第百六話 囚われ人
「まずこう言うべきなのかな。おめでとうと」
野営地の焚き火から少し離れた巨木のそば。
そこで俺はエルフと、ずっとうつむき無言のハル・ノートにそう言った。
「君はずっと転生者の恋人を探していたな。夢がかなったようで俺も嬉しいよ。ところでここで何をやっているんだろう? 友好的なオークに暴力を振るって、何をしてたんだ?」
「もちろんあなたを探してたのよ」
「何のために」
「ファックするため」
俺は悄然とうつむくハルを見やった。
「彼とやればいいだろう」
「やるわよ。いずれね。でもあなたが先よ」
「まだそういう関係じゃないのか?」
ハルはうなだれ無言。
ハル・ノート。聞いた話によれば、サッカレーの牢獄に囚われていた時、このエルフが襲撃してきて、どさくさにまぎれ脱走したそうだ。
そのあと2人は西へ去ったと聞いてはいた。サッカレーの西はたしかにガスンバではあるが……。
「この男は投獄されていたはずだが」
「ええそうね。出したわ」
「どうして」
「ファックするためよ」
動機というよりどうやって脱獄したのかを聞きたいところだが、まあいい。この女の言動に関して脳の力を使うのは広告業とチェスに並んで知性の無駄使いのように思えた。
俺は2人を眺めた。
ハル・ノート。とにかく無言だった。人生のすべてを諦めきった、真っ白な灰のような姿。服装も、サッカレーの牢にいた時の、ツナギ姿のまま。
脱獄した……なるほど、結構なことだ。
しかしハルは女にいい思い出のない男であり、同時に超越的なスキルを持った転生者だ。俺はサッカレーでこの男を最終的に、実質8人がかりですったもんだのあげく捕らえたのだ。
それがたった1人のエルフ少女の隣で、万引きで捕まって親の呼び出しを待つ中学生のようにじっとしている。
どうしてそんなことに。
その疑問は当然俺の頭によぎったが、それを尋ねるのはやぶ蛇だろう。
ニヤニヤとニヤついているエルフの顔。下手な発言をすれば、おそらくその顔の隣からヤモリの顔が覗きかねない。そう考えるべきだった。ここで変にエルフの頭の中で俺を意識させるべきではない。
「なんにせよ君たちが上手くいってるようで俺も安心したよ。末永くお幸せに。俺はもういく。お元気で」
「あっ、あの、ロスさん……」
やっとハルが口を開いた。
「こないだのゴブリンは……? それに獣人も……」
「その2人とこれから合流しにいくところだ。忙しいから構わないでくれ」
「えーじゃあ私もいく」
「くるな、つきまとわないでくれ」
「なんでよー」
俺は振り返ってハルを指差した。
「その男とそりが合わないんだ。行動を共にしたくない。ハル、身に覚えはあるよな?」
「あっあっその」
「それに君だ。君はもう俺に用はないだろう? 理想の転生者の彼氏が見つかった。では俺のことは放っておいてもいいだろう」
「でもロス。それじゃハーレムを作れないわ」
「レディー、君はハーレムをかんち……なに?」
俺はエルフの顔をじっと見る。彼女は俺とハルの顔を見比べていた。
「ハーレムよ。転生者の。これで2人目。いいペースだわ」
そしてにっこり笑った。
「………………何だと?」
「だから、ハーレム。ハーレムを作りたいの、転生者の。ロス、あなたは記念すべき第1号よ」
「………………君はハーレムの一員になりたくて俺を追い回していたんじゃないのか……?」
「なんで私が"いちいん"になるの? 私は私よ」
俺はハルに目を向けた。何かを、彼に説明をして欲しかったのかも知れない。だがハルの方でも、俺にそうして欲しそうな顔でこちらを見ている。
その時アップルが俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると彼女が遠くからこちらに手を振っている。
俺はエルフとハルに向き直り、
「とにかく俺につきまとうな。関わりたくない。いいな? ついてくるなよ」
