第133話 会合
水上コテージからオババ氏の家の近くまでいくと、そこにはたくさんのオークが集まっていた。
喧々囂々、大声で喚き合っているので、オババ宅へ向かう途上の俺にも話の内容が聞こえてきた。
「やっぱ追っ払うべきだ、帝国のヒューマンを!」
「いやだから待てや。今追い払ってもまたくるよ、奴らは!」
「それが何だってんだエー!」
「デケー村だって言うじゃねーか、ヒューマンの帝国はよ。デケー喧嘩になるだろうが!」
「なーにが問題だっつーんだよエー! やりゃいーんだよそんなもんよー!」
「なーんでオメーはそんな喧嘩っぱやいんだよエー! 付き合わされるこっちの身にもなってみろっつーんだよ!」
「何なんだよ川沿い村のモンはビビってんのかエー!」
「ナニコラタココラ!」
「ナンダヨーオマエー‼︎」
俺がオババ宅の前に近づくと、オババ宅に向かって右側……オークたちの車座の端にウォッチタワーが座っているのが見えた。
向こうもこちらに気づいたか、俺に手招きしている。
そちらへ歩いていくと彼は言った。
「ぐ? そっちのねえさんは?」
後ろを振り向くと、手に骨つき肉を持ったエルフが背後霊のごとく立っていた。
俺はウォッチタワーに視線を戻し、
「スピットファイアの結界を解くのに協力してくれた人だ。基本的に話しかけなくてもかまわない」
「お、おう、そうなのか。世話んなったようで……ありがとう」
エルフはにっこり笑っただけ。
もし目の前のウォッチタワーが転生者と知ったら、彼女もまた彼に興味を示すだろうか?
このエルフは昨日、転生者のハーレムを作りたいとのたまっていたような気がする。そこについて尋ねようかと思ったが……やめた。
ウォッチタワーの隣にしゃがみ込み、
「どんな具合だ?」
「ああ。酋長たちが、ガスンバ北部の集落を幾つかあたって人を集めてよ。どうするか話し合ってんだが……武闘派と穏健派で割れてる」
俺は怒号を飛ばし合うオークたちを眺めた。
帝国軍排除を叫んでいるオークたちは、顔にシワが刻み込まれた、壮年と見受けられる者たちに多いようだった。先ほど会った、この湖の村の酋長も排除派の輪に加わっているようだ。
対して、山の一部を掘らせるぐらいいいんじゃないかと主張している者たちは、肌がみずみずしく、張っているように見える。ウォッチタワーとそう変わらなさそうな年齢。
オークの外見は見慣れないもので区別はつきづらいが、武闘派は中年以上、穏健派は若年層とわかれている風だった。
壮年武闘派はオババ氏の家側。
若年穏健派はその反対。森側、ウォッチタワーのそばに多い。
湖の岸側にも数名のオークがいる。そして湖側のオークたちも、聞いていると帝国との対立に消極的な発言が目立っていた。
ウォッチタワーが湖側のオークを指差しながら、
「あっちの人たちはこことは別の集落の代表だ」
「ここの村の武闘派とは反りが合わないようだな」
「最近交流もなかったもんで……」
少し眺めていると、発言の内容が聞こえてくる。
そんな彼らのやり取りをまとめるとこうだった。
湖側に座っているオークは川沿いに住んでいて、最近双子山を離れてもっと西へ移動しようと考えていたそうだ。だから双子山がどうなろうがあまり興味がないような、そんな雰囲気が言葉の端々に現れていた。
だがこの村の壮年たちは、神山である双子山を守ることがガスンバオークの使命であり、ヒューマンに怯えて使命を投げ出すのは惰弱だとなじっている。
そして……この湖村の若いオークたちはどちらかと言えば、川沿いオークの意見に寄っているように見受けられた。
家の中から、酋長に手を引かれたオババ氏が現れた。するとそれまで騒いでいたオークたちが静かになる。
オババ氏は車座の中心までやってくると、言った。
「川沿いの村の者よ。今日はよく集まってくれた」
川沿いオークたちは居住まいを正した。オババ氏はオーク部族の間でかなりリスペクトされているようだ。
「ぢゃがの。双子山を離れヒューマンに明け渡すことはならぬ。近寄せてはならぬのぢゃ、何人たりとも、我らは」
川沿いの1人が言った。
「けどよう。たかが山じゃねーか。話聞いてみりゃ、山の一部を使わせてくれっつってんだろ? ヒューマンは。何も土地を明け渡せっつってるわけじゃ……」
「だーからオメーよぉエー!」壮年の1人が言った。「何で喧嘩売られた上に双子山に出入りまでさせてやんなきゃなんねーっつんだよエー!」
