第130話 オババ
オークの村は湖のほとりにあった。
森の中にも家屋があるのだが、木々の隙間だとか、あるいは幹の中間部に足場を造り建てられ、さほどスペースはない。
大部分は湖の岸と、さらに水上に建てられていた。
村に着くとたくさんのオークが飛び出してきて、戦士長ウォッチタワーの帰還を喜んだ。
何せ失踪してからかれこれ3ヶ月だったのだ。
村のオークたちは最初、俺の姿を見て訝しんでいた。ウォッチタワーがオルタネティカ帝国の名代のような者だと紹介すると、手に武器を持って取り囲んできた。
しかしウォッチタワーが、
「おいよさねえか。この人が助けてくれたんだぜ、おれを。それにこの人は帝国人じゃねえし……おれと同じぐらい強えんだぜ、この人は」
と取りなすと、みな武器を引っ込めて俺を迎え入れた。
俺たちはまず村の長老(酋長と呼ばれていた)のところへ挨拶に出向いた。
酋長の家は森の内部側。
2本の巨木の間にロープで吊るされ固定された家。床と屋根をロープで吊り、壁は植物の蔓を編み込んだような物だった。玄関に登る階段もある。
その階段の下でオークたちは輿を下ろした。
ウォッチタワーを両脇から抱える者と、2人の捕虜オーク。そして俺も酋長の家に入る。
木に挟まれているためか、内部はところどころの壁が曲がりくねっていて、家の坪数自体はありそうなのだがスペースが狭く感じられた。
そしてそんな家のカーペットの上に、熊の毛皮(熊の口の部分がフードになっている)を着た酋長が座っていた。
ウォッチタワーと捕虜オーク2人は酋長の前に進み出て床に座る。俺もそれに倣った。
「酋長。ウォッチタワー、今帰った」
床に拳をつき挨拶するウォッチタワー。酋長はうなずき、
「よくぞ帰ったウォッチタワー。ヒューマンの女戦士に囚われ、もうダメかと思っていた、おれは。さすがはガスンバいちの戦士」
「そのことだが酋長。この人の助けがあって帰ってこれた」
こられた、だ。ウォッチタワーは俺を振り返る。
「お邪魔している。俺はロス……ロス・アラモスという者だ」
「おう、なんと鋭い目つき。毒の矢のようだ。我が部族の戦士長を助けてくれてありがとう」
そう言って拳を床につく酋長。毒の矢とはなんだ。
ウォッチタワーが言った。
「酋長。この人は帝国の名代としてきた。あの帝国の野営地の件だ」
「おう、森の中にある野営地だな、冒険者とかいう狩人の野営地」
「あそこが襲われてるそうだ、スピットファイアに。それで、やめるよう説得してくれとおれに頼みにきたんだ、ロッさんが」
ウォッチタワーはこれまでの経緯を酋長に話した。
帝国のベースが襲撃にあい、国に戻ることもできなくなっていること。
グレイクラウドが俺やホッグスと接触し、ウォッチタワーの返還を条件にスピットファイアへ停戦を申し入れるということで話がまとまったこと。
帝国軍の少佐であるホッグスと同行者の俺が、ウォッチタワーを捕らえた騎士団と戦闘になったこと。
ホッグス少佐率いるジェミナイト探査団とツェモイ率いる騎士団は所属が違うため衝突し、その戦闘により騎士団は拘束されたということ。
そして帝国軍は、双子山の鉱脈で採掘をしたいと申し出ているということ。
購入の件を伝えた時、酋長の眉間にシワが寄った。
「バカな……! 呪われた山だぞ、あの山は! それを使わせろだと⁉︎ よそ者に……」
呻いた酋長の声が壁を震わせる。
他のオークたちもまた苦い顔。
呪われた山……。
アップルがあの双子山とオークの関係について、オーク部族は双子山を信仰し守り続けていると言っていたのを思い出す。
信仰し守るものなら、双子山は神山か何かかと俺は考えていた。
先ほどウォッチタワーも、やはり自分たちにとって神様みたいなものだと話した。
だが酋長は、呪わしいものだと言う。
しばらく黙然としていた酋長だったが、視線がウォッチタワーの足に向いた。
「おう、そう言えば。どうして抱えられてたんだ、オメーは?」
「ぐう……それなんだがな……」
次に話されたのは、ウォッチタワーの足と騎士団長の件だ。
酋長は聞き終えるなりすぐさまひと声吼えて立ち上がり、
「オメーら、戦だッ‼︎ まずはこの黒服のヒューマンを精霊の生贄に捧げろ‼︎」
