第百十一話 破牢 ※
前半戦スタートだ。
「ガスンバの部族、戦士長ウォッチタワーだ。聞いてないのか? グレイクラウドに」
オークが部屋の中でそう言ったあと、ホッグスは俺の目をじっと見ていた。
彼女が言いたいであろうことは俺にもわかった。
奇妙な話だった。
グレイクラウドの話によれば、戦士長 (ウォッチタワーというらしい)は帝国騎士団の捕虜になったという。
その騎士団……ツェモイの話によれば、騎士団は1度、この魔女の館なる場所へ到達したらしい。そしてその際ウォッチタワーを捕虜にした。
そのあと妖精王スピットファイアの介入があり、騎士団は追い払われ、魔女の館はスピットファイアの結界により立ち入り禁止に。
それで、グレイクラウドが、騎士団の捕虜になったウォッチタワーを返してくれと、俺たちに………………。
だがウォッチタワーはここにいる。
立ち入り禁止のはずの、魔女の館に。
ホッグスが言った。
「ウォッチタワー殿……? 貴君はいつからこの部屋に……?」
「……さあ、わかんねえ……時間の感覚がねえ」
「貴君は騎士団の捕虜になったと聞いている。ここに貴君を閉じ込めたのは……」
「騎士団の奴らだ、あの女ども……」
俺は言った。
「ツェモイか?」
「ツェモイ! エレオノーラ・ツェモイ! そうだ、そういう名前の女だ! おれを閉じ込めて、あいつが、それであの女ども、毎日おれを……!」
ウォッチタワーは拳を床に叩きつけた。鎖がじゃらりと鳴る。
「ロ、ロス……これはいったい? ツェモイ団長はここにオークの戦士長を閉じ込めたなどと一言も……」
ホッグスが呟くなか、俺の脳裏にここへくる前のハル・ノートの声が思い出された。
嫌なことから逃げてばかりいた。
何がいけない? そうするべきだ。少しでも不吉な予感を感じればその場を離脱する。ロス・アラモスもそういう主義だ。俺は言った。
「少佐。まずここを出よう」
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
《ザ・マッスルのスキルが発動しました》
鉄の扉に数発、拳を叩き込んだ。ひしゃげた扉の上部がドア枠からこちら側へ飛び出る。そこに手をかけ、壁に足をつき、思い切り引っ張る。扉が蝶番ごと外れた。
部屋の中はすえた脂の匂いが充満していた。
中へ入ると、ウォッチタワーが驚いたような顔をしてこちらを見上げている。
「む? ウォッチタワー殿、髭が整っているのであるな?」
俺は鎖を見ていたのだが、ホッグスがそう言うのでウォッチタワーの顔を見る。
ストレートパートというタイプの、真ん中から2つにわかれた口髭だった。
「何日もここにいたのに髭の手入れを?」
「スピットファイアに髭だけはちゃんとしろって言われて、いつも剃られてんだ」
髪の毛の方はというと、頭頂部付近以外も剃り上げられ、いわゆるツーブロック。頭頂部に残った髪は後ろに撫でつけられ、後方で3本ぐらいのドレッドに編まれて垂れ下がっている。スピットファイアはずいぶん丁寧な仕事をするらしい。壁の窓から侵入してくるのだろうか。
「ウォッチタワー、出よう」
彼の両腕の鎖を千切ってやろうとしゃがみ込む。
だが鎖……その灰色の金属に見覚えがあった。
「ちっ。ブアクアの拘束具だ。少佐、これの外し方を知っているか?」
「む、術式は掛けた者にしか解除できないはずである。掛けたのは誰か……ツェモイ殿か?」
「……鎖のつながっている壁の方を壊すか」
「ロス、何を焦っているのだ、落ち着くのである」
「落ち着くのは彼をここから出してからだ」
「む……何かよくわからんが……ではウォッチタワー殿の親指を脱臼させろ」
俺はホッグスを見下ろした。ウォッチタワーも首を起こし目を見開いて、無慈悲な帝国軍人を見つめた。狐耳の、まさに畜生である。
「親指が脱臼すれば手が細くなり手錠から抜ける」
