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第132話 双子の山


「どうして湖の中にいたんだろう」


 骨つき肉だとか果物にかぶりついているエルフにそう尋ねた。


 彼女はたしか魔女の館の結界を解いたあと、妖精の鱗粉によってトリップしてどこかへ走り去ったとホッグス少佐が言っていた。


 それがいつの間にかオーク村の湖で魚類に擬態していたのだ。神出鬼没とはこのことだ。


「もぐもぐ、あなたを待ってたのよ」

「水の中で息を止めてか」

「魔法のマフラーがあるわ」


 エルフは首に巻いた群青色のマフラーを俺に見せた。マフラーの両端にはそれぞれ、なぜか大きな球がついている。


「この球が水中のブレスエアーを取り込んでくれるの。 重量変化の機能もあって、これで沈んだり浮き上がったりできるのよ。いいでしょー」


「ずいぶん手の込んだ待機の仕方をしたものだな。それで俺を待ってたって?」

「見失ったからね」

「俺は魔女の館にいたよ」

「私館の方向を覚えてなかったのよ。忌々しいわ。そしたらオークが歩いてるのを見かけてね。村に案内してもらったわ」

「どうして」

「そこにあなたがいるから」

「なぜわかったんだろう? 俺がオーク村にいくことは今朝決まったんだぞ」

「だってロスはオークの戦士長を探してたんでしょ?  あなたが探してるんなら間違いなく見つかるに決まってる。だったらそのうち村へ連れ帰るでしょって思ったの。我ながら自分の推理の冴えに驚嘆を禁じえないわ」


 あぐらをかいた姿勢でご馳走をたいらげていく彼女。


 俺は床に置かれた弓に目をやった。


 エルフと言えば、森に暮らし狩りをしているイメージがある。実際問題イメージのとおりなのかは知らないし、彼女の推理は希望的観測の側面が強いようにも思われる。

 しかし少なくともこのエルフの追跡能力によって俺が待ち伏せを食らったのは間違いない。


「それにしてもまったく役に立たない豚どもだったわね。オークのくせに、なんていうの? 威圧感っていうか、緊張感に欠けるわよね。思わずロスが私を助けて私をファックする気持ちになっちゃうような、そういう思いを抱かせる野蛮さとか、イヤラシサみたいなものが欠けてるのよ、あいつらには」


