第126話 転生者6+1
「あいつ……スピットファイアは転生者じゃねえかと思うんだ」
ウォッチタワーは、地面に視線を落としながらそう言った。
パンジャンドラムとハルは、互いの顔を見合ったり、俺の方へ目を向けたりしていた。
「あいつとおれは友達っちゃあ友達なんだ。よく話をした。おれが捕まってた場所へ食物運んできてくれた時も、よく話し相手になってくれたよ。外に出してはくれなかったけどな。それで……なんつーのかな……たまに、どう考えてもおれたちの世界のことっぽいこと言ってたんだよな……」
俺は尋ねた。
「具体的には……?」
「そうだな……よく環境問題について喋ってた。このままじゃ世界は暑くなって、みんな住めなくなっちまうとか、目先のことしか考えない資本家がいけないんだとか……CO2がどうのとかも言ってた。このガスンバを、そんな風にしちゃいけないんだとも」
地球温暖化のことだろうか?
たしかに異世界のことを話していたとは考えづらい。
俺がこの異世界にきてから早くも2つの国に滞在したが、大量のCO2を排出するような機械類にはお目にかからなかった。
ホッグス少佐の国は帝国だという。帝国と称するからにはかなり広大な領土を持つ大国なのだろう。
それでもホッグスたちは、徒歩だった。
帝国兵が持つ銃は火薬ですらなく、発火は魔法。魔力を供給するらしい合成魔獣は手押車によって運ばれていた。
俺が訪れたタイバーンとサッカレーの2国。どちらも首都とおぼしき場所へ出向いたが、日本の地方都市ほども人口がいないように見受けられた。人間の口から出るCO2の心配すらない。
だいたいスピットファイアはCO2と元素記号をはっきり口にしているようだ。
「あの、えっとさ」パンジャンドラムが尋ねた。「その……はっきり本人に聞いたことはないの?」
「まあ、あるよ」
ウォッチタワーはうなずいた。
「向こうは何て?」
「森は宝だ。水は命なんだ。おのれヒューマンめ。愚劣な輩。生かしておく価値もない。奴はそう言ったよ」
「ど、どゆこと?」
「……たまに受け答えにならない時が……いやたまにっつーかいつもだな……」
「はっきり答えなかったってこと?」
ウォッチタワーはやはりうなずいた。
「イカれてんだよ。いい奴なんだけどな」
パンジャンドラムは腕組みした。
「ロス君、どう思う?」
「俺も、あの妖精は転生者じゃないかと思っていた」
「マジ?」
「君が花火みたいに飛んでいったあとのことだ。奴はホッグス少佐を見て、ナチのコスプレ野郎と言った。40年代の亡霊だとも」
「ああ……たしかに帝国兵の人たち、ナチスドイツの将校みたいな服装だね。もともとイギリスだったかイタリアだったかの軍服を真似してビジュアル全振りにしたのがナチスの軍服って聞いたことあるから、偶然カブっただけかなって気にしてなかったけど……」
「見た瞬間ナチという単語が出てくるぐらいだ。転生者と考えなければ逆に辻褄が合わない」
パンジャンドラムは唸った。ウォッチタワーは地面を見たまま考えごとをしているようだ。
ハルが言った。
「あっその……多すぎ……ません?」
その場にいるほぼ全員が、ハルを振り返る。ラリアに動きがなかったが、見てみると大口を開けて寝ていた。
「あっ俺、サッカレーで聞いたことあるんです。転生者って、何百年に1人ってゆう存在だって。でも、ここにいるだけで4人……」
俺は言った。
「俺がタイバーンで聞いたところによれば、何千万人に1人だそうだったが……」
そうして俺がパンジャンドラムを振り返ると、
「……オレ、ここにいる以外にも2人転生者を知ってる……」
彼はそう言った。
俺と出会う前に見知った、マジノとペリノアド国の大統領のことだろう。
全部で6人。
何千万人に1人ならあり得るかも知れない。だがハルの言によれば、何百年に1人。
「パンジャンドラム。君が以前出会ったというマジノと、それから大統領という人物だが、年齢はどのくらいに見えた?」
「年齢。年齢は……えと……若く見えたね。どっちもヒューマンで、ロス君か、ハルぐらい」
