第百十二話 恋に仕事に頑張るアタシ
「ツェモイ団長、そのヤモリは何であるか……?」
ツェモイの背中から、俺にとっては見慣れた顔がこんにちはした。
赤い瞳のヤモリ。
それを見て…………、
「ううっ……ヌルチート…………ッ!」
……先に呻いたのは俺ではなかった。
背中のオーク。ウォッチタワーだった。
「じっとしていろよウォッチタワー。ガスンバ、いやさオーク最強の戦士との呼び声高い貴様であろうと、この召喚獣の前では赤子に等しいことは証明済みだろう……?」
ツェモイの口の端が醜く歪む。穏やかで落ち着きのあった、美しい彼女はどこへいってしまったのだろう? そしてその表情も、俺は見慣れてしまっていた。
「ロス。早くウォッチタワーを牢に戻せ。何度も言わせるな」
「ツェモイ殿、剣を納めるのである! どうしたのだ!」
「……ナイト・ツェモイ。嫌だと言ったら?」
「やむを得ない。死んでもらうよ」
「エレオノーラ・ツェモイ、血迷ったか!」ホッグスが腰の長剣に手をかけ、「あっ」
抜けなかった。身長が縮んだためか腕も短くなっており、大人用の剣が抜けないのだ。右手の柄を引っ張り、左手の鞘を引き下げ、なんとか引っこ抜こうとしているが、鞘はただ背中に回り込むだけで、ホッグスは自分の尻尾を追いかける犬のようにその場でクルクルと回転している。
俺は言った。
「団長、説明が欲しいな。2ヶ月も前からこちらのウォッチタワー氏に首ったけのようだが、どんな理由があるんだろう? その背中のヤモリと関係があるんだろうか?」
別に答えは期待していなかった。
背中に赤ん坊の代わりにヤモリを背負ったベビーシッターと、彼女にロックオンされたタフガイが1人。
この異世界にきてからというもの嫌というほど見てきた図式が何を意味するのか、言及するのは後に回してもいいだろう。
俺はただタイミングをうかがっていた。
狭い廊下の向こうに、3人の女騎士。
枯れ木も山の賑わい、ツェモイ以外の2人の背中からもヌルチートの面がのぞいているのだ。
これからウォッチタワーの巨体を放り出し、約6メートルの距離を踏み込んで、帯剣した3人の美女を殴り倒さなければならない。そしてそれは急を要していて、しかもこの一直線の細い廊下で、ヌルチートの視線を避けながら行なう必要がある。ああロス・アラモス、どんな方法があると言うんだろう?
「そうだな、話してやってもいい。貴殿には世話になっているしな。ここへたどり着けたのも貴殿の活躍によるものでもあるし……」
オーケーすごくいい。長い話が聞きたいな。できるだけ修飾語は多く、たとえ話をまじえながら、関連性のある格言なんかも引用し、時々脱線したり、はたまた同じ話をうっかり繰り返したりするのもいい。
とにかく長く喋ってくれよ。
橋へ向かったホッグスの部下が、騎士団の指揮権が及ばない第三者を連れて戻ってくるまで。ライフル兵とか。
「ここで好みの捕虜を性的に拷問していた。だがあの忌々しい妖精に出入り禁止を食らってね。以上」
そしてツェモイは口を閉じた。
素晴らしい。話はそれで終わりだった。簡潔明瞭、意味不明瞭。
なんとかコミュケーションを取ってみる。
「それじゃわからん」
「わかってどうする?」
論破された。まったくそのとおりだ。俺だって、知ったところでそいつにどんな得があるのかわからない単なる好奇心からの質問をされるのは好きじゃない。特に頭部に関する質問は受け付けてない。
「せ、せ、性的に拷問とは何であるかっ! 何なのだ、さっきから聞いていれば! 貴君の話からすれば、貴君ら騎士団はまるでこちらのウォッチタワー殿の体目当てにガスンバへやってきたかのように聞こえる!」
「聞こえたとおりだ。そのとおりだよホッグス少佐」
「は……はああ⁉︎ 貴君ら騎士団は魔女の遺物を捜索するのか任務であろう?」
「それは飽きた」
「はっ、はああああ⁉︎」
「第一次遠征の時はたしかにその予定だった。ただウォッチタワーを見つけて気が変わったのだよ」
「なんっ……では何か⁉︎ 貴君らはただ捕虜を拷問するためだけに、軍の予算を使って遠征をしていると……⁉︎」