オババ氏はうなずきつつ、
「うんむ……言い伝えによれば、双子山を眠りから覚まさば、恐るべき呪いが降りかかり、ガスンバに生きる者全てことごとく死に絶えると言われておる。ぢゃからしていにしえよりガスンバオークは双子山を……」
川沿いオークが口を挟んだ。
「オババ。わかんねーんだよそれが。その呪いってのはよ。つまりどーなるんだ? ガキの頃から聞かされてきたよ、そんな話は、おれらだって。けどそれが何なのかはっきり聞いたことがねえ。その呪いってのは何なんだい?」
「魔女の呪いじゃ」
「あの館のか?」
「うんむ」
「つまり……どーなるんだい?」
「さ、それは…………」
「館の呪いってよ。たしかバカになるって話だろ? 地下に入ると。じゃ別にいーんじゃねーのか? 無理しなくても。ヒューマンがバカになるだけじゃ……」
オババ氏は口をつぐんだ。
モメているのはそこらしい。
立ち入り禁止区域がなぜ立ち入り禁止なのか、主張するオババ氏を含めて誰も説明できないでいる。川沿いオークはなぜスポーツの練習中に水を飲んではいけないのか不思議がっているのだ。
「なあオババ。そりゃ本当に、理由になんのかい、戦争の?」
オババ氏は黙っていた。
壮年の1人が「いーから黙ってやりゃいーんだよオメーよー!」と叫び、売り言葉に買い言葉か、川沿いも「なーんだよオメーオイその言い方はエー!」と立ち上がる。
俺は車座の中に入っていった。
壮年も川沿いオークも掴み合いの手を止め、その場のオークがみな俺を見た。
「……失礼。俺はロス。ロス……アラモスという者だ」
オークたちが口々に「こんにちは」と言った。
「……えっ? ああ、こんにちは。えーと……俺は本来この件について口を出せる立場ではないんだが……ただ、先ほどの話に出ていた、双子山を守るという妥当性についてだが……」
俺は輪の外に突っ立っていた、水着姿のエルフを指差す。
「彼女が説明できると思う」
エルフは肩をすくめ、輪の中に入ってきた。
オークたち……特に若いオークは彼女の姿、特に胸部に視線を集中させていた。ウォッチタワーだけは遠い目をしてあらぬ方向を見ていたが。
俺は先ほどの、ジェミナイトの性質と火山への影響についての説明をもう一度頼んだ。
エルフは嫌そうな顔もせずに語り始めたが、話が進むにつれオークたちの表情が険しくなっていく。川沿いの者たちすらだ。
語り終えた時、川沿いの者の中で壮年たちに異論を唱える者はいなくなっていた。
「うぐぅ……それが言い伝えの、呪いってやつなのか? オババ」
「うんむ……ババも詳しいことはわからぬが、そう言うのなら、エルフ殿が……」
通りすがりの水着ギャルの言うことなのに、オークたちは早くも信じているようだ。
「ババが伝え聞いたことによればぢゃ。大いなる災いが眠っておる、双子山には。眠らせたのぢゃ、魔女が。それを起こさぬためにこそ、我らオークは山を守り続けてきた……」
オババ氏はエルフを見やった。にっこり微笑み返したエルフ。
酋長が言った。
「よし、決まりだ。痛い目に合わせて出てってもらうしか……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
ウォッチタワーのそばにいた若いオークの1人が叫んだ。捕虜オークの1人だった。
「じゃ、どうすんだ、ウォッチタワーの足は⁉︎ 双子山へ入れねーと足は治さねーっつってたんだぜ、あいつら!」
俺は座っているウォッチタワーを見下ろした。
彼は足をさすって、下を向いていた。
「……ウォッチタワー、オババ氏の治療は」
「……上手くいかなかったよ……」
オババ氏を見やると、
「恐るべき呪いじゃ。かけた当人にしか解けぬぢゃ……」
俺はウォッチタワーを取り囲んでいる若いオークを眺めた。
彼らはおそらくこの村の者たちだろう。にも関わらず川沿いオークに同調し、帝国軍と事を構えたがらなかった風だったことに合点がいった。
彼らはウォッチタワーと親しい者たちなのだろう。
帝国軍を追い払えば、ウォッチタワーの足の呪いを解けなくなる。だから彼らは不当な闖入者である帝国軍とモメたくなかったのだ。
そんな若オークに囲まれ、ウォッチタワーは自身の足をさすっている。
俺はエルフを振り返った。
「君はどうだ?」
「えっ私?」
「そのオークが呪いの剣とやらで斬られ歩けなくなってるんだ。呪いの解き方とか、わからないか?」
