第127話 月下の少佐
外で待っていたオークと入れ違いに、俺たちはウォッチタワーのテントを出た。
近くに立っていた帝国軍の歩哨に、ホッグスはどこかと尋ねた。
兵は、テント群の外れを指差した。俺はパンジャンドラムに眠っているラリアを手渡し、ハルを含む3人で先に俺たち用のテントへ先に戻ってもらうよう言った。
それから兵が指した方へ歩いた。
森の木々が少し途切れ、ぽっかりと円形のスペースが空いている場所がある。
ホッグスはその手前で、1本の木に肩をもたれさせ、こちらに背を向けて立っていた。
どうやらそこから、夜空の三日月を眺めているようだった。
「少佐」
声をかけるとゆっくりと振り向き、
「ロスか……進展は?」
そう言った。
「ウォッチタワーは君にだいぶ腹を立てていたぞ。その尻ぬぐいに部外者の俺を使って、君はここでお月見か。いいご身分だ」
「進展はどうかと尋ねているのである」
「そういう態度だ。その自分本位な態度で話をこじれさせていたんだろう。ツェモイとも話したがオークたちにほとんど落ち度はない。先に戦闘行為を誘発したのは帝国側だ。なのになぜちょっと偉そうなんだろう」
ホッグスはふん、と鼻を鳴らすと、
「貴様はタフだ。だが世間というものを知らんな」
そう言った。
俺はホッグス少佐を眺める。見たところ、20代前半といったところか。
ちなみに俺は42歳。
どうやらこれから若くして佐官に就いた女性から、社会勉強させていただけるらしい。
「いいか、オークは蛮族である。基礎教育も受けていないような教養のない者たちだ。ついでに言うと力こそが全てだと思い込んでいる獣である」
「獣ね」
「言いたいことはわかっとる。たしかに私はオルタネティカ帝国の獣人街で生まれ育った。だが、だからこそ無教養な獣は見飽きるほど見てきたのである」
木にもたれたまま、帽子の頭頂部に手を置いたホッグス。
「あの手の輩には弱みを見せてはならない。ああいうタイプはこちらが礼儀正しくしてやると、なぜか恐れているから下手に出ているのだと勘違いする」
若き少佐のお説教はなかなか聞かせる内容だった。
商店のクレーマー対策をやらせたらいい仕事をしそうだった。もしくは余計にこじらせるか。
俺は言った。
「……まず謝罪からじゃないのか。君はウォッチタワーが受けた拷問が軍規に違反していると言っていた。そちらの落ち度だ」
「ロス……交渉のテーブルにこちらの落ち度など上げてどうする。足元を見られるだけである。特に蛮族相手の時は」
「少佐。彼らは誠実だ。蛮族なんかじゃない。1度目の戦闘の時だって死者を出してないそうじゃないか。それに……」
「ウォッチタワー殿か? 貴様と同じ転生者……」
「そうだ。どんな人間かは想像がつく。話してみたところ気のいい男だ。もっと腹を割って話していい相手だ」
「どんな相手かなど責任者の私が判断することである」
ホッグスは木からはなれ両腕を後ろに組んだ。軍人がふんぞり返る時のお決まりのポーズだった。
「いいか、ロス。重要な点だ。我が帝国軍はいまだオーク族と戦争中なのだ」
「なに?」
「そうであろうが。騎士団が開戦し、停戦協定は結ばれていない。という時に、こちらが一方的に悪うございましたなどと言ってみろ。いい気になった蛮族は調子に乗る。こちらに有利なように停戦できなくなるであろう」
俺はため息をついた。遠くの、ウォッチタワーのテントを少しふり返る。入り口に2人の帝国兵が見張りに立っているのが見えた。
「少佐、冷静に考えろ。明日の朝か、いやもっと早いかもしれない、グレイクラウドが仲間のオークを連れてここへくる。その時戦士長が不当な扱いを受けていて、怪我の治療を脅しの材料に使われていると知ったら」
ホッグスは首をかしげ、目を細めた。
そうやって俺をじっと見上げ、
「怒るであろうな」
「わかっていてくれて嬉しいよ。もし彼らが暴れだしたらという可能性についてもわかっていてくれるといいんだが」
「ふん。物の数ではないのである」
またふんぞり返る。
俺はキャンプを見やった。
橋でのスピットファイア襲撃で1度散り散りになった部隊が、橋を急造してこちらへ渡ってきて設営したキャンプだった。
「どうしてそんなに強気なんだろう? 今いる兵で勝てるということか?」
「我が部隊はスピットファイアの攻撃で多数の負傷者が出た。半分はベースへ戻ったのである。魔力供給獣も1体しか残っていない」
昼間の襲撃で、あの時まだ双子山側に渡っていなかった供給獣もやられたということか。
