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第百十七話 ファイナルアンサー


「全員どこかへいってもらおう! さもなくばウォッチタワーのペニスを切り落とすぞ!」


 鋭い切っ先をウォッチタワーの股間へ突きつける。吹き抜けにあがる悲愴な悲鳴。

 上から、


「は、ハッタリはやめたまえっ!」

「ハッタリかどうか賭けてみるか⁉︎ このロス・アラモスがこのまま初対面のオークと心中するような親切な男だと! これ以上は付き合いきれない、何だったら腕の方を切断してもいいんだ! この巨体をクッションにすれば落ちても助かるかもな! だがその前に、君らの恋人を機能不全にしてやる!」


 切っ先で何かの膨らみをつつく。


「い、痛え、や、やややめ……」

「やめろロス・アラモス貴様ァ!」

「ロスやめてそれ私の剣である」

「やめて欲しければどこかへいけ! こちらはどっちでもいいんだぞ!」


 どう出る。エレオノーラ・ツェモイ。仮に何かの決断を彼女がしたとして、俺はそれに対しどうリアクションすべきなのか。何も考えていない。


 ただスロープ最上階にいるツェモイは苦悶の表情を浮かべている。

 ひょっとして……かなり迷っているんじゃないのだろうか。

 イケるかも知れない。


 だが、長剣を持った右腕に何かの衝撃があった。

 というより、俺の腕が何かに挟まれている。


 そちらに目を向けると、ウォッチタワーに襟首を掴まれぶら下がっていた女騎士Eが、俺の右腕を両足で挟んでいた。

 彼女は襟の後ろをウォッチタワーの左手に掴まれているのでこちらに背を向けていたが、腰を捻って俺の腕を挟み、引き下げてくる。


「やらせるものですか! ガスンバの至宝を!」


 まずガスンバの至宝とは何だ。俺は何とか振り払おうとするが、Eはしつこかった。

 だが振り払える。こちらはまだヌルチートの影響を受けていないのだ。


《ザ・マッスルのスキルを発動しました》


「離せィ!」


 力づくで力尽くで振り払う寸前。

 女騎士Eが何を思ったが、ウォッチタワーの股間を殴った。


「ア゛オ゛ォ゛!!!!!!!!!!!」


 ガスンバの至宝と呼んだそばからこの仕打ち。

 何の気の迷いかと思ったがその理由はすぐにわかった。俺がEを振り払う瞬間、ウォッチタワーが彼女の襟を離してしまったのだ。

 腕を両足で挟むEの体はサーカスの空中ブランコのように振り回された。

 そしてその勢いで、


「ぐわああぁ!」


 ツェモイの伸ばした光の刃に沿い、突き刺されたウォッチタワーの右腕が滑り始めた。ツェモイのいる上階より伸ばされた刃から、中部に刺さっている床まで。鮮血のしずくが俺とホッグスにも降りかかっていた。


