第131話 湖中の女 ※
共にオババの家を出た輿担ぎオークたちに案内され、今度は水上家屋へいった。
湖面に木製で屋根付きの廊下が作られ、その左右にやはり木製のコテージが並んでいる。
案内された大きめのひと部屋は、宴会場だそうだ。そこで俺たちは食事を供された。
最初輿担ぎオークが料理を頼んだのは、その部屋に1人だけいたオークだった。
客人である俺に料理を出すため宴会場オークは立っていった。
そして料理を持って戻ってきた時、オークは3人に増えていた。
さらに1人、もう1人と宴会場へ入ってきて、輿担ぎオークを除いて7人のオークが、俺の前に座ることになった。
それから彼らは食事を摂る俺に、魔女の館における戦士長救出作戦、俗に言う武勇伝を話すことをせがんだ。
魔女の子供たちは動きが速く、力も強い、オメーさんは女を守りながら戦った、すごい、と言ったり。
仲間を助けに駆けつけたパンジャンドラムたちは偉い、と言ったり。
1番頼りにされていたのが、1番小さいラリアと聞いて驚いたり。
そういう様々なリアクションの中、俺とラリアは食事を終えた。
「ぐぬぬ、すごい戦いだったんだな」
「しっかし、魔女の館にいたなんてな、戦士長が。何にも言ってなかったもんな、スピットファイアは」
「ああ、知ってたら助けにいけたんだけどなあ、おれたちが」
口々にため息をつくオークたち。
俺はウォッチタワーに聞いた話を思い出す。
館の塔に幽閉されたウォッチタワーを最初に発見したのは、オークたちに頼まれて館に飛び込んだスピットファイア。
だがそのあと狂える妖精王は、ウォッチタワーをそのまま館の中にとどめ続けたのだったか。それも、誰にも知らせずに、のようだった。
「しっかし帝国のヒューマンめ。そんなところに閉じ込めて、なーにがしてーんだろうな、戦士長を?」
「んだんだ。しかも魔女の館になんかに入れて、バカになったらどーしてくれるっつーんだよ戦士長がエー」
オークたちはそれぞれ手のひらを拳で叩きながら話していた。俺は言った。
「少し訊いても?」
「何だい? 何でも訊いてくれ」
「その魔女の館なんだが……何だか知っているだろうか?」
オークたちは顔を見合わせた。
「あんまよく知らねーんだわ、おれらも。ずっと昔からあそこに建ってて、住んでるんだ魔女の子供たちが」
「たしか、建ってんだっけ、オババが生まれる前から。オババのおっかさんが生まれる前から、建ってんだよ」
俺はさらに尋ねた。
「魔女の子供たちというのは?」
「よくわかんねえ、それも。あの館にいる魔獣を、みんなそう呼んでる、村の老人は。村の老人が子供の頃からそう呼ばれてたらしい」
オークたちはうなずき合う。
双子山一帯、あの魔女の館も含めてオークの支配地域だそうだが、何だかよくわかっていないのか。
まあそうかも知れない。俺だって東京タワーが西暦何年に何のために建てられて誰が整備しているのかなんて知らないし、興味もない。
それほどオーク部族にとってあの魔女の館は、森の風景の一部として認識されてきたということだろう。
「そう言えば……」
と、オークの1人が口を開いた。
「偽ンプク、って呼んでたな、スピットファイアは」
「偽、なに?」
「偽、ンプク。ンプクだよ。スピットファイアは魔女の子供をそう呼ぶ」
ンプク……発音しづらい名称だ。
しかも偽、と称するからには、本物のンプクもいるということか?
