第134話 狼煙
俺とラリア、ウォッチタワー……そしてなぜかエルフは、湖の岸を歩いた。
行く手に、岩を積み上げた祭壇めいたものが見える。
それはオババ氏が時々祈祷に使う祭壇だそうだ。
その方向から甘い匂いが漂ってきている。
現在そこで、妖精王スピットファイアを呼び出すために砂糖が熱せられているのだ。
「ウォッチタワー」
「なんだいロッさん」
「帝国軍との件なんだがな。穏便にいかないだろうか?」
元気に2本の足で歩くウォッチタワーは俺から見て湖側。
「どうだろうな……。このあと話し合いにいくことになるだろうが……強いてモメてえわけじゃねえんだ、おれらだって。向こうの出方次第だわな」
彼はそう言って、俺たちの少し後ろを歩くエルフを振り返った。
「治ったんだ、おれの足は。もう取引材料にはできねえ。こっちに引け目はねえからなあ……」
すると、エルフが俺とウォッチタワーの間に並んで言った。
「ねね。察するにさ。ロスは館の前にいた、丸耳軍団とオークのモメ事を止めたいわけ?」
少し彼女に視線を落としたが、再び前を向いた。
「まあな」
「で、オークは双子山ってところに丸耳を入れたくないと」
「そうだ」
「それで……たしかロスたちって、妖精王の攻撃をやめさせるためにオークの捕虜を探してたと。それってこの人でいいの?」
エルフが振り返ると、ウォッチタワーはうなずいた。
「ロッさんは貞操の恩人さ」
「ふぅん……で、今はどこに向かってるの? あの石のオブジェ?」
右手に見える森に目をやり聞こえないふりをした。
説明するのが面倒だったのもある。
だが問題は、俺がスピットファイアを待つ理由が、あの妖精王が転生者かも知れないからという点だ。
エルフは転生者に執着を示している。スピットファイアや、あるいはウォッチタワーが転生者であることをいちいち説明すれば、面倒なことになりそうだった。
だがそれを知らないウォッチタワーが言った。
「あそこでスピットファイアを呼び出してるんだ。そんで攻撃をやめるよう説得する。そういう約束だからな」
「そう……じゃあさ。その説得、するのやめたら?」
俺とウォッチタワーが同時に彼女を見下ろした。
「放っておけばいいじゃない。そうすればあいつらはスピットファイアの前で勝手に全滅するんじゃないの? 丸耳は勝ち目がないから恐れてるんでしょ?」
「待ってくれやエルフさん。一応約束だから……」
「だからね。説得しましたっていう体でいけばいいじゃない。でも失敗しちゃったの、テヘ! みたいな」
俺はウォッチタワーの顔を見上げた。彼はエルフを見下ろしたまま少し無言でいた。
考えているのだろう。だが首を横に振った。
「……ダメだよ。約束だ。全力を尽くす」
「律儀なのね」
「あっちの女軍人がおれを助けるのに全力だったんだ。だからおれも全力さ」
エルフは「ふぅん」と言って、歩くペースを落として俺たちの後ろへ戻った。
「……でもね。同じことだと思うわよ。もし妖精王が山の秘密を知ってるんなら」
そんな呟きが聞こえた時、我々は石の祭壇にたどり着いた。
大きめの平べったい石を5段ほど積み上げ、低い柱のようにしてあるもの。それが8つ、円を描くように配置されている。
石柱が囲むオクタゴンの中心に焚き火がある。そのあたりから甘い匂いが漂っていた。
「なんかおいしそーなものがあるですね」
鼻をうごめかしたラリア。
「お菓子を作ってんだ、スピットファイアを呼び出すための」
「ボクも食べたいです」
「スピットファイアがわけてくれるって言ったらいいぜ」
ウォッチタワーに続きオクタゴンの中に入る。見回してみたが、スピットファイアはまだきていないようだった。
俺は尋ねた。
「どのぐらいでくるだろうか?」
やはり見回しているウォッチタワーは答えた。
「どうだろうな……もうきてもよさそうなもんだが……」
ラリアが俺の左腕から降りて、焚き火へ歩いていく。エルフもそれに続き、2人で焚き火のそばにしゃがんでいた。
俺と離れてそれを眺めていたが、ウォッチタワーが俺に手招きした。
彼は石の柱の裏へ回っていくので俺もそこへ回る。
「なあ、ロッさん……」
「何だろう」
ウォッチタワーは柱の陰から少しエルフたちを覗くようにしていたが、顔を引っ込めて言った。
「たしかロッさんは、おれが死んだ時のニュースを見たって言ってたな」
