第百八話 ロスとハル、冒険する
108話でこんな話をするのもただの偶然ですがね。
ところで除夜の鐘ももうすぐですね。
結界が張ってあるらしい、魔女の館をぐるりと回るライン。
いつしか館は森の木々にまぎれ見えなくなっていたが、館があるだろう方向、あるラインを越えた向こう側の景色は、相変わらずぼやけたシェイクダンスを踊っていた。
歩きながら、二手に別れたエルフの言葉を思い出す。
『単純なのよ。結界を構成する4つの要石があるの。石に術絵が書いてあるからそれを削ればいい。そうすれば結界はなくなるわ』
俺……いや俺たちは、館から右手の要石2つを担当した。
後ろを振り返る。ハルが悄然と、とぼとぼとついてきていた。
視線を前方に戻す。エルフたちとの会話が思い出された。
『たぶんこの場所が4つの要石の中心だと思う。左右に2つずつあるだろうから片付けていけばいいわ。ただね、要石には四霊の守護獣がスタンバッてるのよね。要石に触れようとする者はこいつに襲われることになるわ』
『む。では私とインティアイス殿とロスでどちらかへ、そしてエルフ殿とそこの痩せてる人とで反対へ……』
『え、私ロス側がいいわ』
『その守護獣、私やインティアイス殿で倒せるのであるか? 事前情報のない相手とは戦いたくないのである』
『あー……じゃあハル、あなたついてってやりなさいよ。私はロスと2人きり、やがて2人は見つめ合い……』
『待て。俺とハルでいく。片側は少佐とアップル、そして君だ』
『えー何でよー』
『実は俺は賞金稼ぎの肩書きも持っている。ちなみにそこのハル・ノートという男、前科持ちでね。俺が監視する』
『え、何をやったのであるか。と言うか知り合いなのか』
『それにハルは女性が苦手だ。上手くコミュニケーションを取れない』
『あ〜そんな感じしますね〜』
『えーハル、そうだったの? 言ってよーもー、そんなシャイボーイなら尻になんかしかなかったのに。なにかあなたに合った付き合い方をしたげたわよ』
『まず何で尻にしこうと思ったのであるか』
『男の人ってそういうの喜ぶって本に書いてあったし……』
『この人もコミュニケーション取れてませんね〜』
……もういいか。
しばらく男2人で無言のうちに歩いていると、前方に大きな石を見つけた。
なめらかな流線型の石。俺より背の低いハルの腰ほどの高さ。
緑色で、オナラの絵のようなものが表面に描いてある。
四霊、エレメンタルの風のことだろうと推察する。
2人、その石の前で立ち止まった。
ハルが横目にちらちらと俺を見てくる。俺は石に近づいた。
あたりに突風が吹き、石の表面から守護獣が現れた。
頬を膨らませ、口を尖らせたひょっとこみたいな顔のデブ。全体が薄い緑色のカラーリングだった。
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
太った腹を殴ると、口から盛大に屁のような音を出して消えた。
どうやら今ので戦闘終了らしい。
地面に落ちていた拳大の石を拾い、オナラの絵をゴリゴリこする。
絵柄が消滅するまでしっかりと削ると、結界の向こうの景色が大きく揺らいだ。石を捨てて次へ向かう。
その間ずっと無言だった。
聞こえてくるのは俺たちが草を踏む足音と、どこかでギャアギャア鳴く鳥の声ぐらいだった。
「あ、あのっ!」
しばらく歩いていると、ハルが声をかけてきた。
立ち止まって振り返る。
「あっその……たぶんこの辺じゃ、ないかと……次の石……」
俺はあたりを見回した。相変わらず巨大な植物がひしめき合っているだけで、先ほど見かけたような石はない。
「あっその……女の子たちと別れてからさっきの石を見つけた……距離。今おんなじぐらいの距離歩いたから、このへんかなって。あの、結界って基本的に、構成するためのポイントは等間隔だから……」
「ずいぶん詳しいんだな」
「…………アリスたちと色々冒険したから」
