第123話 確執
ラリアとハルを連れ、傘付きのランプがキノコのように足元を照らす中、ホッグスとウォッチタワーがいるだろうテントへ向かった。
ウォッチタワーの足の解呪に、ツェモイが同意したことを伝えるためだ。
ハルは俺とラリアの少し後ろを歩いていたが、ふいに彼が言った。
「ヌルチートって……いっぱいいたんですね……」
俺は歩くペースを少し落とした。ハルの顔を見やる。
「あっ……ロスさんも襲われたんでしたっけ?」
「俺の時は6匹だった。パンジャンドラムも1度出くわしたそうだが、彼も6匹だと言っていたよ」
「……俺の時は4匹でした……アリスが自分で造ったって言ってたから、あいつの発案だと思ってたけど……」
俺はコートのポケットから石板を取り出して、
「君の家……アリスのガレージで見つけた。彼女の日記も盗み読みしたんだが、この石板にヌルチートの製造法が書かれてあるそうだ」
「何で石板なんかに。紙に書けばよかったのに……?」
「日記によれば、人からもらった物だそうだ。魔女みたいな女の人、と書いてあった」
「魔女……?」
ハルは立ち止まった。
森の、暗闇の向こうに目を凝らしている。視線の先には草むらがあって、月もない今夜はよく見えないが、暗闇の中に魔女の館があるはずだった。
「あ、たしかあの館も魔女……」
「さっきの騎士団長から聞いたが、団長たちはヌルチートをあの館で手に入れたそうだ。もともとはオルタネティカの歴史書にある神話の……三賢者のうちの、魔女なる人物の遺物を探すのが彼女たちの任務だったそうだが……」
立ち止まったまま、ハルは何か考え込んでいるようだった。やがて言った。
「あ、そう言えば……あいつもそんな話をしてたような……魔女の遺物がどうこうって……」
「アリスか?」
「あっいや、ブリジットだったはず。サッカレーの大渓谷に橋があったじゃないですか? あれ、もともと俺が王様になる前の人が架けたもので」
「そうだったな」
「たしか……ガスンバにいきやすくするために架けたってブリジットが言ってました。先王はガスンバに魔女の遺物があって、それを手に入れれれば」
「入れられれば」
「入れられれば、国を発展させられるかもって考えてたらしくて。だから俺、ふむ、では鉄道にしてはどうだろうって言って、あの鉄道ができて」
俺も、館の方を見やった。
サッカレー王国において、あんな山脈しかないような場所まで橋を通してどうしたかったのかと思わないでもなかったが、そういうことだったのか。
「ブリジットは魔女の遺物が何であるか話していただろうか?」
「あっいえ。ブリジットはあんまり興味なかったみたいでした。そんな話らしいって教えてもらっただけで。アリスは、いつかみんなでいってみたいねって……」
トーンダウンした。
「話してたん、ですけど……」
街灯も何もない夜の森は、館の姿を完全に隠していた。俺は言った。
「明日はあそこを覗いてみるか……」
ハルが俺を振り返った。
「君は明日になったらここを去るといい。あのエルフが正気を取り戻して戻ってくる前に」
そもそもはじめから正気なのかも怪しい女だが。俺たちは再びウォッチタワーのテントへ足を向けた。
その時、そちらの方向から喧騒の声が聞こえてきた。
ガラの悪い胴間声。夜の森だからか一層騒がしく聞こえた。
ウォッチタワーのテントへ近づくと、外にホッグスがいて、彼女に詰め寄る1人のオークをパンジャンドラムが押しとどめようとしているところに出くわした。
ウォッチタワーもテントから顔を出している。
「パンジャンドラム、どうした?」
俺が声をかけると、ホッグスとオークの間に割って入っていたパンジャンドラムが振り向いて、
「あ、ロ、ロス君! ちょっとみんなに落ち着くよう言ってよ!」
と叫んだ。
彼らの側まで近づいたが、ホッグスは両手を後ろに組みふんぞり返って、いきり立つオークを無表情に眺めている。
どうやらこの2人がモメているらしい。
「どうしたんだ少佐? 何があったんだろう?」
「む、ロスか。我ら帝国軍がウォッチタワー殿の足を治療してやると申し出ているのに、何が気に食わないのかオーク2人が怒り出してな」
その時オークが唸って、ホッグスに掴みかかろうとした。彼は館で発見された捕虜で、ウォッチタワーの護衛のためにここに残った者だったが……パンジャンドラムが押しとどめた。
「ふざけんじゃねえオメーオェ! 何なんだその態度はオラァ!」
