床に妖精の鱗粉がこびりついていた。


「何をしていたのだ? あいつら……」


 俺はツェモイには答えず、床に散らばっている空になった黒い半球に目を落とした。


「ロス殿……これは?」

「わからない。だが6個ある」

「6個……」

「3ヶ月前君が見つけたヌルチートと同じ数だ」


 ツェモイは部屋の周囲を見回した。やがて、今妖精が逃げ去った通気口のような隙間で視線を止めた。


「……これは……まさかこの隙間が、以前ヌルチートが出てきた天井裏に続いて……?」


 ツェモイが最初に見つけた3匹のヌルチートはガラス管の中に入っていた。だがそのあと天井裏から這い出てきたものが6匹。


「ではこの黒い球がヌルチートの卵……?」


 俺は台座に近づき見下ろす。バラバラに壊されていた。

 ツェモイもやってきてひん曲がった金属盤を眺め、


「魔女文字が書いてあるな。これも遺物か」

「以前これを見たことは?」

「この間は遊んでばかりいたもので……」

「何と書いてあるんだろう?」


 俺は円盤中央の、外れかかったダイヤル状の部品あたりを指差した。ダイヤルの矢印が差した文字の部分だ。


「……シールド? と読めるな。矢印が差している部分は……『解除』、だ」

「その反対の文字はどうだ?」

「……『ロックダウン』。閉鎖、だな。これは回せるのかな? 回すとシールドで閉鎖するという機構か……」

「ではこの、上の文字は……」


 解除と閉鎖、その文字の間やや上、書かれている大きめの文字を指す。


「……震え石。それに……道?」


 震え石。ジェミナイトか?


「何のシールドだと思う? 何を閉鎖するものか……」

「……すまない、わからない」

「よし、先を急ごう」


 半球の部屋を出て、地下通路入口を目指し廊下を走る。

 

 ふと、廊下に沿う部屋の1つから物音が聞こえた。

 左側の部屋だ。


 腕に掴まるラリアの拘束がやや緩む。いつでも飛び出す気なのだ。

 俺はツェモイに手を見せ制し、それから部屋を覗き込む。


 中は経年劣化の跡が残る部屋。家具の類いは何もないがらんどう。部屋の隅に布が無造作に積まれて山になっているだけ。


 誰もいない……。


《ハル・ノートは剣聖(ソードマスター)・アイキのスキルを発動しています》


 俺は声をかけた。


「ハル。そこにいるのか?」


 すると、隅にある布の山がモゾモゾと動き出し、中からハルの顔が覗いた。


「あっあっ、ロスさん……! やっぱりロスさんだった……!」


 四つん這いでヨタヨタと布の山から出てくるハル。だがツェモイが視界に入ったか固まった。


「ひっ……!」

「ハル、落ち着け。味方だ。ヌルチートは持ってない」

「ええ……⁉︎」


 俺はツェモイを廊下に残し部屋に入った。ハルは立ち上がったが、ツェモイをチラ見していた。


「ハル。何があった? パンジャンドラムは?」


「そ、それが……! 外が騒がしくなったと思ってたらオークが館に逃げ込んできて……何だろって思ったら、帝国軍の奴らが踏み込んできたんです……!

そんで、あの銀髪の女が館を明け渡せって言ってきて……俺、ロスさんに言われてたし、パンジャンドラムと一緒にあいつらを追い払おうとしたんですけど……そしたらあいつら!」


「ヌルチートか」


「そ、そうです! 女騎士が……! 俺たちオークと一緒に戦おうとはしたんですけど、どうしようもなくって逃げて……ロスさん、あの!」


 ハルは泣きそうな顔で言った。


「パ、パンジャンドラムが……捕まって連れていかれたんです!」

「どこへだ」

「さ、さあ……ご、ごめんなさい、わからない……」


 館の外ではない。外では見なかったし、彼を閉じ込めておける場所がない。


 俺は部屋入口へ踵を返し、


「ハル、2度も3度もすまないが力を貸してくれ。パンジャンドラムを助けにいく」

「は、はい!」


 再び廊下を走る。

 記憶を頼りに地下通路への階段のある部屋へたどり着く。

 階段を降りながら尋ねた。


「ハル。グレイクラウドたちオークはどうなった? それにスピットファイアがきたはずだが」


「俺、パンジャンドラムがつれてかれて、オークとも離れ離れになったし、ビビっちゃって……隠れてたんですけど……たしかに外で大きな音がして、それからいっぱい妖精が中に入ってきてました……」