そう言った。彼らは2人して顔を見合わせていたが、もうそれには構わず焚き火の場所へ戻る。
帝国軍の兵士が、地に横たえた、2人の兵士に回復魔法をかけていた。骨折した兵士だ。回復しきっていないのか、それでも別の兵士が肩を貸し立ち上がらせるところだった。
ホッグスがやってきて、
「話はついた。ここを離れ、オークが上へ案内してくれるそうである」
「どういう状況なんだろう?」
「道すがら話してやる」
グレイクラウドと、他2名が先導のため森へ向かい始めた。ランドッグと他のオークは焚き火に砂をかけ消しているが、こちらについてくる気配はない。彼らもどこか別の場所へ移動するようだ。
俺たちは野営地を出て再び森を進んだ。
巨木や巨大ゼンマイの間を縫って、グレイクラウドたちの後ろを歩く。
歩きながらホッグスが話した。
「あの者ら、捕虜を返して欲しいと言ってきたのである」
「捕虜?」
「うむ。以前帝国騎士団が魔女の遺物探索を行なった際、オークの部族と戦闘になったそうだ」
わきをちょこちょこ歩いていたアップルが言った。
「双子山の麓に魔女の館があるんです〜」
「魔女の館……」
「オークさんたちは、双子山を御神体と崇めて〜、山を守ってきたんだそうです〜。けど〜、麓には魔女の館というのがあって〜、呪いがかけられてるから近づかないようにしていたんですって〜」
俺は前をいくオークたちの背中を眺めた。あんな屈強そうな広背筋をしておいて、オカルトが苦手なのだろうか。
「あのオークたちはどんな呪いかは言わなかったのである。部族の秘事であると。ただ前回の騎士団進行の際、騎士団が立ち入り禁止区域である館に近づいたため、衝突があって騎士団とオークが戦闘になった。その時騎士団はオークの戦士長を捕虜として捕らえたそうである」
オーク部族が魔女の館に近づかないよう騎士団に言ったが、騎士団は聞き入れなかったということが発端か。
「それで?」
「オークたちが言うには、戦士長を返して欲しいと。そうすれば大森林から安全に出られるよう、妖精王であるゴーストにかけ合ってもいいと交換条件を出してきたのである」
グレイクラウドが振り返った。
「スピットファイアだ」
「ゴーストの方がカッコいいのである」
「ミスタ・グレイクラウド。君が言っているのは、兜をかぶったデカい妖精のことだよな?」
「ああ。荒ぶる森の王。おまえたちを大森林から逃がす気はないだろう、スピットファイアは」
「だが奴はさっき、帝国兵を脅して追い払ってやったのにと言っていた。スピットファイアは帝国には森から出ていって欲しがってるんじゃ? 大森林から出るだけならあの妖精は反対しないのでは」
「……人の話は聞かない、スピットファイアは。しかも前に言ったことと後に言ったことが違ってることがよくある。脅すつもりで攻撃したのかも怪しいし、追い払おうと考えてたことさえ忘れてるかも知れない、今頃」
彼は肩を落としてため息をついた。
その仕草を見ていると、どうもオーク部族と妖精たちは、同じ森で暮らしているのにあまりコミュニケーションが取れていないように思えた。
「ロス」ホッグスが言った。「貴様も聞いているはずだろう。妖精どもは我らの退路も絶っておる」
「うむ……しかしミスタ・グレイクラウド。君たちはその妖精王……スピットファイアとかけ合ってもいいと言ってるんだろう? だが話が通じないと言いたげだが」
「話せる、おれたちの戦士長だけが。仲がいい」
オークの戦士は短く言って前を向いた。
「オークたちはだからこそ戦士長を返せと言っているのである。戦士長が帰らない限り、ゴースト」
「スピットファイア。統一しよう」
「スピットファイアの攻撃は止まない。退くも退くもならん。だからこの取引に乗るしかないぞと、暗に脅してきたのである」
「……それで、少佐の判断は?」