「君は鬼か」
「安心するのである。私が治癒魔法をかけて元に戻す」
俺はウォッチタワーの顔をうかがった。彼は額に脂汗を浮かべていたが、険しい表情でうなずいたので、
《ザ・マッスルのスキルを発動しました》
両手の親指を掴んで、引っこ抜いた。
さすがはオークの戦士長と言うべきか、ウォッチタワーは呻きもしなかった。俺が鎖をブーツの底で踏んで固定すると、彼は手錠から手を抜き出す。
「よし、いこう」
「ああ……うっ!」
「どうしたウォッチタワー殿……あっ!」
立ち上がろうとしたウォッチタワーは、よろめいて倒れた。そんな彼の足を見てホッグスが呻く。
ウォッチタワーの両足首の後ろ側。刃物の傷だろうか、深くえぐれていた。
「ひ、ひどい……! 足の腱を切られているのである!」
「……あの女騎士にやられた……逃げられないように切りやがったのさ……」
「まさか……ツェモイ殿が⁉︎ 捕虜虐待である!」
「少佐、治癒の魔法を」
「うむ……う、うっ⁉︎」また呻いた。「だ、ダメである! 見ろ、これを!」
ホッグスは足首裏の傷を指差した。俺も顔を近づけて見てみる。
よく見ると傷の周囲に黒い色の、何か細かい文字がびっしりと書かれている。
「ツェモイ殿め、何てことを!」
「何だこれは」
「呪いの剣である! 傷に治癒魔法をかけると逆に傷がひどくなる呪いがかけてある!」
「治せないのか?」
「治す方法自体はあるにはあるが……少なくともここでは、と言うか私には無理である……」
「親指は?」
「それは問題ない、今治せるが……」
「ではそれをやってくれ。俺が担ぐ。いこう。さっさとアップルを見つけ、ここを出るぞ」
ホッグスが治癒の魔法を唱え始め、そうさせながら俺はウォッチタワーを背負った。ホッグスやラリアと違ってまったく抱えにくいが、本来これが普通なのだろう。
「……助けてくれるのか? あんた……」
「そういう約束だ」
「あんたたち、見なかったか? 他のオークを。何人か捕虜にされたはずだが……」
「……いや、ここで見たのは君と、あとは薄気味悪い魔獣ぐらいだ」
「……ああ……魔女の子供たちか……」
「……何だと?」
「ロス、早くいくのである!」
ホッグスが先に部屋を出る。彼女は部屋の右側、ここへくる時に上った階段の方を向いて……それから立ち止まった。
俺とウォッチタワーも部屋を出たが、ホッグスは階段を向いて固まったまま。
足音がするからだ。
階段を1段1段上ってくる足音。
また何かの怪人の登場だろうか。
だが足音は、虫の足が動く音とも違う。やや金属的な物が、石段に当たる音。
やがて足音の主が廊下に姿を現した。そいつが言った。
「おやホッグス少佐。ロス殿……それに…………………………ウォッチタワー」
白銀の鎧をまとったツェモイだった。
吊り橋にいたはずのツェモイが、廊下に上がり、窓の明かりを背に受けてぼんやりとこちらを見ていた。
「ツェモイ殿! なぜここに⁉︎」
「……おかしいだろうか? 我ら騎士団は橋を渡り切っていたのだ。我らははじめからこっち側にいたが。あなた方がここにいるのも私から見ればおかしく見えるのだが? 川に落ちたはずでは」
「そんなことはいいのである! ツェモイ殿、これはどういうことか説明願おう! 私とロスでこちらのウォッチタワー戦士長を保護したが……貴君ら騎士団が捕虜にしたと聞いた。だがこの待遇は何であるか! 捕虜を監禁し拷問するなど、帝国軍規則に違反……」
「ウォッチタワー、どこへいくんだ?」
ツェモイはウォッチタワーを見つめていた。ホッグスの話なんか聞いていないようだった。
と言うか、ホッグスを見てもいない。
ホッグスの姿はベースを出た時とは大幅に違っている。しかも彼女が獣人であることは、彼女の部下ですら知らないことのはずだ。