「よくやったッ!」


《ツェモイ団長がライトブレードを解除》


 光刃が消えた。


 支えを失い、女騎士Eに(正確には俺の腕力だが)に振りまわされた俺たちはスロープの方へ飛ばされた。光刃が刺さっていた階から1段下のスロープの床へ斜めに落ちていく。


 ホッグスが俺の背中からスロープへ飛ぶ。俺自身はスロープの下り坂を利用し、前回り受け身を取ることに成功した。

 だがウォッチタワーは床に激しく叩きつけられた。両手で股間を押さえゴロゴロ転がっている。


「諸君! 捕らえよ!」


 スロープの上と下から女騎士たちが走ってくる。


「ロス、こっちである!」


 ホッグスが、スロープの壁にあった扉を開けた。

 そして運のいいことにちょうど俺たちの方までスロープを下り降りてきた車椅子を持ってくる。


 ウォッチタワーは脂汗にまみれながら椅子に這い上った。女騎士Eが横から体当たりしようとしたが、椅子から放たれたウォッチタワーのパンチに腹を打たれ吹き飛んだ。


 椅子を押して、扉からまた木造の廊下。


 ホッグスが先行し、いくつか脇道のある廊下で逃げ道をチェックしているようだ。

 だが右の脇道に目をやった彼女が硬直した。


 そして大慌てでこちらを向き、


「ロス、頭を上げるな!」


《ホッグス少佐はフォックスファイアのスキルを発動しています》


 尻尾を打ち合わせ火球を3発発射。それらは俺の頭を飛び越え、廊下へ入ってきた女騎士の手前で壁の左右に着弾する。廊下へ突入してきた女騎士たちはひるんで立ち止まる。


「ロス止まるな走れ!」


 俺とウォッチタワーの車椅子は先ほどホッグスが立ち止まった脇道に差しかかった。


 そちらを見やればなるほど納得。脇道の向こうの暗がりから、虫人間が大挙して押し寄せてきていた。


 俺たちが脇道を通りすぎたことを確認し、ホッグスがもう3発。脇道よりこちら側の壁と床へ向けて発射した。


 ホッグスの炎は不思議なことに、いくつかの細長いロープ状の形となり、まるでそれ自体が生きているかのような、蛇のような動きで床をのたうち回った。

 そのためあっという間に廊下の一部は完全に火に包まれた。


 脇道から現れた虫人間。彼らは一瞬こちらを見やったが、廊下のこちら側が火に閉ざされたのを見たためか反対側へ歩みを変えた。


「団長、魔女の子供たちです!」

「おのれ、まだこれだけいたのか!」


 口々に叫ぶ騎士たちの声を聞きながら、俺たちは廊下の突き当たりを右へ折れる。


 直線の通路。

 背後から破壊音が聞こえた。振り返ってみると、先ほど曲がった廊下の角から光の刃が走るのが見えた。そして三叉路に飛び散る血しぶき。

 俺たちは振り返るのをやめ通路を走った。


「むう、虫人間は足止めになりそうもないのである……!」

「……ラリアさえ一緒だったらな……!」

「ラリア?」

「俺と一緒にいた獣人だ。あの子はヌルチートの呪いを完全に無効にできる」

「マジか⁉︎」ウォッチタワーが言った。「いったいどうして……」

「わからん。あの子を俺に押しつけた奴隷商人は、俺にはラリアが必要になる時がくるとだけ……事実俺はラリアのおかげでイカれた女たちから2度逃げ切った」


 通路はやがて、空中廊下となった。


 道幅は広く天井もやや高く、ゆったりした造り。左右に窓。

 外を見ればどうやらこの廊下はコの字形の棟の間にある通路のようだ。左手に建物、右手は草むらの向こうに森が見える。

 高さからいってここは2階だ。


 俺の脳内の、《ウェイブスキャナー》で作られた地図。それによればこの先を右に曲がったところに下りの階段がある。そこをまず下りて……。


「おいおいロっさん、マズイぞ!」


 ウォッチタワーの叫びは彼もまた《ウェイブスキャナー》を発動させていたことに他ならない。

 この廊下の先の暗がり。脳内地図には無数の丸や楕円の図形。通路いっぱいに密集している。彼もそれに気づいたのだ。


「うげっ! またあいつらである!」


 虫人間たちだ。

 カミキリムシだのハンミョウだの、多様性豊かな行列が、通路いっぱいに広がってこちらへゆっくり行進してくるのが見えた。


 《ハードボイル》。いや、そのまま向こうまで突っ込めば血液で足やタイヤが滑りかねない。


 いっそ窓から飛び降りてみるか。今なら《ゼロ・イナーティア》を使えるし、2階からなら落ちるのはすぐだ。下についたらすぐ建物の陰に入ってしまえば。


「少佐、ウォッチタワー! 飛び降りるぞ!」

「う、うむ!」


 車椅子のウォッチタワーを抱え上げ……、


《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》


 重さに耐えられず、3人で転倒した。


「うう! もう追いついてきたのであるか⁉︎」


 今通ってきた廊下の向こう。すでにツェモイを先頭として走ってくる女騎士たちの姿があった。


 空中廊下へたどり着いたツェモイは手を挙げ、騎士団の足を止めた。

 彼女の視線は俺たちよりも向こう。虫人間を見ている。


「……魔女の子供たち、か」


 そう呟くと腰に手を当て俺を見やった。


「ふふ、ロス殿。貴殿は吊り橋で、右の道も左の道も同じことだと言っていたな。ではこの場合はどうなのだろうな? 前と後ろ」


 俺は虫人間に目を向ける。薄気味の悪い化け物たちはゆっくりとこちらへ近づいてきている。


「このまま虫に喰われるか? それとも我らの剣の錆となるか。いやこういうのはどうだ? ウォッチタワーを渡せば命だけは助けてやっても構わない。選びたまえよ。いずれか異なる死の形か。我が身可愛さに同郷の者を売った後悔と敗北感か」