そう言うと彼は周囲を見回し、巨大ゼンマイを1本もぎとった。それで草むらや、巨木の根のあたりをつつき始めた。
「どっかに隠してあったりするんで……」
俺もそれに倣いゼンマイを引っこ抜く。草むらをつつきつつ、なぜ棒でつつくのだろうと考えた。
「あっ!」
ハルが声をあげた。
そちらを見ると、彼は細い幹が2本絡み合っている小木の前で、幹の間に空いた隙間を眺めている。
そこには植物の蔦を巻きつけた小さな石が挟まっている。蔦は石から斜め上に伸び、先の方は空を覆う枝葉に隠されていた。
上部を見てわかったが、小石から伸びる蔦の他に、あと2本の蔦がそこに集約されている。蔦を目でたどると、やはり別の木に固定されているのがわかった。蔦が、三角形のテントの骨組みのようになっていた。
「た、たぶんこの上に吊り上げられてるんじゃないすかね」
俺はハルに背を向け、もう1本の、蔦を固定してある小木に近づき、仕掛けを解こうと蔦を掴む…………、
《ハル・ノートはソードマスター・アイキ・イリミのスキルを発動しています》
振り返った。
ハルが俺めがけ高速で接近してくる。
《パウンドフォーパウンドの……
「危ないっ!」
ハルが俺の腕を掴み、足さばきで半回転。俺は放り投げられた。直後、小木の後ろからだ。白く尖った、骨のようなトゲが両側から、それこそ肋骨のように数本、開いた。そして小木を抱きしめるように、俺が立っていた場所に鋭い速さで閉じる。
罠か。
俺はまだ蔦を掴んでいた。そのためハルに放り投げられた勢いで蔦が千切れる。
地面に転倒した時、バサバサと音を立てて上から要石が落ちてきた。赤い色で炎のような絵柄が描いてある。
爆音と共に燃え上がる鳥が石から出現。倒れ込んだ俺に雄叫びをあげながら突っ込んできた。
《ハル・ノートはスペル・レスのスキルを発動しています。サンダー・ソーサー》
回転する電気のような円盤が3つ飛び火の鳥をバラバラに切り刻んだ。断末魔の叫びと共に鳥は消滅した。
そしてまた、シンとした静寂が森に訪れる。
「…………あんま、うかつに触んない方が……こうゆうのもともと触らせないように、あの、してあるんで……」
「……ありがとう。助かったよ」
俺は立ち上がる前に手頃な石を拾う。
石に近づき、絵柄を削る作業を始めた。
ハルは近くに立ってそれを黙って見ていた。
頑固な汚れと言うべきか。なかなか絵柄は消えない。
ふいにハルが言った。
「……あの……アリスたち、どうしたんですか……」
「……東にいくと言っていた」
「タイバーン……?」
「どうかな。チュンヤンは東に帰ってやり直すと言っていた」
「あ、東の大陸……チュンヤンの国かな……」
そしてまたしばらく無言。ゴリゴリとした音だけがある。
黙っているのに飽きたのか、ハルが言った。
「……どうして俺と、あの……一緒にいこうって思ったんですか。俺は、その、ロスさんとこないだ……」
「あのエルフといるよりはマシだからだ」
「…………」
「奴はヌルチートを使ったか?」
「えっ? あ、いや……」
「ではなぜ尻にしかれてたんだろう」
「……な、なんかあの女の子、ヤバそうだし……ああ、もうダメだって思って。それに……」
「それに?」
「……服脱げとか言わないし……基本、何もしてこなくて……」
指を滑らせて石を取り落としてしまった。拾いなおす。
あいつ、俺のズボンは脱がそうとしたくせに、ずいぶんとジェントリーなことだ。
それにしてもなかなか削れない。石を叩き割るだけではダメなのだろうか。どうやって割ろうか。拳で割れるだろうか。山にこもって、自然石を拳で叩き割ることにチャレンジするとは、まるで空手家の誇張された逸話のようじゃないか。空手の達人、ロス・アラモス。悪くない響きだ。よくもないが。
「……何で怒らないんすか」
俺は手を止めずに答えた。
「何に怒ればいい」
