第135話 不吉の予感
ツェモイを背負ったまま、《ウルトラスプリント》で魔女の館を目指す。先をいくウォッチタワーの背中が見えていた。
「ツェモイ団長。どうして心変わりしたんだろう?」
走りながらそう訊いた。舌を噛みそうだとは思うが、自分で走っているのに奇妙なものだがあまり揺れもない。
「私は別に心変わりはしていない。貴殿に言われたとおりやったことの責任を取ろうとしただけだ。おかしなことになったが……」
「おかしなこと? 他人の足の腱を切ったことの責任を取ることがか」
「そうではない。ベースの状況だ。私の部下たちも……」
そう言えば……。
「団長。君は1人か?」
「そうだ」
「部下たちはどうしたんだろう。君は、今ベースに戦闘員が君しかいないように取れることを言っていたな」
「そうだ。みな出払った……」
「部下もか? だいたい君たちは拘束されていたはずだろう」
「それだ。それがおかしいのだ」
戸惑っているのが自分1人ではなかったと知ることができたのは朗報だ。だがそのぶん要領を得ない。
「どういうことだろう」
「……少佐だ」
「ホッグス少佐がどうした」
「今朝、ホッグス少佐が私のテントを訪ねてきた。貴殿とウォッチタワーがオークの村へ向かったと言っていた」
「何てことのない話だな」
「少佐は私に、彼の足の解呪を絶対にするなと言ったのだ」
「何だと」
ホッグスはたしかに、ウォッチタワーの足を取引材料に使おうとしていた。率直な感想を述べれば、その態度はフェアさに欠けている。
「そして……少佐は、自分に協力すれば捕虜虐待の件は見なかったことにしてもいいと言った。部下も全員お咎めなしだと」
「ずいぶん合理的なことだ。それで君は何と?」
「私がどうした、と言うより……少佐の様子がおかしかった」
背中の声は絞り出すような響きだった。
その響きのままツェモイは言った。
「少佐は……ヌルチートを貸すから転生者を全員捕らえろと」
「……何だと?」
眼前に、横に張り出した木の枝が迫った。
しかし背後から突風が吹き抜け、枝を上方へ曲げた。下にできたスペースを走り抜ける。後ろに目をやれば、エルフが走りながら指を回していた。彼女の魔法らしい。
「ヌルチートが何だと?」
「少佐が言ったのだ。私も含めて騎士団を全員解放する、全員分のヌルチートを用意するからそれを使ってウォッチタワーを捕まえるといい、ただし他の……貴殿も含めて他の転生者も確保しろと」
俺が背中を振り返りかけると、
「安心してくれ。私は所持していない」
「なぜだ」
「気に食わなかったんだ。昨日はあれほど私を責めた少佐が、急にヌルチートを使ってオークを虐待してもいいとか、民間人の貴殿らを捕まえろだとか言い始めたのが……それに……」
「何だろう」
「私以外の騎士団員には、すでにヌルチートを配布したと言っていた……」
つまり、14匹。
「……どこにいる?」
「おそらく館にとどまっている。少佐は魔女の館を調査し、遺物を運び出すと言っていた。その作業のためにベースへ人をやって、余っている冒険者を呼ぼうとしていた。だから私は、私がいこうと提案したんだ。貴殿らがベースへくる手筈だと聞いていたから……私は貴殿らをベースで待ち、状況を知らせようと思っていたのだが……」
先にスピットファイアがやってきて、今こうなっているということか。
「冒険者たちは館へ送りはしたのか?」
「ああ。怪しまれてもマズイかと思い……少佐の言い草が気にかかりはしたが……」
そう言った声は弱々しかった。俺は訊いた。
「言い草?」
「…………少佐に頼まれたのだ。冒険者の……特に女性を集めろと」
俺は叫んだ。
「ウォッチタワー、止まれ! こっちへきてくれ!」
ウォッチタワーは足を止めたが、彼が戻るより俺が追いつく方が早かった。
「どうしたロッさん、早くいこうぜ」
「聞いてくれウォッチタワー」
俺が今ツェモイから聞いた話を伝えると、ウォッチタワーの表情は曇った。
「ロッさん……つまり何が言いてえんだい……」
「……館にはヌルチートがわんさかいるかも知れないということだ」
