第十二話 騎士団長殺し ※
「ちょっと待ったぁ!」
背後から声があがった男の声に、俺は振り返った。
入り口に若い男がいた。
近世ヨーロッパの儀礼用軍服のようなものを着た、気取った若造だった。
青い布地に、装飾なのか勲章なのか金色の飾りをジャラジャラとジャラつかせ、腰には柄に宝石のはまったサーベル。黒の膝までのロングブーツ。ズボンは中世ヨーロッパの貴族が履くような、白い股引みたいなピッタリとした股引だった。
ひねくれ曲がった金髪はおそらく奴の性根を表しているのだろう。口元には陰険そうな笑みを浮かべていた。
とにかくそういう感じの男が、レッドカーペットの上をチャラチャラとチャラついた足取りで歩き、こちらへ近づいてくる。
そして王の前まで進み出るとうやうやしく礼をして、言った。
「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じあげます。王宮騎士団長ドルカス・ポアランが長子、チャール=アン・ポアランでございます」
その隣でカイゼル髭が、「これ息子よ、許可も得ずに王の間に闖入するなど無礼ではないか」と、チャール=アンと名乗った若者をたしなめた。
つまりカイゼル髭が、騎士団長ドルカスということだろう。
ドルカスの言う通り、チャール=アンの行動はあまりに礼を失していると言わざるを得なかった。
王が来客……いや、ロス・アラモスの存在はもはや国賓と言っても過言ではない、そういう人物と謁見している最中に、いきなりのちょっと待ったコールなのだ。
だが肝心のドルカスは笑っていた。母親のパンティを頭に被った幼児を目撃した父親がするような、はははこやつめといった表情だ。
それにくらべて王の表情は対称的だった。
そのパンティはあなたのお母さんのではなく私の妻のものですよとでも言いたげな、しかしそれでいて言い出せずにいる通行人みたいな顔だった。
「でもパパ。僕だって黙ってはいられなかったんだよ。だって僕の愛しのセシリア姫様が、こんなわけのわからない」俺の方を指差して「冒険者風情にまるで娼婦のように身売りさせられようとしているのを、目の当たりにしてしまってはね」
「チャール=アン殿、非礼はおやめなさい!」大臣が言った。「ロス殿はただの冒険者ではない! エンシェントドラゴンを討伐する力を持った、Sランク冒険者なのですぞ!」
チャール=アンは大臣と俺とを交互に見て、鼻で笑った。そして俺の方へ近づいてきて、
「この男が? ふうん? その日暮らしの冒険者風情が、エンシェントドラゴンをねえ。いんじゃない、それは? やればいいよ。だけどね大臣。僕が言いたいのは、この僕の婚約者であるセシリア様をどうしてこんな、冒険者なんかにくれてやろうとしているのかということなのですよ、アーハン?」
セシリアと呼ばれた少女は顔をうつむけ青ざめていた。
銀の長い髪を後ろでまとめ、ティアラをつけて、銀色で胸元の開いたキャバクラ嬢みたいなドレスを着たこの少女が、姫だという。
つまりチャール=アンの演説を困った顔で眺めている王の娘なのだ。
再び大臣が言った。
「チャール=アン殿。セシリア様が貴殿の婚約者だなどと誰が決めたのか? 姫様の夫となる者は、まだ決まっておらぬはず」
「誰がって? もちろん僕さ!」チャール=アンは両手を広げて大臣に振り返る。
「僭越な!」
ずっと立っているせいか踵が痛くなってきたと感じていた時、後ろからパシャールが囁いてきた。
「……あのチャール=アンって男、騎士団長の息子だからって、最近大きな顔をするようになってきたんだ。タイバーンでは騎士団は強い政治的影響力を持つ。団長のドルカスが息子の振る舞いを咎めないものだから、ますます増長してるって噂は聞いていたが……間近で見ると」
「ショッキングか?」
「ああ、タイバーン国民としてはな」
俺は入り口を振り返って歩き出した。
「お、おいロス、どこへ行く……」
「ロス殿……?」
パシャールと王が呼び止めようとしている。だが俺は、
「トカゲを殺せば、娘をくれるってわけか。逆に言えば娘が欲しい奴はトカゲを殺す必要がある。そこのスキニーパンツを履いたお坊ちゃんがそれをやってくれると言ってるんだ、なら俺は必要ないだろう」
そう言って入り口へ向かった。
俺はタイバーンの政府に対して、気が狂っているという評価をくだし始めていた。
仮にもだ。自分の娘をだ。しかもそれは、王の娘、つまり姫をだ。
初対面の、平民の、氏素性もわからない、しかも名前が偽名の、冒険者にくれてやると言うのだ。
王はこのロス・アラモスが何者か知っているのか?
