第124話 観音寺塔義
護衛オークが出ていくと、代わりにパンジャンドラムとラリア、そしてハルが入ってきた。
護衛オークが彼らに中へ入るよう言ったのだろう。
ハルが俺の右、パンジャンドラムが左に座った。ラリアは俺の膝に乗ってきた。
夜の森のそこかしこから虫の声が聞こえている。猿らしき生き物の鳴き声も時折聞こえた。
「まずはおにいさん方に言わせてくれ。ありがとう。ほんとに助かったよ」
ウォッチタワーは、自分が座っていたマットを1度横にどかして、地面に座って手をついた。
テントには床にあたるシートがない。土の地面をドーム状の布で覆い、雨風を避けるだけの構造。俺たちも土の上に敷かれたマットの上に座っている。ウォッチタワーは座布団をどけるようにして礼を述べたのだ。
「そうかしこまらなくとも結構だ、こちらも行き掛かりでのこと。マットの上に座ってくれ。困った時はお互い様さ」
「久しぶりに聞くなあ、その言い回し……それじゃお言葉に甘えさせてもらうぜ」
ウォッチタワーは素直にマットを戻そうとした。ただやはり両足が利かないためかヨロけている。ラリアが立っていって、代わりにマットをしいてあげていた。
「お、ありがとよ。しかし……こりゃいったいどういう状況なんだい……? まさか転生者がこんなにいるとは思わなかった」
困惑顔のオークの前で、俺たちは互いに顔を見合わせた。パンジャンドラムもハルも、ただずっと俺を見ていたので、俺から話すことになった。
かいつまんだ話ではあったが、俺はパンジャンドラム、ハル、そして俺自身のことについてウォッチタワーへ伝えた。
パンジャンドラムはゴブリンとして生まれてカシアノーラ大陸へやってきたが、俺と出会う途上でヌルチートの脅威にでくわしたこと。
ハルは王様をやっていたが、ヌルチートの被害者となったこと。
俺はヌルチートのために最初にいた国にいられなくなって、ゴースラントを目指していたところこの状況になっていること。
俺が話し終えると、ウォッチタワーは髭を触りながら唸っていた。
「ぐう……するってえと、おにいさん方もあのヤモリに追われてたってわけかい……」
「そうだ。だから君が幽閉されている様子を見た時、身につまされるものを感じてね」
「だからあんなに慌てて……」
「予感が当たっていたうえに慌てても間に合わなかったがな。彼らがきてくれていなかったら危なかった」
俺はラリアたちを見ながら言った。
「じゃあ、そこのコアラの子も転生者……?」
「ボク違うですよ」
「ラリアはこの世界の人間だ。いつも助けてもらっている」
俺はさらにラリアの能力について話した。今までもその能力で危機を乗り切ったこと。謎の奴隷商人から無料で押し付けられた子であること。
「ぐむ、あの……不正な妨害とやらを妨害する……?」
「そうだ」
「それ以外に対抗する方法は、気合と根性だけってわけかい。おれぁダメだったが……」
ウォッチタワーは髭を触りながらしばらく考え込んでいた。だがやがて両手で支えることであらためるように座り直すと、
「ってこたぁ、命の恩人に対して名乗るのが遅れちまったってこったな。おれはウォッチタワー。本名は観音寺塔義。日本人だ」
俺たち3人の中で1番最初に反応したのはパンジャンドラム。
「オレは御前偉流。オレも日本人だよ。大学生。みんなはオレをパンジャンドラムって呼ぶけど」
パンジャンドラムの前世ネームなど初めて聞いたと思っていた時、パンジャンドラムはハルの方を見た。
見られたハルの方は少し居心地が悪そうに見えた。ウォッチタワーもハルに視線を送っていたが……。
俺は言った。
「観音寺塔義……ひょっとしてあの、プロレスラーの?」
パンジャンドラムとハルは、ウォッチタワーを振り返った。
「プロレスラー⁉︎」
「あっ、聞いたことあるかも……」
「ぐ、知っててくれてたのか。あんま人気なかったんだけどな」
俺たちから視線をそらして笑うウォッチタワー。
「俺はプロレスは観ないが、君はたしか大晦日のMMAの試合に出ていた」
「ぐぐ、あれを観たのか」
「へー、強いの?」
「1ラウンドでKOされていた」
「ぐぐぐ……あ、ありゃ会社の命令で仕方なく……選手が足りなくて試合数が少ねえからって、駆り出されて……試合決まったの1ヶ月だったから準備が、その……」
「え、え、でもさ。そんな人が、何で異世界に……」
俺は言った。
「パンジャンドラム。彼の死はニュースにもなっていたぞ」
パンジャンドラムは目を剥いて振り返った。
「え、マジ⁉︎ 知らない知らない!」
「ぐぐぐぐ、おれの死亡記事あんまり話題にならなかったのか……」