「ああ」
前世では日本のプロレスラーだったウォッチタワーは、火事になった建物から逃げ遅れた子供を助け、その時の火傷が元で死んだ。そのことについて話しているのだろう。
「あの……さ。じゃあロッさんは、あの時おれが助け出した子供がどうなったか、聞いたかい?」
下顎から牙の突き出たオークがじっと俺の目を見ていた。
目の前のオークはかつて、勇敢にも燃え盛る炎の中から見ず知らずの子供を助け出し、表までたどり着いたあとブッ倒れ、そのまま帰らぬ人(この異世界から)となった。
俺は日本にいた頃に見たニュースの内容を思い出して……それから言った。
「……少なくとも俺が生きていた頃は……」
「つまり、助かった⁉︎」
「……意識が戻ってないと聞いた。まだ入院中だと」
「そ…………そうか……」
「……すまない」
「いやあ、ロッさんが謝ることじゃ……」
それからウォッチタワーは視線を地面に落とした。押し黙って、何か物思いにふけるようにしていた。
しばらくそうしていた。ラリアとエルフが談笑する声がこちらにも聞こえてきていた。
やがて、ウォッチタワーは顔を上げ、
「あのよ、ロッさん。おれぁ思うんだが、スピットファイアって……」
その時だった。
オクタゴンの外から、ウォッチタワーを呼ぶ声が聞こえてきた。
俺たちが揃ってそちらを振り返ると、1人のオークが走ってくるのが見えた。
見覚えがある。ランドッグだ。
「ウォッチタワー! 大変だー!」
ウォッチタワーがオクタゴンを出て彼に走り寄る。
ランドッグは立ち止まり、膝に手をつき息を切らせていたが、そのままウォッチタワーを見上げて言った。
「た、大変だ」
「何だ、どうしたんだ」
「ス、ス、スピットファイアが……」
「スピットファイアがどうしたよ」
「さっき会ったんだスピットファイアに。そんで、どこいくんだって聞いたんだ。したら……」
「したら?」
ランドッグは咳き込んだ。唾を飲み込むような仕草をしたあと言った。
「仲間を集めて、ヒューマンの野営地をアーレードするんだって……!」
「な、なに、アーレード?」
「ヒューマンごと更地にしてやるんだって……」
いつの間にか俺の後ろに立っていたエルフがボソリと呟いた。
「空爆」
その声にウォッチタワーがこちらを振り向く。ランドッグは続けた。
「言ったんだおれは。ウォッチタワーを助け出したぞって。けど聞いてなくて、ス、スピットファイアは……いつまでも帰りやがらねーから、もうヒューマンの野営地を粉々にしてくれるっつって、飛んでっちまった……!」
「マズイぜロッさん!」
振り返ったウォッチタワーの表情は歪んでいた。
ウォッチタワーをはじめとするオークは、スピットファイアの攻撃中止を約束していたのだ。それが突然、スピットファイアが攻撃してきたとしたら……。
「ね。これ、丸耳軍団怒るんじゃない……?」
エルフの呟き。俺は言った。
「ベースまで走る」
「走るって……」
「いって、止めるんだ。ウォッチタワー、近道はないか?」
「よ、よし! 先導するぜ、おれが。ランドッグ! 魔女の館までいってグレイクラウドと落ち合え! もしそっちにスピットファイアがきたら、帝国軍に攻撃する前に何とか説得しろ!」
「お、おれがか⁉︎ 自信ないよ、スピットファイアと話すなんて……」
「時間稼ぎでいい! ロッさん、いこう!」
《ウォッチタワーはウルトラスプリントのスキルを発動しています》
ウォッチタワーは言うが早いか走り出した。
俺もラリアを腕に登らせてから、スキルを発動させ追う。
走りながら後ろを振り返ると……やっぱりエルフが風を巻いてついてきていた。
森を突き抜け、昨日スピットファイアと戦闘した吊り橋までたどり着いたのはすぐのことだった。
奴の攻撃で落とされた橋はすでに修復されていた。
そこをベースの方へと渡ろうとした時、ふいにエルフが、橋から続く、草が踏み固められてできた道にしゃがみ込んだ。
何か熱心に覗き込んでいるものだから俺も思わず足を止めた。
「どうした?」
「……何でもない。足跡が1回半往復してるなって思って。いこ」
エルフは立ち上がったが、俺も足を止めたまま道を見下ろした。
往復……。
最初の往路は、昨日帝国軍が双子山へ向かった時だろう。
復路は、今朝ホッグスと話したあと、帝国軍がベースへ戻ったものだろう。
……では1回半とは?