高卒の期間工だぞ。
俺はどうしてここへ来てしまったのだろう。
交通事故にあって、異世界へやってきて、自分でも自覚のない能力で他人に持ち上げられて、巨大な野生動物と戦わされ、さして親しくもない女を押し付けられる。
この物語に俺はどこにもいなかった。
盛り上がっているのは周囲であって、俺ではない。
今この場においてもたくさんの人々に囲まれていたが、俺は荒野に立ってサボテンと会話しているような気分だった。
人形劇だ。
まるで自分の両親と話しているようだった。
俺と話してはいても、俺と話してはいない。
ただ現実離れした期待だけがそこにあって……。
大臣が走ってきて俺の行く先を遮った。決死とも言える形相だった。
「お待ちくださいロス殿。今あなたに行かれてはこのタイバーンは終わりです。エンシェントドラゴンを倒すにはあなたのお力が必要なのです。エンシェントドラゴンの障壁を打ち破る能力を持つのは、Sランク冒険者のみ!」
しかしチャール=アンの高笑いが響いた。
「これは愉快! タイバーン国大臣ともあろう者が、薄汚れた冒険者にすがるとは。これだから文官というものは軟弱なんだよセニョール。エンシェントドラゴンごとき、パパの騎士団の力があればしりぞけられるさハハーン!」
「だまらっしゃい!」大臣は言った。「貴殿はエンシェントドラゴンの力を知らぬのだ! 陛下、この者の言葉に耳をお貸しになられぬように」
王は困った顔をしていた。
ドルカスが言った。
「……畏れながら。私も、冒険者の力など必要ないかと思います。それとも陛下は、我らタイバーン騎士団がこんな素性の知れぬ若造より頼りにならぬとおおせられるか」
「いや、何もそのようなことは」
「ん? どうなんだ? ん? ん?」
「いや、あの……」
詰め寄るドルカス。歯切れの悪い王。本当に逆らえないらしい。
これ以上は付き合いきれない気がした。大臣を放り投げて出て行こうと思った時。
パシャールが言った。
「ではこうしましょう。騎士団長とロスが決闘をして、勝った方がエンシェントドラゴンとのタイトルマッチの権利を得る。これでいきましょう」
「パシャール」俺は言った。「それで俺に何の得があるんだ。討伐なんて誰がやったっていいだろう」
「何をバカな!」ドルカスが言った。「なぜ栄光ある騎士団長の私が、冒険者風情と決闘など!」
いきり立つドルカスに、パシャールは咳払いをして話しはじめた。
「正直に言いますがね。俺としては、あんたら騎士団にエンシェントドラゴンが討ち取れるとは思えねえんですよ。今まで各国の軍が、アレには煮え湯を飲まされてきた。それでもどうしてもその大役引き受けたいとおっしゃるなら、その実力を陛下の前で証明する必要があるんじゃねえかと、俺は思いますがね」
「何を!」
「いやその通りだやれおまえドルカスビビってんのかおまえこら!」
大臣も囃し立てる。
「ふぅ〜む、ということはセニョール」チャール=アンが言った。「その決闘に打ち勝ち、みごとエンシェントドラゴンを討伐できた者が、セシリア様と結婚できるとこういうわけかな?」
チャール=アンはパシャールに対してそう言いながら、顔は王の方を向いていた。
かわいそうな王は少し逡巡の色を見せていたが、やがて頷いた。
それを見届けると、やにわにチャール=アンはサーベルを抜き払った。そしてレッドカーペットの真ん中に進み出る。
俺の背後。
片手剣の切っ先を床に着け一礼し、奴は言う。
「受けて……いただけますか? Sランク冒険者殿」
嫌味な声だった。
自分が負けるだなどとこれっぱかしも思っていないのだ。
その向こうにセシリア姫が見える。不安げな顔で俺を見ていた。瞳も潤んでいる。
パシャールが尋ねてきた。
「ロス。あんた剣術の心得は?」
「剣道を少々」
中学の体育の授業でやったきりだ。
立ち去るべきだった。
どうしろと言うのだろう?