「そんなことはない、大ニュースだった。パンジャンドラム、暁重工研究所の爆発事故だ」
パンジャンドラムは首を捻っていた。ハルもだ。
「アカツキって……何だっけ、ロボットとか造ってる日本の会社の? 爆発?」
「今年のことだったぞ……工場で大爆発があったろう。あまりに大規模な爆発だったため付近の住宅に飛び火して火災が発生したんだ」
「マジ? 大惨事じゃん!」
「たしか、火事になった家に小さな子供が取り残されていて、たまたま近くにいたプロレスラーが救助に飛び込んだと報道にあった。そのプロレスラーが観音寺塔義。火傷が元で死亡したと聞いたよ。ウォッチタワー、君だったのか」
「マジ⁉︎ そ、そんなニュースあったの?」
「何で知らないんだろう、大ニュースだったぞ。彼は連日英雄としてテレビやネットニュースの話題を独占していたのに」
「それいつの話?」
「8月の終わり頃だ」
「じゃ知らないよ……オレ死んだの8月の初めだもん……」
「……すまん」
ハルの方を見れば、やはり彼も首を横に振った。ハルが死んだのはパンジャンドラムよりも前だったっけか。
しかし、あの事件の当事者が目の前にいるだなんて。
観音寺塔義のMMAの試合はテレビで見たことがある。レスリング技術に優れていたのは間違いなかったが、相手もさるもの、寝技に付き合わずすぐに立ち上がるものだから、焦ったようだった彼が単調なタックルにいったところに顔面に膝を合わされたのだったか。
そんな観音寺塔義が、かすれた緑色の肌をした怪人の姿となって俺の前に座り、頭をかいていた。
「ああ、だがよ。そっちのゴブリンのにいさんも、死んじまったってことなんだな……お悔やみ申し上げます」
「今言う、それ?」
「それで、そっちのベニヤい……いや、細身のおにいさんは?」
ウォッチタワーがハルを見ていた。
せっかく話をそらしたのにまた元のところへ戻ってきてしまった。ただ今度はパンジャンドラムが、
「い、いや! そいつはいいじゃん! ね!」
と言ったが……。
「あっその……俺、能登晴人……っていいます……あっ、今はハル・ノートって名前ですけど、ど、ども」
何気ない様子でハルを眺め、うなずいていたウォッチタワー。
はじめはただ世間話をしている時に誰もがするような表情だったが、やがて彼の瞳はだんだんと見開かれていき……そして俺を見た。
無言でだ。口を引き結び、何か言うべきことがあって、何と言うべきか、それともそもそも何かを言うべきなのか迷っているような、そしてそれを俺に判断してもらいたがっている顔だった。
彼も知っていたのだろう。能登晴人の名に聞き覚えがあるのだ。
彼の名が殺人事件の犯人として報道されたから。
俺は言った。
「……彼はたぶん君が想像しているとおりの人物だ。だがその件については終わった話なので触れないでやってくれ」
ウォッチタワーはしばらくハルの顔を眺めていた。
ハルの方では、やはり居心地が悪そうに下を向いていた。
そしてウォッチタワーは言った。
「……ま、要するに、大勢にいじめられてる弱えモンをヤベエところへ飛び込んで助けるのが趣味の人ってわけだな。ありがとう。おまえさんがいなかったら……ここにいてくれてなかったら、ヤベエことになってた。おれも」
ハルはウォッチタワーを見上げた。
「1回でいいわな! 死にそうな目に遭うのなんて! ガッハッハ!」
ウォッチタワーはそう言ってハルの肩をバシバシ叩いた。あまりのパワーだったのかハルは地べたに崩折れてしまったが。
「そう、それで……ロッさんは……?」
向き直って尋ねてきたウォッチタワー。俺は言った。
「ウォッチタワー。君はひょっとして、仲間のオークたちにも自分の正体を話していないんだろうか?」
あっけに取られた顔をしたのは、彼だけではなかった。パンジャンドラムも、起き上がったハルも、膝から俺を振り向いたラリアもだった。
「あ、ああ。よくわかったな」
「帝国の人間じゃなくて、俺たちとだけ話したがる。友だちにも聞かれたくない話をしたがってるみたいだからな」
ウォッチタワーはしばらく俺の顔を眺めていたが……、
「さっきのホッグス少佐とのモメ事について話したい。どうしたんだろう?」
俺がそう言ったので、ウォッチタワーはうなずいた。
「おまえさんたち、ガスンバには詳しいのかい?」
「今日で2日目だ。デカい植物と、小さい妖精とデカい妖精。オークがいて、魔女の館がある。双子山では不思議な石が取れる。知ってることはそれだけだ」
「そうか……じゃ、聞いてくれや。今の状況のことを。帝国とのモメ事のことについてもだけどよ……」




