第128話 ポッド
《ナイト・ヴィジョンのスキルを発動しました》
俺は夜の暗闇の中、1人魔女の館へと向かっていた。
パンジャンドラムとハルは念のためにキャンプへ残ってもらった。
スピットファイアの襲撃があるかも知れないと思ったし、ラリアはテントで寝ているはず。念のため、歩けないウォッチタワーの護衛としてだ。
代わりにパンジャンドラムのゴブリンズが7匹、身をかがめて小走りについてきていた。
ゴブリンズはもっといるのだが、大多数は森に散って、アップルの捜索に当たっている。俺の後ろに続いている7匹は……館の中でもし俺に何かあった時、7匹のうちの誰かが館の外へ走り、助けを求めるためにパンジャンドラムがつけてくれたのだ。
この7匹以外にも、全方向からゴブリンズが接近しているはずだった。窓などから侵入し、アップルを探すのだ。
俺の緊急事態の際はゴブリンズが知らせ、ハルがワープで飛んできてくれる手はずだ。
コの字型の館。
そのコの字のヘコんだ中庭部分へ向かった。
昼間はドタバタしていて気がつかなかったが、中庭には井戸があった。
今まで意識もしなかったが、先進国というのは素晴らしい。水道があるのだ。喉が渇いたからと夜中の井戸なんてものを見なくて済む。
中央のヘコミを見て右側の壁にある扉から、ゴブリンズと共に中へ入る。
中はほぼ完全な暗闇だったが、《ナイト・ヴィジョン》のおかげで青白く視認できる。
少し広めの部屋。かまどがあるところを看るに台所かも知れない。
奥の、戸が開けっ放しになっている扉から廊下へ出た。
アップルを追うならここからがいいような気がしたのだ。
ツェモイとの戦闘のあと、アップルは先ほどの中庭の扉から出てきた。ひょっとして……彼女はここへ戻ったのかも知れないと考えた。
廊下を進んでいる間、時々虫人間の死体を見かけた。頭が潰れているところを看ると、たぶんアップルが救出したというオーク捕虜が倒したものだろう。
進んでいくと、廊下の左側が少し膨らんでいて、そこからさらに通路が続いている場所に通りがかった。
通路は横幅が3メートルほどあり広いが、奥行きはそうでもない。大きな両開きの扉が開け放されている
立ち止まってそちらに目をやってみたが、部屋の奥はよく見えない。
今歩いている廊下の前方から小さな声が聞こえた。
そちらに視線を戻すと、ゴブリンズの1匹が、突き当たりで手を振っている。
どうやら館内に入り込んだゴブリンズが先に見つけたようだ。そちらへ向かう。
ゴブリンの案内で廊下を進み、幾つか角を曲がる。
案内ゴブリンはやがてある部屋に入った。俺と7ゴブリンズも続く。手押車やスコップなどが置かれている部屋だ。
中には案内ゴブリン以外にも2匹ほどのゴブリンズがいた。俺を見て床を指差していた。
指先を辿るまでもなく、部屋中央の床に四角い穴が空いていて、地下へ下りる階段が続いているのが見える。
そしてその階段から少女の小さな悲鳴が聞こえた。
下りてみると、やはりアップルがいた。
「あ〜ロスさん〜、助けてください〜ゴブリンが〜」
地下室でアップルが、3匹のゴブリンズに囲まれてオロオロしていた。
ゴブリンズはもちろん攻撃行動をしているわけではない。ただ遠巻きに囲んで突っ立っているだけだ。
「心配するな。みんな味方だ。君を探しにきたんだ」
俺は部屋を見回した。
俺が下りてきた階段から奥までが長い構造だった。
1番奥の突き当たりに、鉄扉がある。
「何をやっていたんだろう?」
「こ、このゴブリンさんは〜……」
「パンジャンドラムの部下だ。どこにでも現れる」
「そうなんですか〜」
「ところで本当に何をやっているんだ? こんな夜中に」
「見てくださいこの扉〜。この奥がたぶん、ジェミナイトの坑道ですよ〜」
アップルは鉄扉を指差した。
扉は両開き。少し開いていた。
「それを探しにきたのか?」
「ええ〜」
「夜中にか」
「いてもたってもいられなくって〜」
「建物は逃げやしないと昼間に言ったはずだ」
きつい言い方だったかも知れない。アップルは縮こまっていた。
「……兵士が心配していたぞ。それにこの館には虫の魔物がいた。まだいるかも知れない。キャンプに戻ろう」
「…………」