 立ち上がった俺を、床に倒れたウォッチタワーが見上げていた。

 前門の虎。後門の狼。

 彼は虫人間と女騎士団を見比べ……そして首を振った。


「……ロっさん。ありがとよ」

「…………何のことだろう」

「助けようとしてくれて、さ。見ず知らずのおれなんかをよ。けどもういいよ。他人のためになんか死ぬこたぁねえ。訳のわかんねえことになるだけだよ。奴らに引き渡してくれや、おれを」


 おめえさんたちはもう行ってくれ、ウォッチタワーはそうも呟いた。


「何を言っとるのであるか! 貴君を救出するのは我が部隊を妖精王から守るためである! それに貴君を仲間のオークのもとへ返すと約束したのだ!」


 ホッグスが叫んでツェモイを振り返り、


「このバカ女! 妖精王を説得できるのはこのウォッチタワー殿だけなのだぞ! 貴様らはウォッチタワー殿を虐待して、このガスンバから出られると思っているのであるか!」


 窓からの光を受けながら、女騎士団長は顔を歪めて笑うだけだった。

 後ろの騎士団員はただウォッチタワーを見つめ息を荒げているのみ。

 ホッグスはその様を見て呟く。


「…………本当に……正気ではないのか……?」


 虫人間たちがギチギチと鳴く声が空中廊下に響き渡った。

 もうすぐそこまで迫っていた。

 

「……さて、ロス・アラモス殿。訊こう。返答を」


 俺は廊下の前後を交互に見やった。

 なぜ俺に訊くのだろうか。

 現場の責任者はホッグス少佐のはずだが。

 今彼女が子供みたいな見た目だからと舐めているのだろうか。


 そんな細かい点に気を回していれば何かいいアイディアの閃きにつながってくれるかと思ったが、特にどこにもつながらなかった。


「訊こう。どの道を選ぶのだ?」


 催促がきた。すごいプレッシャーだ。


 A。生きたまま虫に喰われる。


 B。剣で死ぬ。


 C。ホッグスと2人で館を立ち去り、グレイクラウドたちオークに、ウォッチタワーは残念だった、俺たちが向かった時にはすでにもう、とお悔やみ申し上げる。


 D。今までの出来事は全部夢で、俺は朝から125ccのスクーターにまたがって、あのツェモイって女は美人だったな、もう少し寝ていたかったと考えながら退屈な職場に出勤する。


 どれもファイナルアンサーにするにはしっくりこない。特にDを選んではならない。ロス・アラモスの神聖なる前髪を失うことになる。


 そして1番の問題はだ。


 仮にCを選んだとして……ヌルチートで理性の吹っ飛んだツェモイが、約束どおり俺たちを逃がす気になるのか?


「ロ、ロス! 虫が……!」

「ロっさんもう諦めてくれ! もういいんだおれのことなら!」


 決断の時だった。

 俺はツェモイに目を向ける。そして口を開こうとした時だった。


 騎士団が立っている位置から少し後ろ、左側の窓。外の景色が見えている。

 空中廊下の屋根から、ロープのようなものが投げられ、垂れ下がるのが見えた。


「さあロス・アラモス! 返答を!」


 俺は言った。


「オーディエンスを使う」


 瞬間。

 騎士団後方、左側面の窓ガラスが割れた。


 ドクロの仮面を被った小柄な男がロープにぶら下がって突入してきた。




「パンジャンドラム、遅かったな」

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 正解がなさそうだから5対5はダメだしやっぱオーディエンスに聞いてみないと! そこそこシリアスな展開なはずなのにやってることは至高の股間争奪戦というもっとマジメにやれ的な現状が面白すぎる
[良い点] 二択を迫られた状況で現場責任者への責任転嫁の話題に逸らしつつロスらしく思考しながらファイナルアンサーの小ネタで四択まで増やし、選択肢Dのジョークから髪の話題になり、見事にオーティエンスとい…
[良い点] 離せィ。ロス・アラモスといえば離せィ。随分ご無沙汰だった気がする離せィと叫ぶロス・アラモス。そうして窮地からの頼もしい援軍パンジャンドラム。あれ。ラリアは。続く。
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