第十一話 王との謁見
夜の平原を走る馬車に、俺は揺られていた。
冒険者ギルドらしい重厚な馬車だった。車体は安物じゃない。分厚い木材。薄い車体に薄い鉄板を貼り付けるのではなく、厚い構造になっているのは、重量を稼ぐためだろう。側面からの衝突に耐える工夫で、そして色は重い焦げ茶色。この馬車はそうやって、自分たちがタフな存在だと見せかけたがっていた。
窓枠に右手で頬杖をついて外を眺めた。
平原を満月が照らしていた。
月明かりの中どこまでも続く穏やかな自然。きっとこの世界は地球温暖化とは無縁なのだろう。
北海道へ一度行ってみたいと思っていた。奇妙な形で夢が叶った。
ここが北海道ではないことぐらいわかっている。
コンクリートジャングルじゃなければどこだってよかったのかも知れない。
「こんな時間に」向かいに座るパシャールが言った。「移動だなんて悪いな。何せ、王宮からの急ぎの依頼だ。相手はアポカリプス級。悠長なことは言ってられなくってな」
パシャールはギルド長室にいた時とは違う、白い上等なコートを着ていた。よそ行きのノースリーブだ。
「しかし……今でも信じられねえ。俺の目の前にいるのが、伝説級の冒険者ランク、SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS……」
「口を閉じてくれミスタ・パシャール。月光にお喋りは似合わない……ぜ」
「クッ、何て情緒豊かな男なんだ、俺にはとてもマネできねえ……!」
流れていく景色は退屈な映画みたいだった。
月光は天も草原も青白くぼやけさせ、遠くの黒い森はよどみなく過去へと逃げ去っていく。
俺は港でのことを思い出した。
食事のあと俺はラリアを伴って港へ行った。
レイニーは、あまり乗り気ではなさそうだったが案内してくれたものだ。
解放奴隷の帰国事業を行なう団体はすぐに見つかった。
たしか、『リベレイトエンジェル』とかいう団体名。
名前なんて何だっていい。とにかく俺は奴らの事業所にコアラを置き去りにすることで、全てのアクシデントを清算したのだ。
レイニーが終始暗い顔をしていたのを思い出す。
なぜかついてきたゴンザレスが事業所のスタッフに、ラリアの今後について入念に尋ねていたが、スタッフが言うにはゴースラントに解放者の拠点があり、しばらくはそこで生活の面倒が見られるとのこと。
それから解放者の故郷へ送る手はずになっているそうだ。
レイニーは何度も、『君、本当にそれでいいの?』と俺に言っていた。
俺はそれに何と返事をしたんだったか。
ただそれまでうつむいていたラリアが顔を上げて言った。
『いいんです。ボク、ゴースラントへ帰ります。お父さんもお母さんももういないですけど、ゴースラントがボクの故郷だから。あっちで頑張るです。マスター、レイニーさん、ゴンザレスさん。短い間でしたけど、ありがとうです!』
そう言って。明るく笑って。ぺこりとお辞儀をして。
それっきり。
それからどうやってギルドまで戻ったのか、俺は道順を思い出せなかった。
窓の外を眺めながら、左手の指で鼻をつまんだ。こするようにして離す。
高校受験の時、志望校の掲示板に自分の番号が見当たらなかった時もこうしたような気がする。
大学受験の時もそうじゃなかったか。
いつも誰かが俺に何かを期待していた。
その度に俺は…………。
しだいに前方に巨大な宮殿が見えてきた。
首都シェーディラの、王宮だった。
俺とパシャールは王の間へと案内された。
王の間は広かった。
左右には白い柱が並び立ち、その前には白銀の鎧を着た兵士たちが何人も、それぞれ槍を携え、胸を逸らして突っ立っていた。
広間の中央には赤い絨毯が玉座へと続く。
玉座には男が座っていた。
