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第百十話 塔を観ろ ※


「少佐……その耳は?」


 こわごわ顔を出したホッグス。帽子をかぶっていなかった。彼女は俺の言葉に、きょとんとした顔をしていた。


 いや、その顔がおかしい。

 ホッグスはそれなりに大人の顔立ちをしていた。だが今の彼女……子供のような顔をしている。

 立ち上がりその姿を見せたホッグス。身長も縮んでいた。

 

 ラリアのようだった。

 ディフォルメ形態になった時の、妙に簡素化されたデザイン。

 彼女が腰に吊るした長剣はサイズが変わっておらず、鐺が床についていた。


 ホッグスはしばし俺の顔を見つめたあと、両手で頭をおさえた。そしてあたりキョロキョロ見回し……、


挿絵(By みてみん)


「あ、帽子……」


 俺は床に目を向けた。ちょうど俺の足元に落ちていた。どうやら先ほど彼女がバタバタと逃げた際、脱げてしまったらしい。


「あ、あ、帽子!」


 ディフォルメホッグスがベッドを乗り越え走ってくる。俺が帽子を拾い手渡そうとすると、彼女はそれをひったくり……俺を見上げた。

 目を丸くしていた。


「えっ、ロスがでっかく……?」


 そして、はたと自分の姿を見下ろす。彼女の背中側から、白くて太い尻尾が現れた。しかも4本。


「あーーーーっ! しまったのであるっ!」


 手にした帽子を慌てたような様子でかぶった。しかし頭には、何か狐のような耳が真っ直ぐ上に生えているものだから、上手くかぶれない。必死に耳をおさえているが、


「も、戻れん……!」


 そして俺を見上げた。何か泣きそうな顔で。


「……ホッグス。君は獣人だったのか……」

「あ、あわ……」

「まあいい。アップルを探そう」


 俺は踵を返すと廊下へ出る。振り向くと、ホッグスがヨタヨタとついてくる。しかし彼女が廊下へ出た時、


「うやああ!」


 また叫んだ。


 先ほどのイモムシ人間がこちらへ迫ってきているのを見たためだ。反対側では、部屋の中に吹っ飛んだカマキリ男も、入り口からヨロヨロしながら出てきていた。


「あ、あ、あばば、ロス、ロロロ」

「心配するな」

「だ、だがこいつら……」

「もう死んでいる」

「え?」


 イモムシとカマキリは立ち止まった。ガタガタと震えだす。そして……、


「……すでに体液を沸騰させておいた」


 爆散した。




 

 いくつかの部屋を覗いてみたが、アップルはいない。


 俺たちは館の奥へさらに進んでいた。

 先ほどは木造の建物だったが、いつしか壁はレンガ造りに変わっていた。

 別の棟へ入ったのだろう。廊下は右側がレンガの壁。左は石造り。


 カーブを描く廊下を歩く。ここはどうやら館のはしっこらしい。いくつかある小さな窓から外の光が差し込み、先ほど謎の怪人と一悶着起こした廊下よりも明るかった。


「むむ……」


 背中でホッグスが呻いた。


「どうしたんだろう?」

「……不甲斐ない……」


 俺はホッグスをおぶって歩いていた。


 ディフォルメ化したホッグスが背中にしがみついている。ラリアと同じように重量が感じられない。


「まさか、変身の術が解けるとは……いやそれだけではない。戻れんとは……」

「戻られん、だ。腰が抜けたことは不甲斐なくないのか?」

「ぬぬ! 何を……!」


 ホッグスは、イモムシとカマキリに挟まれたショックで立てなくなったのだ。正確には、2匹が突然何の前触れもなく臓物を撒き散らしながら爆発四散した様を目の当たりにして。

