第百十五話 格闘せよ! ロス・アラモス!
《ザ・マッスルのスキルが発動しました》
階段を少し降りてウォッチタワーを抱え、また駆け上がる。
危なかった。今一瞬、階下の角からツェモイが曲がってくるのが見えた。見られる前に廊下へ上がることができた。
《ホッグス少佐はフォックスフレイムのスキルを発動しています》
ホッグスが後ろも見ずに火の玉を階段下に放り込んだ。
下からは、ツェモイの下がれと叫ぶ声が聞こえた。それを尻目に廊下を走る。
廊下は少し横幅が広くなっていた。
15メートル。直線。右側に窓が並んでいる。窓のいくつかには汚れたカーテンがかかっていた。
おそらく方向的に、木造の棟へ戻る廊下だ。
廊下の突き当たりは薄暗かったが、そこに左右から女騎士が3人出現。それぞれ手に剣が煌めいているのが見えた。
そしてそのうちの1人は剣を持たない方の手に、何か円筒形の黒い物を持っている。500mlのペットボトルほどの大きさのように見えた。
「おのれ! 騎士団はジェミナイトの通信具を持っているのだ! どうりで動きが早い!」
「通信具……」
「貴様が転生者と知れているはず! おのれ上層部め、私には予算の都合とか言って持たせてくれなかったのに……こんなの平民差別であるっ!」
知れて、知られて、正確な用法はどちらだったろうか。
《不正な妨害が行なわれて……
頭のあれやこれやを振り払い素早くしゃがみ込む。危ないところだった、立っていたらギックリ腰は免れなかった。
「ウォッチタワー殿、これに!」
廊下の脇に錆びた車椅子があった。
それをホッグスが押してきた。
ホラーな館を演出する洒落たインテリアだが浸っている場合でもないだろう。ウォッチタワーが俺の背から降り椅子に這い上った。
「突っ込むのである!」
「ツェモイの相手よりはマシか!」
俺は力の限り車椅子を押した。ウォッチタワーも車輪を手で回してくれている。そんなタワーの頭の上に跳び乗ったホッグス。
廊下の奥で女騎士たちが臨戦態勢に入っていた。
「少佐! カーテンを切り取れ!」
通りすがりにホッグスの長剣が閃き、カーテンをゲット。
「ウォッチタワー、広げろ!」
「よ、よっしゃ!」
フィジカルエリートウォッチタワーの両腕の長さは3メートル弱はありそうだ。その両腕をいっぱいに広げたことで、カーテンが俺たちの前方を隠す。
《ザ・マッスル、ウルトラスプリントのスキルが発動しました》
油の差されていない車椅子の車輪に絶叫をあげさせながら一気に加速。
あっという間に廊下奥へと突っ込んだ。前方から衝突音。車椅子を押す手にも生々しい衝撃。女の悲鳴が聞こえた。誰かにぶつかったらしい。異世界転生などしていなければいいが。
ウォッチタワーが右にカーテンを投げた。跳び上がったホッグスがそれをキャッチし、右に立っていた騎士に頭から被せた。
ウォッチタワーはさらに車椅子から転げ落ちざま、その椅子を片手で左の奴に投げつけぶつける。
真ん中の奴はぶっ倒れて目を回していた。
ウォッチタワーの巨体、そして女騎士と壁にサンドイッチにされたのか、背中のヌルチートが血反吐をブチ撒けて死んでいた。やがて姿が消えていく。女騎士はヤモリがクッションになったか、気絶しているだけで命に別条はなさそうだ。
右から甲高い、動物的な悲鳴。ホッグスがヌルチートを切り裂いていた。
左は……椅子を投げつけられた衝撃が相当だったのか、左の騎士は廊下突き当たりから折れた通路にまで下がって、瞳の焦点も定まらずふらついている。
俺はすかさず双手刈り。テイクダウン成功!
「ロっさん、サイドポジションを取れ、横四方固めの、そうだ! いいぞ!」
横目に見ると、
《ウォッチタワーは10億分の1の男のスキルを発動しています》
右側の女騎士の首を裸締めで締め上げながら、俺に声を飛ばしている。
俺はバタバタもがく女騎士に対し、サイドポジションからさらにマウントを取ることに成功した。
「殴れ、ボコボコにしろ!」
ずいぶんひどいことを言う。だがフェミニストを気取っている場合でもない、少しあどけない顔立ちをしている緑の髪の女騎士目がけ拳を振り上げる。緑髪! こいつは緑髪なのだ!