だがその時、ちょうど、だ。
俺の頭に『情報』が閃いた。
《剣聖のスキルが解放されました》
それがために俺は、出入り口を向いていたつま先をチャール=アンに向ける気になった。
俺は村正を抜刀した。
それを大上段に取る。
取ってどうしたいのかは自分でもわからない。
「冒険者よ。この僕がセシリア様の豊満な肢体を思う存分ズッコンバッコンできる権利のために死んでくれたまえよ」
「ぐふふ息子よ、たまにはワシにも貸してくれよ」
「もちろんだよパパ」
俺の焦点はチャール=アンを見ていない。
敵ではなくその向こうの景色を見る。
遠山の目付けと呼ばれる技法だ。
相手や剣に注視すれば、その動きに惑わされる。
だから見ない。見るのをやめる。
そういう技法だ。
漫画で読んだから知っている。
チャール=アンの向こうにはセシリアが、祈るように両手を組んでいるのが見えた。ドレスのせいか体のラインがくっきりと見え、安産型の尻が強調されていた。
その隣では国王が、相変わらず無力な通行人みたいな顔をしていた。
狂っていると思った。
きっとこれが中世なのだ。
姫であろうと闘犬の景品にすぎないのだ。
「きえーい!」
怪鳥のごとき叫びとともにチャール=アンが突きを放ってきた。俺の素人丸出しの、ガラ空きの胴にだ。フェンシング。そう思った。
《剣聖のスキルが発動しました》
結論から言おう。チャール=アンが地べたに這っていた。ピクリとも動かず失禁していた。
「おのれ、よくも我が息子を!」
ドルカスが大剣を抜き払い挑みかかってきた。
《剣聖のスキルが発動しました》
結論から言おう。ドルカスが地べたに這っていた。ピクリとも動かず失禁していた。
王の間に、やや遅れてどよめきが起こる。
「さ、さすがはロス・アラモスだ……とてもじゃねえが俺には真似できねえワザマエ! まるで剣筋が見えなかった……!」
「だろうな。俺にも見えなかった」
『剣聖は、剣術の最上級スキルだよ! 電光石火の迅技で憎い相手を刺身に変えろ! 峰打ち御免のスキルと併用すれば、峰打によって相手に生き恥を与えることもできるぞ! セーバイ!』
峰打ちだから死んではいないだろう。峰打ちかどうかも自信はないが。とにかく何だかよくわからないうちに試合が終わっていたのだ。
あとは簡単だった。ただ起こるであろうと想像しうることが起こった。
王からの賞賛。大臣からの謝辞。姫からの熱視線。
大臣はドルカスが最近調子に乗ってたからどうの、姫のことをスケベな目つきで見ていたのが云々と言っていた。王は是非騎士団長となってこの国を守ってくれ、姫の夫として迎えよう、この国の半分をやる、いやもう何だったら全部やる、王になってくれとかそういうことを話していた。
俺はそのどれにも答えることもせず、ただ舌打ちをして王の間を出た。