「明日、明るくなってから、たぶん兵士が館内の安全確保をするさ。今日はもう寝よう」
「は、はい〜……」
アップルは鉄扉をチラチラ見返りながらも、俺の方へ歩いてきた。
彼女に先に階段を上らせ、俺は1度鉄扉を振り返った。
ジェミナイトの坑道。
帝国の目当てのものは見つかったらしい。
俺は部屋内にいるゴブリンズに手招きしてから、階段を上がった。
「あの〜ごめんなさい〜……ご迷惑をおかけしちゃったみたいで〜」
暗い廊下を歩くアップルは、ランプやカンテラの類いを持っていなかった。
《アップルはキャッツアイのスキルを発動しています》
「どうしてそんなに焦っているんだろう?」
尋ねた俺を見上げたアップルの瞳孔は、凄まじい大きさだった。まん丸である。
「ツェモイ団長たちに聞いたよ。第1次進行の時からいたんだってな」
「そうです〜。私はもともと〜、魔女の遺物を求めてガスンバの調査をしてたんです〜」
「君も、魔女を?」
「はい〜。大森林のどこかに、館が残ってるって情報をもらったんですけど〜……その辺りはオークさんの縄張りだったので〜。だから私〜、騎士団のみなさんにお願いして〜、一緒に来てもらったんです〜」
ということは、アップルは単純にガスンバに詳しいから顧問を頼まれたわけではなかったということか?
冒険者ギルドのガスンバ支部は大森林での素材集めのための出先機関。アップルはたんにそこで働いているだけかと思っていたが。
いや、そう言えばハルが、サッカレー王国の先王も魔女の遺物を求めガスンバ入りを画策していたと話していた。
複数の国家が遺物を求めているようだ。オルタネティカ帝国は本来遺物探索の拠点として、ギルドにベースを作らせたのかも知れない。魔女狩り部隊のツェモイもベース設営中にガスンバ入りしたと言っていた。
「誰にもらったんだろう」
「え、何をですか〜」
「魔女の遺物がガスンバにあるという情報さ。今、もらったと言ったろう」
「ああ〜、お母さんです〜」
「お母さん?」
「はい〜。って言っても、本当のお母さんじゃないですけれど〜」
廊下のところどころで、ゴブリンズと出くわす。俺についてきていたゴブリンが、すれ違うごとに彼らにハンドサインを送る。すると、送られたゴブリンは1階の窓から外へ出ていったり、窓がない場合は後ろについてくる。我々は今や結構な大所帯になっていた。
「私〜、孤児だったんです〜。お母さんに拾ってもらって、育ててもらったんですよ〜」
唐突にヘビーなカミングアウトが行なわれた。暗い洋館の中で打ち明けられたそれは、ゴブリンズの行列の足音に紛れていたので、どことなく緊張感に欠ける響きだった。
「最近は会ってないんですけれど〜」
「君の母親……魔女の遺物に詳しいのか?」
「ええ〜そうですね〜。お母さんは〜カシアノーラ大陸中の遺物を探してると言ってたような〜」
「ふむ」
「言ってなかったような〜」
「ふむ」
「それで〜私も大きくなってから〜お手伝いするようになったんです〜。冒険者の調査員になれば〜お給料をもらいながら探索ができるので〜冒険者に必要なスキルももらいました〜」
俺は蜘蛛の巣を張った天井を眺めながら、
「今日ついに見つけたというわけだ」
「そうなんですよ〜! それで私、嬉しくなっちゃって〜。でも〜みなさんに迷惑かけちゃいけないですよね〜……」
「まあな。時には落ち着きも必要だ。ところで」
俺は尋ねた。
「情報をもらって、と言ったっけか。お母さんと一緒じゃなかったのか?」
「最近は会ってないんですけれど〜」
「うん?」
「お母さんは〜カシアノーラ大陸中の遺物を探してると言ってたような〜」
「………………?」
「お手紙書かなきゃ〜。ガスンバの鉱脈を見つけたって知ったら〜きっとお母さんも家に帰ってきてくれるはず〜」
「家を空けていることが多いのか。君はひとり立ちしてるようだが、やはりまだ一緒にいたい年頃なのかな」
「そうなんですよ〜! それで私、嬉しくなっちゃって〜。でも〜みなさんに迷惑かけちゃいけないですよね〜……」
まあな、時には落ち着きも必要……これはさっき言ったか。まだ自分が酔っ払っているような気がした。