それを目の当たりにしながら、ツェモイはウォッチタワーだけを見ていた。まるでそれしか興味がないように。
「ツェモイ殿! お答えいただこう! 貴君はウォッチタワー殿の足を、呪いの剣で傷つけたな! 呪いの剣の使用は帝国軍、いやチレムソー教圏においては使用が禁止され……」
「やかましいッッッ!!!!!」
ツェモイは突如大音声を発した。
石造りの廊下に見事に反響する。ホッグスが「ぴえっ……」と鳴いて固まった。
「ピーチクパーチク鳴いてるんじゃあないぞッ! このド平民がァーッ! 私は! 今ッ! ウォッチタワーと話してるんだッ! ちょっとばかし静かにしてるってことができないのかァァーーッ‼︎」
ツェモイは石壁をガンガン蹴り始めた。金属のブーツのつま先が衝突し、壁は石片が飛び、粉塵が小さく舞う。
「2ヶ月だぞ! もう2ヶ月もウォッチタワーと会っていなかったんだッ! 再進軍のため軍部のバカタレ共を説得し、いざガスンバへ向かおうとすれば貴様ら平民出のカス部隊が首を突っ込んできて、大仰な準備に待たされた! あげくやっとのことでガスンバ入りしてみれば、ベースで足止めを食らう始末! どこまで貴様は私の邪魔をすれば気が済むんだァァ!」
口から泡を飛ばしながら叫ぶツェモイ……ホッグスはその謎の剣幕の前に硬直していた。だが何か、助けを求めるような顔でゆっくりと、俺を振り向く。
「ウォッチタワァァァーー! いったいいったいどこへいこうとしてるんだ⁉︎ 私はそこにいろと言ったはずだ! ずっとそこにッ! それがいったい勝手に脱け出して、どこへいこうと言うんだ⁉︎ ん⁉︎」
ツェモイはそんなようなことを言いながら、気ぜわしくチェストメイルや肩当ての留め具を外し、鎧を脱ぎ捨て始める。
「貴様は私の捕虜だ。騎士団の捕虜なんだ。牢に戻れ。お仕置きの時間だ。2ヶ月ぶり。やっとだ」
そして足早にこちらへ歩いてきた。
「ツェモイ団長」俺は言った。「そこで止まってもらおう」
ツェモイは言われたとおり立ち止まった。そして俺を睨む。ここへきて初めて俺に視線を合わせた気がする。その目は何の光も反射していなかった。
「俺たちはオークの部族に、捕虜であるウォッチタワーを返すように言われている。彼を返せば、オークが探査団を攻撃している妖精の親玉と交渉し、探査団がガスンバを安全に退去できるようかけ合ってくれる手はずになっている。悪いがウォッチタワーを牢に戻すわけにはいかない」
ツェモイは黙って俺を見ていた。口は半開き。
やがて階段の下から複数の足音が聞こえてきた。階段から2人ほど新たな女騎士が現れる。ツェモイの部下だろう。
彼女たちは口々にウォッチタワーの名を呟いた。なぜか口元には緩んだ微笑みを浮かべていて、ツェモイと同様、鎧を脱ぎ始める。
「む、む⁉︎ 貴君ら、何をやっているのだ……」
「ツェモイ団長、道を開けてくれないか? そこに立たれると下に降りられない」
ツェモイは出し抜けに腰のロングソードを抜いた。
切っ先を俺につきつけ言う。
「ロス。ウォッチタワーを牢に戻せ」
「ツェモイ団長! 何をやっているのだ! 聞いたろう、捕虜を返さなければスピットファイア……ゴーストの攻撃で探査団は全滅する!」
「早く、戻せ」
「団長……!」
俺の後ろでウォッチタワーが身じろぎした。背から降りようとしていた。
「エレオノーラ・ツェモイ……! 戻ってきやがったんだな……! てめえらにはおれ以外にもオーク仲間が捕まってここへ閉じ込められてるはず……仲間はどうしたっ!」
背から下りてもどうしようもないだろう。彼はアキレス腱を切断されて立てないのだ。しかし声に滲んだ怒り。戦場の敵へ向けるそれだった。立ち向かおうと言うのか。
ツェモイは俺に切っ先を突きつけたまま、視線は俺の後ろ……ウォッチタワーを見やる。
そして………………。
「……ツェモイ団長? そ……そのヤモリは何であるか……?」