 というわけで、今しかたなく彼女をおぶっている。


「聞いてもいいだろうか?」

「……ダメである」

「君はあまり獣人をよく思っていないとベースで聞いた。君も獣人なのに」

「……帝国では、あまり獣人はよく思われてはいない」

「どこでもそうじゃないのか。どんな宗教か知らないが、チレムソー教圏では」

「我が偉大なる帝国はそこいらの弱小国家とは違う。獣人であろうと基本的人権が認められている」

「わかるように話してくれないか。矛盾はなしで」


 細い廊下を歩く。目の前には階段があった。

 どうも俺たちは、塔のような建物にいるらしい。階段もゆるい左カーブ。塔の外周を回っているようだ。


「オルタネティカ帝国では階級制が採用されている。生まれつきの身分である」

「君は平民の生まれだったか。ツェモイ団長がそう言っていた」

「帝国の身分制はもっと細かいのである。私は平民のうえ、獣人である。これはヒューマンの平民よりも下の階層である」

「だが君は将校だ。低い階級の人間がなれる職業のようには思えないが」

「そこが他の弱小国家とは違い、我が帝国が偉大である証拠である。オルタネティカの身分制は絶対ではない。変動するのだ」


 階段を上る。

 ホッグスは俺の背中からこう話した。


 オルタネティカ帝国では、まず生まれた家族の身分により階級が設定される。

 ただそれは固定されたものではない。本人の努力や功績、あるいは罪により、上下動するのだそうだ。


 ホッグスは獣人としての身分に生まれたが、猛勉強することにより士官学校のような機関で好成績を修め、帝国民ランキングを駆け上がり軍人階級に収まった。そしてたいへん優秀な彼女は若くして少佐の位についた。


 俺の前世の世界では彼女の年齢でそんな出世はできないかも知れない。だが帝国ではそれが可能なようだった。


 階段をぐるぐる上りながら俺は尋ねた。


「それと君が獣人を嫌うことと何の関係が?」

「……帝国では下の身分の者に対する風当たりは強い。身分が低いということは、努力が足りないことの証明であるからな。それに……よそはどうかは知らないが、実際帝国の獣人たちは怠惰である。規律がない。友達にしたくないのである」


「だからヒューマンのふりを?」

「階級が上がれば、その階級の人物に対するふさわしい敬意を払わなければならない。……だがそれも表向き、低い階級からスタートした者は、やはりもとからその階級にいた者からは低く見られるのである。特に怠惰で風呂にも入らない獣人はな。面倒だからヒューマンで通していたのである」


「帽子はヒューマンの証か。姿は変えても、耳が気になるわけだ」

「……笑いたくば笑え」

「気持ちは、わかるよ」


 階段を上りきった。


 また廊下だが、下と違いレンガはなく、両側が石造り。少し塔の内側に入ったようだった。菓子パンのバームクーヘンのように層状なのだろうか。


「あの、ロス……」

「何だろう?」

「このことは部下たちには内密に……」

「帽子の下に何があろうと誰も触れるべきじゃないさ」


 廊下の左側に、重そうな鉄の扉があった。

 茶色く錆びている。


 人の目線の高さに、細い小窓のようなものがある。横にスライドして中を覗けるタイプだ。


 扉の取っ手を握って引いてみた。開かない。よく見ると、大きな錠前によって施錠されている。


 ということはアップルは中にはいないだろう。まったくどこへいってしまったのか。

 立ち止まったまま廊下を見渡す。扉はここだけで、やはりゆるいカーブを描く廊下。この扉のある壁は、塔の中心だろうか。


 もっと先へ進もうと思った時だった。


「む、ロス。中に誰かいるのである」


 首だけでホッグスを振り向くと、彼女はどうやら俺の背中から、扉の小窓を開けて中を覗いているようだった。


「アップルか?」

「いや……大きな男だ」

「また人形か」

「や……と言うより……オークである?」

「少し変わってくれ」


 小窓から部屋の中を覗いた。


 中はやはり石造りの壁。

 その壁の四方には、人間の頭の高さほどに四角い穴が1つずつ空いている。

 そこから明かりが漏れているのだが、窓状ではない。ここから見える奥の四角穴は、向こう側にも石がはまっている。

 どうも四角穴は、塔の斜め上に伸びる通風口のように思えた。エジプトのピラミッドの内部通路のように、建物の外まで続いているのかも知れない。現に日の光がそこから差し込んでいて、部屋の中は視認できる。