「そうだよ」
「はあああああああああああ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
ホッグス。何というコミュ力だろう。やはり女同士、話が弾むのだろう。いやそれだけではあるまい。この誰とでも対話ができる交渉力こそが、若くして少佐に昇進できた秘訣なのだ。きっとそうに決まっている。
「正気であるかぁーっ! エレオノーラ・ツェモイ! 捕虜の拷問は軍法違反! それだけならまだしも、私的な目的のために軍の予算を浪費し、あまつさえ兵を危険にさらしたと言うのかっ!」
「お言葉だがね、少佐殿。我らは当初我らのみでガスンバ入りしようとしていたんだぞ。貴殿の仰るとおり私的な用事だからな。横から首を突っ込んできて関係のない部隊の兵を危険にさらしたのは貴殿の功名心では?」
「うっ……」
論破された。だがいいぞホッグス。会話が盛り上がってはいるぞ。心なしかツェモイが理性を取り戻しつつあるように見える。きっと君の道徳心、規律、軍人魂に胸を打たれたからだ。がんばれホッグス。応援してるぞ。
「し、しかしであるな……性的な拷問とはまず何であるか……」
「だから文字どおりだ。セックスするのだ」
ホッグスがこちらを振り向いた。
またツェモイを見る。
また振り向いた。
「えっオークと」
「そうだ」
「はあああああああああああああああああああああああ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
なるほど。リアクションか。リアクションを大きくするのが、コミュニケーションの秘訣か。転生者ロス・アラモスは新たなスキルを学んだ。ただでさえ完璧な男はより究極に近づきつつあった。
「オークと⁉︎ えっ正気⁉︎ 貴君、めっちゃ美人! 何でオーク⁉︎ 嫁の貰い手、婿のなり手、より取り見取り! 何でオーク!」
心なしかツェモイが不機嫌そうな顔をした。後ろの女騎士たちも。
……ひょっとして、俺の背中のウォッチタワー氏も同じような表情をしていないだろうな。
「貴君ら、もう少し自分を大切にした方がいいのではないか? なぜにわざわざオークと……ほら、そこのロスを見るのである。見てくれはそれなりにカッコいいであろう。やはり女たるもの、せめてああいった感じの細マッチョイケメンの方が……」
まったく唐突にツェモイがホッグスへ、外したばかりの肩当てを投げた。全力で。
狙ってないのかリキんで外したのか、肩当ては床と壁を跳ねながら俺たちの後方へ転がっていった。
「ぴえっ危ないっ! 何をする!」
「何が細マッチョだぁぁーーーーくぉの軟弱女がぁーーッ! ガリガリに痩せて皮下脂肪が薄いから筋肉の筋が見えてるだけだろうがぁー!」
「えっえっでも、ロスの前腕太くない? 結構セクシー……」
「やかましゃあああーーーーッ! バルクが足りんのだバルクがぁー! 細マッチョぉぉ⁉︎ ペラッペラの木板みたいな貧相な体をさらして表をうろついて、恥ってものを知らんのかーーーーッ‼︎」
そしてツェモイは俺を……いや違う、正確には背中のウォッチタワーを指差した。
「これだッ! こーいうのこそ男と言うのだッ! この、このオークのフィジカルの完璧さがわからんのかァッ! 高さ! 横幅! 厚みィィーッ! まさにパーフェクトッ! 男根の暴力ッ!」
ツェモイはホッグスをキッと睨みつけ、
「見たことがあるか? こやつのペニスを!」
「あ、あるわけないじゃないですか」
「もったいない……素晴らしいゾォ〜、オークペニスはァ。太さ、固さ、長さ……」
「あ、あのいやもういいです」
「聞きたまえよ少佐……このウォッチタワーの下半身がいかに逞しいか……あれは初めてこいつのモノを受け入れた夜のことだった……」