それについてオークたちに尋ねてみようかと彼らの顔を見たが、やはりやめた。
スピットファイアのことはスピットファイアにしかわからない。そうオババ氏が言っていたのを思い出したからだ。
オークたちもスピットファイアと交流を持つことに難儀しているようだったし、訊かれても困るかも知れなかった。
俺は言った。
「ご馳走をありがとう。スピットファイアが来るまでの間少し考えごとをしたいので、席を外しても?」
「んお、いいとも。騒がしくするのもアレだな。眠そうだからな、子供が」
見れば隣に座るラリアがウトウトし始めている。
「ヒューマンの戦士よ。桟橋で釣りでもするといいよ。竿使ってくれ、おれの」
「ありがとう」
「よっし、食いもんのお土産を用意するよ、おれは。戦士長を助けてくれたお仲間の分だ」
館の見張りに残したパンジャンドラムとハルの分のことか。親切なオークたちはそれぞれ立っていく。そのうちの1人が釣竿を持ってきた。
湖側の端に釣殿がある。
まったく釣殿といった感じだった。
能の舞いでも披露できそうな広さの四角い屋根付きスペース。
俺はその縁に座り込み、釣り糸を垂れた。
目の前には波1つない湖が青空を写していた。
あぐらの膝の上に眠ったラリアの頭を乗せ、何を釣ろうというでもなく竿を持ち、湖を眺める。
少し疲れた。
オーク村まで歩き通しだったのもある。
1番の理由は、見知らぬ人に大勢で囲まれて、喋りながら食事を摂ったせいだ。
前世では職場の人間と食事になどほとんどいったことはなかった。忘年会もだ。若い頃なし崩し的に参加したことはあるが、楽しみ方がわからなくて2度といくことはなかった。
湖面に映った白い雲がゆっくりと流れていく。
ウォッチタワーはずっとここで暮らしてきたのだ。
先ほどの騒がしく、豪快で気のいい仲間たちと。
彼は元々プロレスラーだった。
実は彼の経歴を暇つぶしにネットで調べてみたことがある。子供の頃からラグビーだとかレスリングだとかに精を出していたスポーツ少年だったと書かれていた。
体育会系のウォッチタワーには、この村は過ごしやすかろう。
しかも穏やかだ。
喧騒もない。
唯一の欠点は、体育会系の鬱憤を発散させる都会的な娯楽がなさそうなところだろうか。
キャバクラだとか、風俗店だとか?
俺は1度もその手の場所に足を運んだことはないし、いきたいと思ったこともない。だからロス・アラモス的にはこの村は居心地がよさそうに感じる。
そう感じるのは今の俺が休職中だからか。
背後の方、岸の方から甘い匂いが漂ってくる。どうやらオババ氏がスピットファイアをおびき寄せるため砂糖を焦がし始めたのだろう。
ラリアが寝たまま鼻をピクピクさせている。
スピットファイアを説得する。それは俺の仕事ではない。
たしかにあの妖精王と話をする必要はあるが、それは個人的な好奇心のためだ。ベルトコンベアを流れるテレビのディスプレイのことなど忘れた。俺がやらなくてもどうせ他の誰かがやるだろう。あるいは、他の何かだ。
ラリアの頭をなでた。
ゴースラントもこういう場所なのだろうか。
この子を送り届けたら……俺はその後どうするつもりなのだろうか。
行く当てもなく、なす仕事もない。目的もなく、ただ呼吸しているだけ。
パンジャンドラムは以前、元の世界に帰る方法を探していたという。
それを手伝ってみるのも一興かも知れない。
ウォッチタワーはここで暮らしていくのだろうか? 友だちも多そうだ。
ハルは……彼はどうするだろう。
彼は戻っても幸せになれそうもない。もし戻られたとしたら、彼は服役か、もしくはまた死刑になるだろう。
釣り糸は沈黙していた。
戻る方法などあるのだろうか?
我々は転生者。
転生しているのだ。
死んで、生まれ変わっている。元の世界に戻るということは、死んだことをなかったことにするということだ。あり得ないのでは?
俺は首を横に振った。
あり得るあり得ないなど考えても仕方がない気がするのは、この異世界にきてからの乱痴気騒ぎの連続で、感覚が麻痺したせいかも知れない。どうでもいい。
他人はどうあれ、俺は戻ってどうする?
俺もハルとたいして変わりはしない。
娑婆にいながら牢獄にいるような人生だった。
労働の義務と、少しの運動時間。
テレビは自由に観られるが、観たい番組はない。
俺には酒を飲む自由と、その後でゲロを吐く自由だけが保障されていた。
ここではどうだろう?
