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第百九話 虫人形の館 ※

虫注意。


 合流地点にはホッグスが1人で立っていた。


「おーい、大変である!」


 ホッグスに駆け寄る。あたりを見回してみたが、アップルとエルフがいない。


「どうした少佐。2人は?」


 まさか守護獣にやられたのかと思っていると、


「そ、それが……結界が解けてすぐにインティアイス殿が魔女の館に向かっていって……」

「館に?」

「私は追いかけようとしたのだが、エルフ殿が、その……」

「やられた……わけはないよな? 結界が解けたということは守護獣は倒したんだろう」

「それが、小さい方の妖精が現れて、幻覚を見せる鱗粉をエルフ殿にぶっかけて……エルフ殿は……」

「…………」


「あっ、ちょうちょよー! まってー! とか言いながら森の奥に走っていってしまい……しかもそれが魔女の館と反対方向だったので、どっちを追うべきか迷ってしまって……」

「……それで」


「どっちも見失ってしまったのでとりあえず貴様たちと合流しようと……おや? あの痩せた人は?」

「……これから炭焼き小屋にこもって1人で暮らすんだ、この世界は汚れている、とか叫びながら逃げていった」

「い、いったい何が……」


 俺は館の方を振り返った。

 草の茂みの向こうに佇んでいる。


「アップルはあそこに向かったのか」

「たぶんそうである。エルフ殿はどうする? 二手にわかれるか?」

「妖精の鱗粉か……」

「ガスンバ入りする事前にインティアイス殿に説明を受けたことがあるが、鱗粉の幻覚は短時間で効果を失う。正気に戻るのはすぐだとは思うのであるが」


「では放っておこう。アップルを探しにいく」

「いいのであるか?」

「森には猛獣がいるかも知れんし、館にも妙な魔獣がいるとオークが話していた。君はどちらかと1人で戦えるか?」

「む……しかしエルフ殿としても……」


「彼女はエンシェントドラゴンとほぼ互角、リングで戦わせれば判定試合に持ち込めるほどの実力だ。自分で何とかするだろう」

「何者であるか……たしかに守護獣を瞬殺していたが……」

「いこう」


 俺たちは館へ向かった。茂みをかきわけ進む。


 たどりつき見上げた魔女の館は大きかった。

 尖った三角屋根。木造とレンガ造りの棟がつながってできている。レンガ造りの方には塔のようなものが空へ伸びていた。


 古く、壁には蔦がびっしりと覆っていた。窓は割れ、人が住んでいそうな気配はない。


「ぶ……不気味であるな……」


 隣のホッグスがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

 あたりを見回すが、アップルの姿はない。

 しかし、建物を向いて左側に何かが落ちているのに気づいた。近づいて拾ってみる。


「何であるか?」

「アップルの煙吹きだ」


 彼女と初めて会った時、これで妖精よけの煙を吹いていたのを思い出す。


 壁に沿って左へ進み、角を曲がる。

 玄関がそこにあった。

 1段高くなった、ひさし付きのバルコニーがあり、その中央に地面から上がられる3段ほどの階段がある。階段の正面が両開きの、大きな玄関扉。


「む! 扉が開いているのである! まさか中に……?」


 扉は右側が半開きになっていた。


 バルコニーに上がり、扉を開く。軋んだ音を立てた。

 中を覗く。

 広いロビー。左奥に階段が見える。

 玄関側の壁には左右とも窓がありはするが、奥の方は光が届ききっておらず薄暗い。


 玄関の真上に丸窓があって、そこから光が差し込み床に円形の陽だまりが。光線の中で小さな羽虫が飛んでいて、羽根が光を小さく反射した。


「ロス、床を見るのである」


 床はうっすらと埃がつもり白っぽくなっている。

 そこに小さな足跡が、ロビーの奥へと続いていた。


「やはり中に入ったのだ」


 ホッグスはそう言ってから、玄関から頭を突っ込んでアップルを大声で呼ばわった。

 ホッグスの声は少し館を震わせたのみで、答えは返ってこない。


 俺は館の外を見回した。草むらがあるだけ。野生動物の類いがいそうな雰囲気はない。


「少佐。ここで待っていてくれ、中を見てくる」

「む」


 突然何かの吠え声が聞こえた。

 太い空洞を通り抜ける風のような長い声。


「なな、何であるか⁉︎」


 草むらからだ。建物の左側。

