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第122話 脅威! ベニヤ板地獄!


 3ヶ月前の館での戦闘。


 ツェモイは突然弱々しくなったウォッチタワーを見て理解した。何かはわからないが、背中のヤモリには敵を弱体化させる何かがある。


 戦闘はあっさり収束した。

 4人のオークのうち1人には逃げられたが、ウォッチタワーを含む3人を捕らえた。


 そのあとツェモイは捕虜にしたウォッチタワーとの情熱的な日々について語りたがったが俺はそれを却下して、先を続けさせた。


 見つけたヤモリを騎士団員にそれぞれ背負わせ、他の2人の捕虜に向けてみたが、彼らには特に何の反応も見られなかった。ツェモイと格闘することも命じたが、ヤモリを向けようと向けまいと戦闘能力は変わらない。八百長しているようにも見えなかった。


 ツェモイはウォッチタワーを拷問した。拷問内容は個人のプライバシーと若年層に配慮し(誰が見ているわけでもないだろうに俺も不思議なことを考えるものだ)割愛するが、とにかくオークの戦士長と他の戦士との違いについて厳しく問いただした。


 ウォッチタワーはたまりかねたのだろう、ついに吐いた。


 自分が転生者だからじゃないのかと。

 他に思いつかないと。





 ランプに照らされたテントの中。


 ツェモイは話しながら、ちょっとウットリとした顔をしていた。

 俺は何となくタバコを吸いたくなってきた。


「数が合わないな。今日俺たちが戦った騎士団は15人。ヌルチートも15匹。だが館にいたのは3匹だったんだろう」

「私がウォッチタワーを捕らえたあと、天井の隙間から出てきたんだ。たしか6匹出てきたから、全部で9匹だったかな」

「天井裏で繁殖してたとでも言うのか」

「私に訊かれてもわからんが、そういうことじゃないのか? あの館にはもっと気味の悪い生き物がたくさんいたのは貴殿も見たろう。何が起こっても不思議じゃない」


 俺は立ち上がり1度テントの外に出た。


 ハルがいたので、ポケットからタバコを取り出し、彼の魔法で火をつけてもらう。それからまたテントに戻る。


 左腕にいたラリアが不満そうな顔を見せ、テントの外へ出ていこうとした。しかし外にハルがいるせいかそうはせず、入り口の幕から顔だけを外に出して尻をこちらに向けていた。


「……窓もないのだから遠慮してもらいたいものだな」

「君はあのヤモリが何なのか知っているのか?」

「転生者のスキルを封じるのだろう? ウォッチタワーだけではなく貴殿らでも証明できた。あとは、精巧な造りの召喚獣ということしかわからない」

「だが名前を知っていた」

「あれらがいたガラス管の台に書いてあったよ。何か、設備の使用マニュアルの単語かと思いもしたが、名前であっていたのだな」

「……文字は?」

「チレムソーの共通語だ。一般的なものより少し古い文字ではあったがな。つまり聖典文字だよ。教会の聖典に書かれてあるものと同じだ」


 共通語。そんなものがあるのか。


 思い返してみれば、タイバーン、サッカレーと経てきて、オルタネティカ帝国人であるツェモイやホッグスたちとも会ってきたが、1度も言語の問題を抱えたことはなかった。1つのセリフしか言わない話の通じない奴らはたくさんいたが、言葉がわからないということはなかった。


 俺はさらに尋ねた。


「それで、スピットファイアは? 話によれば、奴がかけた結界で館に入れなくなった。当時君たちはそこにいたはずだが」


「ああ、あの忌々しい妖精王。私の愉しみをブチ壊しにした……。1人だけオークを逃したと言ったろう? そいつが仲間を呼びにいったんだ。私たちは戦士長であるウォッチタワーと2人の捕虜を盾にして、オークたちを館から遠ざけた。この辺りに近づくなと」


「それで?」


「それから私たちはしばらく遊んでいたんだ。もちろんウォッチタワーとな。しかしオークの奴ら、スピットファイアに助けを求めた。ちょうど我らはその時2人の捕虜を監禁場所から逃がしてしまってな。追いかけっこをしている最中だった。何の対応もできずに追い払われたよ。あとから館に近づこうとしても……」


