第125話 オークの青春
ウォッチタワーの話は、先ほどツェモイから聞いたのと同じ、魔女の館での諍いの記憶だった。
ツェモイの供述と食い違う点はほとんどなく、そして戦闘に敗北し捕虜となったあとのことは、かなり割愛されていた。
ただそこから、妖精王スピットファイアの襲来と騎士団の撤退、その後からの話が加わった。
ツェモイの話と少しだけ違う点は、ウォッチタワーはどうしてあの場にスピットファイアが現れたのか知らなかった点だ。
実際のところ、オーク仲間がスピットファイアを探しにいってくれたためだが、当時のウォッチタワー自身は、あの妖精王が唐突かつ気まぐれに飛び込んできたと思っていたらしい。
俺がツェモイから聞いた、スピットファイアは明確にウォッチタワーを救いに来たのだという話をすると、
「……そうだったんか……あいつ、なんか話が通じにくいからなあ……」
とうなずいた。
「奴が騎士団を追い払った後なあ。おれも外に出ようとしたんだよ。そしたらあいつ、外の世界は危険がいっぱいだ、ここに隠れて平和に暮らすんだとか言い始めてよ。おれも仲間のところへ帰らなきゃって言ったんだが、外は怖いところだの一点張りで……結局鎖も解いてくれなくてよ……」
ウォッチタワーは、妖精王が意地悪からではなく親切心からそうしていたと話した。
俺にはかなりはた迷惑なように思えたし、ウォッチタワーもかなり困っていたそうだが、本人はあくまで親切のつもりなのだと。
それから囚われのウォッチタワーは、時折やってくるスピットファイアに食べ物をもらいながら、約2ヶ月の時を過ごすことになった。
「おれもしまいにゃキレちまってよ。あいつにゃかなり怒鳴り散らしたんだが、全然聞いてなくてよ。世界には汚れた心の大人たちがいる、染まることはいけないことだーってさ。おれ以外にも捕虜が2人いたんだが、そいつらがどうなったのかも教えてくれねえし……」
2人の捕虜とは、俺たちが騎士団を倒したあとに、アップルと共に館から出てきた2人のオークのことだ。
ツェモイは約2ヶ月ほど前、ウォッチタワーと共に捕らえたその2人に逃げられ、その後スピットファイアの襲撃を受けている。であれば2人はその際に逃げられたはずだが……。
「あいつらから話聞いたんだけどよ。あん時ツェモイたちから逃げて、地下室へ入り込んだんだと。そこになんか扉があって、その中に隠れようかと思ったらしいが、変な結界が張ってあって入れなかった。
「ただその時ちょうどスピットファイアが来たんだろうな、上が騒がしくなった。ふと気づいたら、変な結界が解けてた。で、扉ん中に入ったそうだが、そこは長い通路だったらしい。
「しばらくそこに身を隠してたんだが、上の騒ぎが収まったみてえだから、通路を出ようとしたんだよ。そしたら、何回扉を出ようとしても、扉の通路側に出ちまう。
「あいつらは、また結界が張られて出らんなくなったってわかった。仕方がないので通路を進んだら、洞窟みてえな場所に出たそうだ」
そうこうしているうちに2ヶ月ほどが経過したという。
オーク2人は結局オーク仲間の助けを待つ以外にできることがなかったようだったと、ウォッチタワーは話した。
俺は言った。
「魔女の館の周囲に結界が張ってあった。グレイクラウドの話によるとスピットファイアが仕掛けた結界だったそうだ。君の仲間の話から考えれば、2度目に扉にかかった結界は、館の結界と同じ種類のようだが……」
「ああ、スピットファイアがそんなこと言ってた。結界張ったから誰も近づけねえ、もう安全だって。まったく、それが扉にもかかってたんだな、危うく仲間も飢え死にするところだったぜ!」
「仲間はどうやってしのいだんだろう?」
「あんま詳しくは聞いてねえが、洞窟にキノコが生えてたみてえだよ。スピットファイア、おれにもってくるメシも野菜ばっかりでよ。肉は消化に悪いとかなんとか言って……」
ここでパンジャンドラムが口を開いた。
「ねえ。あのスピットファイアって奴、何者なの? オレも会ったことあるけど、えらいブッ飛んでる奴だったけど。それがあんたと仲いいんだっけ?」
ウォッチタワーはしばし唸っていたが、やがてうなずき、話し始めた。
「言っちまえば……よくわかんねえんだけどな、おれも」
それは彼の、ある種の身の上話を交えて話された。
ウォッチタワーはある日ガスンバのオーク部族の子として生まれた。
ウォッチタワーは、ガスンバの部族からは、よく泣く子だと思われていた。
というのも、火に巻かれて死んだとばかり思っていた彼(観音寺塔義)は、いきなり異世界の巨漢たちに囲まれていることを知って、パニックになっていた。それが原因だった。