「おいツェモイオェ! ほんとなのかよそりゃ⁉︎」
「たぶん間違いない。少なくとも部下は……」
俺は言った。
「どこから出てきたんだ、そのヌルチートは。14匹だぞ」
「わからない……だが少佐は実際私にもヌルチートを手渡した」
「げっ! そりゃ……」
「心配するなウォッチタワー。抱きかかえて館を離れてから、始末した」
「何で使わなかったんだよ?」
「部下に会ったのだ。昨夜は後悔して泣いていたのに、なぜか今朝は晴れ晴れとした顔をしていて、ウォッチタワーを捕まえることに乗り気になっていた。だから私は不気味に思えてきて……」
それが、彼女の改心と単独行動の理由か。
「部下たちは明らかに自分の意思を失っている。何が起こっているのかわからないが、止める必要があると思ったのだ。だから貴殿らの到着を待っていたのだが……」
「団長。少佐はたしかに、女性冒険者を集めろと言ったのか?」
「ああ……多ければ多い方がいい、スピットファイアは動きが速いし、姿が消えるからと」
「何?」
「スピットファイアが何だってオェ!」
「しょ、少佐が言ったのだ。妖精王も転生者だと」
俺とウォッチタワーは押し黙った……時にエルフが俺たちの間から顔を出す。
「へぇ〜妖精が……転生者……ふぅぅ〜ん?」
ツェモイが「あの……こちらのエルフは?」と言うのを、俺はエルフの顔を押しのけることで遮り、
「少佐が言ったのか。どうして少佐はそんなことを知っている」
「わからない……ただ確信を持っている様子だった」
ウォッチタワーの顔を見る。彼は苦虫を噛み潰した表情で中空を見つめていた。
俺は言った。
「館にはパンジャンドラムとハルを残していた。彼らは?」
「そうなのか? すまない、私は知らない。だが彼らも転生者だろう? では館にいるということは……」
「なになに⁉︎」エルフが言った。「まだ転生者がいるの⁉︎ ハルもまだいるの⁉︎」
俺はそれを押しのける。
「ロス殿。ウォッチタワー。どうする……? このまま館に向かうと……」
ツェモイの懸念は俺にも理解できた。
俺とウォッチタワーはこれから再び10数匹、あるいは最悪の場合、それ以上のヌルチートの大群に突入することになる。
しかしその時、俺の左腕から声があがった。
「ぜーんぶバラバラに引き裂いてやるですよ! 1匹残らず! 例外はないですよ‼︎」
ラリアだ。
エルフが言った。
「何であなたそんなに生き急いでるのよ」
「ボクまだお菓子食べてないです! 早く終わらせるですよ! それにドラムおにーさんがいじめられてるかも知れないです!」
ラリアはふんすと鼻を鳴らした。糖分不足のあまりコアラは凶暴になり始めていた。
ウォッチタワーとツェモイが俺の顔を見る。
「ロッさん。いくぜおれぁ。グレイクラウドたちもいるんだ。どうなってるか……」
「ロス殿。私も協力する。部下の正気を取り戻さなければ」
俺もまたラリアと、ウォッチタワー、ツェモイ、そしてエルフの……いやこれはいい、とにかく彼らの顔をそれぞれ見やった。
と同時に、爆発音が轟いた。
魔女の館の方向からだった。
「クソッヤベエ! スピットファイアの攻撃が始まったんだ!」
俺はウォッチタワーを見上げ、
「……戦う前に負けることを考える者はいないな」
そう言って館へ走った。
俺たちが魔女の館のある草むらまでやってきた時、そこに妖精の姿はなかった。
地面のそこかしこに、スピットファイアの光弾攻撃によるものか穴が空き、幾つかは煙を立ち昇らせている。
と同時に、館前の空き地には木箱だとか、鉄の箱、あるいは刀剣、用途不明の機械の部品めいたものが散乱している。
そこに帝国軍の兵士や冒険者たちの倒れた姿が混じっていた。
さらにその中に、ホッグスの副官である岩顏の男も混じっていた。
ツェモイはそちらへ駆け出し、ウォッチタワーもグレイクラウドの名を叫びながら草むらへと走っていく。
俺は1度立ち止まり周囲に目を配った。
ツェモイの部下である女騎士の姿はない。倒れている人々も全て男性、女性冒険者はいない。
アップルはおろか、ホッグスすらいないようだった。
「ロス、なにキョロキョロしてるの?」