と、極めて政治的なメッセージを発した。
他のオークたちも立ち上がり俺を取り囲んだが、
「酋長、みんな、やめときな。その人は恩人だし……強えぜ、おれと同じぐらい」
ウォッチタワーがそう言ったもので、オークたちは無言で俺を見下ろす。
酋長が言った。
「おうぅ……しかしだ。じゃあ交渉をしにきたっつうことか、この男が?」
俺は言った。
「いいや。俺はグレイクラウドとの約束でウォッチタワーを助けただけだ。約束の内容はスピットファイアに攻撃の中止をしてもらうこと。正直に言うと帝国の件については意見を持たない。何か言える立場ではないのでね」
ただ、と続けた。
「ひと言だけ何か言わせてもらえるなら、戦争はやめて欲しいものだな。向こうには女子供もいるんだ」
オークたちは揃って、ぐうと唸ったが……。
その唸る様を見て俺はミスをしたことに気づいた。
彼らガスンバのオーク部族は、女子供、傷病人のような弱者を攻撃するのは恥だと考えていたのだった。アップルがたしかそう言っていた。
ホッグスやアップルの姿が頭にチラつくなか発言してしまったが、オークの矜持からしてこれでは動きにくい。意見を言える立場ではないと前置きしたのは何だったのか。無責任な中立のふりをしておきながら、ロス・アラモスはオークだけを牽制するような真似をしていた。
「怪我した人もいっぱいいたですよ」
我が忠実なる奴隷ラリアが抜群の反応速度でマスターに追随。高潔な戦士をさらに追い詰める。
ウォッチタワー以外のオークたちは、互いの顔を見ながらひとしきり唸っていた。
だがすぐにウォッチタワーが口を開いた。
「そのへんについちゃ、これから部族のみんなで話し合う必要があるわな……。けどそれはそれとしてよ。まずはグレイクラウドと帝国が交わした約束のとおり、まずスピットファイアと話すのが先だと思う」
そして、
「酋長。話し合いのためにはガスンバ中の部族にも声をかけることになるよな? その間に呼びたいんだが、スピットファイアを……」
「おう、そうだな。会合を開くには集落を回らなきゃならねえ、おれも。ウォッチタワー、オメーは顔出せ、オババのとこに。スピットファイアを呼ぶ手はずもそうだし、オメーの足も何とかできるかもな、オババが」
酋長は立ち上がり、壁に立てかけられていた大斧を手に取った。
それから俺とウォッチタワー、彼を乗せた輿を担ぐ2人のオーク。そして捕虜オーク2人は、森と湖の境にあるというオババとやらの家に向かった。
オババの存在は村にいく道すがら、先ほど話に出ていた。
村の祈祷師とのことだが……。
俺は森を歩きつつ尋ねた。
「オババさんとやらはスピットファイアを呼び出せるのか? 酋長がそんなようなことを言っていたが」
祈祷師と妖精。
何かとてもメルヘンチックな方法を持ってコンタクトを取りそうなイメージを抱く。
「ああ。果物の絞りカスから砂糖みたいなのが取れるんだけどよ。その砂糖を焦がすと、匂いにつられて飛んでくることがあるんだ。オババは砂糖の余りを持ってるはずなんだよ」
実にシンプルだった。
何となく、カブトムシを捕まえるためにクヌギの木に蜂蜜を塗るという採集法を連想した。
お菓子に寄ってくるなど実に可愛げがある。あの憤怒の形相のままキャラメルに突入するスピットファイアの姿を思い浮かべた。
やがて湖へ出た。
水際の水上家屋を左手に見ながら歩いていくと、果たして藁でできた縦穴式住居が見えてきた。
表の屋根のひさしからは、何かの果物が数珠つなぎに、干し柿めいて吊るされていた。
あれがオババの家だそうだ。
挨拶して中に入る。
オババ宅は窓がなく暗かった。
オールドスクールなワンルームの間取り。小さな囲炉裏のような焚き火が中央の床にあり、緑色の炎が揺らめいている。
その向こうに、大きなキノコの傘の帽子をかぶった、やや小柄なオークが座って、緑の焚き火に何やら粉のような物を投げ込んでいた。
オババ氏だ。
「オババ。ウォッチタワーだよ。今帰ったぜ」
焚き火を挟んで、オークたちに座らせてもらったウォッチタワー。
火からウォッチタワーへと移された、キノコ傘の下のオババの目は白濁していた。
「うんむ……よくぞ舞い戻った、魔女の企み事から」