 勝手に不法侵入し食事まで出してもらいながら、骨つき肉を振り回しつつ愚痴をたれる。他人の都合やペースというものをまるで考えていないような少女だった。


 俺は釣竿を持って、先ほどまで彼女が咥えていたドングリ付きの糸を湖に放り込んだ。そして今度は何も釣れないことを祈る。


「このお肉おいしいわねむしゃむしゃ」

「君はいったい何だってそれほどリスクをしょって囚われのお姫様を演じてるんだ」

「そりゃもちろん、あなたとファックするためよ」

「もっと自然な方法が……」

「あっあー、それはもう試したわ、あの林で。でもロス逃げちゃったんだもん」


 まさか今、初対面でズボンをずり下げようとしたことを指して自然な方法だと言ったのだろうか。


「しかし……わざと悪そうな男に囲まれるだなんて、もし本当に何かあったらどうする気なんだ。危ないだろう」

「危ないからいいんじゃない。危ないからあなたが助けてくれるんでしょ? 成功するためにはリスクは取らなきゃ。ノーペインノーゲインよ!」

「そうやって君は今までに何人の転生者と寝てきたんだ」

「あなたで初めてになる予定よ。だって転生者なんてそうそう見つかるものじゃないわ」

「そうかな」

「そしてその事実は私とあなたがファックするにあたって十分に合理的な理由となり得るわ」

「そうかな」

「それで……ロス今何やってるの? ここにいるってことはオークの戦士長は見つかったんでしょ?」


 俺は糸と水面の接点に目をこらす。


 エルフはラリアに、膝に座るよう言った。ラリアはディフォルメ状態になると、素直にそうした。

 それからエルフが俺に身を寄せてきた。


「ちょっと離れてくれないか。濡れるだろう」

「ねえねえ今はどうなってるの? ジェミナイトがどうとか丸耳が言ってた、アレの件は」


 ふとホッグス少佐の姿を思い出す。彼女の隠されていた尖った耳を。


「……妖精王のスピットファイアを待ってるところだ。ヒューマンへの攻撃をやめるよう説得する必要がある」


 俺自身にその必要や義務があるわけではないが……なんにせよ、エルフは「ふうん」と湖を見やった。

 そして言った。


「その話、間違いなくこじれるわよ」


 俺は彼女を振り向いた。ラリアを膝に乗せその耳をいじくっているエルフ。


「どういう意味だろう」

「あれよ」


 エルフは湖を指差した。

 湖のどこ、という感じでもない。


「どれだ」

「全部よ。湖全部」

「わかるように言ってくれ」


 エルフはラリアの頬をつつきつつ、


「何となく気になったのよね。だから調べるために潜ってたの。ついでにね。この湖、昔は火山だったみたいね。噴火のあとに水が流れ込んで湖になっちゃったみたい」


 俺とラリアも湖に目をやる。

 琵琶湖もかくやという広大な湖が広がっている。


「おねーさん、ここお山だったですか」

「うん、そうよ。ドカーン! って大爆発したんでしょうね」


 この村の湖、双子山の近くにある。


 だから、双子湖か。双子の山だったから、双子山。それが今では片方は、消滅して湖になっているのか。


「でもおねーさん」

「なあに?」

「あの湖があると、どうしていじわる妖精とお話しできないですか?」


 ラリアの質問に対し、エルフは俺の顔を眺めてきた。しばし無言。


「……なんだろう」

「昨日話したっけ。ジェミナイトを発掘する時何が起こるのか」


 昨日……館にいく前のことだったか。

 たしか彼女は、ジェミナイトを掘り出す際水質汚染が起こると話していたっけか。


 水と共に森が汚染されることを妖精は嫌うだろうとも話していた。だから、スピットファイアとの話し合いは上手くいかないと言いたいのだろうか?


 エルフは湖に目をやった。


「水質汚染までは話したっけね。でもそれだけじゃないの。この湖ね、おそらくジェミナイトの採掘が原因でできたはずよ」


 そう言ってラリアを下ろすと、四つん這いで釣殿の端まで這っていく。水着の尻を揺らしながら。

 そして空を見上げた。


「誰かが掘り過ぎて穴が空いたということか? だが君は火山の噴火と言ったろう」


 エルフは屋根越しに空を……何か探すようにキョロキョロしながら、


「丸耳の軍隊は通信具を作りたくてジェミナイトを探してるんだったっけ? そこよ、問題は。あの石は魔力を与えると振動するんだけど、それと同時に周囲のジェミナイトも共鳴するの。離れた位置でもね。


「ジェミナイトの共鳴は最初の振動をまったく損なうことなく伝わるの。10個あったら、10個全部、まったく同じような振動数になるわけね。


「要は、その振動が情報になるのよ。最初のジェミナイトに吹き込んだ情報が振動になって、他の石を同じように振動させる。で、最初の情報が寸分たがわず離れた場所に伝わるわけ。その性質を利用したのがジェミナイトの通信具」


 ラリアが釣殿の端へいき、エルフの隣で空を見上げる。

 エルフは空を指差しながらラリアへ、


「ねえきみ、あの黒い点。見える?」

「どこですか……あっ。あったです! お星様ですか?」


 俺は口を挟んだ。


「それで? そのジェミナイトの摩訶不思議な性質と、火山湖と、妖精の不満と、何の関係があるんだろう?」


 エルフは床に寝転び振り返った。

 そして言った。


「共振よ。たぶんこの湖になる前の山……ジェミナイトの共振で吹っ飛んだんだわ」


 釣竿を揺らしたせいか糸が波紋を起こした。


「何だと?」

「深く潜って調べてみたわ。沈殿してる泥に少しジェミナイト汚染があった」

「共振で吹っ飛ぶとは……」

「たぶん大昔に誰かが採掘しようとしたのね。その時の掘り出す衝撃とかがジェミナイトに溜まりに溜まって、山中のジェミナイトが共振し始めて、それで火山活動が活発化し……」


 エルフは入滅の際の釈迦のようなポーズで寝転んでいた。右肘を枕にし、左手を上げた。

 5本の指先で何かをつまむような形だったが、それを開き、


「……ボン!」


 ボンとだ。そう言った。


 俺は後ろを振り返った。釣殿には俺たち以外誰もいない。だが村のどこかで、ウォッチタワーたちが帝国との問題をどうするか話し合っていることだろう。


「おねーさん。じゃあジェミナイトっていうのを掘ったら、あっちのお山も噴火するですか?」

「あそこにジェミナイトがたくさんあればね」

「噴火したらどうなるですか?」


 エルフは少しの間答えなかった。やがて言った。


「……程度によるわね。ちょっと昔話をしてあげましょう。昔々、あるところに、とっても優れた、何をやらせても上手にできちゃう美男美女の種族がいました」

「ふんふん」


「その種族はあまりに優れまくっていたので、愚かな猿どもを支配してやろうと思ってました」

「なかなか聞かせるですね」


「しかし愚かで下等でおバカなお猿さんの中に、3人の賢者が現れたのです」

「急展開です」


「三賢者にプロパガンダされたお猿さんたちはやめとけばいいものをその気になってしまい、美しい種族に立ち向かいました。美しい種族はその圧倒的かつ華麗な魔法で軽く蹴散らしてやろうと考えておりましたが……」

