第百十八話 乱戦
空中廊下の窓。女騎士団の左後ろ。
ロープにぶら下がったパンジャンドラムが特殊部隊よろしく蹴破って突入してきた。
《パンジャンドラムはキング・オブ・グラディエーターのスキルを発動しています》
彼の手には大型ナイフ。慌てた女騎士たちの虚をついて、瞬時に2匹のヌルチートを切り裂いたのが見えた。
騎士の後列は素早く体制を立て直した。ヌルチートを殺られた者も、とっさに剣をひるがえし反撃する。
それを右手のナイフで受け流し、左のフックを顎へ。流れるような一瞬の動き。ヌルチートを失った1人の騎士が崩折れた。
「そいつにもヌルチートを向けろ! ロスの仲間の小男だ、おおかたそいつも……!」
こちら側最前列のツェモイが叫んだ。
ヤモリを失ったもう1人が牽制しつつ、その騎士を中心に2人の者がパンジャンドラムへ向き直る。
《不正な妨害によりパンジャンドラムはスキルを発動できません》
「おっとぉ……!」
ナイフを片手にステップバックしたパンジャンドラム。
「ふ、当たりだったな……貴殿も転生者だったか。すごいことだな。伝説の転生者がこうまでいるとは。だがこの数のヌルチートがいれば……」
ツェモイがほくそ笑んだ。
パンジャンドラムの登場により2匹が倒されたが、まだ残りは5匹いるのだ。
パンジャンドラムに2匹が向けられ、ツェモイをはじめとした残り3匹は、それぞれ俺とウォッチタワーに向けられている。
そして俺とウォッチタワー、それにホッグスの背後から虫人間が迫ってきているのにも変わりはない。
「あっちゃあ……イケると思ったんだけどなあ」
呑気に言ったパンジャンドラム。
「ふふ……残念だったな。いい線はいっていたと思うが」
余裕綽々のツェモイ。
それでもパンジャンドラムは、肩をすくめただけだった。
そう言えば、彼はどうして俺がここにいるとわかったのだろうか。
それにパンジャンドラムはラリアと一緒だったはず。
だが彼は1人だ。いつも背中にしょっていたリュックサックもないし、そこに乗っていたラリアの姿もない。
だいたいどうせなら、俺たちの後ろの虫人間の方へ出てきて欲しかったのだが……。
そんな俺の愚痴をよそに、ツェモイは言った。
「状況は変わらないよ。今さら転生者が3人になったとて……そら、もう貴殿のお友達は魔女の子供たちの餌食に……」
そしてそんな俺の不満をよそに、パンジャンドラムはニヤリと笑った。
「ほーん。じゃあ4人ならどうかな?」
直後。
《ハル・ノートは無詠唱のスキルを発動しています。レーザークロウ》
突如俺の背後、上方。
振り返ると同時にちょうど虫人間たちの上、天井から5本の細い光線が走った。
光線はかき混ぜ棒のように廊下を動き回る。
何が起こったのかわからないのか、ポカンとした顔のまま光線に切り裂かれていく虫人間たち。
異形の虫を天井ごと切り刻んだ4人目の転生者が瓦礫と共に落ちてきた。
茶色いつなぎを着た痩せた奴。
床に手をつき、やや不恰好に着地する。
「あっ。ロ、ロスさんどうも……」
ハル・ノートだった。
そして彼は背後を振り向きざま一薙ぎ。
右手の指から伸びる光の爪が、残る虫人間を横一文字、いや五文字に……いや5本のラインに斬割した。
「戻ってきたのか、ハル……」
「あっいや、戻ってきたってゆうか、案内させられたってゆうか……」
ハルは「あっその、ばったり会っちゃって……」と騎士団の最後方、パンジャンドラムを指差し……、
「うわぁ! またあの声……っ!」
びくりと体を縮こまらせた。
ツェモイだ。
騎士団を見やれば、ツェモイのヌルチートの視線がハルを捉えていた。ハルは不正な妨害が始まった通知を受け取って、過去のトラウマがよみがえったのだ。
「…………すごいものだ。まさかこれほど転生者がいるなど」
呟いたツェモイ。
その能面のような無表情は、彼女のような異世界人にとってこの状況が、本来であれば絶望的なものであることを表しているのだろう。