ツェモイが何か子供には聞かせられないような思い出話を熱く克明に語っていたが、俺はその間自分の前腕を眺めていた。前世でジョギングに精を出していたことを思い出す。中年にさしかかると前腕に血管が浮いている人がいるが、俺の前腕はなぜかあまり血管が出ていなかった。だから皮下脂肪を落とそうとあがいていたのだった。前世の俺の前腕はどことなく幼稚な雰囲気をまとっていた気がしたからだ。ロス・アラモスの前腕は、やはりそんなに血管が浮いていない。若いからだろうか。そう言えばふと思ったのだが、ノクターンというのはどんな曲なのだろうか。メロディを思い出そうとしてみるが、そもそも俺はあの曲を聞いたことがあるのだろうか? いや、ないな。
「ええいもういいっ! 何でそんな話聞かされんといかんのであるか! 今じゃなきゃダメか! そんな生々しい話題で盛り上がるほど私らあんま仲良くないであろうが!」
ホッグスが、顔を耳まで真っ赤に……今のホッグスの耳は狐の耳だった、血行のほどはわからない。いずれにせよ赤い顔で叫んだ。
ツェモイはつまらなさそうに肩をすくめた。そんなに語りたかったのかは知らないが、いずれにせよ彼女は次にこう言った。
「わかっていただけないなら仕方がない。私も部下たちも、2ヶ月もの間おあずけを食らっているのでな。早いところウォッチタワーの屈強な肉体に蹂躙される悦楽を再開したい。早く牢に戻してくれたまえ」
「蹂躙されるて……そっちが蹂躙する立場ではないのか……と言うか何でわざわざ蹂躙されに……」
「何もわかっていなんだなァーホッグス少佐ァーッ!」急に叫ぶのはやめて欲しい。「さっき散々説明しただろうがァー!」俺は聞いてなかった。「女たる者、逞しい男に力尽くで犯されることこそが幸福なのだとッ!」そんな話をしていたのかビックリだ。「私たち騎士団はその真なる女の幸福のために戻ってきたんだよォ〜いつまでそこに突っ立って邪魔をしくさってるんだァァーッ!」
「な、何であるかその男の都合のいい妄想みたいな恋愛観……」
「都合のいいとは何だァァァ!」
「だって本屋に売ってるポルノ絵本の設定みたいである……もっと普通の幸せを……」
「何が普通の幸せだバカめがァ! せっくすに普通も何もあるかァァ! 際限ないリビドーに従ってこそ本来人のあるべき……」
「も、もうやめるのである! わかった、わかったから!」
「何がわかったってゆぅーんだァァ!」
「貴様が仕事をほっぽり出して遊んでいるバカ女だということがだーッ!」
ホッグスの叫び。
ツェモイははたと口をつぐむ。
「貴様のような奴がっ! 貴様のような女がいるから帝国では女の序列がやや低く設定されているのである! まったく人が一生懸命働いている時に何がオークペニスであるか! ウォッチタワー殿とお付き合いしたければ普通にすればいいであろうが、いったいぜんたい何をトチ狂って……」
ツェモイが突然指を打ち鳴らした。それを合図に後ろの騎士団2人が抜剣する。
「ツェモイ殿、何を……」
「ケダモノみたいな見た目をしておきながら生娘くさいことを言いおって……普通に恋人同士で暴力的なセックスなどできるわけがなかろう。あくまで暴力。あくまで戦争の結果起こる出来事でなければならんのだ。しかしそこのウォッチタワーは非好戦的。第一次遠征でもただの1人も我が部下を殺さなかった」
そして、ツェモイは1度大きく息を吸い込み……、
「つまらんのだよォォーッ! それでセックスと言えるか⁉︎ 死の恐怖と闘争心あっての性欲だろうがァーッ!」
「もういいっつっとるであろうがもう黙れ! 仕事が先に進まん!」
「それだよ仕事だよアニマル貴様ァ! 何が魔女の遺跡だおのれそんなわけのわからんものに私の青春が犠牲にされようとしているのだ何がロマンだくだらんちくしょォォーッ! 上層部の男どもォォ! 貧相な体でいっちょまえにロマンだとォォーッ!!!」
血走った目。
背中のヌルチート。
女騎士ツェモイは今まで出会った女性たちのなかで最高に起伏が激しい女だった。
サッカレー王国で見つけたアリスの日記には、ヌルチートは人間の理性を弱める力があるかも知れないと書いてあったが……。
「もういい。諸君。殺れ。ホッグス少佐とあの冒険者を片付けよ」
「なっ⁉︎ ツェモイ殿、貴様……⁉︎」
「諸君、道はすでに拓かれ、我らは到達した。最後の障害を排除せよ」
一瞬の間も置かず。
部下2人が殺到した。