「ひゃっ!」
まだ1発も殴ってないのに彼女は顔をかばいつつ、身をよじって背中を向けた。いつも大晦日にテレビで観戦するだけの俺が言うのもなんだが、グラウンドテクニックの素人のムーブだった。騎士の訓練所ではオークをレイプする以外の寝技は学ばないらしい。
即座にヌルチートを引き剥がし、
「少佐!」
「死ぬのである!」
後方へ投げるとホッグスが串刺しに。
ウォッチタワーが匍匐前進の要領で両腕を使い、床を這ってこちら側の廊下へ入り身を隠す。緑髪の女騎士は頭を抱えてうずくまったまま震えているだけ。闘う気力を失ったようだ。
俺は車椅子を起こし、スキルを発動させてウォッチタワーを担いで乗せてから、また通路を走る。
木造の棟に入った。
居住区のようだ。この館へ入ってきた当初と同じように、狭い廊下の左右に部屋が並んでいる。
「少佐、さっきの目くらましを使えないか? ヌルチートの目さえ塞げば俺が騎士を片付けられるが」
「さっき〈くど〉の粉を使い切ったのである! あれほどの光はもう出せん……」
くど。クド……苦土か? たしかマグネシウムのことだ。
なるほど。マグネシウムは火をつけると強い光を放つ。それをスキルの火の玉に投げ込んだのか。
またまた廊下の三叉路を右。
「女騎士の人数は何人いるんだ?」
ホッグスは15人と答えた。
最低でも3人が気絶。1人は視界不良で戦闘不能。1人は戦意喪失。
この場合重要なのはヌルチートの数だ。
15匹いると考えるべきだった。それは想像もしたくないことだが、大人たるもの最悪の状況を想定することから逃げてはならない。
すでに5匹片付けた。ホッグスに視界を奪われた1匹が復帰すると考えて残り10。昔住んでいた四畳半アパートの隣のひと部屋に引っ越してきた中国人と同じ数だった。つまりあの頃と比べれば今はまだ最悪とは言えない。解決法もあの時と同じだ。
「この家を引き払おう。兵士と合流するんだ」
「吊り橋のこちら側には魔力供給獣が1体と魔法銃兵が渡り切っていたな! 探しにきてくれていればいいのであるが……!」
《ウェイブスキャナーのスキルを発動しました》
これをもっと早くに始めるべきだったかな。下りの階段を探す。
長い廊下は両側ともに部屋の扉が並んでいるだけ。
突き当たりは目に見えている。また左右に分かれ道。正解は右か、左か……。
脳内地図の右側の廊下。丸い点が2つ。2つとも棒状の物を所持している。俺たちの進む廊下の方へ進んでいる。
「ウォッチタワー、少し手を離すぞ!」
「な、何⁉︎」
俺は力いっぱい車椅子を押して勢いをつけ手を離す。
そうやって加速させておいて、俺自身は右の扉を開け放ち部屋の中へ飛び込む。
3つほどの部屋をブチ抜きで1つの部屋にしていたらしく、広い。割れたタイルの床、閑散としており、天井から錆びた鎖がぶら下がっているのが目に入る。壁にも何やらの赤黒い染みが広がっている。
左の壁にいくつかの刃物がかかっていた。何に使うのか想像できない形状、何に使ったのか想像もしたくない錆び具合。
その内、庭の剪定に使うような大きなハサミをひったくりつつ廊下に沿って部屋を疾走。前方の壁が猛スピードで迫ってきて……、
《ザ・マッスルのスキルが発動しました》
壁に体当たり。漆喰だかなんだか知らないが白い壁を突き破って、廊下突き当たりの右側にあたるであろう位置へ飛び出した。
ちょうど眼前に飛び込んできた女騎士2人の姿。突然壁からダイナミックに登場したロス・アラモスを見て口をあんぐり開けていた。
《パウンドフォーパウンドのスキ》
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
びっくりしてこちらを見たのは女性陣ばかりではなかったらしい。だがこちらも運動エネルギーは残っていた。体勢の整わない1人へ体当たり、もう1人を左へ突き飛ばす。
体当たりで壁に押しつけた女騎士。彼女は尻餅をついた。北米名物、金網レスリングの始まりだった。
俺は片膝で騎士の上体を壁へ押しつけ立ち上がれないようにしつつ、背中に挟まれているヌルチートの首にハサミの先端をねじ込む。
左の方で衝突音。
ウォッチタワーの車椅子が廊下突き当たりの壁に激突したのだ。
横目に見ると、さっき突き飛ばした方の騎士は車椅子の向こうへすっ転んでい…………、
股間に衝撃!
何と壁の女騎士、総合格闘技黎明期では反則ではなかった金的攻撃を敢行したらしい。股にアッパーを食らったようだ。
ハサミを取り落としうずくまる。呼吸もままならず、微動だにもできない!