「じゃあなおさら戦力は低下しているじゃないか。スピットファイアとオークを同時に敵に回すようなことをして何がしたいんだ?」
「貴様らがいるではないか」
俺は押し黙った。
ホッグスはふんぞり返ったまま、
「転生者である。貴様と、ゴブリンを出す小男。それにハル・ノート陛下……何であの人ここにいるのであるか?」
「彼は引退した」
「……貴様が前科者と言っていたな……まあいい。とにかく、貴様ら3人、それにあのコアラっ子も騎士団相手に活躍していた。これほどの戦力があればオークもスピットファイアも恐るるに足らん」
ホッグスはニヤリと笑ったあと、
「運が向いてきたのである」
そう言った。
俺はため息をついた。
「よしてくれ。ウォッチタワーも転生者だ。同郷の人間同士で争えと言うのか」
「別にそこまでは言っとらん、ただのオプションである。ウォッチタワー殿がスピットファイアを説得してくれれば何の問題もないであろう」
「こじらせてるのは君だぞ」
「だから貴様に話させたのであろうが。それでウォッチタワー殿は何と?」
俺はため息をついた。
「スピットファイアとは話してくれそうだ。しかしそれはそれとして双子山の件は……明日の朝、グレイクラウドと合流してから考えたいんだと」
「うむ。上出来である。ご苦労」
俺は舌打ちした。
ホッグスが、先ほどまでもたれかかっていた木の根元にしゃがむ。何かを拾い上げ、俺に手渡そうとしてきた
酒瓶だった。
「ほら、ボーナスやるから。機嫌なおすのである」
「勝手なものだな」
と言いつつ受け取り瓶に口をつける。ホッグスに向けてみたが、彼女は片手を上げて「任務中だから」と顔をそむけた。
そうして、三日月を見上げていた。
彼女の銀色の髪が、月光を弾いていた。
俺は月見酒を決め込みながらしばらく黙っていたが、やがてホッグスが口を開いた。
「……どんなところであるか?」
質問の意味が掴めず俺が黙っていると、
「貴様のいた世界である。貴様らはみな同郷のようだが」
「どんな、と言われても困るな。国によって違う。俺たちはみんな同じ国の出身だが」
「すぐ打ち解けられるものなのだな」
月を見上げたままのホッグス。独り言のような声音で続けた。
「貴様はタフだが、お人好しである。仲間の2人も、ウォッチタワーも、洗練された落ち着きのようなものを感じる。貴様の国ではみなそうなのか?」
俺は我が祖国を思い浮かべながら、
「人による。車で移動している時に車間距離が近いからと殴り合いする奴もいる。よその国の砂漠に森を作る活動のために命を落としてしまった聖人もいる。いるのかいないのかわからない奴もいる……これは俺のことだが。何にせよ箱入り娘のようにぼんやりしてると言われれば、そうかもな」
そう言った。
「森か……」
ホッグスは呟き、
「失踪したエルフ殿を捜索する必要があるな」
「なぜだ。放っておこう。頼むから」
「エルフ殿が言っていたろう、ジェミナイトを掘削すると水が汚染されると。この問題のある限り妖精の攻撃はやまんような気がする」
腕組みをしてこちらを振り向いた。
「インティアイス殿も、ガスンバのオークは双子山を信仰して守り続けていると話していた……」
夜の闇でもらんらんと光るホッグスの視線。
真剣そのものの表情は、1部隊を任される軍人のそれだった。
ホッグスの目標は双子山。
狙いは山に眠るジェミナイト鉱石であり、そのため山を帝国の支配下に治めなければならない。
だがおそらく山を実効支配しているのはオーク。
スピットファイア率いる妖精たちも、ジェミナイトを掘り出させたくないようだ。
オークのグレイクラウドが俺たちに提案したのは、戦士長ウォッチタワーの返還。そうすればウォッチタワーがスピットファイアを説得できると。
だが説得するというのは、帝国軍への攻撃をやめさせるという話であり……双子山への進軍を邪魔しないようにさせるという話ではない。
地面を見つめるホッグスの瞳は険しい。
それはこれからのジェミナイト発掘を、ガスンバの者たちが許可しないだろうと予測がついているからだ。
「少佐。部外者の俺が言うのもなんだが」
「黙っていても貴様の言いそうなことはわかっとる」
「撤退しよう」
「それはできん」
「俺は平和主義の国の出身なんだがな、かなり不吉な気配がするぞ」
「何としてもジェミナイトを押さえなければならん。通信具を増産するのだ」
「何のために……」
「魔族との戦争が近い」
再び木に背中をもたれさせたホッグス。