「なあ君。1回半ということは、行って、戻って、また行ったということか?」
「でしょうね」
「誰が?」
「えっそりゃ私に訊かれても。丸耳じゃないの?」
「轍の跡はどうだ?」
「轍?」
「帝国軍は荷車を引いていた。1台だ」
エルフはもう1度道にしゃがむ。
「轍の跡は1回だけ。あっちに続いてるやつだけだけど」
彼女が指差した先は魔女の館の方向。
「ロッさん、どうした?」
「なあ。他には何かわかるか?」
「うーんとね……。あっち行きの方は」ベースの方を指し、「1番最初の足跡より数が少ない。半分くらい」
復路が半分……たしかホッグスが、スピットファイアとの交戦で怪我人が出たので、半分ほどベースへ帰したと言っていた。
「全部じゃないのか?」
「うん。それで……最後のあっち方向」館の方を指し、「増えてるわ。最初より」
俺はベース方向と館方向を交互に見やる。
増えている……?
ホッグスたちはオークたちからの知らせを待つためにベースに戻ったはず。
だがベースから館へ向かった数が多く、しかもそれが最後の足跡で……。
「ベース方向へ戻る足跡は?」
「ないわね。それと……」
「何だ?」
「最後に残ってる足跡。半分は体重が軽く足が小さい」
俺はウォッチタワーと顔を見合わせた。
「…………つまり?」
エルフは何気ない様子で俺を見上げて、言った。
「その半分は女性ね」
彼女は手をはたき立ち上がる。
「な、なあロッさん。何か意味が……?」
「……ウォッチタワー。帝国軍はベースに戻ってない」
「何だと⁉︎ 約束が違う!」
「それだけじゃない。ベースは冒険者ギルドの基地なんだ。どうも冒険者たちがベースから館へ移動したようだ……」
「何でだよ⁉︎」
「……スピットファイアの攻撃がすでにあって、ホッグスたちと合流するため逃げたとか……」
ここでエルフが口を挟んだ。
「それはどうかしらん。この足跡、走ってないのよ。ちんたらはしてないけど焦った足取りでもない」
「じゃ、じゃあ何でだよ! 館には近づくなって言ったのに……!」
どうする。
スピットファイアはベースを攻撃に向かった。そちらへ向かうべきか?
それとも、ベースの大部分の人間が移動した館へいき、何が起こっているのかたしかめるか?
