第百七話 発見! 魔女の館!
岩場を登りきり、またしばらく森の中を進んだのち。
グレイクラウドが立ち止まり、行く手の左側を指差した。
「あそこの木についてるのが見えるか? 傷が」
俺たちはそちらへ目をやる。20メートルほど先の巨木の1本に、たしかに円を描く傷がついているのが見えた。
「たどるといい、あの傷を。ついている、他の木にも。たどった先が橋だ」
グレイクラウドはそう言うと、担いでいた兵を他の兵に手渡した。
そして2名のオークを率いてどこかへ立ち去ろうとした。
「む」ホッグスが言った。「グレイクラウド殿、どちらへ?」
「案内はした。これからスピットファイアを探しにいく、おれたちは。攻撃をやめるよう言わなきゃならない」
「スピットファイアならさっき私たちを攻撃してきたのである。橋にいるだろう」
「いや。おまえたちと会う前、知らせてきた、ランドッグが。橋で攻撃を受けたあと逃げた、おまえたちの軍勢は。だからどこかへ飛んでいった。スピットファイアは」
ホッグスをはじめ兵たちは顔を見合わせた。
よく知っているものだと俺も思いはしたが、オークたちにとって、この大森林は庭のようなものなのかも知れない。先ほどのスピットファイアの襲撃はかなりの騒音を出していた。
そう言えば野営地でも、ランドッグはどこかから帰ってきたようなそぶりだった。彼らは彼らで、今ガスンバで起こっている出来事を、森中走り回って把握しようと努めているのだろう。
俺は言った。
「攻撃を中止するよう話せるのか? スピットファイアとは戦士長しか上手く話せないんだろう」
「ならないかもな、時間稼ぎにしか。でも何とかするしかない。でなければ死ぬ、おまえたちは。スピットファイアと比べて弱すぎるんだ、おまえたちは。おまえたちが死ねば、なる。戦争に」
ホッグスが顔をしかめていた。
そんな言われ方ではいい気分はしなかったのだろう。だがたしかにもし探査団が戻らず、ベースも壊滅するようなことになれば、帝国から新手の冒険者や兵の増援があって、森が騒々しくなるかも知れない。
グレイクラウドは2名のオークを、森へ向かうよう促す。
「集落を訪ねる、明日の朝、おまえたちの。その時戦士長を引き取りたい」
そう言ってその場を立ち去ろうとした。
しかしそれを、
「あ、あの〜、オークさん〜」
アップルが呼び止めた。
足を止めて振り返ったグレイクラウド。
「お話にあった、魔女の館という所は〜……ここからだとどっちにあるんでしょうか〜?」
グレイクラウドは他のオークと顔を見合わせた。そしてアップルの小柄な姿を見下ろす。ほんの少しの間無言だったが、やがて橋とは反対の斜め方向を指差した。
「あっちだ。葉っぱで隠れて空が見えないが、あっちが双子山だ。麓にある、そこの。けど行かない方がいい」
ホッグスが、呪いかと訊くと、
「それもある。普通じゃない魔物もいる。それに……魔女の館には結界を張った……スピットファイアが。入られない誰も。魔女の館には誰も近寄らせないんだスピットファイアは」
それだけ言うと、グレイクラウドと仲間たちは今度こそ立ち去っていった。
俺たちはそれをしばらく見送っていたが……唐突にエルフが俺のそばに寄ってきて(まだついてきていた)口を開いた。
「ねねね、これ何の集まり? みんな何やってるの? 私も混ぜてよ。ね、ね」
「君には関係ない」
「でも魔女がどうとか言ってたけど……スピットファイアってガスンバの妖精王のことでしょ?」
俺は彼女を振り返った。ホッグスもだ。
「なぜそれを知ってるんだろう?」
「森の妖精が話してたもん」
「妖精の言葉がわかるのであるか?」
「この私にわからないことなんてないわ」
「何と言っていたのである?」
「妖精王は汚れた人類にガチギレでジェノサイド浄化せんけりゃあ地球に明日はないって毎日話す、ブラザーこりゃあ戦争ですよ! ……って噂で森は持ちきりなんですって」
キャーキャーと甲高い声で鳴く印象しかなかったが、妖精語は直訳するとそういう喋り方なのか。
ホッグスはエルフをまじまじと眺めて、
「うむぅ……さすがはエルフ、博識……。しかし珍しい。エルフなど初めて見たのである。ヒューマンとは生活拠点を重ねないようにしているとは聞いているが……」
「絶滅したって聞いたことありますけど〜」
「してないわよ……ところでほんとに何をやってるの? ずいぶん妖精を怒らせてるみたいだけど。ガスンバはほとんど人跡未踏の地よね。オークだって一部の地域に住んでるだけで支配者ってわけでもない。丸耳のあなたたちがこんな場所で何やらかしたの?」
エルフは両手を腰に当て、森を見回しながらそう尋ねた。
ホッグスは少し逡巡していたようだった。
しかし話した。
自分たちがオルタネティカ帝国の軍に所属する探査団であること。