「ロスさんを……仲間を殺そうとしたこと」
「終わったことだ。君はもう脅威じゃない。さっきも俺を助けてくれた」
「で、でも! でも俺は……人殺し、ですよ……」
彼の言葉は尻すぼみに小さくなっていった。石を削りながら横目に見る。うなだれていた。
「死んだのはクズばかりだ。俺には関係ない」
「俺だってクズです」
「俺もたいして変わらない」
「でも、でも俺は。前世じゃただのヒキニートだった。おまけに人殺しで、犯罪者で。それにっ…………」
涙声。俺は絵柄のかすれを極めて慎重に、削り残しのないようにこする。
「………………両親を死なせた」
炎の下の部分、これはいい。大きく目立つからこそ、削りがいがある。だが炎の先端の細い部分。これには注意しなければならない。細く小さいからこそ、削り切ったと油断する。そこを注意深く、赤みが残っていないか注視する。
細部をおろそかにしない男、ロス・アラモス。たとえそれが自分には無関係の、軍事作戦の雑用で、こんなことをしても何の得もなく、隣に殺人鬼が立っていて、そいつが今感情の制御を失いつつあるとしてもだ。
俺は言った。
「人はいつか死ぬ。俺たちはそれをよく知ってる」
「俺……何もしてあげられなかった……無能で……恥さらしでっ…………迷惑ばっかりかけて、最後まで……俺……俺そんなつもりじゃなくって……!」
彼がエルフの隣で、暴れて逃げる風もなくじっとしていた理由がわかったような気がした。
もう彼には気力がなかったのだ。
ハルは自分を傷つけたがっていた。エルフという石をこすりつければ、ハル・ノートという絵柄が消えてなくなってくれると考えたのかも知れない。
「君のせいじゃない」
「違う、俺は……俺がもっとまともだったら……」
「君のせいじゃない」
「何でですか! 俺、ずっと嫌なことから逃げてばっかりいた! 学校でもいじめられてて、怖くて、社会になんて出られなくて、またいじめられるかもって思って……!」
「君のせいじゃない」
俺はハルを振り向いた。
俺があまりにヒップホップ音楽のサンプリングやスクラッチみたいに同じ言葉を繰り返したせいか、彼はぽかんとした顔をしていた。
「君の両親のせいだ。もしも君と両親が何度やりなおしたとしても、似たような結末をたどることになる。忘れろよ。終わったことだ」
「な、何が……」
「君は自分が不甲斐なくてガッカリしているのか? 両親が誇りに思えるような立派な大人になれなかったから? これの俺は推測で、これを言うのは心苦しいが、賭けてもいい。君は最初っから両親に愛されてなんかいなかったよ」
ハルは静止していた。
手が疲れてきた。これ幸いとサボることにしよう。歳を取るとサボり方ばかり思いつくようになってしまう。
「人間はな。幼い頃に両親のスキンシップを受けることで、脳の前頭葉という部分が発達する。前頭葉は理性を司り、感情のコントロールを行なう部位だ。これが発達していないと、些細なことでもストレスに感じて投げ出してしまうようになるものだ。俺はずっと君のことを子供っぽい奴だと思っていた。すぐ泣くし、すぐ怒るし、すぐ不貞腐れる。でもそれは君のせいじゃない。君の両親が、君を抱きしめるという単純労働から逃げたからさ。君にはどうしようもない」
俺はもう一度「忘れろ」と言って、指をストレッチする。
「は……は? は? 何、えっ?」
「人間の体も自然の一部だ。複雑怪奇な事柄が絡み合ってできあがってる。君の両親はその仕組みを甘く看た。自分が宇宙の法則に逆らえる神だと思っていたのかもな。この子にしてこの親ありってことだ」
「そ……そんな、そんなの……俺の両親は、一生懸命俺を育ててくれたんだ……愛してくれてなかったわけじゃない! それを、そんな!」
「サッカレーの王様が言ってたぞ」
「え、なんて……」
「ハル・ノートは畑にクソを撒けば栄養になると思ってる素人だ、おかげで野菜が腐ってしまったじゃないかって」