あまり期待はしていなかった。
たしかにスピットファイアの結界の件については助けられている。それ以前にも彼女の魔法の力を目の当たりにしてきた。
だから俺は少し甘えすぎているのかも知れない。
エルフはウォッチタワーのそばにしゃがみ、彼の足の傷を看る。しばらくしてから、俺の方を見上げて言った。
「この傷をつけた奴がどこにいるか知ってる?」
「ああ。帝国の者だ」
「どうしてそいつを無分別に殴りまくって自主的に解きたい気持ちにさせないの?」
「帝国軍は拷問にやかましいようでな。それに軍は彼の足を取引材料に使ってる」
「あそーなの」
やはり無理なのだろう。
何でもかんでも1人の人間が解決できるほど世の中は甘くできてはいない。
エルフはウォッチタワーの足を眺めながら、右手の人差し指で中空をかきまぜた。そして言った。
「ちちんぷいぷい、喝‼︎」
そして立ち上がり俺を振り返る。
「解けたわよ」
「…………」
ウォッチタワーの足を見ると、彼の両足首から呪い文字が、空中へと剥がれていく。そしてかき消えていった。
「うおお、ウォッチタワー! 解けたぜ呪いが!」
「ほ、ほんとかウォッチタワー⁉︎」
「ぐぐ、ほんとうだ……足の違和感がねえ……!」
ウォッチタワーはエルフを見上げ、
「てことは、治るのか? この傷……」
「どうかしらね。腱が切れてるわ。回復魔法でも何日かかかるかもよ」
「そんならだいじょぶだ! やたら傷の治りがはえーからな、ウォッチタワーは! すぐつながるさ!」
俺はウォッチタワーを見下ろしてみる。彼は励ましてくる若オークたちから少し視線をそらし、曖昧にうなずいていた。
ひょっとしたら、《ザ・サバイバー》のスキルを使えばすぐに治せるかもと考えているのかも知れない。
だが彼は自身が転生者だと仲間にも知らせていないそうだから、あまり奇妙なスキルを人前で使いたくないのかも……。
「どれ。魔法をかけてやろう、ババが」
オババ氏がウォッチタワーの前にしゃがみ込む。
俺はエルフに骨つき肉をくれるよう頼んだ。
「え、なに間接キスがご所望?」
俺は何も言わずに肉を受け取ると、それとなくウォッチタワーに差し出す。
ウォッチタワーは俺をしばし見上げていたようだったが俺は湖の方へ目をやっていたのでよくわからない。
そしてオババ氏が何かむにゃむにゃと呪文を唱えている間に俺の手の中の肉はなくなった。
《ウォッチタワーはザ・サバイバーのスキルを発動させています》
「うお! みるみる治ってくぜ、ウォッチタワーの足がァ!」
「さすがオババ!」
ウォッチタワーがついに、その2本の足で立ち上がった。
だが彼は2歩、俺とエルフの方へ歩いたあと、再びひざまづいた。
「ロッさん! エルフさん! ありがとう! おれはあんたたちにどれほど感謝すればいいか……!」
「ヒューマンの男よ! 礼を言わせてくれおれからも!」
「おうぅ、これならもう、遠慮する必要はねえな、帝国軍に!」
「怖えモンはねえ、ウォッチタワーがいれば!」
巨漢たちがドヤドヤとやってきて俺たちを取り囲む。
俺は言った。
「礼なら彼女に言ってくれ。俺は見ていただけだ」
エルフは言った。
「私はロスに頼まれたからやったの。だから私に礼を言うのはロスよ。と言うわけでロス、私に対する感謝の証として私の乳を揉みなさい」
どこからともなく砂糖を焦がす甘い匂いが漂ってくる。
あとはスピットファイアだ。
あの妖精王がここへおびき出され、ウォッチタワーによる説得が成功すれば、俺の仕事は終わりだ。
……と言いたいところだが……帝国軍の方はどう出るだろうか?
まだジェミナイトの鉱脈の問題が残っている。ホッグスはたぶんその件を諦める気はないだろう。
だとしたら、俺の冒険はこれで終わりとは言えないかも知れなかった。
まだウォッチタワーをはじめとするオーク族と、帝国軍の戦争の可能性は残っている。
俺には関係のない話だ。
だがスピットファイア説得の成功をもって、それではこれでと立ち去るには、この森の出来事は途中で停止ボタンを押したままの映画のように心に引っかかりすぎていた。
俺は煙を噴き上げる双子山の山頂を見やった。
帝国。オーク。ウォッチタワー。スピットファイア。転生者。魔女の館。それに……ホッグス。
やれやれだった。
「ね、ロス、今の私の話聞いてた? ちょっと、こっち見てよ、ねえったら」




