第121話 ツェモイへの尋問
私は人間に対する愛が薄いわけじゃない。
ただちょっと、自然を愛し過ぎてるだけだ。
ーバイロンー
帝国軍は魔女の館の草むらと、森の境目付近にキャンプを張ることになった。
本来であれば、明日の朝グレイクラウドがベースに訪ねてくるのを出迎えるためベースへ戻る必要がある。
だがウォッチタワーを発見できたのはよかったが、日が暮れたことでベースまで戻る余裕がなくなってしまったためだ。
その旨を伝えた時、館で発見された3人の捕虜のうち1人が、森へと去っていった。森の野営地をあたり、グレイクラウドを探しにいくことになったのだ。
そうして今、魔女の館を臨む森の中に、いくつかの簡易テントが張られている。
辺りはすっかり夜の闇に包まれた。
各テントの入口にはランプが吊るされているが、上部は小さな傘のように布が被せられている。
スピットファイアに見つけられないようにしていたのだ。ウォッチタワーにあの妖精王と話してもらう計画ではあったが、遠くからいきなり光弾攻撃を浴びせられれば話し合いの余地はない。
そうして帝国軍は、ランプの怯えた光が照らす地面や草を眺めつつ、朝か、もしくはグレイクラウドが来るのを待っていた。
俺はラリアを伴ってテントの1つへと向かっていた。
ウォッチタワーと彼の護衛に残ったオーク、そしてホッグス少佐の話し合いが、今頃どこかのテントで行なわれているはずだった。
捕虜虐待の謝罪と、アキレス腱を切られたウォッチタワーの治療の話をするためだ。
それと、スピットファイアの件。
元はと言えば、妖精たちに攻撃をやめてもらうようウォッチタワーから説得してもらうために、俺たちは彼を探していた。その話し合いが行なわれているだろう。
俺は歩きながら後ろを振り返ってみた。
ハル・ノートがうつむきがちについてきていた。俺は言った。
「すまないな。立ち去るところだったのに」
「あっ……いや……」
ハル・ノート。
サッカレー王国で投獄されたが、転生者に執着するエルフによって拉致された男。
本来魔女の館に侵入する前に別れたはずだった。
「……どうしてきてくれたんだろう」
「あ、その……どこいこうかって考えながら歩いてたら、パンジャンドラムと会って……ロスさんの居場所訊かれて、何て説明すればいいかわかんなかったんで、目印もないし……」
外国人に道を尋ねられ、英語ができないものだから Follow me と伝えるハメになった日本人のように、現地まで案内したということか。
「助かったよ。危ないところだったんだ」
「あっいや……俺も、ロスさんに助けてもらったし、いや、助けてもらえそうだったし……」
左腕にしがみついているラリアを見やると、ハルを睨みつけている。まあ無理もない。
騎士団との戦闘のあと、パンジャンドラムもハルとはあまり口を利いていなかった。今彼には、同じ転生者がいれば安心できるかも知れないと思いウォッチタワーの側にいてもらっている。ホッグスとの話し合いに同席しているはずだろう。
「もういいんだぞ。何もここに残らなくても」
「……あのエルフ。どこにいっちゃったんですかね……」
「さあな。森のどこかで転生者を探してるのかもな。転生者を探すために森をさまようのがライフワークだと言っていた」
「…………」
とあるテントの前で立ち止まった。
入り口に兵が2人。
彼らは見張りだ。このテントに、拘束されたツェモイ団長がいる。
「中でツェモイ団長と話したいことがある。少佐の許可は得てある」
そう見張りに伝えると、彼らは入口へ入るよう手で促してきた。
入口をくぐる。
テントの中にはランプが置かれていなかった。地べたに座り込み、後手に縛られたツェモイが暗闇の中うなだれていたが、俺たちが入ってきたのに気づいたか顔を上げた。
彼女は言った。
「ロス殿か……ウォッチタワーはどうしてる?」
後ろを振り向いてみたが、ハルは入ってこない。外に立っていた彼にうなずいてみせると、向こうもうなずいた。俺は見張りにランプを1つ貸してもらい、それから入口の幕を閉める。借りたランプを天井中央部に吊るして、言った。
「この期に及んでまだ恋人のことが気になるだなんて筋金入りだな」
「ちょっとやそっとでフラつくようでは騎士団長になどなれないよ」
ツェモイは笑ってそう言った。だがさすがに、笑みに力はなかった。
「何の用かな?」
「尋ねたいことがあってな」