「ホッグス少佐や騎士団はその時は?」


「もうパンジャンドラムを連れてどっかに……オークたちは妖精と合流したみたいで……さっきの部屋のあたりで何か壊してました。それからまたどっかにいって」


 黒い半球の部屋で台座の金属板を破壊したのはグレイクラウドたちだったか。少なくとも彼らは無事なようだ。

 スピットファイアは妖精軍団を連れてきたが、全部かどうかはわからないが仲間を館に入れたあと、自身は双子山へ飛んでいったということか……?


 階段を降りきり、地下通路入口の部屋までたどり着いた。誰もいない。

 ツェモイが言った。


「では何か! 貴様は仲間が連れ去られたのを知ってなお毛布と戯れていたのか! これだから胸筋の足りない男は……」

「なっ、ちょっ、誰のせいだと思ってんだよっ! あんたの部下でしょうがあれっ!」

「スクワットが足りんからそんな女々しい言葉が出る!」

「大人のくせにケンカはやめるですよ!」


 唐突に叫んだラリアの声に聞き入りつつ俺は通路入口に立つ。

 足元には妖精の鱗粉が落ちていて、それが開けっ放しの鉄扉の向こうまで続いている。

 扉のある壁を見回した。


「あっ、ロスさん。パンジャンドラムはこの中に?」

「たぶんな。少佐はここへ向かったはずだ」

「よし、ロス殿、いこう!」

「あっ待ってよ!」


 走り出そうとしたツェモイをハルが呼び止めた。


「たしかウォッチタワーがゆってたよ、ここに入るとバカになる呪いがかかるって……」

「なに⁉︎ ではホッグス少佐たちは……⁉︎」


 2人の話を遮り、俺は壁の四隅を指差しながら尋ねた。


「ハル、ツェモイ、どっちでもいい、あれが何かわかるか?」


 2人も壁の隅に顔を向けた。

 四隅の角に、銀色のランプ状の形をした何かが埋め込まれている。

 先に答えたのはハルだった。


「あっ、魔術結界の器具です! 扉を封鎖する魔法の……」

「私も知っている。火が消えているところを()ると解除され……あ!」


 ツェモイも喋りながら気づいたらしい。

 先ほどの金属盤だ。ダイヤルは『解除』を示していた。金属盤に書かれた『閉鎖』とは、この入り口を閉鎖することだったようだ。


「あれはたぶん地下通路のコントロール装置なんだ。おそらく呪いも解除されたはずだ」

「……ロス殿。誰が解除を……?」

「たぶん、さっきのようせ……」


 さっきの妖精とグレイクラウドたち。

 そう言おうと思った。


 だがダイヤルは、昨夜見た時から『解除』の方を指していた。妖精は円盤をただ乱雑に破壊していただけだ。中央のダイヤルは動かしていないはず……。


「……いこう。ラリア、女の人が出たら頼むぞ」

「はいです! ビリビリにひっちゃぶいてやるですよ!」





 地下通路へ足を踏み入れた。


 整然とした四角い石造り。両側の壁には何か光る石がはまっていて、視界を確保できる。その中を走った。


「ハル。8+3は?」

「えっ? 11」

「いい国つくろう?」

「えっ何ですか?」

「鎌倉幕府だ」

「いい箱つくろうでしょ? 1185年」


 ジェネレーションギャップを感じた。だがそう感じたということは、知能の低下は別段起こっていないということだ。


 進んでいくと石造りは途絶え、土を掘った穴を木枠で支える坑道らしくなってきた。そこかしこに光るキノコが生えている。


 3ヶ月ほど前オークがここに閉じ込められたと聞いたが、これらを食べてしのいでいたのだろうか。


 ……そう言えば。

 以前サッカレー王国で、キリーという少女が光るキノコには幻惑効果があるというようなことを話していたような。


 何か関係があるのだろうか? 捕虜のオークは、どうもこの通路にいた際の記憶が飛んでいたようだったが。しかしそれでは、呪いと呼ぶには弱い。


 通路の奥に人影が見えた。

 3人。男。革鎧。冒険者のようだ。

 3人そろってなぜかあたりをキョロキョロ見回している。そちらに近づくと向こうも我々に気づいたのか、手を振ってきた。