右手の人差し指から小指までを揃えて、根元から反対側へ折り曲げる。
90度ぐらいの角度で曲がった。昔はそうじゃなかったような気がする。
そう言えば、ギタリストは右手と左手で指の柔軟性が違うと聞いたことがある。右利きなら、左の指が柔らかいと。ひょっとしてロス・アラモスは左利きで、ギターが弾けたりとかするのだろうか? どこまでダンディなら気が済むのか。だが俺はやっぱり今でも右利きだ。
「え、え……」
「物事には何にでも正しいやり方ってものがある。だが大抵の奴は、自分の好きなやり方でやりたがるもんだ」
「何が……」
「自分がやりたいと思ってるスタイルが、理論上も正しいと思い込む。ちょうど売れない小説家が、書きたいものを書くべきだと自分を慰めるのと同じさ。だが実際にはそいつは書きたい作品を書いてるんじゃなくて、自分が書きやすい楽な書き方をしてるだけなんだ。自分では気づいていない」
「あ、あの、何の話なんですか……」
「そこに気づかなければ何度も駄作を書くハメになるって話さ。面白い小説を書きたいんじゃなくて楽して評価されたがってるだけだということに気づかなければ。
君の両親も同じだろうと思うよ。ただ何も考えず動物みたいにファックして子供に餌を与えてるだけなのに、自分が宇宙一完璧な子育てスタイルを実行してると思い込んでたんだろうよ」
「…………」
「その結果が暴君ハル・ノートなのさ。脳の構造を計算に入れずに育てることは合理的じゃないが……もし両親がそれを認めなかったとしよう。なら君の両親は何度人生をやり直して君を育て直しても、やはり息子の君は怒り狂って、女に翻弄されて、そしてここで暗い顔しながらロス・アラモスとお喋りすることになる。やり方を変えないなら何度やっても結果は同じだ」
俺は言った。
「そういうの、輪廻転生と言うんだそうだ。輪っかの上に乗っかって歩いているから、何度もスタート地点に戻ってくる」
作業を再開することにした。
消えない。なんと頑固なペイントだろうか。《ザ・マッスル》で力づくでいってみるか。しかし手持ちの石の強度が脆そうで、砕けるだけで終わりはしないか。
ハルが近づいてきた。絵柄をじっと見ている。俺は丸石の前からどいた。
《ハル・ノートはスペル・レスのスキルを発動しています。サンダー・ソーサー》
放電の音を立てながら空飛ぶ電気ノコギリが丸石に直撃。しばらく高速回転しながら石にまとわりついていたが、やがて消えた。
絵柄は綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
結界の向こうに目を向けてみると、揺らぎもなくなっていた。
俺は立ち上がって、作業に使った石を結界の方へ投げてみた。ごく普通に、草や葉をかきわける音を立てつつ、向こうに飛んでいった。
結界は解かれたのだ。
「少佐たちも作業を終えたようだな。どうやらみんなの中で一番仕事ができないのはこのロス・アラモスらしい」
手をはたいて汚れを落とすと、もと来た道を引き返す……その前に、ハルに言った。
「君はもういくといい。エルフには俺が上手くごまかしておいてやる」
「……はっ? え、え?」
「《ウェイブスキャナー》のスキルは使えるよな? それがあれば妖精の幻術には引っかからない。どこへいくかは自由だが、サッカレーへ戻るのはやめておけよ。違うところにするといい」
ポケットに手を突っ込んで歩き出した。後ろから声がかかった。
「な、何で……! 俺……俺は人殺しなんですよっ……両親も自殺させたような、クズなんだ! 何であんた何も言わないんですか!」
足を止めて振り返った。ハルは立ち尽くして俺を見ていた。両手の拳を握りしめて。俺は言った。
「言ったろう。君は要するに脳が未発達だから他人といるとストレスになる。じゃあ他人と一緒にいなければ無害だ。君はノンストレスで穏やかな人生を送れるし、君に近づかなければ誰も傷つかない。君もな」