 そちらに目を向けると、館の角を曲がって四つん這いの動物が、こちらへ疾走してきた。


 異様な姿だった。

 犬とも豚ともつかない顔。長い牙を持つ口からよだれをたれ流している。頭や胴体には毛が生えてはいるが、ところどころ皮ごと抜けて、赤い肉がのぞいていた。


 テレビゲームに登場するゾンビ生物のような出で立ちだがもっと異様なことがある。

 足が哺乳類のそれではなく、虫の足だった。


 そいつが絶叫をあげながら突進してくる。ホッグスが悲鳴をあげ、俺は言った。


「やれやれ」


《ハードボイルが発動しました》


 左拳をジャブ気味に、そいつへ向ける。マイクロウェーブが放射され、襲撃者の五体が爆ぜ飛んだ。


「うわ、つよ……」

「……やはり一緒に中に入ろう」


 まったく気取り屋のロス・アラモス。なぜ格好つけてハルを解放したのだろうか。こういう時に備えて行動を共にし、ホッグスの護衛につけてやるべきだったかも知れない。どうも俺にはヘアースタイルの自由度が高いからと全能感に溺れる悪い癖があるようだった。


 ホッグスを連れ玄関をくぐった。

 床に残った足跡をたどる。


 足跡はまずロビーを突っ切り、真正面の壁にあるドアに向かっていた。

 ドアは開いていて、中を覗くと箒などが入っている小部屋。ただの物置のようだ。


 床をよく見ると足跡はここで折り返している。アップルもまた物置と知ってガッカリしたのかも知れない。足跡を追うと、2階の階段へ続いている。


「むむ、階段が腐っているのである。ロス気をつけろ」


 木造の階段はかなり軋んだ音を立てた。高音と低音のバランスもよく、サスティーンも充分。洋館の不気味さをこれでもかと演出する、どのホラー映画に出演しても恥ずかしくない堂々とした軋み音だった。


 階段を登りきると廊下。両サイドにいくつか扉が並び、突き当たりに小さな窓。暗い。

 俺は後ろを振り返った。


 ホッグスがへっぴり腰で、俺の背中に隠れるようにコートにしがみついている。


「……な、なんだロス。早く進むのである」


 廊下を見やる。


 床の足跡は消えていた。

 廊下に埃が積もっていないわけではなかった。


 何かを引きずったように、太いラインの両脇に埃が小さく積もっている。そして引きずった跡は廊下を往復したようで、怠惰な奴がモップ掛けをやった時のような中途半端な汚れ方になっていた。


「少佐。右利きか?」

「うむ。それが?」

「左の扉のチェックを頼む。俺は右を」

「うむ、わかっ……何で貴様が指示を出すのだ」

「扉は開けるだけでいいぞ」

「うむ、わかっ、偉そうであるな」


 ホッグスは腰からゆるくカーブしている長剣を抜くと、左の壁沿いに扉へ近づく。

 扉の戸、その右端についている取っ手を、左手で押して開ける。右手はいつでも突き込めるように、剣の先端を扉へ向けて。


 俺たちはアップルに呼びかけることをやめていた。別にどちらかから黙っていようと示し合わせたわけではなかったが、先ほどホッグスが呼びかけたため魔獣を刺激したことが頭にあるせいだろう。


 俺は廊下右の扉を開けた。それからすぐに戸口から壁に身を隠す。


《ウェイブスキャナーのスキルを発動しました》


 視認はしていないが、中は何てことのないベッドルーム。特に変わったものを感じない。ベッドは2つ。


「クリア」


 ホッグスの声。

 振り返ってみると、彼女が戸口から顔半分を出すようにして中を覗き込んでいる。


 開けるだけで波動探査ができるのだが、ホッグスも一応部屋を覗いているらしい。

 廊下を進み次の扉へ。開ける。やはりベッドルーム。今度は1つ。昔はこの館で複数の人間が寝泊まりしていたのだろうか。


「うっ⁉︎」


 背後でホッグスが呻いた。

 振り返ると、彼女は左側2つ目の扉から中を覗き込んでいる。


「どうした」

「何かいるのである……」


 ホッグスの肩越しに中を覗くと、やはり1台のベッドがある。


 そこには何者かが横たわっていた。


 と言うより、縛りつけられている。鎖でがんじがらめだ。そいつが窓からの白い光に照らされ、天井を眺めている。

 ベッド以外には何もない部屋だった。


「む、こほん。失礼する。私はオルタネティカ帝国ガスンバ探査団、クーコ・ホッグス少佐である。空き家と思って入ってしまったが、人がおられたのだな。我々の仲間がこの家に間違って入ってしまったのだが、お見かけしなかっただろうか? みつかればすぐに立ち去るのであるが」