1度ベースの方向を見やった。
橋の向こうに森が見えている。
その森から人影が現れた。
1人だ。女。
ウォッチタワーが呻いた。
「げえっ……エレオノーラ・ツェモイ……!」
言葉のとおり、ツェモイ騎士団長だった。
鎧は着ていないがサーコートをまとい、橋を渡ろうとしている。
向こうもこちらに気づいているようで、走りながら手を振っていた。
「どっどど、どうするロッさん!」
俺にどうすると言われても……。
だが、よく見るとツェモイは1人だった。彼女の後ろから騎士団が続く風でもない。
俺とウォッチタワーは橋から後ずさって、ツェモイが橋を渡ってくる様を見ていたが、彼女はやがてこちらへ渡りきると、腰のロングソードを鞘ごと外して地面に置きひざまずいた。
「ロス殿! それにウォッチタワー! 許してくれ!」
そう言ってこうべを垂れた。
俺たちは顔を見合わせた。
「本当にすまなかった。あの時の私はどうかしていたんだ……!」
そう言うツェモイを眺めていたエルフが俺たちの方を見て……そして首をかしげた。
たぶん俺たち2人がツェモイに対して何も答えず、後ずさりしつつ、かつ巨体のウォッチタワーが俺の背中に隠れ、俺をツェモイの方へ押しやろうとして、そうはさせまいと押し返しているロス・アラモスの姿が不思議だったのだろう。
エルフはツェモイに歩み寄り、
「どうかしたの? 2人とも。なんか謝ってるみたいだけど、この人」
ウォッチタワーは相変わらず俺の後ろに縮こまっているので、俺から尋ねた。
「……何のつもりだ」
「何の含みもない、言葉のとおりだ。昨晩考えていたのだ。我ら騎士団は、ひょっとしてヌルチートに操られていたのではないかと」
俺とウォッチタワーが顔を見合わせると、ツェモイは「ウォッチタワーよ」と声をかけた。
「まずは言わせてもらいたいが、私個人は言い訳をするつもりはない。貴殿にやったこと、言ったこともすべて、なかったことにはならないし嘘を言ったわけでもない。だが……やはりどう考えても私の部下は違う」
ウォッチタワーがやっと俺の背中から出た。
「ど……どういう意味だい」
「実は……昨晩から部下たちがずっと泣き通しだったのだ。失礼ながら、その……どうしてオークとあんな行為をしたんだろうと。これではお嫁にいけないと」
「こ、こっちのセリフなんだよオェ!」
「ま、まことに慚愧の念に堪えない……ただ、ヌルチートを手に入れてから再びガスンバに戻るまで、部下たちはそんなそぶりを見せていなかったんだ」
俺は言った。
「それがヌルチートの効果なんだろう」
「おっしゃるとおりだ……貴殿らにヌルチートを奪われるまでのこの数ヶ月間、私自身まったくおかしいことだと考えていなかった。だが昨晩貴殿と話してから……あんなことがおかしいと思わなかった自分がおかしく思えてきて……」
それで、謝罪にきたということだろうか?
ウォッチタワーの顔を見れば、ひざまずくツェモイを険しい表情で見下ろしている。
昨日の今日なのだ。また何か企みでもあるのか。
だがその時エルフが言った。
「ねえ、何があったか知らないけどこんなことしてる余裕あるのかしらん? 丸耳キャンプは橋の向こうでしょ? 早くいこうよ。スピットファイアを止めるんでしょ?」
そう言えばそうだった。俺は言った。
「ツェモイ団長。スピットファイアがベースを襲撃しに向かったそうだ。早く戻って防衛しないと、それになぜかホッグス少佐たちもベースに戻っていないようだし……」
そこまで話してふと気づいた。
ツェモイは今朝、館の近くにいたのだ。
だが今は、ベースの方から走ってきた。
ツェモイが弾かれたように顔を上げた。
「それなのだ! 先ほどベースにスピットファイアがきたのだ!」
「何だと」
「かなりの数の妖精を引き連れていた。ベースはほとんどの冒険者が館へ向かっていて、残っていたのは私と、ローレル支部長や受付嬢のような事務方ぐらいだった……」
「それで……やられたのか?」
「いや。スピットファイアは建物の外に出た私の顔を見るなり、ウォッチタワーはどうしたと言ったんだ。私とは別の者によって救出されたと話したら……」
そこでツェモイは1度言葉を切ってうつむいた。しかしやがて顔を上げ、
「なぜかさらに憤怒の形相になって……じゃあ結界が解かれたってことかと叫んだのだ。そして妖精たちに、館を破壊すると言って、みなで飛んでいってしまった」
俺はまたまたウォッチタワーと顔を見合わせた。
エルフともだ。スピットファイアの結界を解いたのは彼女。
「それで私は少佐たちに知らせようと……」
「ちっ!」
ウォッチタワーが館へと走り出した。その様を見てツェモイが、
「あ、あれ? 足は……呪いを解かせてもらおうと思っていたのだが……」
俺は言った。
「ツェモイ。俺の背におぶされ。館へいく。早くするんだ」