「何百年に1人の傑物が、ほぼ同じ時期に6人。スピットファイアも転生者と仮定すれば7人だ」
全員が押し黙った。
やはりハルの言うとおりだ。多すぎる。
この異世界には、俺たちのような日本人からは理解不能な魔法だとか、そういったメルヘンチックな力を持つ者が当たり前のように存在している。
しかしその中でも俺たち転生者は、超常的な、もはや異常とすら言える突出した力を持っている。
俺が出会ってきた異世界の人々は、転生者なる存在を明確に特別な存在と認識していた。突出しすぎた、あり得ない存在だと。
転生者だけが持つらしい固有スキルもそうだ。
無限に軍勢を生み出すパンジャンドラム。ほとんど何の前触れもなく空間を瞬間移動するハル。物理法則を捻じ曲げるらしいウォッチタワー。
俺自身、歩く電子レンジ。
もはや兵器だ。コストは食費だけ。
こんな人間が巷をウロウロしていることは、果たして正常なことなのだろうか? 悪事を働こうと思えばいくらでもできそうな気がする。
現にパンジャンドラムは追い剥ぎのようなことをやっていたし、ハルに至っては国を奪っていた。パンジャンドラムが出会ったペリノアドの大統領も革命を起こしたらしい。
俺は偶然親切な人たちに面倒を見てもらったおかげで犯罪に手を染めずに済んだだけであり、ウォッチタワーもオーク部族の中で受け入れられていて、不満はないように見える。
だがもしも何かの掛け違えがあったとして、転生者がどうしようもないほどの悪党に育ってしまったとしたら……誰がどう責任を取るのか?
「あ、あのよ、ロッさん」
ふいにウォッチタワーが口を開いた。
「何だろう?」
「おれぁよくわかんねーんだけどよ、その……なんかマズイのか? 前世の記憶を持った転生者がいっぱいいたからって……ただこの世界に生まれたってだけじゃねーのか?」
ウォッチタワーは困惑顔で俺を見ていた。
たしかにそのとおりだ。ただここにいるだけならばそうだろう。
俺は言った。
「1つだけはっきりとマズイ問題がある。君はあのツェモイとトラブルになった理由をわかっているだろうか?」
「あいつが戦争犯罪者だからじゃねーのか?」
「元からそういう部分もあったのかも知れない。彼女も少し鬱屈が溜まっていた部分もあるようだし……。だが理由はおそらく、あのヌルチートだ」
「ぐ、あのヤモリ……」
「あれは、どうやら俺たちのような転生者を捕まえるためだけに造られた召喚獣のようだ。俺と、それからハルは、転生者を捕まえるためにヌルチートを造った女たちに襲われたんだ」
「……いってぇ、何のために……?」
「……そこがよくわからないところだ」
「ええ?」
「俺が出会った女たちは、俺と結婚したがっていた。理由をはっきり聞く前に逃げ出すことになったが、何人かは俺と一緒になることが玉の輿に乗るようなものと考えていた節があった」
「じゃあ、ハルさんは?」
「そこだよ。彼には4人の妻がいたんだが……」
「え、よに、なんて⁉︎」
「聞いてくれ。その4人のうち2人は、自然な恋心を彼に抱いていた。残りの2人ははっきりしないが、そのはっきりしない内の1人であるアリスという女が、召喚獣の研究家だった」
ここでハルをちらりと見てみたが、彼はうつむいていた。
「アリスは、転生者を捕まえることができるヌルチートの製造法を入手した。そして4体造り、4人で所持した」
俺はサッカレー王国でハルに起こった出来事をかいつまんで話した。ウォッチタワーはぐぐぐと唸りながらそれを聞いていた。
そして俺はハルに尋ねた。
「君の妻たちは強欲な奴らだったが……昔からそうだったのか?」
「あっ……まあちょっとワガママなところはありましたけど……人間誰しもそんなもんかなと思ったぐらいで……」
「ウォッチタワー、そういうことなんだ。アリスによれば、ヌルチートには人間の理性を失わせる力があるらしい。そして……」
「そして?」
「アリスたちは、ヌルチートを所持する以前は転生者に興味がなかった」