 俺は周囲に女性がいないことを確認し歩み寄ったが、ツェモイが俺の先に立った。

 冒険者の1人が言った。


「やや、あんたって、昨日ベースにきた外国の冒険者じゃないか……あ、それに騎士団長殿」

「貴殿ら、ベースの冒険者だな。ここで何をやっている」

「えっと……さあ……?」

「さあ?」

「わかんねえっす。ホッグス少佐とアップルに中入れって言われて。で、気づいたらなんかここにいたんすけど……」


 そう言って、冒険者は他の2人を振り返った。2人もうなずく。彼らは3人そろって、手にツルハシを持っていた。

 ツェモイもそのツルハシを見やりながら尋ねた。


「少佐には、入って何をしろと言われた?」

「魔女の遺物があるから運び出すようにって……」


 だがそう言う彼らの手にあるのはオーパーツではなくツルハシ。


「少佐とか団長さんの部下の騎士とか、女冒険者が館ん中のオークを捕まえるから、アップルと先入ってろって」

「入ったのは貴殿らだけか?」

「や、たしかもっといたはずなんすけど。兵士もたくさん。どこいったんだろ?」


 俺は尋ねた。


「ところでどうしてツルハシを?」

「ツルハシ? ……あ、ほんとだ、何で俺こんなもん……」

「わからないならいい。俺の仲間が少佐に捕まえられてここを通ったはずだが見なかったか?」

「あ〜……いやどうだったかな。覚えてないわ。ついさっき妖精が飛んでいったのは覚えてるけど」


 俺はツェモイと顔を見合わせた。

 別の冒険者が言った。


「あの……俺らここで何やらされてるんす?」


 そうこうしているうちに、通路の奥の方からも、他の冒険者らしき男たちが、首をひねりながらこちらへ歩いてくる。

 ツェモイがそちらへ向け、


「おーい、そこの者たち! 少佐を見なかったか⁉︎」

「少佐? しょー……おい、誰か見たか?」

「あー…………どうだったかな。見たような見てないような」


 俺は通路の奥へ走ることにした。ツェモイとハルも俺に続き、冒険者たちとすれ違う。


 やがて道は上り坂になり、そして広い空間へと出た。


 天井は高く、無数につらら石が垂れ下がっている。

 地面にはトロッコや、それを運ぶ軌道。

 奥を見やると壁があるが、そこに作業用エレベーターのようなレールが設置されている。


 そこに数名の兵士が立っていた。


 声をかけようとそちらへ近づいた時……。


 こちらに気づいたらしい兵士が、黒いペットボトルのような物を持って口元に近づけた。昨日騎士団員が持っていたジェミナイト通信具だ。そして叫んだ。


「こちら地下道昇降口! ロス・アラモスを発見! 繰り返す、こちら地下道昇降口、ロス・アラモスを発見!」


《ウルトラスプリントのスキルが発動しました》


《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》


 素早く走り寄り全員ブン殴った。


 倒れた兵士から転がった通信具は、『了解、騎士団を送る!』と声を発した。


「……私の部下を? おのれ!」


 ツェモイが叫ぶのを尻目に、俺はエレベーターのレールを見上げた。

 天井に空いた縦穴の奥へと続いている。


「少佐たちはこの上か……」

「ロスさん、ゴンドラないっすよ……!」

「ツェモイ団長、俺の背におぶさってくれ。ハル、スキルで登るぞ」


 ツェモイが俺の背におぶさると同時に、俺は壁に手をかけた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日の敵は今日の友。ロス・アラモスとツェモイが行く。それにしても魔女の遺物というものは総じて頭を悪くするのだろうか。館のといいヌルチートといい効果が抜群なのだが頭を悪くする。遺物が知能を向…
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