軍隊の使いっ走りをしつつ、女の子と運動会。
「……右の道も左の道もクソだらけ、か」
ポケットからタバコを取り出そうと思った。ラリアの寝顔を見てやめる。
火がなかったのだった。ハルに魔法の使い方でも教わろうか。
釣り糸に反応があった。
ぐいと1度引かれて、また静寂。
しかししばらくして、また竿に手応え。
立ち上がって引っ張りたいところだが、ラリアの頭が膝に乗っている。
釣れても釣れなくてもどうでもよかったが、とりあえず後ろに倒れ込みながら糸を引っ張ってみた。
なかなかの引きだ。これは大物じゃないのか? よもやガスンバの湖の主を釣り上げ、ロス・アラモスはオーク村に新たな伝説を残してしまうのか。
急に引きが軽くなった。
逃したかと思ったが違った。
水面へ上がってきたのだ。糸の先の生物が水しぶきを上げ、大気中に飛び出した。
そしてその生き物は言った。
「かかったわね! ロス・アラモス!」
水滴に日光が反射するなか、その煌めきよりも眩しくブロンドの髪を輝かせながら、少女が釣殿に降り立った。
エルフだった。
彼女は水色のビキニ状の水着をまとい、ゴーグルを着装、弓とふた振りの剣を持っているのはまあいいが、なぜかその格好で群青色のマフラーを首に巻き、腰に手を当て仁王立ち。
そして口に釣り糸を咥えていた。
誰かが叫んだ。いや俺の悲鳴だった。
それを聞きつけたか背後からどやどやとオークたちがやってきて、
「な、なんだあ⁉︎」
「エルフだ‼︎ 誰だオメーコラ!」
「侵入者だーっ!」
口々に叫んで俺たちを取り囲む。
腰に手を当てたエルフはそれを眺めていたが、やがて微笑んだ。
それは往々にして、人が何かとてもいいことを思いついた時にする表情だった。エルフは言った。
「助けて、ロス! 私オークに囲まれているのー!」
村の中に入ってきたのだから相対的にそうなるのは当然だが、色めき立つオークに俺は言った。
「……失礼。彼女は、その……知り合いなんだ。ウォッチタワーを隠していた結界を取り除いてくれたのが彼女で……」
オークたちはしばし胡散臭げな目つきでエルフをジロジロ眺め回していたが、やがて、
「そりゃいけねえ。ぜひともご馳走で迎え入れなきゃあ」
と顔をほころばせる。
エルフはなぜか舌打ちした。
「……まあいいわ。何でご馳走してくれるのかはさっぱりわからないけど、この私がそれを受けるに値する存在であるのには違いないわね。でも食事をそこに並べたら2人っきりにしてよね……あ、コアラっ子もいるわね」
去っていったオークたち。
ふと気づくと、ラリアが目を覚ましてエルフを見上げている。
「あ……おねーさんです。こんにちは」
「こんにちは。あなたとは久しぶりね。ちゃんとご飯食べてるっ?」
「いーっぱい食べたですよ」
「最高ね!」
そしてエルフは俺の隣に座り込んだ。さも当然のように。
「何をしてたんだ湖の中で……」
「あなたを待ち伏せ……待ちわびてたのよ。運命の再会を信じて」
「君、口に針が刺さってるんじゃないのか」
エルフはまだ糸を口に入れている。
彼女はそれを指でつまんで、口を開けて取り出した。
糸の先の針はドングリに突き刺さっていた。
たぶんあらかじめ針をドングリに刺し、それをくわえていたのだろう。最初に感じた引きはその細工のために糸を引っ張られていたからか。
「あれ? ハルは?」
「…………彼とは別行動をとることにした」
「何で?」
「音楽の方向性の違いでね」
「どこいったの?」
「砂嵐の向こうさ」
やがてオークたちがエルフのために料理を運んできた。それらを床に置くとまた去っていく。
むしゃむしゃと食べ始めたエルフはなぜかビキニ。
真っ白い肌に水滴が流れている。胸元にもだ。
俺は湖に目をやった。