金の枠や宝石で装飾した赤い王冠(カボチャパンツみたいに膨らんだタイプだ)を被り、赤いマントを羽織った、白髭の太った男だ。
昔見た絵本の通り。俺のような庶民の期待を裏切らない男だった。
王の間の入り口にいたドアマンが、絨毯の半分の位置まで進めと言うので、パシャールとともにそうした。気分はハリウッドスターだ。俺が主演男優で、パシャールが助演男優。にっこり笑って手を振って、アジアの客に媚びを売るのだ。
玉座まで20歩というところで俺たちは立ち止まった。
玉座は床より三段高い位置にあり、そこにいるのは王だけだ。
段の下の左側に、屈強そうな壮年の男がいる。カイゼル髭。他の兵士と違い兜を被っていない。
そいつの後ろには若い娘がいた。俺は玉座に目をやって言った。
「おまえが王か」
「こ、これ! 無礼な!」
「ホッホッホ、よいよい」
左のカイゼル髭が腰の剣の柄に手をかけたが、王はそれを制した。
玉座の下の右側に、頭髪の寂しい神経質そうな男がいる。緑色のローブ。大臣というやつだろうか。そいつが言った。
「あなたがここへ呼ばれた理由は、冒険者ギルド長パシャールから聞いているでしょう。しかし今一度、私からご説明しましょう。まずは、アポカリプス級魔物のご説明から……」
大臣と聞けば、幼い俺はとてもファンタジックでメルヘンチックな印象を受けたものだ。偉くて、たいていにおいては悪い奴。
ある程度成長した頃、自分の国にも大臣なるものが存在することを知って驚いたのを覚えている。ずいぶん古臭い名称が、自分の国には残っているのだなと。
何が一番驚いたかと言えば、いたのは大臣だけではなかったということだ。
何と、俺の国には帝がいる。不思議なものだった。
さらに驚くべきことはウチだけじゃないという事実だ。
イギリスにも王がいるということを知った時、期待を裏切らないなと思ったものだ。
それだけにはとどまらない。デンマークだとか、スウェーデンにもいるはずだし、ブータンもタイもそうだ。サウジアラビアにいたっては王が全ての所有権を持つという、実に王国チックなスタイルだというじゃないか。しかも王子が200人はいるという。野球チームどころかリーグが作れそうだ。
事実は小説より奇なりという言葉がある。
グローバリズムの嵐が吹き荒れる21世紀においてそのまとまりのない世界観設定に晒されていると、一見荒唐無稽に見えてその実捻りのないweb小説が流行するのも理解できるような気がした。
みんな疲れているのだ。
あの世界はただ形而上学的概念だけが、俺たちの理解を超えるスピードで膨張し続けていた。まるで宇宙がそうであるように。
「……というわけで、アポカリプス級エンシェントドラゴンの討伐をあなたにお願いしたいのです……あの、聞いてました?」
大臣は喋り終わったらしい。王が続けて、
「ぜひ引き受けてほしい。この国の、国民の将来は、その方にかかっているのだ」
と言った。俺は答えた。
「胸が熱くなるな。俺はただの人間で、おまけに貧乏人だ。そんな俺一人に古代の化け物のお守りを押しつけ、その次は何だ? 消費税をふんだくり、2000万円貯金させるのか? 民衆の税金で食う飯はうまいか」
「ぶぶぶ無礼な!」カイゼル髭が言った。「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 畏れ多くもタイバーン国王陛下にあらせられるぞ!! ええい、頭が高い! 控えい! 控えおろう!」
カイゼル髭は剣の柄に手をかけていた。俺は言った。
「俺は天皇陛下の民であってタイバーンの民ではおじゃらん」
「何だと、ガイジンか!」
色めき立つカイゼル髭。それを王は再び制した。
「そのほう、名をロス・アラモスと言ったな。何とか頼む。もはや頼りにできる者はそのほうしかおらぬのだ。エンシェントドラゴンを倒せるのはそのほうしかいない」