「魔族……?」
「カシアノーラ最南端の海峡に巣食う者どもである。帝国は奴らと大戦になると予測している。そのため軍備を増強する必要があって……今回私が賜った任務もその一環なのである」
ずいぶん大きな話だと俺は思った。
頭の中にこの異世界の地図を広げてみた。
このガスンバは、カシアノーラ大陸の内陸、やや北側にあったと記憶している。
オルタネティカ帝国が地図のどのあたりにあったかは確認していないが、ガスンバと大陸南端の海岸線までは、おそらく緯度で言えばモンゴルとインドぐらいの距離があったはず。
「まったくエレオノーラ・ツェモイめ……こんな大事な時に男漁りなどして遊びおって。しかもそのせいで話がこじれたのである。これだから貴族のお嬢様というのは……!」
ホッグスは俺から酒瓶を引ったくって、ひとくち煽った。
「……部下には内緒であるぞ」
そしてまた木にもたれかかりうつむいた。俺のボーナスを抱えたまま。
そうしてため息をついた。
「………………貴様は私が嫌いであろうな」
聞き流しかけた。独り言だと思ったからだ。
だがホッグスは顔を上げ俺を見ていた。
「なぜだ? ボーナスを酒瓶1本しか渡されないから俺が怒ってると?」
ホッグスは胸元の酒瓶に、今初めて気づいたように目をやると、それを俺に返した。そして腕組みしてまたうつむく。
「国ではみんなが獣人を嫌っている。私は嫌われないようになりたかった。だから学問に励み、地位にもついた」
俺は酒瓶に口をつけようとした。だがマナーを思い出したので、瓶のふちをコートの裾で拭こうとし……
「だがやはりここでもみんなが私を嫌っている」
……やめた。そのまま口をつける。拭いたところを見られることがマナー違反かも知れなかった。ひとくち煽ってから言った。
「どうして気にするんだろう、そんなこと」
「部下ですら、私が獣人であると知ればそっぽを向くであろうな。オルタネティカはそういうところである。だからこそ私はこの任務、成功させたいのだ。いつか、もっと上の地位についた時、私の出自を明かせば、帝国民も私たち獣人を認めるかも……」
酒瓶を渡そうとすると、彼女は今度こそ断った。
「……と思っていたのであるがな。結局私は嫌な奴である。みんな私をヒューマンと思っているが、嫌な奴だということには変わりない。姿を変えようが、私は結局帝国民が考えるような、強欲で自分勝手な、ありふれた獣じ……」
「ありふれたヒューマンだな。珍しくもない」
ホッグスが顔を上げた。
俺はもうひとくち煽る。
「俺の世界にこんな言葉がある。世界中を旅してわかったことは、どこの国にもアホがいるということだ。……君はどこにでもいる人間さ。誰も特別なんかじゃない」
ホッグスにじっと見られている。俺は月を見上げた。
ややあって、彼女は言った。
「つまり私がアホだと言いたいのか」
「そういうわけじゃない、嫌な奴は特定の者に当てはまる話じゃないってだけで……」
「ふふ、冗談である」
月光の下、少佐は微笑んだ。
彼女がそういう風に笑うのは初めて見たかも知れない。
「……ありがとう、ロス」
「何がだろう」
「……いや。昼間の件である」
ウォッチタワーの救出に協力したことだろうか? たしかに帝国軍だけでは、ツェモイと騎士団の暴走でややこしいことになっていたかも知れないな。ロス・アラモスのあまりにスマートな介入によって被害が抑えられたことに関する礼だろうか。
ホッグスは月を見上げていて、その表情は見えなかった。
キャンプの方から草を踏む足音が聞こえてきた。
そちらを振り返ると、兵士が1人歩いてくる。俺たちのそばまでやってくると立ち止まって敬礼した。
「お話中失礼します、少佐。今、よろしいでしょうか?」
「む、何であるか?」
「インティアイス顧問を見ませんでしたか?」
「インティアイス殿……?」
「は。念のために人数確認を行なっていたのですが、顧問の姿が見えないもので……」
「む? 先ほどその辺をチョロチョロしていたと思うが……」
ホッグスが指差した先は、ウォッチタワーのものを含むテント群のあたり。
「キャンプを出たとは思えないのですが……」
「むむ……待て。まさか館ではあるまいな」
呟いたホッグス。
たしかに思い返してみれば、アップルはやたらと魔女の館に近づきたがっていたが……。
ホッグスが俺の顔を見た。つられたのか、兵士もそれに倣った。2人そろって無言でこちらを見ている。
俺は言った。
「……探してくる」