「えっ、でも、両親……この異世界の両親だって、反逆者の親だから、きっと処罰されてる。俺のせいで……」
「サッカレーの王様は不問にしたよ。前世の記憶を引きずる転生者、もともと前からイカれた奴だった、今生の親の教育に罪を求めても無駄だと俺が言っておいたからな」
「ええ⁉︎ さっきと言ってること違いません⁉︎」
「ハル・ノートは王妃たちと夫婦喧嘩したあと、世のため人のため、そして失恋の八つ当たりのためエンシェントドラゴンを求めて別の地に旅立ったということになっている。よかったな。君は今でもちょっと心の狭いところが玉に傷の、英雄のままだ」
「……え、いやあの、ロスさんはそれでいいんですか」
「俺はみんなが幸せならそれでいいよ」
ハルは目をキョロキョロさせて、何か考えているようだった。
「人と……人と会わなきゃって……それじゃ引きこもりじゃないですか……」
「何か問題でも? 君はプロだろ」
「……あんまり、褒められたことじゃないでしょ……」
「右の靴を左足で履いても靴を履いたことにはならないさ。足を痛めるだけだ」
「はあ?」
俺はハルに背を向けて歩き出した。
「元気でな」
そして合流地点へ向かった。
ハルはついてこなかった。
ひとり、鬱蒼とした森の中を歩いた。
時折、タヌキか何かはわからないが、中型の動物が行く手を横切ったりする。
鳥のさえずりが絶えず聞こえていた。
ものわかりのよさそうな態度でスカしたお説教をしたロス・アラモス。少しだけ、なかなか悪くはなかったと思った。
だが足を進めるうち、だんだん自分がハルに何か矛盾していることを言ったような気がしてきた。
輪廻。やり方を変えなければ結果も変わらないという教え。
かつてブッダは、その輪から脱しろと説いた。
そうでなければ、何度生まれ変わろうが、何度も同じ結末を辿ることになる。
それは死した後でも続くのだと。
結構なことだ。
宗教のことはよくわからないが、色んな考えがあるだろう。
だが俺は、ハルに脳の構造について話した。
脳が形成されるにしたがって、そいつの人格が決まるのだという話。
そんな話をドヤ顔で語りはしたが……だがそれは肉体の話だ。
人格も、記憶も、脳という物質に刻まれるものなのだ。
だが俺たち転生者はどうだ?
その肉体はとっくに失われ、破壊されているはずだ。
奇妙な話だった。
なぜハルは、前世と同じように堪え性がなく凶暴だったのか?
彼の異世界における生い立ちを聞いたことがあるが、彼を育てた両親は別に問題のある夫婦だとは聞いていない。
ハルだって先ほど、今生の両親をとても心配していた。いい関係だったのだろう。
ではなぜハル・ノートは、前世の未発達な脳の性質を受け継いだままここにいるのだろうか?
彼の前世、能登晴人がどうであれ、ハル・ノートの脳はそれなりに十分な発達をしていてもいいはずだ。
パンジャンドラムもそうだ。
彼に至っては種族すら違う。つまり脳は完全に別物のはずだ。
だがパンジャンドラムは前世の記憶がある。
知性高く、性格も穏やか。あまりゴブリンらしさがない。
俺自身もそうだ。
何度鏡に自分を写そうが、ロス・アラモスなる高身長イケメンにまったく見覚えがない。
だが俺は今でも、あの荒涼とした砂漠のような頭部の生え際を鮮明に思い出せる。
それでも俺たちは、科学的に考えれば、記憶なんてないはずなのだ。
俺は今きた道を振り返った。
ハルの姿はとっくに見えなくなっていた。
そう言えばハルに、俺が死の瞬間見た女神について尋ねたかったと考えていたことを思い出す。
今からでも急いで戻ろうかと思ったが、それはできなかった。
アップルたちとの合流地点はもうすぐそこであり……ホッグスが手を振って、大声でこっちに呼びかけていたからだ。
何か慌てた様子だった。
俺は鼻をさすって、ホッグスのもとへ急いだ。