「……なぜ俺なんだ。聞いたところによればエンシェントドラゴンは軍隊を出しても追い払うのがやっとだそうじゃないか。それを素性もわからない俺一人に、なぜ王ともあろう者が下手に出てまで頼む?」
王は目を伏せた。しかしまた顔を上げ答えた。
「それはそのほうが、SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSランクの冒険者だからだ!」
王は強い眼差しでそう言った。
大臣も、他の兵士たちも、俺をじっと見ていた。
カイゼル髭の後ろにいる女がこちらを向いた。その前で、カイゼル髭が舌打ちをしたような気がした。
「このタイバーンの伝説にある。エンシェントドラゴンが現れし時、それとともに畏るべき魔法を使う者が現れ、国を救うと。その者が《魂の秤》に手をかざすと、そこにSの文字が刻まれると」
王がそこまで言った時、俺の横で空気と化していたパシャールが補足した。
「ギルドカードのことだ。あんたは選ばれたんだよ……英雄に!」
俺はパシャールをチラリと横目に見た。服の下にぶら下げたギルドカードに手で触れる。
「エンシェントドラゴンはあらゆる魔法を受け付けない。特殊な障壁で無効化するんだ。伝説によるとその障壁を打ち破れるのは、SSSSSS……」
「その先は結構だミスタ・パシャール、よくわかったよ。このギルドカードはただランク分けして人を差別するためにあるわけじゃなく、エンシェントドラゴンのプロ・ハンターを探すための測定装置。そう言いたいんだろう? 他人の価値を決めつけたいだけなら委員会でも設置すればいい。なのにわざわざ鉄板に手の込んだ加工をするのはそういう理由があった」
ギルドカードがあればどこの国だろうと出入り自由なのもそのためか。どうでもよかったが続けた。
「冒険者ギルドは世界各国にあるんだな? ドラゴンハンターの発見率を上げるために、《魂の秤》を利用する奴にある程度の特権を与え保護することで、プレイヤー人口を増やす。その中には、ハンターの素質を持った奴が混じっているかも知れないと」
「そうだロス。その洞察力とても俺には真似できねえ。冒険者ギルドってのは、全てドラゴンハンターを見つけるために作られた育成機関なんだよ。冒険者が修練を積んでいくことで、ランクも上昇していく。ギルドカードに刻まれたランクも変動していくんだ。そうやってどこの国家も、いつか誰かがドラゴンハンターに成長するのを待ってたんだ。だけどロス。あんたには驚かされたよ、まさかしょっぱなからSSSSSS……」
「その先は結構だミスタ・パシャール」
道理で俺のような身元不明の人間にすら発行するわけだ。手段は選ばないらしい。
さっきからずっと女が見ているのに気づいた。
いや、俺とパシャールが話しはじめたあたりでは、顔を伏せていた。
だがパシャールが「しょっぱなから」と言ったあたりでまた顔を上げて、それからずっと俺を見ているのだ。
「どうだろう」王が言った。「ロス・アラモスよ。引き受けてはくれまいか」
王は立ち上がって階段を下りた。
「見事エンシェントドラゴンを討伐してくれれば、いくらでも望む褒美をとらそう。それだけではない。ここにいる、我が娘を娶らせようではないか」
カイゼル髭の後ろの女を引き立てそう言った。
どうして男だらけのむさ苦しい王の間に紅一点女性がいるのかと思っていたら、そういうことか。
娘。王の娘なら姫か。
彼女は王に手を引かれ顔を伏せて静々と、俺の3メートルぐらい手前に進み出る。
俺がその王の娘とやらをぼんやり眺めている時。
突如王の間に声が轟いた。
「ちょっと待ったぁ!!!!!」
アラビア数字ってどうなんでしょう。
意地になって使い続けてみましたが、やっぱり漢数字の方が見やすいのか……。