 床に、たしかに緑色の肌の大男が寝転んでいた。


 体格こそ大きいが、グレイクラウドやランドッグのような他のオークと比べ、いくぶん細いように思われた。

 そのオークは仰向けに、足の裏をこちらへ向けて大の字に寝そべっている。


「鎖でつながれているのである……」

「ああ、両腕だな」


 左右の壁からつながる鎖が、オークの両腕を拘束しているのがここからでも見えた。


「生きているのであろうか?」


 ホッグスが呟く。

 すると、オークが声を発した。


「そこにいるのか……誰か……?」


 俺はホッグスと顔を見合わせる。


「……いるわきゃねえか。ああ……ついに幻聴が聞こえるようになったんだな、おれは。独り言を言いすぎちまったんだなあ。きてくれれば暇つぶしにはなるんだがなあ、スピットファイアが……」


 そして、「いや、でもあいつと喋ってると疲れるからなあ……」と続く。


 俺は少しの間ディフォルメホッグスと視線を合わせていたが、彼女がうなずいたので、扉をノックした。


 中のオークが首だけをゆっくり起こしてこちらを見た。


「……なんてこった。ついに幻覚まで見えるぜ。おれを見てやがる……2つの目ん玉が」

「……お休み中失礼。俺はロス。ロス……アラモスという者だ」

「ああ、おす。ウォッチタワーだ、おれは」

「お尋ねしたいが、女の子を見かけなかっただろうか?」

「女? もう何日も見てねえ。何日かは忘れた。もう見たくもねえ」


 オークは頭をがっくり後ろにたれたので、顔は大胸筋の向こうに隠れ見えなくなった。ホッグスが小窓に顔を寄せ、


「オークよ、私はオルタネティカ帝国軍ガスンバ探査団指揮官、クーコ・ホッグス少佐である。貴君はそこで何をやっているのだ?」


 そう言った時だ。

 オークが再び、ガバと首をもたげた。


「帝国軍だと⁉︎ くそ、戻ってきやがったのか! おたくら、幻覚じゃねえのか⁉︎」


 オークは鎖をじゃらじゃら言わせながら、身を起こそうとしているようだった。だが動きが鈍い。それは腕の拘束だけが原因ではないような、奇妙に緩慢な動きだった。


「くそ、騎士団め! スピットファイアが追い払ったって言ってたが、くそ!」

「ミスタ・オーク、聞いて欲しい」

「ちくしょうめ……!」

「オーク殿、我らは騎士団ではない。帝国軍ではあるが所属が違うのである。貴君らオーク部族が騎士団と交戦したことは知っている。だが、オークの仲間が停戦を申し入れている。落ち着いて」

「な、なに⁉︎」


 俺は言った。


「グレイクラウドという人物に会った。知っているか?」

「グレイクラウド……仲間だ、おれの。グレイクラウドが停戦を?」

「うむ。グレイクラウド殿は騎士団の捕虜となったオークの戦士長を返せば、騎士団との紛争は不問にふすと言っていたのである」

「戦士長……捕虜……」

「我ら探査団のうちには、たしかに騎士団が組み込まれてはいるのである。これから合流して騎士団に捕虜の解放を求めようとしていたのであるが、ただ我らの仲間が1人、この館に迷い込んでしま……」


「おれだ、戦士長は」


 オークが起き上がろうともがくのをやめて、そう言った。


「……何だと?」

「ガスンバの部族、戦士長ウォッチタワーだ。聞いてないのか? グレイクラウドに」


 俺は再びホッグスと顔を見合わせた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ホッグスが可愛い。ちょっと思っていた可愛さと違ったとしても。ホッグスの可愛さに一点の曇りもない。作者の信念を表したかのような素晴らしい造形。
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