正確に言うと泣いていたのではなく、誰かに状況を説明して欲しくてわめいていたと言った方がよかったそうだが。
しかし当時は脳の言語野が未発達だったのか、オークの言葉がわからなかったため意思の疎通ができず、いたずらに騒ぐやかましい子だと思われていたのだそうな。
観音寺塔義ことウォッチタワーはどうしようもなかったので、やがて黙って観察することを覚えた。
次第にオークの、異世界の言葉がわかるようになり、ここが自分の知っている世界ではないことを理解した。
ちなみにウォッチタワーは時々ガスンバに迷い込む人間を見るまでは、ここが地獄で、オークは鬼なんだと思っていた。ウォッチタワーはファンタジー物語にあまり詳しくなく、オークという代物をよく知らなかったそうだ。
長い年月はウォッチタワーの体を大人にすると同時に、彼にある種の諦観を与えた。
どうしようもないのだから、とりあえず成り行きに任せるべきだと。
「まあそんなこんなでよ。やたら気の荒いオークたちと生活してたわけだけどよ。なんか、妙におれだけ強いんだよな」
オークは武勇を好む。
喧嘩っ早いところもあるし、そうあることが誉れとされた。
だからウォッチタワーも子供の頃から他のオークとよく喧嘩をしたが、1度も負けたことはなかった。
「最初は、おれが格闘技をやってたから、その記憶があるからじゃねえかとは思ったんだよ。けど、オークって猪とか、もっとでけえ魔獣とかでも素手で捻り殺すしよ。小手先の技でどうにかなってるわけじゃねえような気がしてさ」
ある時彼は、部族の祈祷師のもとへ呼ばれた。
祈祷師は言った。
おまえは特別な存在である。
おまえは今後、誰にも負けることはないだろう。
それがいいことか悪いことかはわからない。
ただおまえはいつかそれがために、この部族から旅立つことになるだろう。
それまではガスンバの部族の一員として、驕らず励むようにと。
何のことかは彼にはわからなかったが、いずれにせよウォッチタワーはその力と、オークたちにとって不可思議で効率的な格闘技術の知識を買われ、部族の戦士長という地位についた。
そうやって彼はガスンバの大森林の中で、狩りと、仲間へのMMAの指導、そして時々やってくる縄張り荒らしのよその種族(昔は狼男族とかいうのがよく来ていたらしいが、ウォッチタワーが蹴散らしたそうだ)との戦いの日々を送っていた。
そういう生活の中で、彼はガスンバにいる妖精の話を聞くことになる。
妖精たちは大森林のいたるところにいる、森の生命エネルギーが形を持った存在なのだという。
オークと妖精たちは、ウォッチタワーが生まれる前から互いに大森林で共存してきたのだそうだ。
ところで、ガスンバのオーク部族の主な活動内容は双子山の周辺をパトロールすることだとウォッチタワーは言う。
掟によってそうなっていると。
狼男族を退けて以来、ガスンバはずっと平和だった。
ゲームセンターもキャバクラも漫画喫茶もない森の生活は悪くはなかったが、ウォッチタワーも退屈を持て余していたことは否めなかった。
何か、新しい刺激でもないかと考えながら森を歩いていた時。
双子山と魔女の館のあたりを飛び回る、ひときわ大きな妖精がいることに気づいたそうだ。
長老に尋ねると、妖精王だという。
いつの頃からいるのかわからないが、そういうことだそうだ。
双子山周辺をパトロールしている時によく見かけるものだから、ウォッチタワーは時々手を振ってみたりしていた。
するとある時空中から降りてきて、話をするようになったという。
ウォッチタワーはそこまで話して、うつむいた。
そして時折首を唸ったりしていた。
俺たちはそれを黙って眺めていたが、やがて彼はこう言った。
「……村の年寄り連中が言うにはよ。オークは双子山を守らなきゃなんねえそうだ。掟により、あの山によそ者を近づかせねえようにする。ずっとそうしてきたって。それで……どうもスピットファイアもそのために、双子山の周りを飛んでるんじゃねえかって、村のモンは話してた……」
ウォッチタワーは顔を足に向けたまま、上目使いに俺を見やった。
双子山に近づくよそ者。
つまり俺たちと、ホッグス率いる帝国軍だ。
たしかにホッグスは、ガスンバに入ってから20日ほどの間、妖精の妨害を受け続けてきたと話していた。
ただの意図不明のいたずら、スピットファイアに関しては極度の煙草嫌いだからだろうとしか俺は考えていなかったが……。
「スピットファイアがそう話したんだろうか? 山に人を寄せつけたくないと?」
ウォッチタワーは首を横に振る。
彼は何か考え込むようなそぶりをしていたが、やがて俺の質問と関係のないことを言った。
「あいつ……転生者じゃねえかと思うんだ、おれは」