「……ちょうど話し相手が欲しいと思っていたところさ」
俺はツェモイのすぐ目の前にしゃがみ込んだ。
「あのヤモリをどこで手に入れた」
彼女の顔は俺にまっすぐ向けられていた。だがその青い瞳は、時折あちらこちらに動いた。
やがて、
「……訊いてどうする?」
「さあな。純粋な知的好奇心かも知れない。ただ気になるんだよ」
「誰かが召喚獣を持っていることがか?」
「そうだな。それに君がどこでウォッチタワーが」
俺はやや声を潜め、
「転生者と知ったのか。知っていなければ用意できないはずだ」
「教えてもいいが条件がある」
「……何だろう」
「私の部下に寛大な処置を。彼女たちは私の命令に従っていただけだ」
「……俺はただの冒険者だ。しかも通りすがりで、帝国人でもない。どうこうする権限はない」
ツェモイの瞳を覗き込む。
彼女は館の時と比べればずっと落ち着いていた。
憑き物……ヌルチートが落ちたためだろうか。
だがほんの少し、ウォッチタワーに未練があるようでもあるが……。
ツェモイはこちらを無表情に見返していたが、肩をすくめると、
「ヌルチートか。館で見つけた」
「……魔女の館?」
「そうだよ。オークの戦士たちとの戦闘の最中だ。事前に用意していたものではない」
「……館のどこだろう」
「そうだな……位置で言えば、双子山側の、端っこのあたりだったかな。貴殿たちとの争いの時には立ち寄ってない区画だよ。いくつかのガラス管の中に入っていたものを見つけた」
「君たちは15人いた。ヌルチートも15匹。全部そこにいたのか」
「第1次進行の際は7人だったんだよ。もっとも……あの時いたヌルチートは3匹だったが」
「その時のできごとを、よければ順を追って話してもらえるか?」
ツェモイは斜め下へ顔を傾け、地面を見ながら思い出すようにして話していたが、そのまま目だけを俺に向けた。
何かまた条件を出されるか。断られるか。
だが彼女はその件について興味がないのか、ため息をつくと話し始めた。
7名の女騎士団が、大森林の南端にある冒険者ギルドの支所を出発したのは3ヶ月前のこと。
目的は大森林のどこかにある魔女の遺物を発見すること。
その時にはすでに冒険者ギルドのベース設営が、ギルドの都合で始まっていて、騎士団も作りかけのベースに滞在させてもらいながら探索を行なっていた。
「我らはベースで、アップル殿に出会った」
「アップル?」
「ああ。ベースの設営に関わっていた。彼女が大森林に詳しいそうだから、案内役を頼んだのだ」
そうしてのガスンバ探索。
ツェモイが言うには正直なところ、騎士団員たちは1週間ほどで早くも飽きがき始めていたらしい。
右も左もわからない森の中、あるかないかもわからない古代の……具体的に何かすら判然としないものを探す。
騎士団員はみな優秀な戦士ではあったが、みな一様に、性別が女であるからとか、第二子以降だからとかいった理由で家督の相続権がなく、若さを持て余す娘たちばかり。遊びたい盛りのギャルの群れだった。
だが2週間目。
意外にあっさりと魔女の館が見つかった。
探索中たまたま森を歩いていたオークがいたので話しかけてみると、親切に教えてくれたのだそうだ。
騎士団は喜び勇んで館を押さえようとした。
たが館に突入しようとした時、先ほど話に出てきたオークが血相を変えて戻ってきて、『館に入っちゃなんねえ』と言ったものだ。
ツェモイはオークに、自分たちの所属姓名と、任務について説明した。
そしてさらに、館はオーク部族の所有物なのかと尋ねた。もしそうであれば、上層部に報告した場合購入も選択肢に入るかもと彼女は考えていた。
オークは質問に『いんや』と答えた。
自分たちの物ではなく、魔女のものだと。
では魔女はどこかと訊くと、『魔女は大昔の人間だっぺ。おるわけねえでよ』と言う。
では指図されるいわれはないと言えば、『おっそろしい呪いがあるっぺよ! オラだちオークは魔女の館に近づいちゃなんねって言われてる!』と言う。
ツェモイはこのあたりから若干イラつき始めたらしい。
つまらない任務を押し付けられて人生の時間を無駄にしつつあるのではと鬱屈していた最中、事態が好転した瞬間にストップをかけられたのだ。
「とっとと失せろ太っちょめ、と言ってしまったよ。今にして思うと、これがまずかった。……まあそのおかげでウォッチタワーと会えたのだが」