ジェミナイトの鉱山を見つけるのが任務であること。
ベースを築いたまではよかったが、妖精たちの妨害に遭い立ち往生していたこと。
完全な部外者であるエルフに対して軍事作戦を話して大丈夫なのかと俺は考えていた。だがホッグスは心なしか背筋を伸ばし、丁寧に説明していた。リスペクトを失わないようなそぶり。
エルフは自分から尋ねておいて興味がなさそうにそれを聞いていたが、ホッグスが話し終えると呟いた。
「ふぅ〜ん、なるほどねえ……そりゃ妖精たちがキレるわけだわね」
エルフは右斜め上を見上げている。グレイクラウドが、双子山があると言った方向。視線の先に双子山を思い浮かべているかのような仕草だった。
「キレるわけだ……とはどういう意味であるか」
エルフは眉根を寄せるホッグスに顔を向けた。
「ジェミナイトはたしかに通信用の魔道具の素材としては有用よ。けど掘り出す時に毒素が流れ出て、地下水を汚染するのよ」
「えっ」
「ずっと昔、エクストリーム・エルフはジェミナイトを利用しようとしてたけどコモンエルフがそれに反対してね。コモンエルフは故郷の森を守るために丸耳と手を組んでエクストリーム・エルフに逆らったわ。間に合わなかったけど」
そして再び双子山方向を眺めやる。
何やら説明しているようでいて説明する気のないような、一方的な物言いだった。
それから彼女は続けた。
「水が汚染されれば森も死ぬ。妖精はそれが嫌なんでしょうよ。まあ汚染だけで済めばまだマシな方だけどね。ジェミナイトの一番怖いところは……妖精はそこまで知ってて怒ってるのか知らん? 結局アレが原因でエクストリーム・エルフは大戦の主導権を……」
その時だった。
唐突に、今まで空気と一体化していたハル・ノートが、おずおずと口を挟んだ。
「あ、あ、あの……」
俺たちは彼を見やった。
ハルはどこかを指差していた。それもやはり、双子山……魔女の館があるらしい方向。
「何だろう?」
「あ、あの……女の子が……その……」
「何であるか?」
「お、女の子が、歩いてっちゃったけど、その……いいのかなって」
俺はホッグスと顔を見合わせた。あたりを見回す。
「む? インティアイス殿は?」
ついさっきまで兵士たちの中にまぎれていたはずのアップルの姿が見えなかった。兵士たちですらキョロキョロしている。
「ふらふらーって、歩いてっちゃったよ……」
橋とは反対の方向だ。ホッグスはすぐさま兵たちに言った。
「ボーイズ! 貴様たちは橋へ向かえ。私はインティアイス殿を呼び戻しにいってくる」
「少佐、おひとりで大丈夫なので? この先は何か魔物がいるというようなことをオークが言っておりました」
「だからこそである。この冒険者と連れ戻しにいく。ここは橋より双子山側。騎士団が橋を渡り切っていたはず。貴様らは騎士団と合流しろ。私たちもすぐに戻る」
「はっ!」
「よしロス・アラモス、私に続けっ!」
ホッグスは早くも小走りに走り出した。
しかたなくその後に続く。少し振り返るとやはりと言うか、エルフが小走りについてくる。なぜかハルも困惑気味に。
森を進むと、アップルはすぐに見つかった。木々がとぎれ開けた場所の手前で、こちらへ背を向けて立っていた。
「インティアイス殿……おや?」
立ちすくむアップルの向こう。岩肌の露出した斜面が見える。
おそらく双子山の一合目だ。
それはいいのだが、その手前に大きな洋館(異世界で洋の東西を問うのもおかしな話だが)が立っているのが目に入った。
アップルはその館を遠目に見ながら、左右にウロウロと歩いていた。
それから何か意を決したように、館へ走り出す。
「あっ⁉︎」
「あっ、あっ、あれっ、えっえっ」
ホッグスとハルが声をあげた。
館へ走り出したはずのアップル……その背中が見えたはずなのだが、彼女の体が空間に波紋を起こしたと同時に、こちらに正面を向けたアップルが現れた。
走る方向も、こちら側だ。
自分の進んだ方向がおかしいのに気づいたか、アップルは館を振り返る。そして首をかしげかしげ、左右にウロウロと歩く。
俺たちが追いつくと、彼女は振り返った。
「みなさんありました〜! 魔女の館ですよ〜!」
「インティアイス殿、断りなく先行されては困る。安全が確保できないのである」
「ご、ごめんなさい〜……ただ魔女の館と聞いていても立ってもいられなくて〜」
ホッグスが首をかしげた。俺もアップルを見下ろしていると、
「あ、えっと〜……何かすごい魔法技術があるって聞いたから、私興奮しちゃって〜……」
彼女は首をすくめた。
「うむ、ま、気持ちはわかるのである。もしもそんな物がこの館に隠されていたとしたら、我が帝国もさらなる発展を遂げるであろう。しかしだなインティアイス殿、そもそも……」
小言をくれるホッグスの声にまぎれて、俺は聞いたような気がした。エルフの、「使いこなせれば、ね」という呟き。
