第百三話 マッドフェアリー34 ※
「よくもまあノコノコとーーーーッ! 恐れる気持ちがないのかよーーーーーーッ!」
大気を震わす轟音で妖精は怒鳴った。
崖向こうの兵士たち、そしてパンジャンドラムもラリアも、ややぽかんとしてそいつを見上げていた。
「こないだッからくッせえ匂い垂れ流しくさッてよーー! 何回やめろッて言えばわかるンだよーーーッ! だいたいがーッ! 火事ンなッたらどうするンだよーッ考えなしの腐れヒューマンがよーーーーッ!」
兵士たちはオドオドした様子で、互いに顔を見合わせている。
「きッさまらー! まだ森を汚したりないのかよーッ! まだてめえの欲望のために自然を破壊したいッてのかよーッ! あれだけ脅して追い払ッてやッたのに、まだ懲りないッてのかよーーーーッ! にンげンーーーーーッ!」
騒がしい妖精だった。一言一言大絶叫である。空気だけではなく俺が掴んでいるロープにすらビリビリと振動が伝わってくる。
張り合うつもりか副官が叫んだ。
「ぬ! 貴様だな、今まで我々帝国軍の任務を邪魔していたのは! ここで会ったが100年目、帝国軍の威信にかけ、貴様を成敗……」
「ばッかもンーーーーーーーーーーーッ!!!!」
副官は声量で負けた。
「おまえたちーーーーッ! おまえたちのせいで森は傷ついてるンだよーッ! 泣いてるンだよーッ! 森は何も言わないけどーッ! 見えない涙を流してるンだよーッ! それをきッさまらーッ! ぬオーッ! ゆるさーーーーーーンッ!!!!!」
妖精は唐突に、
「キャハハハハハーーーーッ!」
と笑い出し、かと思えば、
「キッ!」
と突然睨み下ろし、そして、
「くッたばれーーーーッ!」
後ろを向いた。
スズメバチの腹のような尻尾。そのオレンジ色のラインに沿って、複数の穴が空いた。まるでミサイルランチャーの蓋が開くように。
直後、そこから無数の光が走った。
轟音と共に上空に撃ち上げられたそれらは、急カーブを描いて下を向くと、崖の上の兵たちに襲いかかった。
「ああっ、部下たちが……!」
俺の背後でホッグスが叫んだ。まだいたのか。崖では兵士たちがなす術もなく吹き飛ばされていく。
妖精の攻撃はいっそ卑劣なほどの威力だった。火力。回転数。そして機動力。兵士たちの能力では太刀打ちできないのか、逃げまどうばかり。もはや空爆だった。
「野郎!」
パンジャンドラムのライフルが乾いた音をたてた。
身を翻した妖精が意外そうな顔を見せた。狙いが正確なのだ。パンジャンドラムは続けて撃つ。妖精が高速で不規則に飛び回るところを看るに、当たりそうなのだ。
「ゴブリンーッ! おまえゴブリンだなマナの色でわかるぞーッ! おまえは森を裏切るッて言うのーッ⁉︎ 同じ自然の一員でしょーがーッ! 同じ妖精でしょーがーッ! なンでなのーッ⁉︎」
「うるせえ何言ってんのかわかんねーよ!」
《パンジャンドラムはウルトラスプリントのスキルを発動しています》
パンジャンドラムもまた高速で走り回りながら、忙しくレバーを引き戻し撃ち合う。光の小型ミサイルを撃ち返す妖精。爆発が粉塵を撒き散らす中、パンジャンドラムはタンクの上のラリアを放り投げ、安全圏に逃がす。それからすぐに発砲。
「当たれぇぇ!」
「てめえゴブリンーッ!」
魔法銃兵も体制を立て直し援護射撃を始めた。俺の背後からツェモイを始め騎士団のメンバーが走り寄ってきて、荷車を渡そうとしている。
「ロス殿、持ちそうか⁉︎」
「何かするなら早くして欲しいものだ」
「私は妖精を仕留める! 今しばらく辛抱してくれ……」
ツェモイがそう言って、パンジャンドラムたちの方向へ走ろうとした時だった。
「ゴブリンーッ! おまえの鉄砲、魔法じゃないなーッ! 聞こえるぞーッ! おまえの背中で魂を盗まれたスライムが泣いてるーッ! わかるンだよーーーッ! ぬオーッ!」
そこで妖精は大きく息を吸い込み……全力で叫んだ。
「よ く も そ ン な こ と をーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
ピタリと静止した妖精。剣を持った右手の中指と薬指を折り曲げ、人差し指と小指を伸ばし、それを手首の返しにより上に向け、叫んだ。
「起きろーーーーッ! 精霊よーッ! 自由を取り戻せーーーーッ!」
直後、パンジャンドラムの背中のタンクに、光の粒が集まり始めた。
「な、なんだあ……⁉︎」
何か嫌な予感がする。俺は叫んだ。
「パンジャンドラム! タンクを捨てろーっ!」
爆音。
パンジャンドラムのタンクが破裂した。
正確に言うとタンクの底が抜け、まるでロケットのように一気に炎が噴き出した。
「おわーーーーーーーーっ!」
「はわわ、おにーさーんっ!」
ロケット花火よろしく天に打ち上げられたパンジャンドラム。森のどこかへ吹っ飛んでいった。それを追いかけるラリア。