「あの奇妙な結界だな」


「そういうことだ。だから我らは泣く泣くオルタネティカに帰った。今まで恋人の別れを描いた演劇を見て泣く小娘の気持ちなどさっぱりわからなかったが、あの時初めて私は大人になったような気がしたよ」


 タバコの灰が長く伸びているのに俺は気づいた。

 灰皿もないし、テントは地面にドーム状の布を被せてあるだけだったので、灰は地面に落とした。


 あとの話はまあ想像がついた。

 諦めきれずに戻ってきたのが今日。悲しい恋の物語の終焉が、白い煙の充満するこのテントだというわけだ。

 俺は言った。


「やはり数が合わない。君が3ヶ月前見つけたヌルチートは9匹。今日は15匹だった」

「いつの間にか増えていたんだ」

「いつの間なんだ……」

「ヌルチートは国に持ち帰って餌をあげていた。たしか……もう1度魔女の館を目指すと軍部に提案して……そうだな、ホッグス少佐が自分もいくと言いだした時には、気づいたらその数だった。15匹だったので、15人部下を選んだ。貴殿らがいると知っていれば、もっとヌルチートがいればな……」


 俺はタバコの煙を吸い込み、ゆっくりと、カップラーメンの蓋の隙間から漏れる湯気のように吐き出す。


「……アップルは?」

「彼女がどうかしたか?」

「騎士団とオルタネティカに戻ったのか?」

「ああ。あの時はたしか、我らはウォッチタワーと遊ぶのに夢中でしばらくベースに戻らなかったんだ。連絡もしていなかった。スピットファイアに追い出されてベースに戻って、館を見つけたが追い払われたことを彼女に話したら……残念がっていたな」

「それから」

「結界を破る方法を見つけなければと話していた。そのために我らと一緒に1度オルタネティカまで帰ったよ。結局破る方法はわからないまま、先走ったホッグス少佐についていく形になってしまったが」


 それからは互いに、少しの間無言だった。

 ツェモイは話すべきことは全て話したのだろう。俺も聞くべきことはほとんど聞いたような気がする。


 タバコを地面に押しつけ火を消した。吸い殻をコートの右ポケットに放り込む。


 左ポケットには、サッカレー王国で見つけた、ヌルチートの製造法が書かれた石板がある。

 魔女のような女が、アリスという少女にもたらした石板。

 俺は今、魔女の館とやらのすぐそばにいる。


 そしてツェモイの話によれば、館にはヌルチートが待機していた。

 