背後からエルフの呑気な声。視界の範囲にいる女性はこのエルフとツェモイだけか。俺は草むらへと足を踏み入れる。
「ロクストン中尉! しっかりしろ!」
ツェモイが岩顏を抱き起こそうとしている。あいつそんな名前だったのか。
「う……う? ツェ、ツェモイ団長……⁉︎ 妖精王の襲撃が……」
「すまない、遅かった。ベースで奴の姿を見て知らせようとしたんだが……奴はどこへ⁉︎ 少佐の姿も見えないが……」
「うぐ、少佐は……館の中へ……」
俺はざっとあたりを見回した。
倒れている人々はみな呻き声をあげているが、逆に言えば死んだ人間はいないようだ。
ただ何やらの資材のようなものが散らかっている。エルフがそれらのそばでしゃがみ込み、手に取って矯めつ眇めつしていた。
俺は岩顏のロクストン中尉のもとへ歩いた。
「中尉・ロクストン。話が違うんじゃないのか。どうしてベースへ戻らなかったんだろう?」
ウォッチタワーもこちらへやってくる。
ロクストンは言った。
「うう……少佐の指示で……先に魔女の遺物を運び出せと……」
あたりに散らばっている物品のことだろうか。
「き、貴様らの方こそ話が違う! 妖精王を説得するんじゃなかったのか!」
「君らがベースで待っていればもう少し話し合いの余地はあった。ウォッチタワーがくるまで待ってくれと言えたはずだ。少佐とスピットファイアはどこだ」
「少佐は……インティアイス顧問と共に、ジェミナイトの鉱脈を調査へ向かわれた。館の内部にある通路から……」
……昨晩、アップルが調べていた地下の扉。
「オイ帝国ヤロー!」ウォッチタワーが言った。「仲間はどこだ! ここにいたはずだぞ!」
「……奴らは、我々を館に入れないと言いおるから、実力で排除しようと……すると館の中に逃げ込んで……」
「館の中には」俺は言った。「俺の仲間もいたはずだ」
「…………」
「早く喋れよロクストン。俺と君は友達じゃないよな?」
胸ぐらを掴みあげるとロクストンは言った。
「わ、わからん、自分には……! 少佐とインティアイス顧問……それから女の冒険者たちが先に中へ入って……自分は周囲を見張るよう言われていたが、冒険者の1人が、中の掃討が終ったから遺物を運び出せと伝えにきて……それ以後はここを任され、自分は少佐に会ってもおらん……!」
ツェモイが言った。
「少佐は女性の冒険者だけを中に入れたのか? 理由は話したか?」
「それが……魔女の遺物の中に、美容に効果のある魔道具があるとインティアイス顧問が言ったので、どいつもこいつもホイホイと中に入っていって……」
「スピットファイアは? 妖精王はどうした?」
「攻撃を受けて応戦していたが、しばらくすると毒づきながら山の方へ飛んでいった」
ウォッチタワーが言った。
「山……山といえば、双子山の中腹に部族の祭壇があるがよ……?」
「よ、妖精王は言っていた。このままでは奴が起きる、魔女の呪いが解放される、そうなればガスンバは終わりだ、と……」
俺は舌打ちと共にロクストンを投げ捨てた。そして、
「ラリア、いくぞ」
「はいです!」
館へつま先を向ける。
「よし、おれも……」
ウォッチタワーがそう言った時だ。
「待って、そこのオーク」
エルフが呼び止めた。
彼女は何か大きな、円筒形で、パイプなどでぐるぐる巻きになっている形状の物を手に持っていたが、そのままウォッチタワーへ言った。
「山の斜面に祭壇があると言ったわね。そこへの登り口を知ってる?」
「あ? ああもちろん。おれらオークはそこを守るのが掟……」
「そこへ案内してよ。妖精王を止めるんでしょ? たぶんその妖精、そこへ飛んでったはずよ」
エルフを振り返り俺は言った。
「……なぜそんなことがわかる」
彼女は手をはたいた。そして館を睨み……。
「ロス。館の通路の鉱脈、って言ったわね。賭けてもいいけどそこは祭壇までつながってるわ。あなたはそっちから丸耳を追って。ほらオーク、いくわよ! 時間がないの!」
エルフはウォッチタワーの背中を押しつつこちらを振り返り、
「あとでまた会いましょーね!」
とウィンクした。