しわがれ声。
ウォッチタワーが俺を振り向いた。
「不思議かいや、戦士長よ」
「……オババ。何で魔女から逃げてきたってわかる? おれが。おれがどこにいるか知らなかったんじゃ、みんなは」
オババは謎の粉末を焚き火へ投げ入れ、
「これまで何度占おうと、行方はわからなんだ、オメーさんの。ぢゃが、昨日なぜかわかった。魔女の館だと」
昨日と言うと、俺とホッグスが館に突入したが……。
「昨日、どこにもおらなんだ、ウォッチタワーは。この世のどこにも。おそらく結界ぢゃ、スピットファイアの。ぢゃからして見えなんだ居場所が。昨日、結界が解かれた……」
そしてオババ氏は俺を見上げ……首を振った。
「混ざらぬ男、オメーさんぢゃない。魔法を極めし者が解いたな、結界を。オメーさんが近づきつつあるのを、知ってたやも知れんが、スピットファイアは」
その場のオークたちがみんな俺を見ている。
魔法を極めし者……あのエルフ少女のことだろうか? たしかにスピットファイアの結界を解いたのは彼女だ。
俺は言った。
「ミセス・オバ……」
「ミスぢゃ」
「ミス・オババ。挨拶が遅れて失礼した。俺はロス。ロス……アラモスという者だ」
「うんむ、混ざらぬ男」
「…………。あなたはこの場にいながら、魔女の館の騒動を知っていたということだろうか?」
オババ氏は首を横に振り、
「いんや。90日前消えた、ウォッチタワーが。占うても見つからぬ。ふと昨夜、胸騒ぎがした。それで占うと、現れた……昨日、館に。ぢゃからして向かわせようと思った、グレイクラウドを。夜のことぢゃ。したら……」
捕虜オークの1人を指差し、
「ちょうど帰ってきて知らせてくれたのぢゃ」
俺は緑色の焚き火に視線を落とす。
《スピリット速報のスキルが発動された痕跡を感知》
シャーマンか。
地球の歴史では、洋の東西を問わず部族に大事な知らせごとをするシャーマンは女性が務めたと聞く。祈祷とトランスにより未来を予見するそうな。
知らせ自体は昨夜捕虜オークが村へ走りついたのと同時だったようだが。
俺は口を開き、
「ミス・オババ」
そう言った時だ。
オババ氏は片手を上げた。
「混ざらぬ男よ。オメーさんの言わんとすることはようわかっとる。オメーさんがくることを知っていたのはなぜか、と聞きたいんぢゃろう、スピットファイアがな」
年の功とは伊達にならないものだ。まったくそのとおりだった。
コミュニケーションに自信のない俺の先回りをし、それに答えてくれるものだと思っていたが、オババ氏は首を横に振る。
「わからぬ、ババにも。わかるのはスピットファイアだけぢゃ。スピットファイアのことはスピットファイアにしかわからぬ。そして混ざらぬ男よ。そしてウォッチタワーよ。オメーさんたちのことをわかることも」
その言葉に俺とウォッチタワーは顔を見合わせた。
「ミス・オババ、それはどういう……」
「それは訊くといい、スピットファイアに。今焦がしてやろう甘粒を。すぐ飛んでくるぢゃ。それまで待つがいい……どれウォッチタワー。その足見してみい」
少し、俺たちはまた2人で顔を見合わせたが、
「どのぐらいでスピットファイアはくるだろうか?」
「どうだろうな。奴ぁ気まぐれだから……」
「足は治りそうだろうか?」
「やってみんけりゃあわからぬ、それは。ほい、そこな2人」
オババ氏は捕虜オークへ目を向け、
「オメーさんたちは入ったな館の地下に。魔女の匂いがこびりついとる。お祈りがいるぢゃろうて、オメーさんたちも」
そして輿を担いできたオーク2人へ、
「時がかかろう、スピットファイアがくるのに。オメーさんたちは、食い物をおあげなされ。ほい、腹を空かせておるぢゃ、その子供が」
とラリアを指す。
「……そうだな、ロッさん。部族の会合も時間がかかると思う。ロッさんはちっと村にいて、ゆっくりしてってくれや」
ウォッチタワーはそう言った。
俺がラリアを見下ろすと、ラリアの腹が鳴った。
「……このおばあさん、何でも知ってるですよ……」
俺はウォッチタワーとオババ氏に退去の挨拶をして踵を返す。
その俺の背中にオババ氏の声がかかった。
「ゆっくりするといい、混ざらぬ男よ。ここは忙しくない」