 規律正しい帝国軍人ホッグスは律儀に挨拶した。


 返事はない。中の人物は天井を見たまま。

 ホッグスは俺の顔を見上げた。俺は部屋の中に入った。ベッドに近寄る。


「……少佐。人形だ」

「ぬぁに?」


 ホッグスも部屋に入ってきた。俺の隣に立ちベッドを見下ろす。

 鎖に縛られたスキンヘッドのマネキンが全裸で横たわっていた。


「むう……悪趣味な。何であるかこれは」

「精巧な作りだな」


 ホッグスが人形の顔を覗き込む。そして、ふんと鼻を鳴らして人形の額を指で弾いた。


 瞬間。


 突然人形が、まるで生きた人間のように叫び、起き上がろうとした。


「オガアアアーーーーッ!!!!」

「ふぎゃああーーーーっ⁉︎」


 縛りつけられたまま起き上がろうと、バタバタ暴れる人形。尻餅をついたホッグス。


 人形の腹が唐突に膨れた。人形は口から……鼻や目、耳からも赤い液体を漏れ出させ始める。


 腹が破れた。赤い液体と共にデカいムカデが腹から飛び出し、ベッドの足元に倒れ込み頭を床に叩きつけた。その勢いか、ベッドが縦に立ち上がる。


 ムカデが這ってこちらへ向かってきた。立ち上がったベッドを引きずり、そしてそのベッドでは縛られた人形が悶えて暴れ、ガタガタと揺らしながら。奇声すら発して。


「キェーッ! イィエエエェーーーーッ!」

「うびゃあああー! ぼわああああー!」


 どちらがどちらの奇声なのかは置いておこう。ホッグスは四つん這いでムカデベッド人形から離れ、立ち上がって部屋の外へ走る。


「あっぴゃあああ!」


 ホッグスは部屋から出るなり、左を見て絶叫。そして右の方へすっ転んだ。

 廊下の左からカマキリ風の怪人が、のっそりと歩いてきたからだろう。出入り口からそれが見えた。


《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》


《ハードボイルが発動しました》


 俺は足元に迫った巨大ムカデを踏みつけると同時に、それを踏み込みとして人形の顔面に右クロス。ムカデは人形の腹から千切れた。ベッドは吹っ飛んで窓に衝突、ガラスを砕きながら半分ほど窓から外へ乗り出した。


 お次は部屋の外のカマキリ男。


 胴体は人間の体。痩せて、死人のようになまっちろい。やはりスキンヘッド。腕はカマキリ。下半身もカマキリだった。そいつはその横にせり出した脚が邪魔なのか、部屋に入ろうとはしているが枠にぶつかりキーキーとわめいていた。


 そこへ俺が近づくと、彼は電光石火の速さで右腕の鎌を伸ばしてきて……、


《マスター・オブ・ディフェンス‼︎》


 スウェーで躱す。伸び切った鎌が俺の目前。それが高速で引っ込むのに合わせて上半身を前進。勢いに任せて右クロス。


挿絵(By みてみん)


 プルカウンターだ。カマキリ男は廊下の反対側の扉と壁を破壊しながら、そっちの部屋へ吹き飛んでいった。

 ハゲのくせになぜこのロス・アラモス様に勝てると考えたのだろう、と言いたいところだが俺は自分の上半身が目まぐるしく動いたせいか少しめまいがしていた。きっと髪の毛で遠心力がかかったに違いない。


「ふぎゃあーん!」


 またもやホッグスの悲鳴。部屋を出て右を見やると、俺が最初にチェックした部屋に飛び込んでいくホッグスの尻が見えた。


 先ほど俺たちが上ってきた階段を新手の怪人が上がってくるのを見たためだろう。


 これまたスキンヘッドのなまっちろい男。顔の両目と口があるべき場所から、指が数本生えている。上半身がグラグラと揺れているが、すぐに理由がわかった。


 階段を上りきったそいつの下半身。巨大な、緑色の芋虫だった。人間の上半身が芋虫の背に接続されているのだ。


 俺はそいつの顔を、ジャンプしながら1発殴った。スーパーマンパンチと呼ばれる技だ。ジャンプして殴っているだけだが。


 そしてホッグスが逃げ込んだ部屋に入る。

 ベッドが2つ。隠れているのか姿が見えない。


 いや、何かいる。

 奥の壁側のベッド。壁とベッドの隙間から何かがのぞいている。

 毛の生えた……動物の耳。


 また怪人か。ホッグスはどこへ? その耳を注視していると、耳はだんだん上に持ち上がってきた。そして耳の持ち主の顔が現れる。


 ………………ホッグスだった。


 銀髪の中から狐のような耳が飛び出ている。

 そんなホッグスが、恐る恐るベッドから顔を出し、こちらを見ていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 髪の毛の量が勝敗を左右する世界… やたらとハゲてる奴に敏感なロス・アラモス
[良い点] エロフさんの狂言回しっぷりがいい まったく何者なのか ハードボイルドなロス・アラモス、さすがフサフサなだけはある
[良い点] 魔女の館は虫人間の巣窟だった。上手い挿し絵がふんわりとした虫人間を親切にもはっきりさせる。注意されていた通りだ。心遣いが染みる配慮。 しかし虫人間にあるのに狐耳のホッグスには挿し絵がない所…
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