そのオークは腹が出ていて、腹直筋の気配を感じられなかったのだそうだ。なじった上で無視して館に向かおうとすると、オークが制止しようと、団員の1人を突き飛ばした。
カッとなった別の団員が抜剣、オークの腹を突いた。オークは『うっ!』と小さく呻いただけで、すぐに走り去っていった。
ツェモイが脂肪もたまには役に立つのだなと思いつつ館の外周をチェックしていると、オークが仲間を連れて戻ってきた。
4人。
その中にウォッチタワーがいた。
ツェモイは勝てると踏んだ。
本来まず話し合うべきだったし、その時のツェモイ自身そういう考えがありはしたが、ただ騎士団は気が立っていた。そのため、『勝てる』という考えが先行し始めた。
その場においてウォッチタワーはたしかに、事情を尋ねているだけだったという。しかし互いの話し合いはヒートアップし、やがて小競り合いに。オークの1人が棍棒によって団員を叩いたのを見たツェモイは《ライト・ソード》でそいつの腹を突き刺した。
それから戦闘が始まり……。
「ツェモイ団長、少し待ってくれ。その場にアップルもいたのか?」
「いや……その時の我らは吊り橋からまっすぐ進んで、すぐ戻る予定だった。だから別行動だったな」
騎士の1人が、いきなりウォッチタワーに組み伏せられた。
ツェモイが《ライトソード》を振り回し助けはしたが、力の差は歴然だった。騎士団はやむなく館の中へと逃げ込むハメになったそうだ。
館の中には虫人間がいた。
それらが何であるのか当時のツェモイたちにはわからなかったが、虫人間はオークたちにも攻撃を始めたので、これ幸いと時間稼ぎに使い館の中を逃げた。
ツェモイたちはある部屋に走り込んだ。
かなり広い空間だったという。ツェモイ的に言えば、騎士が雨天の際に剣術の練習に使う訓練場ほどの広さの部屋だったそうだ。
動物を閉じ込めておくための檻のような物がいくつかある、石造りの部屋。
「そこにいたのが、あのヤモリだったよ」
ガラス管は5つあったが、ヌルチートが入っていたのは3つだけ。
ツェモイはそれが何であるのか気になりはしたが、そんなことより退路を探すべきと判断し……ちょうどその時、ウォッチタワーが追いついてきた。
乱闘が始まった。
騎士団は懸命に戦ったが、他のオークはまだしもウォッチタワーには手も足も出ない。ツェモイの部下が次々と昏倒していく。
「正直……震えたよ」
「怖かったろうな」
「違う、感動にさ。帝国の男騎士たちは我ら女騎士を女だからと侮るが、実力の方はさほど……たいていはデスクワークか、せいぜい鹿狩りのため馬に乗って遊ぶ程度の軟弱な奴らだ。だがウォッチタワーは……」
議論の余地もないほどの剛の者だったと感じたそうだ。
部下が死んだかも知れないということが頭の中によぎりはしたが、それよりも、まるで戦車のような問答無用っぷりに圧倒されていたという。
雑念を振り切って、ツェモイは部下を守るべく自らウォッチタワーに挑んだが、あっさりと吹き飛ばされた。
吹き飛んだ先にはヌルチートのガラス管。
「ウォッチタワー……自分で突き飛ばしたくせに、慌てた顔をしていたな。大丈夫か、だと。私がガラスで顔を切ったせいかな」
彼は手を差し伸べようとしてきたらしい。
ツェモイはそれをチャンスと看た。起き上がりざま剣を振るい、油断した紳士に教訓を与えようとした。
それ自体にもウォッチタワーは巨体に似合わぬ素早い反応を見せた。剣を打ち払い、ツェモイを組み伏せようとしたが……。
「やっぱり奴は慌てた顔をしたんだよ。私に組みついたまま固まった……ちょうど貴殿が、私の前で固まったようにな」
ツェモイは何が起こったのかわからなかった。
ウォッチタワーが彼女の背中の方を見ていたのに気づいた。
振り返ってみると、背中に大きなヤモリがへばりついている。
嫌な感じはしなかったという。
「その時なんだかとても……目の前のオークがハンサムに見えてきたんだ」
それから奇妙なまでにウォッチタワーの動きが落ちた。彼女は戦局が変わったのを感じた。
ウォッチタワーが3人の仲間に逃げろと叫んだ。
騎士団はすでに2人が気絶。ツェモイ含め残り5人。ツェモイは4人の部下に、逃げたオークを追えと命じ、自身はウォッチタワーと1対1。
「…………声が聞こえたんだ」
ランプの弱い光の中、無表情に地面を見やるツェモイは言った。
「何とだ」
俺の言葉に彼女は顔を上げる。そして言った。
「転生者を食べろ。話はそれからだ……と」