「我らはガスンバに戦争をしにきたわけではないのである。話を聞けば、騎士団が功を焦って起こした火種である。であるからして、まず我らを滝の上へ案内し、本隊と合流させることであると提案した」
「捕虜を返すと?」
「うむ。オーク部族と対立する必然性はなし、兵たちの安全を考えれば乗らん理由がない」
ただその前に、とホッグスは言う。
「本隊と合流だ。第一次作戦の捕虜のことなど、ツェモイ騎士団長に訊かんとわからんのである。私の管轄ではない」
そう言ったホッグスは眉根を寄せていた。何か考え事をしているようだった。
「ホッグス少佐」
「……何か」
「浮かない顔だ」
「貴様には関係ないのである」
「そうか」
俺は後ろを振り返った。
エルフとハルが最後尾を、ぶらぶらとついてきている。ハルはエルフのことを横目にちらちら見ながら。何でついてくるのだろう、どこまでくる気なのか……。
「……むう、しかしやっぱり変であるな……」
ふいにホッグスが唸った。
「何がだ」
「む……騎士団は我らにそんな話はしなかった。捕虜を捕らえたなどと……。今回の探査計画を立てる際にも、そんな情報はもらっていないのである……」
ホッグスは足元を見つめ歩きながら小声に話していた。
「君はそもそも騎士団に対して、部署が違うから指図するなと息巻いていたろう。たんに嫌われてるんじゃないのか」
「はあ⁉︎ ひどいことを言うのである! ……いやだがしかし……大事な情報である。一言も話さないなど……」
ホッグスの言い分は一理あった。
これから踏み込む地域に敵対勢力があり、その軋轢は解消していないし、なおかつ敵方の重要人物を捕らえたままにしている。
妖精に、オーク。帝国軍そのものがこの大森林では嫌われている。
そういう中での作戦になるだろうとわかっているのに、まったく事前情報をよこさなかった。
ホッグスの眉根がぐいぐいと寄っていくが、無理もないように思えた。
「だいたい……」
そう言いさして、ホッグスは口をつぐんだ。ちらりとグレイクラウドの背中を見て。
続きの言葉は告げられなかったが、彼女の言いたいことはわかるような気がした。
ツェモイはオークの戦士長を捕虜にして……それをどこに監禁しているのかということを、ホッグスは気にしているのではないだろうか。
ホッグス少佐が捕虜の件について聞いていないのならばだ。オルタネティカ帝国に連れ帰って、軍の施設のどこかへブチ込んでいるわけではないと考えられる。
俺たちのそばにはアップルがいて、彼女も特に何も言ってこない。つまり冒険者ギルドが設営したベースに監禁しているわけでもないのだ。ベースにいるならアップルか、支部長のローレルが把握していて、ホッグスにそう伝えているはずだ。
ホッグスは前をいくグレイクラウドの背中を睨んでいた。
彼女が言葉を切ったのは、自分が監禁場所を完全に把握していないということを知られたくないからだろう。
所属が違うから知らないと言いはした。だが帝国軍自体が戦士長なる人物にまつわる出来事を、完璧にコントロールできているわけではないと知られるのを恐れているのだ。
そういう意味ではホッグスは少し迂闊で、喋りすぎたかも知れない。まあしつこく尋ねたのは俺だが。
俺たちの前に急斜面の、大きな岩がいくつも地表から突き出しているガレ場についた。岩を大きな階段と見立てれば、ここから上へ登っていけそうだった。
グレイクラウドが振り向いた。先ほどの俺たちの会話がやっぱり聞こえていたのか、彼はこう言った。
「部族のことわざにある、おれたちの。進む道の先を思い悩む時、心を照らす言葉」
俺はホッグスと、アップルの顔を眺める。
それからグレイクラウドに向き直り尋ねた。
「どんなことわざだろう?」
彼は、「ことわざと言っても口癖だけど、偉大なる戦士長の」と前置きしたうえで、言った。
「いけばわかるさ。ありがとう」
そしてグレイクラウドは足を折った兵を担ぎ上げ、他のオークと共に岩場を登り始めた。