しかしやはり魔女の遺物を捜索しているのは帝国騎士団だけではなかったのか。
みんな、何かの面白オーパーツが見つかると思っているのかも知れない。
なにせ数千年前の古代遺跡だ。日々の生活に追われて目先の金のことで頭がいっぱいの者も多いが、たしかに昼間ツェモイが言っていたとおり、こういった場所での探検もロマンチック…………。
俺は周囲を見回した。
洋館の廊下。
窓がある。
ガラスは割れてはいたが、窓枠にも、下にも、まだ破片が残っている。
洋館だ。
何千年も前の遺跡の、洋館。
近世ヨーロッパ風。
だが何千年も前の遺跡。
「どうしたんですか〜? ロスさん〜」
アップルが足を止めて俺を振り返っていた。
俺は思わず立ち止まっていたらしい。立ち止まった場所は、ちょうど先ほど見つけた、暗い部屋への三叉路だった。
「なあアップル。この魔女の館なんだが、本当に何千年も……」
そう言いかけた時だった。
俺たちと同じく立ち止まったゴブリンズが、みな部屋の方を見ていた。全員、一様にだ。
「ロスさんどうしました〜?」
俺は少し考えてから、ゴブリンズに言い渡した。
「最初の7人以外、みんなアップルをキャンプまで送ってくれ。アップル、ゴブリンズと一緒に戻って、もう寝ろ。1度少佐のところへ顔を出すんだぞ」
「ロスさんはどうするんですか〜?」
「ちょっと奥を見てくる。みんなにはすぐに戻ると言っておいてくれ」
「はあ〜……」
アップルと、合流したゴブリンズが歩き出すのを確認して、俺は7人のうちの2人にここで待つように言った。
そして5人のゴブリンズを連れて部屋へ入った。
部屋は天井の高い構造だった。ぐるりと六角形の壁。それが高く天井まで続いている。
ゴブリンズはなぜこの部屋の前で立ち止まったのだろう。
部屋にはただ中央に、腰ほどの高さの円筒形の台座のようなものがあるだけのようだが……いや、床に何か転がっている。
黒っぽい、お椀のような物。ボールを半分に切ったような形状で、空っぽの面が上向いている。大きさはサッカーボールほど。
俺は台座に近づいた。
円筒形の上面は金属板だった。
暗視スキルのため色のほどはわからないが、羅針盤めいた幾何学模様が刻まれた金属板。
幾つかダイヤルがある。
目盛りの刻まれたもの、そうでないもの。
1番目を引くのは、金属板中央のひときわ大きいダイヤル。
ダイヤルの上の方の金属板に大きく文字が書いてあるが、読めない。だがヌルチート製造法の石板文字と似ているような気がした。
その下の、右と左にも文字。
ダイヤルには矢印が刻まれていて、矢印は左側の文字を指している。
何かの機械のようだった。
腰を折り曲げて金属板に耳を近づけてみる。わずかに、ブウンと音がしている。
この機械、起動している。ゴブリンズはこの音を聞いたのだ。
周囲を見渡してみた。
金属板の台座から左、部屋の隅の棚に何かが置いてある。
2段の棚だ。そこへいってみると、先ほど床にも落ちていた黒い半球だった。
それは切り開かれたサヤエンドウを思わせた。棚に大きなサヤエンドウの鞘があり、その上に半球が2つ並んでいる。鞘は3つ並べるスペースがあるが、1つは床に落ちていた。鞘の蓋も落ちている。
サヤエンドウは2つ。上と下の段に1つずつ置かれている。どちらの鞘も開かれていて、中の実である黒い半球も空っぽだった。
床を見回しても半球が落ちている。部屋の入り口から見て右側の壁あたりにまでてんてんと落ちていた。
棚の物と合わせて数えると、半球は全部で12個。
足元に落ちていた物を拾い上げ……鞘の上にある方へかぶせてみた。
ピタリと一致。
ガリ勉が取り柄のロス・アラモスの明晰な頭脳は、6個の球が12個の半球に割れたと判断した。
半球の底を覗いてみる。視界のせいでよくわからないが、何かの粘液が固まったような跡がある。
それが全部で、6個。全て割れている。
長いこと孤独に過ごしていると、人は独り言を言う癖が身につくものだ。
もちろん今はゴブリンズがいるのでロス・アラモスは孤独ではないが、いずれにせよ俺は暗闇の中、声に出して呟くことになった。
「……6」
3ヶ月前、ツェモイが天井裏から這い出るのを見たというヌルチートの数と同じだった。