これはサッカレーで、ブリジットという貴族令嬢に直接聞いたことでもあると、俺はウォッチタワーに話した。
アリスの日記でも、製造前のアリスはハルという男を独占することを考えていても、転生者そのものに執着は持っていなかったように読める記述があったことも。
「ハル。君の妻にディアナという少女がいたな」
「えっ? はい……」
「彼女はどんな子だったんだ? 君とどんな接点があって、ああいう関係になったんだろう」
「あっ……その……俺もよくわかんないです……」
「……」
「たしか……ブリジットが俺を王様にするって言い出して、アリスがイイネ! って言い始めて……。チュンヤンは、やるのが良いか悪いかは別として準備が足りないアルって言ってて……けど結局、チュンヤンと護衛のディアナもついてくることになって……それで、王になったあとでした。ディアナもなんか急に馴れ馴れしくなってきて、ベッドに入ってきたりして……」
俺はウォッチタワーに向き直る。
「ウォッチタワー。マズイ問題とはそれだ。どうもヌルチートを所持した女性は、相手が転生者とわかると問答無用で襲いかかってくる。俺をタイバーンという国で襲った少女たちも、俺とは初対面だった。そして……女をそんな風に変えてしまうヌルチートの製造法を配っている女がいるらしいんだ」
「だ、誰だい」
「魔女だ」
ウォッチタワーは眉をひそめた。そして背後の、テントの壁を振り返る。
方向的に、そちらが魔女の館なのだ。
「まさか……魔女は大昔の人間だと部族の言い伝えにあるぜ」
「もちろん同一人物かはわからない。アリスもはっきりと三賢者の魔女だとは認識していなかった。だがアリスが所持していた製造法の石板に書かれた文字……これだ」
俺はコートのポケットからヌルチートの石板を取り出してウォッチタワーに見せながら、
「ツェモイはこの文字が読めた。魔女文字だそうだ。ツェモイは魔女の遺物を探す任務でガスンバにやってきた」
「な……え……」
「ロ、ロス君、文字ってマジ? それ……」
「この石板にヌルチートの製造法が書かれている。ツェモイははっきりと、この文字が魔女の時代に書かれた文字だと言った。であれば、アリスが会ったという魔女と、あの館の枕詞である魔女は、何か関連性があると考えていいと思う。パンジャンドラム、ハル。騎士団が所持していたヌルチートは、あの館から湧いて出たそうだ」
パンジャンドラムとハルは押し黙った。
俺はさらに言った。
「ウォッチタワー。それにハル。君たちに訊きたいことがある」
「な、何だい」
「何ですか?」
「君たちは女神を見たか? 君たちが、前世で死んだ瞬間だ。その瞬間、どうだったか教えて欲しい」
尋ねた2人は顔を見合わせる。ウォッチタワーから、
「どうって……たしか、火事の中から子供を助けて……病院に担ぎ込まれたんだ、おれは。それで……目の前が真っ白になって……そのあと、視界がはっきりしなかったが、もうオークたちに囲まれてたな」
「あっ、俺も目の前が白い光になって、その次にはサッカレーの両親の家にいました……」
「ロッさん、女神ってのは何なんだい?」
俺は答えなかった。
ただ、膝に座っているラリアの髪を指でくるくる捻りながら黙った。
みんなが俺を見ていた。何と言おうか考えたが……こう言うことにした。
「ウォッチタワー。やはりスピットファイアと話してくれるだろうか? 攻撃をやめてもらうというだけじゃない。俺もあの妖精と話してみたいんだ」
「……転生者だからか?」
「あくまでも推測だがな。君の足の件だが、ツェモイが解呪に同意した。治療ができるはずだ」
そしてウォッチタワーを見守った。
今度は彼が黙りこくっていた。時折、後ろを振り返るようにしていた。魔女の館がある方向。
やがて彼は言った。
「……そのことなんだけどよ。少し待ってくんねーか」
地面を睨むウォッチタワー。彼は続けた。
「簡単に決めきれねー状況になってるんだ、おれだけの一存じゃ…………双子山のことだから……」