何せ無敵の転生者が4人。慌てず瞬時にヌルチートで全員を抑えたのはさすがだった。
だがこの状況。
俺とウォッチタワー、ホッグスの救い主が、これで終わりではないことが俺にはわかっている。
ハルが破壊した天井の穴を見上げた。
夕暮れに差し掛かりつつある空。
穴からディフォルメではない方のラリアがひょっこり顔を出した。
「マスターッ!」
叫んで穴から飛び降り、俺に抱きついてきた。
「うわーんマスター! 死んじゃったと思ったですよ!」
「そっちこそ無事でよかった」
ウォッチタワーの訝しげな視線を感じる。ホッグスが、
「な、何で子供まで連れてきたのであるか……」
まあ無理もない。10歳程度の子供が、このR18必至の戦場にいるのだ。
だがしかし、だ。
この子が俺のもとへやってきた以上、どうせもう終戦だ。
俺はツェモイを振り返り……ふと思いついたのでこう言ってみた。
「どうだろう、ナイト・ツェモイ。転生者だったら彼を」俺はハルを親指で指し、「差し上げるので、ウォッチタワーを諦めるということにしないか?」
「あっあっあっ、えっ⁉︎」
悲鳴をあげたハル。
「彼はああ見えて経験豊富だ。1度に4人までなら同時に相手にできる手練れだぞ。きっと騎士団のお役に立てると思うが」
「あっあのあのロっロスさ、あの」
「バカかァーーーーッ! よりにもよってその男はないわァァ! 枯れ木みたいな体しおって人間性の薄っぺらさが胸板にあらわれとるだろうがァァァァァ!!!!」
後ろをちらりと見ると、ハルが「……ッシャ! ッシャオラァ……ノーマークオラァ……」と小さくガッツポーズを取っていた。
俺は双方に「もちろん冗談だ」と断っておいて、ツェモイに向き直る。
ラリアはヌルチートたちを睨みながらディフォルメ化していき、俺の左手を握ってぶら下がった。
「では仕方がないな。鬼ごっこは切り上げて仕事に戻ろう」
「ふん。スキルを封じられて貴殿らに何ができると……」
散々喋ってきた。もういいだろう。俺は右足で踏み込んだ。
「いくぞーラリアーッ!」
「おーっ!」
《ツープラトンのスキルが発動しました》
投擲。
《カミカゼ・ブーメラン‼︎》
青白い光をまといラリアは飛んだ。標的は敵リーダー。ツェモイ。
ツェモイは一瞬、驚愕の表情を浮かべたが……。
「ちいっ!」
《ツェモイ団長はライトシールドのスキルを発動しています》
ラリアが到達するより一瞬早く彼女は左手を突き出した。
手から金色の光が走り、ホームベースのような形状の光の盾を形成した。
大きい。ツェモイは素早く片膝をつき、盾に身を隠す。盾の下部を床につけ斜めに傾けた。
《ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》
ガツンと衝撃音。
ラリアは斜め上に軌道を逸らされ天井にへばりついた。ツェモイの盾は上部が欠け、光の破片がガラスのように散った。
「むむ! 固いです……!」
「だ、団長っ! 大丈夫ですか⁉︎」
「……構うな! 獣人は私が相手をする! おまえたちはロスと小男と見苦しいベニヤ板を片付けろ!」
ハルが自分を指差しながら眉をハの字にして、俺を見ていた。
「……自信を持て。ベニヤが好きな女の子もいたろ。4人ぐらい」
「とりゃーっ!」
ラリアが再突入。
ツェモイのライトシールドは、ラリアの突撃に対して強度が不十分だった。
しかし百戦錬磨の騎士団長はラリアが突撃するごとに盾を右へ左へ振ることで衝撃をいなしている。
ツェモイの動きは、とある年の大晦日、日本人の若いキックボクサーと対戦して圧勝した伝説的なボクサーが得意とした動きを思い出させた。左右への半回転を繰り返しながら攻撃を受けるのはボクシングのブロッキングの基本技術。手練れだった。
「ラリア! こだわらず他の騎士から狙え!」
「は、はいですっ!」
パンジャンドラムが、騎士2名と、ヌルチートを失った1名から逃げ回っている姿がこちらからも見えた。ラリアは光をまとったままその方向へ進路転換。