「キャハハハハハーッ! 飛ンだーッ屋根まで飛ンだーッ! 屋根まで飛ンだら壊れて消えろやぁーッ!」
妖精はさらなる光を射出。爆音に次ぐ爆音。崖向こうは阿鼻叫喚の有様と化していた。
ふと気づいた。その方向へ走っていたツェモイが、こちらへ戻ってくる。
「どうした!」
「妖精を仕留める!」
「妖精はあっちだぞ」
「……えっ?」
立ち止まったツェモイがキョロキョロとあたりを見回す。崖向こうを視界に入れ、気を取り直したように走り出す。
俺は背後を振り返った。
なぜかまだホッグスがいる。アップルもだ。荷車を引いている者たちが、なぜか俺のいる吊り橋の真ん中へ、荷車を押し戻してくる。
「何をやってるんだ、早く行け!」
「今そうしてる! こうやって、荷車を押して……あれ?」
荷車の兵たちや、ホッグスも、あたりをキョロキョロ見回していた。
前方に目を戻すと、やっぱりツェモイが駆け戻ってくる。
「な、何⁉︎ ロス殿、さっき通り過ぎたはず……⁉︎」
彼女は、バイクのキーがポケットに入っていない時にロス・アラモスが見せる憤慨の表情をしていた。この俺が忘れ物なんかするはずがない、どんな妖怪が俺を陥れているのか、そんな顔だ。
俺は周囲に、なにか金色の……光る粉のようなものが漂っていることに気づいた。
上を見上げた。
栗を装着した妖精が複数、空中にいた。そいつらはサンタクロースのように大きな袋を持っていて、中から光る粉を手掴みにしてばら撒いている。
「ナイト・ツェモイ、上だ!」
「上……? あっ妖精……幻術か! おのれ!」
どうやらツェモイやホッグス、兵たちの錯乱の原因は妖精の鱗粉にあったらしい。おそらく幻覚か何かを見せて、進行方向を誤認させたのだろう。人に道を誤らせるなど恐ろしい粉だ。末端価格はいくらするのだろうか。
ロングソードを掲げたツェモイ。
《ツェモイ団長はライト・ソードのスキルを発動しています》
剣のブレードが光に包まれる。光の刃は2メートルほどまで伸び、それを振り回し妖精を追い散らす。
1匹、斬られた。
しかし栗の装甲が爆発しただけで、中の妖精は無傷なのか大慌てで飛び去っていった。
「ええい、魔法銃を1つよこすのである!」
ホッグスが叫び、兵が銃を渡す。
「泉のほとり、深奥の底、出でよ、出でよ!」
揺れる橋の上でライフルを構えたホッグスが、少し変わった呪文を唱えた。同時に、荷車の肉塊が赤い光を発し始める。
「シュートァーーーーツ!」
ホッグスが天に向かって発砲。黄色い光が細かい散弾となって、放射状に発射された。栗妖精たちに着弾。装甲が弾けて妖精が逃げ散っていく。
「よし、今である! 荷車を向こう岸へ……」
「ぬオーッ、なンなンださッきからその鉄砲が発しくさッてる不快な気配はーーッ!」
ゴーストがこちらへカッ飛んできた。そして肉塊を見下ろし……なぜか涙をこぼし始めた。
「オゾマしいーーーーーーーッ!!!! きッさまらーッ! 命を弄ンだなーッ! てめえの都合で魂をオモチャにして薄ら寒くもほくそ笑みやがッてるンだなーーーーッ! ぬオーッ! 空に還れよーーーーーーッ!!!!」
撃ち込んできた。光弾。3発。正確に肉塊を捉え、爆散。
赤い血液が崖に飛び散る。衝撃に吊り橋がたわむ。女たちの悲鳴が聞こえた。何人か兵士が落ちていく。
そして……ゴーストは怒りに燃える金色の瞳をホッグスに向けた。
「……おまえだなッ! これをやらせてるのはーッ! 直感でわかるンだよーッ! 銀髪のナチのコスプレ野郎めーッ! 40年代の亡霊ーッ! ぬオーッ!」
手すりに掴まるホッグスめがけ、光を発射した。
俺は舌打ちを1つして、
《パウンドフォーパウンド・マスター・オブ・シェルのスキルが発動しました。効果時間3秒》
ホッグスを突き飛ばそうと思ったが間に合わない。俺は光を向いて、ボクシングのフィリー・シェルの構え……俗に言うL字ガードの体勢を取り、光弾を左肩で受ける。
ショルダーロールと呼ばれる防御法。着弾。ガツンと逸らした。衝撃こそあったが、ダメージはない。光弾はどこかへ飛んでいった。
だが問題は……ロープを離してしまった。
先ほどまで俺が掴んでいたロープがついに限界に達し、ぶつんと切れた。両端が踊り狂いながらどこかへ飛んでいく。それと同時に、
「くッたばれーーーーーッ!」
さらなる追撃。2発の光が俺の足元に当たり、爆発が橋を2つに引き裂いた。
「ロス殿っ!」
ツェモイの声。彼女が寸断された橋の、双子山方向に掴まっているのが見えた。
俺もどちらかに掴まるべきだった。
だが……、
「う、わーーーっ!」
「あわわ〜っ!」
ホッグス、アップル。他の兵や荷車の残骸と共に宙に投げ出されている。
《ウルトラスプリントのスキルが発動しました》
俺は空中の荷車を蹴り、アップルたちの方向へ飛ぶ。
ホッグスの軍服、襟首を掴んだ。次はアップルを……。
「ロス殿ーっ!」
ツェモイの叫びがはるか上方へ遠ざかっていく。
眼下の川面が急速に迫っていた。