「……そもそもこの魔女の館、以前騎士団が発見したものである。何か有用な物があるならそう報告があがっているはずである。気をはやらせることはないのである、ひとまず橋まで戻ろう」
だがアップルは首を横に振った。
「でもでも〜……いちおう念のため、押さえておいた方がいいかと〜。橋にいってここに戻ってくるのも面倒ですし〜。ほら、見てください〜」
アップルは館の、さらに向こうを指差す。
「双子山ですよ〜。話のとおり、魔女の館は双子山の麓にあるんです〜」
「む、双子山か……! ついに我ら、ようわからんうちに到達したというわけか……!」
「そうです〜」
「であれば言うとおり、ここを確保したいところではあるが……旗でも立てようかな……」
ホッグスはしばし周りをキョロキョロ見回したが、はたとアップルを見下ろし、
「いや待つのである。今さっきのは何であるか?」
「さっきの〜?」
「インティアイス殿が館に向かって走り出したと思ったら、一瞬でこっちに走ってきたのである」
「あ〜、それ〜。そうなんですよ〜、館へ進むと、反対に戻っちゃうんです〜」
俺たちはそろって館を眺めた。
開けた平地に雑草が生い茂っている。その中に、遠目に洋館が佇んでいる。
だが何かがおかしかった。
「歪んでる……?」
ハルの呟き。たしかに洋館……というよりアップルが立っている場所より向こうの風景は、ときおり夏場の陽炎のように揺らいだ。
しかも常に揺らいでいるのではなく、思い出したように一瞬揺らぐのだ。時々風景そのものが、斜めに傾いたりもしていた。
「ああ、四霊の結界ね」
エルフが呟いた。
「何であるかそれ」
「精霊術よ。妖精がよく使うわね。エレメンタルの力を借りて空間を違う空間に被せるの。あそこに館があるでしょ? あそこにあるように見えて、あそこにはないの」
「ど、どゆことであるか」
「え〜ないんですか〜?」
「あっあっ、えっと……ささ、砂漠の蜃気楼みたいに、横にズレた場所に本物があるってこと……?」
「うぅ〜ん、何て言えばいいのか知らん…そこにあるんだけど、ないのよ。ないんだけど、あるの。何ての? 違う所にあるものが、重なって見えてるって言うか……」
俺は言った。
「結界だそうだな。結界が解除されるとどうなる? 館は俺たちの前から消えるのか」
「そんなことないけど。あそこに間違いなく館はあるんだけど、結界が張ってある限りはあそこにはいけないの。そういう術で……」
「では結界を解除すればいいだけの話だろう。どうせ解除することになるんだからそれだけやればいい。術の構造なんか重要か? 俺たちに関係ない」
「ええ、雑……」
「アップル、まずは戻るぞ」
俺は踵を返した。
「待ってください〜、魔女の館が……」
「アップル、建物は逃げやしない」
「でもでも〜……魔女の館ですよ〜? あの伝説の〜……気になりませんか〜?」
俺は館を肩越しに振り返った。
遠くの草むらにボロけた建物が揺れている。
「ならないな」
「え〜」
「俺は仲間を置いてきているんだ。安否もわからない。魔女の館なんて優先順位の後ろの方だ。あとからできることを今やるな」
「あっあっ、あっ!」
謎の奇声。振り返るとハルだった。
「あの、ロ、ロスさん」
「何だ」
「仲間ってあの、あの、こないだのゴブリンですか……?」
「そうだ」
「なんか心配するようなことあるんです? あいつに……だってあいつ……」
ハルはそこまで言って、エルフを横目に見て口をつぐんだ。
転生者だと言いたいのだろうか。
転生者の狂った生存能力はハルもよく知っている。橋の向こうに置いてきたパンジャンドラムも転生者である以上、そう大事になってはいないんじゃないかと言いたいわけか。
たしかに思い返せばパンジャンドラムはどこかに飛んでいっただけだ。木々を飛び越えるほど高度はあったようだが、落下で死ぬタマではない。ラリアも彼を追いかけて戦線を離れていったようだし……。
エルフが言った。
「ロス。解除のやり方は私が知ってるわ。手間もかからないわよ。あなたがこの先に興味ないなら、私もないけど」
「ではエルフさん〜、お願いします〜」
「イ、インティアイス殿、ここは一度本隊と合流してからに……」
「結界を解くだけ、館を見張ってるだけですよ〜。ロスさんは戻りたいみたいですし〜」
アップルはずいぶん館にご執心のようだった。
どうしたものか。
アップルの頼みを蹴って橋へ戻ると仮定して。たぶんエルフはそのままついてくるのではないだろうか。
であれば結界は解けない。橋は落ちている。部隊の大半が向こうから渡るには時間がかかるだろう。アップルはこの場を動くだろうか? パンジャンドラムにラリア。
俺はため息をついて、言った。
「結界を解くだけだぞ」