「本題まだですか?」


「あなたって生き急ぐタイプなのね。まあとにかく、美しい種族はその戦争に勝つためにジェミナイトの通信具を揃えようと考えたの。そんな感じで採掘してたら……」


「ボンですか?」

「ボンよ。その時は大惨事だったというわ。火の石が降り注ぎ、多くの人々が焼かれた。吹き上げられた火山灰が天を覆い、太陽は隠された。長い長い冬が訪れ、生き物は死に絶えた……」

「死……」

「……かに見えたわ」


 エルフは空を指差し、


「ほら、ロスもあれ見て」


 俺を手招きする。

 俺は屋根から顔を出し、エルフが指差す方向を見上げる。


 最初は何のことを言っているのかわからなかったが、よく見ると、空に黒い点がある。


「鳥」

「城よ。『ブラックエッグ』」


《レーザー測距計のスキルが発動しました。約400km。光が歪むため正確に計測できません》


 いまいちはっきりしないようだが、地球の宇宙ステーションと同程度の高さか?


「おねーさんあれ何ですか?」

「かつて三賢者が暮らした城だと言われてるわ。大噴火が起こった時、三賢者は丸耳や、たくさんの種類の生き物をあの城にかくまったって言われてるの。そうやって地上の環境が落ち着くまでやり過ごした。そのあと地上に降りてきて繁殖したのが、今の丸耳たちよ」


 あぐらで座る俺の膝にエルフが頭を乗せてくる。俺は足を引っ込め、元の位置に下がった。


「あれ、何で避けるの」

「訊いていいか」

「何?」

「君は昨日、ヒューマンとエルフが戦争していたと言ったな」

「エクストリーム・エルフね。あまりに美しい種族」

「エルフはどうしたんだろう? やはりあの黒い点に移動したのか?」

「ブラックエッグに移った人族はヒューマンだけよ。コモンエルフの一部と、オークなんかは地下に潜ってやり過ごしたそうね」

「エクストリーム・エルフは?」


 俺はエルフの顔を眺めた。

 ラリアもそうしていた。

 エルフは寝そべったまま肩をすくめ、


「どうかしら」


 とだけ言った。

 俺は釣竿を拾い上げた。


「ラリア、いくぞ」


 俺が左腕を差し出すとラリアはそこへよじ登る。


「ロス、どこいくの?」

「今の話をオークたちに教えてくる。スピットファイアはきっとそれを知ってるんだろう。思った以上に深刻な状況のようだ」


 このままホッグスたちに採掘をさせると、双子山も噴火し、昔話のように世界の終わりにつながるかはわからないとしても、ガスンバ一帯は甚大な被害を受けるということではないのか。


 エルフはあぐらに座り、立ち上がった俺を見上げた。


「ふうん。つまりロスはこの戦争……オーク側につくってこと?」


 彼女を見下ろし、


「どっち側というわけじゃない。ただ話が大きすぎる。思いとどまらせる必要がある」

「中立を気取って仲裁役? おいしいわよね、けどやめときなさいよ」


 エルフは立ち上がる。


 彼女が、そのエメラルドグリーンの瞳でじっと俺を覗き込んできた。


 俺の何を観察しているんだろうか。

 やがて彼女は首をかしげて言った。


「戦争に必要なのは強い意志よ。明確にどうするっていう意思を持たずに臨めば双方の邪魔になるだけ。あなたは丸耳軍団とオークの何に対して行動するの? ただ状況に流されてるだけなら、あなたはみんなから失望されて、恥をかいて終わるだけよ。あなたは今日という物語をどこへつなげるのか、自分だけの終わりのヴィジョンを持ってる?」


 彼女は何を言いたいんだろう。

 俺が黙っていると、彼女は「ねえ、転生者」と続けた。


「スキルっていうものは意思についてくるものなのよ。意思を達成するために人は必要なスキルを身につける。でも生まれながらにスキルを持つあなたに意思はあるの? 周囲がどうであろうと、必ず自分の望んだ終わりだけを押し付ける意思が」


 そしてまたじっと、俺の目を覗き込んでくる。


「……ハンターにも2種類あるのよ。焦点を定めて追い続ける者と、目の前を横切った物体に眼球が反応してるだけの者が」


 俺は何か、返事をするべきだとは思っていた。


 だが結局何も言わず、ウォッチタワーに会いに向かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] このエルフはどっちのハンターなのだろうか?
[良い点] 小さな紛争は壮大な戦争前夜に早変わりした。ガスンバの大噴火が起これば空は陰り世界に長い冬が来る。作物は枯れ、人は飢え、文明は衰退し骨肉相食む暗黒の時代が始まるのだ。悪魔が微笑むだろう。誰も…
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