 俺はポケットから石板を取り出しツェモイに見せた。


「この文字が読めるか?」


 ツェモイは顔を近づけて石板を眺めていたが、言った。


「……(いち)なる火、数多(あまた)の蛾。何だこれは?」

「…………読めるのか?」

「そこだけはな。他は難しいのでわからない」

「なぜ読める」

「私は魔女狩り部隊の行動隊長だぞ。その文字は三賢者の魔女が用いたとされる魔女文字だ。私もいちおう、探索の役に立つだろうと学ばされた」

「オルタネティカではこの文字が読める者が……?」

「魔女文字の解読をする研究機関がある。その石板は何なのだ?」


 質問には答えず石板をポケットにしまった。


 ツェモイはポケットの方を見ていたが、興味をなくしたか地面に目をやった。


 俺は本題に入ることにした。このテントを訪ねた、本当の理由だ。


「ツェモイ団長。ウォッチタワーの足の傷についてだが」


 ツェモイは首をかしげた。


 ホッグス少佐が話したところによると、ウォッチタワーの切断されたアキレス腱は、ツェモイの呪いの剣による傷だという。


 俺には詳しいことはわからないが、その呪いのある限りウォッチタワーの足は治らない。


「俺がこのテントにきたのは、ホッグス少佐に頼まれて……いや、俺から話すと言ってここへきた」


 呪いを解除する方法は2つ。

 オルタネティカ帝国へウォッチタワーを移送し、帝国にある魔法研究院とやらで解呪を受ける。


 もう1つの方法が……。


「呪いをかけたのは君だ。君はあの呪いを解除できるそうだな。それをやって欲しい」


 ツェモイは横目に俺を見て、ニヤリと笑った。


「ほう……そう言えば、貴殿らはあのスピットファイアとかいう妖精の攻撃を防ぐためにウォッチタワーを探していたのだったな。奴がスピットファイアを説得できるとか?」

「そうだ」

「断ると言ったら?」

「…………」

「私から離れたウォッチタワーなどのために何かしてやる気にはなれないな」

「スピットファイアの攻撃を止められなければ、君を含めて帝国軍は大森林を出られないぞ」

「そうは思わんな」

「なぜだ」

「貴殿らがいるだろう」


 微笑みながら言ったツェモイ。

 ……俺たち?


「貴殿と、ゴブリン、そしてあの悲惨な体型の優男。3人も転生者がいるのだ。妖精王など恐れる必要はない」

「……他のオークたちとの約束でもある。ウォッチタワーと同じ転生者としてのよしみでもある。それに何より、捕虜の虐待は軍規違反のはず。やったことの責任を取れ」

「さあて……どうしようかな……」


 ツェモイは横を向いてニヤつき始めた。

 

「……団長。何を粘ってるんだ。君がやらかしたことだぞ」

「やっても構わないが条件がある。我ら騎士団の身の安全を保障しろ」

「何だと」

「おそらく我らはオルタネティカに帰れば、身分降格となるだろう。生まれついてのものだが、せっかく手に入れた騎士団の地位。私だけでなく部下も守らなければならない」

「君たちをお咎めなしにしろと? 俺にそんな権限はない」

「では少佐にかけあってくれたまえよ」

「ダメだったらどうするんだろう?」

「ウォッチタワーは一生あのまま。貴殿らは自力でスピットファイアと戦うといい。もし負けたとしても、私たちが死ぬだけだ。国へ帰って恥を晒すこともなくなる」


 じっとツェモイの瞳を覗き込む。見返してきた彼女の瞳には、なかばヤケクソとも取れる強い決意の光が見て取れるような気がした。


 追い詰められた人間とはそんなものだというのはわからないでもなかった。

 どう転んだとしても自分の人生の行く先が好転しないと理解した時に、開き直る気持ち。恥も外聞ももう自分の心を動かしてくれず、ただ堕ちていく自分をはたから眺めるだけのような気分。


 ツェモイは若く美しい女性だった。だが今の彼女はまるで40代の貧乏でハゲているおっさんの姿を連想させた。


 俺は立ち上がって入り口へ向かい、外にいるハルに声をかけて、中に入ってもらった。


 ツェモイはハルを、巨乳アニメ美少女のポスターを眺めるフェミニストのような目で見上げていたが、そんな彼女に俺は言った。


「ウォッチタワーの足の呪いを解けよ。やらなければ、彼が君を慰み者にするだろう」

「えっ」

「えっ」


 ツェモイとハルが同時に声をあげた。ハルはものすごく困ったような顔でこちらを見ていた。


「き、き、貴様、何を言っているんだ! わ、私に、私にこんな貧相な、みすぼらしい男と寝ろと……⁉︎」

「あっちょっとみすぼらしいって何ですか……」

「君の大好きな細マッチョだぞ」

「き、貴様ァッ!」


 俺は困惑顔のハルに、ウォッチタワーの足とツェモイの関係について耳打ちした。こちらの目的も。ハルは理解してくれたのか、ハの字になった眉が戻っていく。

 俺はツェモイへ向き直り、


「知っているか? 彼は以前サッカレー王国で王様をやっていた。一身上の都合で依願退職したが……」

「な、何⁉︎ たしか諜報部の情報によると、ものすごく残酷で、ポカミスの多いという、あのサッカレーの転生者……⁉︎」


 ハルの眉がまたハの字になった。その表情を看るに、ひょっとしたら彼は、自分では上手くやっていたつもりだったのかも知れない。部下の自分に対する評価が芳しくないことを知った時の熱血上司のような、ちょっと泣きそうな顔をしていた。