「オイやめねーか! 夜中に騒ぐんじゃねーよ!」
テントから顔だけ覗かせているウォッチタワーも、怒鳴り散らすオークを叱責してはいた。しかしその声に含まれた怒気はオークの行為そのものに向けられたもののようではない。ウォッチタワーの視線はホッグスに向いていて、表情は険しかった。
「……本当に、何があったんだ?」
「……ロッさんか……ちっと中入ってくれや。おう、オメーもなか戻れよ」
ウォッチタワーは俺とオークにそう声をかけ、テントに引っ込んだ。
ホッグスはと言うと、
「同じ転生者同士か。スピットファイアの件、貴様から上手く話すといい」
そう言って立ち去っていった。
俺はパンジャンドラムにラリアを預かってもらうと、テントの中に入った。
テントの中では、中央に置かれたランプの向こうにウォッチタワーが座っていて、その左後ろに護衛オークが控えている。俺はランプを挟んで、地面に敷かれていたマットの上に座った。
「どうしたウォッチタワー。モメていたようだが」
ウォッチタワーはしばらく無言で、足を手でさすっていた。ツェモイに切られた足だ。やがて口を開いた。
「スピットファイアに攻撃されてるんだってな、あんたたちは」
「そうだ。双子山に向かう途中、グレイクラウドという名のオークに会った。彼が、オークの捕虜を返してくれればスピットファイアを説得できると言っていたんだ。スピットファイアとまともに会話ができるのは、捕虜になった戦士長……つまり君しかいないと」
その取引に乗ると決めたのはホッグスだったはず。
「あの女、こう言いやがった。おれの足を治してやるから、スピットファイアを説得しろってよ」
ウォッチタワーがそう言った時、後ろのオークが大声をあげた。
「冗談じゃねえっつーんだよオェ! もともと仕掛けてきた戦争だろ、あいつらが! それで戦士長の足に呪いかけといてそーれをオマエ、治してやるも何もねえっつーんだよエー!」
「夜中にでけー声出すなっつってんだよオメー! 静かにしてろオメー!」
ウォッチタワーは叱責しつつ俺を振り返った。
「……まあ、何つーのかな。そういうことなんだよ。そっちから喧嘩ふっかけてきて、えれぇ目に合わせといて、あーしろこーしろもねえと思ったもんでよ……」
俺は先ほどのホッグスの様子を思い出した。
あの少佐としてはいつものことではあるが、詰め寄るオークに対しても妙に尊大とも取れる態度を取っていた。
ホッグスとツェモイの会話によれば、帝国軍でも捕虜の虐待は違法行為のようだ。
落ち度は帝国側にあるようだった。オークたちとしても一連の出来事に腹を立てるのは当然のことのように思えるし、ホッグスもそれを理解しているだろうというのは、彼女のツェモイに対する怒りからもわかる。
だが……。
「少佐は具体的にどんな言い方をしていたんだろう?」
「どんなもこんなも。スピットファイアを説得すれば足を治してやる、説得しないなら足は治さない、選べ。だってよ……」
「ひょっとして、偉そうだったか?」
「かなりな」
俺は少し考えて、それから言った。
「……それで、スピットファイアの件はどうするんだろう? たしかに俺たちとしては、そういう目的で君を探していたことになるが」
「ロッさんは、帝国の人間なのかい?」
ウォッチタワーは、顔は足に向けていたが、上目使いに俺を見た。
「いいや。俺たちは通りすがりだ。道に迷わせる妖精のせいで帝国の冒険者ギルドが作ったベースに迷い込んでしまった。ベースの人たちが困っているようなので少し手伝うことになったが……」
「……つまり、おまえさんは帝国の人間じゃなくって、特に利害関係もねえ……?」
「まあそうなるな。小さい方の妖精の幻術なら自力で跳ね除けられないこともないのもわかった。正直、何でここまでついてきてしまったのか自分でもよくわからないよ」
ウォッチタワーは考え込むようなそぶりをしていた。少し護衛オークの方を振り返り、また足に視線を戻す。やっぱり護衛オークを振り返って、
「おうオメー。ちょっとロッさんと話したいことがある。オメー、ちっと外で待っててくれや」
「け、けどよウォッチタワー。こいつ、敵かも……」
「この人は命懸けでおれを助けてくれた人だ。そんなことするわけねえ。それにこの人は……とにかく、ちっと外で待っててくれや」
それから、
「ロッさん。あのゴブリンのにいさんと、痩せっぽちのにいさんにも入ってもらってくれ」
そう言った。