こちらはこちらで、2名の騎士が剣とメイスを片手に迫ってきていた。
「あっあっ怖い……っ!」
「ハル、こっちだ!」
俺はハルの腕を掴んでウォッチタワーの巨体の後ろへ隠れた。
騎士たちはこのオークを殺せない。
車椅子を騎士の方へ向けると、ウォッチタワーは丸太のような腕を振り回して騎士の接近を牽制する。
「お、おのれ冒険者! 守るべき者を盾にするなど恥を知らないのか!」
「知りすぎるほど知ってるさ。ただ歳を取るごとに価値を見いだせなくなってきてね」
愛に生きる女騎士vs人生に失敗した40代。交わらぬ線を平行のまま保ちながら、とにかくラリアがヌルチートの数を3以下に減らすのを待つ。時の流れは苦痛をもたらすこともあれば、問題を解決もしてくれることもあるのだ。
甲高い悲鳴があがった。
聞き慣れたヤモリの断末魔だった。直後、
「あーっ!」
《女騎士Dは気絶しています》
ラリアが早くも1匹片付けたようだ。残り4匹。
「あーっ!」
《女騎士Hは気絶しています》
残り3…………違う、さっきパンジャンドラムにヌルチートを殺られた者だった。とにかく彼女たちはアラレもない半裸で倒れ伏す。
「あっ、ロスさん! 車椅子を下げて!」
ハルが叫んだ。
何かはわからないが指示に従い、車椅子を後退させる。
「ちょっと失礼!」
「な、何だあ?」
ハルがウォッチタワーの肩に登った。
女騎士2人が攻め込んできたが、長剣を手に床を低く這うホッグスが牽制。
俺はハルの意図を掴んだ。
「ウォッチタワー! 彼を登らせろ! 屋根だ!」
「ええ? こ、こうか⁉︎」
ウォッチタワーは肩に乗ったハルの両足首を掴み、バンザイのポーズを取る。伸び上がったハルは天井に空いた穴の縁に手をかけ登ろうとし…………、
「ふ、ふぬぬ……」
……サッカレーの元暴君、懸垂ができないらしい。ぶら下がったまま足をバタバタさせている。
「ベニヤ板め」ホッグスの向こうの騎士が叫んだ。「鍛え方が足りないからそういうことになる!」
「少佐、時間をかせいでくれ! ウォッチタワー、車椅子を固定できるか⁉︎」
まったくやれやれだ。ウォッチタワーが車椅子の車輪をがっちり掴んだのを確認し、俺は椅子のハンドル部に足をかけて乗った。ハルの足を抱え込み、押し上げる。
そうしてベニヤ板を屋根に運搬したのと同時。ラリアの姿が目に入った。
身にまとう光が弱まっている。
宙を飛ぶスピードも落ちていた。エネルギー切れが始まっていた。
「ロス!」ホッグスが叫んだ。「どうするのだ⁉︎ ベニヤ板氏だけ逃して何を……」
その声にか、ラリアを追い回してたツェモイが振り返った。
瞬時に天井へ視線を飛ばし……、
《ツェモイ団長はライトソードのスキルを発動しています》
長く伸びた光の刃が左の壁を貫通。
「きええええい‼︎」
一閃。
剣は空中廊下の左から右へ半月のような残光を描いた。
廊下をコの字にごっそりと、天井まで切り裂いた線は、俺の頭上、やや前方。
ハルが今ちょうど登ったはずの位置だった。
「仕留めたッ!」
「べ、ベニヤ板殿っ……⁉︎」
ツェモイの勝ち誇った顔が見えた。
そして次の瞬間。
《ハル・ノートはプロジェクト・フィラデルフィアを発動しています》
ツェモイと、その向こうに見える、パンジャンドラムを追い回す騎士の背中。
その間の空間に人型の砂嵐が発生。
《ハル・ノートは無詠唱のスキルを発動しています。レーザー・クロウ》
突然廊下に姿を現したハルが、女騎士のヌルチートを突き刺した。
「な、なにっ⁉︎ いつの間に⁉︎」
ヤモリの悲鳴に振り返ったツェモイ。
ハルは深くえぐりながら女騎士の1人のヌルチートを引き剥がす。
たたらを踏んだ騎士へラリアが、
「おりゃーっ!」
「あーっ!」
《女騎士Fは気絶しました》
ハルに投げ捨てられたヌルチート。床にどちゃりと音をたてた。ハルは言った。
「あっその……見えなければいいわけで」
ヌルチート、残り3。
明日は二話投稿し、三章前編終了をもって今年の投稿の最後とします。