「そうだ。知っているなら話が早い。では彼の恐るべき変態的拷問趣味についても知っているだろう」


 ハルが弾かれたようにこちらを見た。ハの字がいの字になる勢いの表情だったが、ややあって、ハルはツェモイに視線を戻した。

 そして言った。


「え、えっと、た……たっぷり2ヶ月はかわいがってやる、ぜぇ……」

「くっ……殺せ!」

「君が死んでも終わりじゃないぞ……こちらのハル・ノート氏は君の部下をもハーレムとするだろう……!」

「や、やめて、それだけは……!」


 哀れなツェモイは瞳に涙を浮かべ始めた。

 強靭な精神力を持つ騎士団長も、ベニヤ板の圧力の前についに屈したのだ。


 ハルもまた、何か悄然とした顔でうつむいていた。


「そ、そんなに嫌なんスかね……俺、オーク以下っスか……? いや別にこっちもそれでいんスけど……」


 誰もが傷ついていた。

 それが戦争なのだ。

 勝者などいない。


 ラリアが事情のわかっていなさそうな表情で俺を見上げていたが、俺はそれを抱き上げた。


 天井のランプを外し、テントを立ち去るべくハルに先に出るよう促す。

 その時背後からツェモイに尋ねられた。


「……なあロス殿。私からも訊かせてくれ」


 振り向くと、ツェモイが俺を見上げている。


「……何だろう」

「さっきの石板。あれは何なのだ? それに、ヌルチート……貴殿はあれに詳しいようだが……」


 俺は黙ってツェモイを見下ろす。

 何と答えるべきか思いつかなかった。

 詳しそうに見えるのだろうが、こちらもまだ調査中。何が何やらわかっていない。


 こう言った。


「魔女の館でしばらく遊んでいたと言ったな」

「ああ。それが?」

「君以外の騎士はどうだった」


 我ながら曖昧な質問の仕方だと思った。


 何が、どうとは訊いていない。


 しかしツェモイは目を伏せた。


「なぜそんなことを訊く」

「君の話を聞けば、君はずいぶんと楽しんでいたようだな。だが他の騎士はどうなんだ。あのイカツいウォッチタワーとセッ……乱痴気騒ぎをするような女性ばかりか?」

「何が言いたい」

「言葉のとおりだ。3ヶ月前で7人。全員でウォッチタワーをレイプした。そして次は15人。新たに8人の女性が文句も言わずについてきた。会ったこともないウォッチタワーのためにだ。15人そろって男の趣味がまったく同じ。変だと思わなかったのか?」


 ツェモイの伏せたまつげ。その下でやや眼球が泳いでいる。


「ヌルチートは転生者のスキルを封じることができる。それと同時に、使用者は誰かが転生者とわかればそいつに執着を示し始める傾向がある。俺にわかっているのはそれだけだ。石板についてはノーコメントとさせてもらう」


 それと……と、俺は続けた。


「ヌルチートを持っている女はたいてい、短絡的な思考をするようになるようだ。転生者を追うのが本人の意思か、ヌルチートの影響かはわからんが」


 ツェモイは目を伏せたまま黙っていた。


 俺がランプを吹き消し、テントを出ようとした時。


 暗闇の中にツェモイの呟きが聞こえた。


「どうりで……部下たちが急に泣き出したわけだ……オークと寝ただなんてどうかしていたと……」


 俺はテントを出て、入り口の幕を閉じた。



ツェモイ団長の名前の語源は、

フランス語で「Tue moi」


意味は「私を殺せ」です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >ツェモイ団長の名前の語源は、フランス語で「Tue moi」 意味は「私を殺せ」です。 なるほど・・・・・・。 [一言] >誰もが傷ついていた。それが戦争なのだ。勝者などいない。 あん…
[良い点] くっ……殺せ! 嬲るのはオークではなくベニヤ板か、これは新しい
[良い点] 誰もが傷ついていた。 それが戦争なのだ。 勝者などいない。 巻き込まれたハルの精神的ダメージ(笑) ヌルチートの増殖方法や使用者の影響など、まだまだ謎が多い。後編でどこまで謎に迫れるん…
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