立ち上がりスタンド状態に復帰した女騎士、剣を振り上げて……、
「ロス!」
「やめろテメーオラ!」
見上げた女騎士の顔、側面。ホッグスのドロップキックがめり込んだ。どうやらウォッチタワーが彼女を投擲したらしく、女騎士は失神KO、横倒しに倒れる。
「ロス、だ、だいじょぶであるか……さすった方がいいか?」
「な、な、何か食べ物もってないか……」
「何をこんな時に食い意地が張っておるな」
「は、早く……」
「む、取っておこうと思っていたのであるが……」
ホッグスが胸ポケットから何か包みを取り出した。
「あー……私が小型化したせいで圧縮されて砕けているのである……」
包みをせわしなく開き取り出したものは焦げ茶色の塊。ホッグスがそれを俺の口に突っ込む。味はチョコレートだった。
《ザ・サバイバーのスキルが発動しました》
《体力が回復!》
素早く立ち上がる俺。スキルが発動したということは……。
「クソ、離しやがれオイテメーコラ!」
ウォッチタワーの車椅子。
その背後に回ったもう1人の騎士が車椅子を引き、俺たちが今しがた走ってきた廊下へ運んでいこうとしていた。
洋館で車椅子を引く女はホラー界のトップコンテンダー。今日のホラー・オブ・ザ・ナイトは彼女で決まりだろう。だが我々全員が必死すぎるためか、逆に緊張感のない図式に見えた。
ウォッチタワーは突き当たりの壁の、窓枠(でもなぜか窓そのものはなく、向こう側は壁だった)に手をかけ抵抗している。
俺はすぐさまそちらへいこうとした。
しかしその時。
「う……わ⁉︎ きゃあっ!」
廊下の向こうの暗がりから何者かが現れ、女騎士の腕を掴んだ。
スキンヘッドのなまっちろい頭の男。
首から下は黒い、虫のような胸と腹。
そいつは6本の、人間の腕を持っていたが、1番下の腕で足のように立ち上がり、1番上の手で女騎士を捕まえている。
「ううっ! 魔女の子供たちだ!」
ウォッチタワーの呻き。
同時に女騎士は車椅子から引き剥がされ、廊下の奥へ引きずられていく。
「きゃああ! や、やめて……」
ホッグスがウォッチタワーへ飛び乗って、その様を眺めていたが、絞り出すような声で言った。
「む、むぅ……ロ、ロス! いくのである! この隙に……」
俺は車椅子を突き当たりから右へ押して進ませる。
反対側の、女騎士が引きずられた方を振り返ってみた。
女騎士は床に組み敷かれていた。
スキンヘッドの虫男、顔の下顎はやはり虫のようにハサミ状になっていて、その顔を女騎士の顔に近づけていた。開いたり閉じたり、ギチギチと音を立てている。何も熱烈なキスをしたいわけではないだろうことは想像がついた。
「いやあっ! やめ、やめてぇーっ!」
「ロス、何を立ち止まっているのであるか、早くいこう!」
俺は車椅子を押して先へ進ませると、椅子の取っ手から手を離した。そしてホッグスから長剣をむしり取り女騎士の方へ向かった。
「ロ、ロス! 放っておけ、敵だぞ!」
廊下の角。今しがた走ってきた通路の奥に、ツェモイの姿が見えた。追いついてきたのだ。
角を通りすぎ、倒れた女騎士に近づく。ヌルチートは今しもオーナーが死にそうになっているのに相変わらず俺ばかりを見ている。まったくロス・アラモスは人気者だ。
虫男の脇腹へ剣を突き込んだ。声もあげずに弾かれたように上体を起こした虫男。腕を振り回してきたところを俺は剣で受ける。何とまあたいへんな力だ、俺は壁へ吹き飛ばされた。
虫男は逃げようとした女騎士の腰の衣服を掴んだまま、尻餅をついた俺へ迫ってきた。食らいつこうと勢いよく迫るハサミの顎。俺は奴の肩を足で押しなんとか防ぐ。
「ロス、バカ者……!」
《ホッグス少佐はフォックスファイアのスキルを……
俺の脚力では到底その接近を押しとどめることはできないらしい。顎はあっという間に俺の喉元へ迫る…………寸前。
女騎士のヌルチートを掴んで引き剥がす。
それを虫男の顔に押しつけた。
虫人間が肉を咀嚼する音が聞こえる。ヌルチートの甲高い悲鳴。口からゴボゴボと血を吹き出している。やがて俺の手からヌルチートがかき消えていき、その向こうに虫男の顔…………。
奴は見たろう。
さっきまでヌルチートを掴んでいた俺の手が青白い光を放ち始めたことを。
「……ミスター。さよならを言うのがちょっとだけ死ぬことなら……君には何と声をかけるべきかな」
《ハードボイルが発動しました》
爆音。
廊下中に飛び散った。
熱を帯びた血が降りしきるなか、俺は立ち上がる。
ヌルチート、残り8。




